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下水道のお伽噺

 おれは小説を書けないから小説を書いているのであって、読む者もほとんどいない小説を書いている意味などは最初からあるはずもなく、それでも書いているのは書きたいから書いているなんてそんな自分勝手な理由でもなくて、根性ですよ最後にものを言うのはね。

 根性なんて言葉を出すと、さてはおまえ昭和だな、なんて言われてしまいそうだけど、年号なんていう不合理なものはどうでもいいわけだけど、明治大正昭和平成、先立つものはいつだって根性なんだよ。根性のないやつはなにをやってもダメ、根性のあるやつはどんなにダメでもへこたれない、でも根性の使いどころを間違ってはいけないよ、死んでしまうからね。


 断続的に続く工事の音。耳に優しいわけではないが、耳を塞ぐほどのことでもない。みな生きるために必死に生きている。争い、ぶつかり、憎み合い、不協和音が生まれるのは当たり前の話だ。自然発生的に生まれるそれらに目くじらを立てるほど、おれの心は狭くないけど、どうしても許せない類いの話はあるよ。憎んでも憎んでも憎み足りない。それほどに悪辣な名無しのバカどもには一発カマしてやりたいけど、手段も方法もなにもわからないまま、年月だけが過ぎ去り、ヘイターどもがはしゃいで踊る都知事選のバカ騒ぎを川向こうで見ているここ埼玉県さいたま市浦和区にアジトを構えて早五年。四年かもしれない。この辺りの記憶はあやふやだ。部屋の更新は二回しているから、やっぱり五年だと思う。

 この街に縁もゆかりも、いまだに愛着も湧かないままだけど、不便は特にありません。ちょっとお行儀が良すぎて退屈かも。でもほとんど外に出ないから関係ないかも。新井監督のボブルヘッド人形が首を振っていたら地震のサインだ。だが新井監督が首を振るほどの揺れなら、このおれが気づかないわけがないだろう、そう思うだろう? でもおれはたまに地震でもないのに揺れているような感覚に陥ってしまうから、そんな時は新井監督のボブルヘッド人形を見るってわけ。しかし監督のノベルティを作るって、なにかを間違えているとしか思えないけど、過去に色々あったとは言え広島においての新井監督人気はガチだ。おれだって悪く思っていないよ。選手起用に首を傾げることはあっても、勝っているのだから、それがすべてだ。結果がすべての世界で結果を出し続けている。そこになんの文句があると言うんだ。


 遠く広島のプロ野球チームのことを考えるよりも、自分の生活のことを考えた方がいい。その理屈はもっともだ。けれどおれだっていつも広島に思いを馳せているわけでもないし、むしろ生活のことだってたくさん考えているんだ。気乗りはしないが、なんとかしないといよいよマズいことになるのは重々承知の上で、それでも生活のことだけを考えるってことはできない相談なんだ。小説を書いている時くらいは別のことを考えないと。もっと小説っぽいことを。ずっと小説らしいことを。

 おれの頭の中にある画としてのビジョンを言葉に変換せよ。そんな便利なものがあったらとっくに書いているのだがね。イメージもビジョンもなにもないから、打ち込んだ言葉を取っかかりとして書き進むしかないわけだが、こんな日はこんな感じで生活とかいう言葉が出てきてしまって、おれもそろそろヤキが回っちまったのかもしれない。おれもそろそろヤキが回っちまったかな、なんて言葉を口に出して言う人生ってどんな人生だ。フェイクの臭いがぷんぷんするぜ。

「おれもずいぶんと舐められたもんだよ!」

 そう言って怒っているやつは見たことがある。工場で働いていた時の一応はおれの部下ということになるだろうか。前歯のない実家暮らしのオッサンだった。とんでもない馬鹿だった。兄一家も同居しているらしく、兄嫁の悪口をいつも言っていた。兄嫁がクソを見るような目つきで見てくるらしい。話しかけてもシカトされるらしい。まあ、そりゃな。おれはそう思った。

 だが彼が怒っていた件に兄嫁は関係ないのだった。彼がべったり惚れ込んで、後をついて回っていたフィリピン人の女性がいた。確かに彼女は綺麗だったし、人当たりもよく、頭がキレる人だった。オッサンどものアイドル的存在だった。日本くんだりまで来て、安い給料でこき使われて、そのうえ汚いオッサンどもに追いかけ回されるなんて最悪だろう。でも彼女はいつだって楽しそうにしているのだった。彼女を見ていると、おれは辛くなってしまうのだった。とても嫌な気分になるのだった。

 それはともかく、ある日オッサンがぷりぷりと怒っていた。

「阿部さん、聞いてくださいよ」

「どうしたの、なに怒ってんの」

「おれもずいぶんと舐められたもんだよ!」

「んー、だからどうしたの」

 話を聞いてみた。びっくりした。昼メシ休憩の時、フィリピン人の彼女が財布を家に忘れてしまったので、オッサンに五百円貸して欲しいと頼んだそうだ。それだけだ。それだけのことでオッサンは怒っているのだった。なぜ? それはこういう理屈らしい。

「おれもあのコにはすごく良くしてやりましたよ。日本にきて学校に行きながら仕事も頑張っているあのコの力に少しでもなってやろうって。でもね、あのコは金目当てだったんですよ! おれもずいぶんと舐められたもんだ、そんなのに騙されるかってんですよ。ピーナに騙されるほどおれも落ちぶれちゃいないんだ! 日本人を舐めるなって話ですよ」

 それを聞いて、おれは爆笑したのだった。こんなに情けない馬鹿がかつて存在しただろうか。彼女がそいつを舐めていたかどうかはわからないが、舐められたって文句言えないよ。

「で、貸してあげたの?」

「貸すわけないでしょう、返ってくるかどうかも怪しいのに! 本当にもう、おれもずいぶん舐められたもんだ」


 そんなことがかつてあったという話だ。「おれも舐められたもんだよ」という言い回しと、やつの底抜けの馬鹿さ加減で、おれの人生の中でもかなり印象に残っている出来事だ。こんなのが印象に残る人生ってなに? そう思う向きもあるかもしれないが、残っているのだからしょうがないし、それがおれの人生なんだから誰にも文句は言わせやしない。

「こっちは良くしてやっている。ずいぶんと舐められたもんだ。おれもそこまで落ちぶれちゃいない。日本人を舐めるなよ」

 こんな感じなんだな、こういうやつらの頭の中って。こういう理屈で動いているのだ。さっぱりわからない。馬鹿、としか言いようがないと思うのだが、おれが間違っているのだろうか。間違っていると思われようとなにも気にしないが。

 まあ本音はもっと醜く汚いものなのだろう。それを自覚しているのかどうかはわからないが、とにかく底抜けの馬鹿だから、気づいていないことだって十分にあり得る。本気で、良くしてやっている、そう信じ込んでいることだって。

 クソが。おなじ日本人の女には相手にされないから、自分より酷い境遇に見える外国人に優しく接すれば、ワンチャンあるかもと思っただけだろう。恋人が欲しかっただけだろう。仮にそれが無理でも、あわよくばタダマンにありつきたかっただけだろう。性根がクソなんだ。だから馬鹿なんだ。メッキのプライドばっかり大事にして、肝心な部分はなにも見えやしないんだ。

 そんな感じだ。おれが主張したいのは、オッサンはクソ、漏れなくクソ、漏れたクソよりもクソ、そういうクソ野郎がとにかく多すぎる、そういうことだ。身を弁えろ。口を慎め。クソジジイどもが、しまいにゃシメるぞ。そういう話だ。

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