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半分正気、もう半分は?

 こっちのツマミをいじって、こっちのツマミをねぶって、あっちを擦って、ここの曲線、そこの出っ張り、こっちはもう懸命だ。吹き出る汗、粘つく液体、本能か知識か、経験か即興か、ワンパターンにならぬように、スロー、ファスト、スロー、ファスト、緩急を意識して、決して乱暴にならぬように……傷ひとつつけないように……いい音を鳴らしたい。いい声で鳴かせたい。引き出したい。奥の奥で燃え盛っている情感のすべてを。満足させたいんだ。この瞬間のすべてを。

 まるで機械を操作しているようだった。パネルを開いて、スイッチをクリックして、コマンドを入力して、鍵を差し込む、グイッとまわす。それが楽しくてたまらない時期もあった。それに懸けていた時期があった。だが面倒になった。とにかくおれは面倒になった。快感だけを求めるなら方法はいくらでもある。興奮だけを求めるなら相手を変える必要がある。愛情か欲情。前戯か演技。性感か静観。デュエットか独唱。錯綜しまくって苦笑。独りよがりでイッちまいそうなおれにはコレ向いてねえよ。


 きっとこうする、そう予想できることを、そのまま演じる。きっとこう感じる、そう予想できることを、そのまま甘受する。やっぱり素面じゃつまらない。たまらなく虚しく色褪せている。けれども素面でないと出来ないこともある。例えば文章を書くこと。人にもよるだろうが、おれは文章を書くときだけはやっぱり素面でいたい。そうなると自動的に活動の大半を素面で送ることとなる。快楽は好むが、日々暗く鈍化してゆく快感に怯えて生きるのは、割に合わない。なんかメチャクチャ言ってるぜ。わかっている。混乱した頭で打った言葉は、確かに魅力的ではあるけれど、誠実ではないという気がするという個人的な感覚の話だ。おれの書くものはすべてが個人的な感覚の話。苦も楽もすべてがだ。それらをできるだけナマで出したい。中で出たものが滴る様を見せびらかしたい。独りで作るクリームパイ。お味はいかがか。あなたのおクチに合うと良いが。


 そろそろ髪を切らなくちゃ、そう思ってから軽く半年は過ぎた。どこまで伸びてゆくのかで楽しめたのはとっくに過去だ。もう長い髪の毛にはうんざりだ。暑い。うっとうしい。言うことを聞いてくれない。口に入り込んでくるわ、絡みつくわ、いいことがまるでない。だが髪を切りに行くのが面倒だ。リアリティが増してくるほど嫌になってくる。美容師との中身のない会話。かといってお互い無言も気まずく感じてしまうのだから、当たり障りのない言葉の交換で安らぐ気持ちもあるのは確かだ。こっちはこっちで、異常者ではないですよとアピールする必要があるし、向こうは向こうで異常者とは思っていないですよとアピールする必要に駆られている。結果、大谷の話とかするわけだ。凄いっすよねえ、とかなんとか。まあそれだけが髪を切りに行くのが面倒な理由ではないけれど、数多ある理由のひとつではある。

 でも最大の理由は、予約をしたくないということだ。予約をしてしまえば、決定してしまう。指定の時間までにそこに辿り着かなければならない。それまでに、あれをしてこれを済ませて……何時に家を出て……そういった計算をしながら生きなければならないことこそが面倒だと思う理由だ。そうやってグズグズしていたら、ステレオタイプのヒッピーみたいになっちまった。まあ見た目は別にいいけど、やっぱり邪魔くさいのは勘弁だ。ヘアゴムなしでは飯も食えない。ゴムを切らしちまっていて、急いで買いに行く時ほどしまらない瞬間が他にあるだろうか。


 ある。彼女ははっきりと言い切った。そりゃあるだろうな、おれは思った。そういう問題ではない。問題ですらない。言葉の綾ってものがある。言葉の綾のない文章を想像してみてほしい。恐ろしいほど退屈な文章が出来上がるだろう。だが言葉の綾だけにこだわっていると、それはそれでなにを書いているのか言っているのか不明瞭な代物になってしまうのだった。要はバランスですよ。バランス。バランスをとることが唯一の正解であるという風潮がこの世界を支配していた。すべてに目盛りがあるわけではないし、すべての人が感覚的に均整をとれるというものではない。大体の人間が傾いているし偏っているし歪んでいるし調和がとれているとは言い難いわけだが、それはそれとして、やはり大事なのはバランスなのだとそう言うのだ。

 おれはそんなものは結果論だと思う。上手いこといけば良いバランス、下手打てばバランスを欠いている、後からならなんでも言える。それがわかっていたのなら、途中で指摘してくださいよ。そのバランスじゃ上手いこといかないよって。で、最初から教えといてくださいよ。これが最良のバランスなんだよって。こうしておくだけでいいんだよって。ただし、その提案がクソつまらないものだったりしたら、おまえのケツをナイフで軽くえぐってやるからな。ま、ちょっと覚悟はしておけ。


 それにしても気もそぞろなおれだ。まったく手応えがない。なにもかもがふわふわしていて、まるで現実感がない様相だ。凪の海でヨーソロー。本当にいいのか、この方向で? わからない。なにかが間違っている気がするけど、今更と言えば今更である。取りあえず豆知識としてヨーソローは外国語ではなく、れっきとした日本語であるという衝撃の事実を置いておく。れっきとした日本語? ちょっと言い過ぎたかもしれない。船乗り用語って感じかな。

 こういうことを書くと、そんなの知ってるよと口を尖らせるやつらが多いが、だからなんだってんだ。そりゃすげえって褒めてもらいたいのか。いい子いい子してもらいたいのか。お口あーんしてご褒美を食べさせろと主張したいのか。甘えるなクズども。この御時世に豆知識など一体なんの役に立つ。なんだってググってポン、だろう。おれはそういうの気に入らないね。なぜかはわからないが何か気に入らないんだ。なんかズルくね? とすら思ってしまう。わかっている。この件に関してはおれの分が悪い。

 でもそれ以外の殆どのことはおれが正しい。おれにひれ伏せ。おれに従え。おれを盲信しろ。ケツはおれが拭いてやる。それにしても意外と以外を使い間違えているやつが意外なほど多いが、あれはうっかりミスなのか、それともマジで間違えて覚えているのか、はたまたそれ以外の理由があるのか。とかなんとか書いている当の本人がどこかで間違えているという意外なオチが待っているかもしれないから、探せ、ディグれ、おれの文章を読み尽くせ。


 そして教えてほしい。おれの文章がどこにハマっちまっているのか。おれになにが起きているのか。困っています。とにかく困っているんです。このままずっと首を傾げながら生きてゆくのはごめんだ。文章とおれとの距離があまりにも離れている。遠いよ。手が届かないよ。もう手遅れかもしれない。

 それでもきっとおれは蘇るに違いない。根拠はなにもないが、そうじゃないとやってられやしないぜ。ムカつくことだらけ、キチガイだらけの世の中だ。生きてゆくせめてものよすがを失ってしまえば、おれなどはイチコロだよ。そんなことを簡単に許してもいいのか。いいわけがない。

 まあとにかく、書くだけだ。書き進めるだけだ。それ以外になにができるというんだ。

 要するに、おれはいま、原因不明の原因不明によって苦しんでいるというわけだ。苦しみを文章として表現する術すら失われてしまったと、そう言うのか?

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