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五感不全の人間の書く文章

 美しの丘。夢でみた森。幻の岬。

 すべてはそこから始まっていたのだ。根源的な記憶、いつか確かにその場所にいたという記憶。風の匂い、霧の手触り、ざわめき、どよもし、蠢く曖昧な不安を抑えながら、ひとりで彷徨った旅の記憶。草木をかき分け、腰を落ち着ける場所を探した。現在地を確認できる場所を探した。ひと息つきたかった。たったひとりで気を静める必要があった。そんな場所が実際にあったかどうかはわからない。結局どうなったのか、どうけじめをつけたのか。その頃のおれが持つ言葉では、そしていまのおれが操る言葉では、説明できる領域ではなかった。だが、確かにあったのだった。感覚知覚のスライドショウとでも呼びたい一連の体験、その息吹を、召喚しようと願えば、条件さえ整えば、いまでもそれは新鮮さを伴って蘇るのだった。

 おれがこんな文章を書いているのは、その条件を確定させようとする試みなのだった。いまだ不明なその条件、わかっているのは辿るルートのパターンはひとつではないこと。いまだ発見されていないルートがあること、一度通ったルートが、次の時には閉ざされている場合もあるし、久しぶりに訪れるとまた開いている場合もあるという具合だ。言葉の組み合わせ、スペリングの魔力によって、いつかルートは確立されるという確信。書き進めることによって、偶然であれ必然であれ、おれはいずれまたその地に立つだろう。

 美しの丘。夢でみた森。幻の岬。

 その地で少年が待っている。おれは少年に話さなければならないことがある。その時までに、それが言葉になっているといいのだが。その時まで、時間がどれだけ残されているのか、おれにはさっぱり見当もつかないのだった。


 日常の破れ目から、魔が、邪が、ごくたまに美が、顔を出したり、引っ込めたりしている。できるだけおれはそいつらを捉えようとしている。捕らえ、観察し、この場所に書きつけようとしている。決して簡単なことではない。と思うと、拍子抜けするほど簡単に事は進んだりするものだから、気を引き締めればいいのやら、自然に身を任せればいいのやら、良い塩梅がどこにあるのか、それがわからないから、あらゆる角度からのアプローチをおれは試みているわけだ。

 文章は時に下世話で、時に暴力的で、時に独善的、時に不明瞭、路上をのたうち回ってみたり、酩酊気分で胸を張ってみたり、めそめそ泣き言を繰りだしたり、空中を漂ってみたり、摩天楼の少年とハンドサインの交換、交感を経て、光環の中に浮かぶシルエットのみを書き出してみたり。

 実験と実践と手なりを織り交ぜ、練り込み、おれだけのルートを確立しようとしてみたが、どうもここ最近のおれは魔力不足が目立っていて、そんな自分にがっかりしてもいたが、やっぱりおれは捨てたもんじゃなかった。何度も何度も派手に転びながらも、逆転のチャンスを鵜の目鷹の目で伺うことだけは、それだけは止めやしなかった。なぜなら一瞬の跳躍で一気に挽回できるということを、そういうことが文章領域では容易に起こるということが、おれにはちゃんとわかっていたからだ。

 水中の王者である鵜の右目、枝の王者である鷹の左目、二つの目玉でもって文字を読む。破れ目を読み、裂け目に指を突っ込む。ただ愚直に繰り返す。結果はひとつの過程と仮定するのであれば、瞬間こそが無数の結果である。すべてをすくいとるには指の数があまりにも足りないが、演奏するのも、喧騒を遮るのも、文字を打つのも、摩天楼のへりを掴んで離さないのも、また指の力だ。指を信じよう。指が指し示す方におれは導かれよう。


 夕焼けと言うよりは、夜寄りの日の名残、雲はまばらに球体を示唆するような線上に配置されていた。明星が象徴しているのは死か生か、それともなにか、その先か。

 いつかこの手で黄金を掴むという貧相な幻想の酔いの中で、安酒を舐め、塩辛を一本ずつ食すような夜は、この領域ではもうお呼びではない。貧しさは相対化を進める悪魔の生んだ幻だ。そして黄金の輝きでさえ、黄金そのものではなく、光が生んだ幻に過ぎないのだった。それならば、たった一欠片の塩辛の方がきみにとっては価値のあるものだと言えないだろうか。真の暗闇の中では、黄金は黄金であることを止めてしまうが、塩辛は塩辛であることを決して諦めないのだった。真の暗闇の中では、あやかしがあやかしのままでいられるように、光に当たればいいというものではないのだった。

 多くの者は光を見ていると錯覚しているが、実を言えばただ陰を見ているのだ。光が生成した陰を。そして陰影の中から無数の物語が生まれてきた。物語の裏側を無理に暴く必要があっただろうか。無理に光りを当てる必要が、本当にあったのだろうか。

 頭上をアオサギが飛んでいった。どこかの枝の上で今夜も眠るのだ。決して小さいとは言えない鳥。連中はいったいどこで死ぬのだ? 鳥の数を考えるとそこら中に屍体が転がっていないのが不思議なほどだ。だが、そこにわざわざ光を当てる必要はない。鳥たちは不死なのかもしれないし、呆れるほど長く生きるのかもしれないし、それでも一向に差し支えはない。


 どうにもやりきれないことばかりが、おれの意識を捉えて離さない。それらは悲しみと怒りを呼び、おれの身に蓄積してゆく。わかってくれとは言わない。ただ、なぜわからないのだろう、と首を捻るくらいは許してほしい。理解できないことを理解したフリはしたくない。ましてや上手いことやってやろうなどとは考えちゃいない。考えるだけ無駄なことがある。それでも考えてしまうことがある。意味や価値だけで生きていけるのなら、そいつはもう人間とは呼べないのでは?

 じじいの戯言が、徹頭徹尾、本当にクソジジイの戯言なので、笑ってしまった。長く生きて辿り着いたのがそこか。別に異議を唱えるつもりはないが、自覚があるのなら、さっさとくたばってしまえばいい。泥船にかじりついて穴を空けているのは一体誰なんだ。それが罪だと思うのならば、きみは自らを罰せばいい。信念に殉ずればいい。それすらする気がないのなら、口を慎め。

 こういった視点からの脱出を願って止まないが、どうしても地上に囚われてしまうのが、おれの限界を物語っている。おれの物語は、摩天楼の少年を見上げ続ける物語だ。高所恐怖症の男が、おそるおそる高みを見やっては、震え上がって下を向いてしまう物語だ。ただただそれを繰り返す物語。そんな物語は物語ではない、そう言われても仕方がないが、騙り屋、たがり屋、紛い屋よりは幾分かマシなはずだ。


 おれがまだまだこんな文章を書き続けられるのであれば、元気に生きているということになる。もし書けなかったら、それはもう、絶望したということだ。おれに。すべてに。

 でもそうはなりそうもない。近いうちにも将来的にも、おれのイメージはこうして文字を打ち続ける自分を映している。それは思わずため息をつきそうになるイメージだが、このイメージを捉えている限りはおれは健康な精神を保つことができている。飲みたくもない薬を飲み下しながら、書きたくもない文章を書き続ける。まったく因果なものだ。こんな場所に辿り着いているなどとは想像もしていなかった。おれの予定では、もう少し派手でもう少し酷い、そんな場所にいるとばかり思っていたのだが。

 思うようにはいかないということだ。なにもかもが。でも結果に文句は言えないし、文句だってありゃしない。結局は楽しめているのだから、どこに文句をつける必要があるんだ。すぐに消え去ってゆくこの瞬間こそが、いつだって最良の瞬間だ。それが過程でしかないにしたってだ。

 なんにせよだ。時間に脅され続けるのは、おれの性に合わない。そういうことなんだよ。納得してもらえたかな。そう願っているよ。それじゃ、また会おう、アミーゴ。また明日。たぶんね。

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