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かくも悲しき醜悪の宴

 花電車に乗ってどこまでも飛んでゆこう。ぼくたちは勢いよく、もう一度生まれるのだ。すぽーん、と射出されるのだ。風船を割って、火を噴くのだ。ぬめったうねうねに心惹かれるのが、ぼくの逃れられない宿業だとしても、前を膨らましながら格好つけていたい。渚にて。あれはそんな小説だった。終末がきたってぼくたちは格好つけて生きてゆくことができる。たとえ何も起こらなかろうとも、どんなにがっかりさせられようとも、お手軽に手を染めることを、ぼくは善しとしない。そうだよ。ぼくは格好つけている。いつだって格好いいぼくでいたいんだ。あえて抵抗はしない。だけど迎合もしない。自分のことなんて信用しないから、自分の期待には応えない。栄光への道の約束を破り捨てて、メチャクチャに踏みつけて、ざまあみろだ。格好悪いやつをぼくは許さない。許す理由がない。戦う理由もない。逆らう理由もない。身体も心も売りたくはない。だから吹き矢を飛ばして、風船を割るのさ。花電車に乗ってどこまでも飛んでゆくのさ。


 覚悟がないのなら、気安く触ってくれるな。おれがきみに伝えたかったことは、まあ大体こういうことだった。おれの真意が伝わったかどうかはどうでもよくて、おれが伝えようとしたということが、おれにとっては重要なことだったんだ。

 人間の本性という、想像する限りもっとも酷い環境の牢獄のなかで、おれはおれとして、きみはきみとして、脱出を試み続けなければならない。正直になってしまうのはとても簡単なことだ。お手軽な正直は欺瞞と同じくらい、むしろ同じものなのではないか、そう思ってしまうくらい醜く、ひどく気持ちの悪いものだ。そのおぞましい感触、知らぬ存ぜぬは通用しやしないぜ。誰だって知っているはずなんだ。知らないはずがないんだ。なのになぜ、みんな見て見ぬふりをするのだろう?

 ぼくたちはびっくりするくらい繊細かと思えば、一方でひどく傍若無人な振る舞いをします。分裂と統合を繰り返し、あっちへ引っ張られ、こっちへ引っ張られ、その都度その都度で最善を尽くした対応を迫られていると錯覚し、重圧をかけ続けた挙げ句、なにもかもを見失ってしまうのです。そんな状態になってしまったぼくたちが縋りつくことのできるもの、それもまた、状態の変化の過程の陰に埋もれ、そしていま、ほぼほぼ姿形を見出すことのできない状況にあります。いまぼくたちが求めるのは、絶望を昇華しうるもの――たとえ、それが錯覚であれ、なんであれ――そのために必要としているものは人間ではなく、神にとって代わるもの、もしくは自分自身です。


 偶像、偶像、また偶像。おぞましいほどに偶像だらけだ。考えてみれば誰もがこの街では不干渉というか、不感症みたいなツラした連中ばかりがのさばっているのだった。そのことについて、おれはそれほど深い考えは持っちゃいない。不快で気持ち悪ぃな、そう思うだけだ。

 なぜ多くの人間が好きなキャラクターを鞄にぶら下げたり、好きなバンド、好きな映画、好きな作家のTシャツを着ていたりするのだろうか。自分の好きという気持ちを物質化して外に見える場所に出しておこうというその気持ちはどういうつもりでどんな場所から湧いてくるのだろうか。この疑問をややこしくしているのは、こういう人たちの中には対象を特別好きというわけでもないが、というよりも、その対象が何なのかよくわからないが、物質として気に入る人たちが一定数確実にいるということだった。

 そして偶像は増殖し続けていて、おれはなんだか息苦しい。まるで第10分署のあるネオポリスに迷い込んでしまったような気分だ。あちらもあちらでサイエンスパワーですべてがゴキゲンとはいかないみたいだ。詳しくはTOP10を参照のこと。

 空想、空想、空虚なクソとごちゃ混ぜにされがちの、哀れな神秘世界。違うんだ、おまえらのそれは空想じゃないんだ、それはただの個人の願望だ、ドブ臭い願望、本来ならリアル・ワールドで叶えたい願望、そんな願望の捌け口を見せられて鼻白まないやつらは気が狂っているとしか言いようがないのに、おい、マジかよ、そいつが金になるってんだから、この波に乗るっきゃない!

 かくして肥え太ったシロアリどもが大挙して押しかけ、ぽやぽやのクソがそこら中の道端で、人目を憚ることもなく、ひり出されている現状を悲しんでいる余裕など、おれにはないんだ。だっておれだって金がない。今日こそ会社に電話をするぞ、そう意気込んでいる最中なのだから。労働などはしたくない。死んでもしたくないが、餓死はもっとごめんだ。それくらいのドブ臭さはおれにだってあるってことさ。


 なんにしろこの醜さからは逃れることができない。おれなんてよく抗っている方だよ。だからといって、偉いわけでもなければ差をつけているわけでもない。違いなんてありゃしない。見えようが見えまいが、自覚があろうがなかろうが、それがどうしたというんだ。霊的パワーの存在だってそうだろう。そいつを感じられたからどうなのよ。なにが変わるっていうんだ? インチキ野郎のレッテルを貼られるだけだ。賢くて賢くてしょうがない連中の物笑いの種にされるだけだ。そして詐欺師に巻き上げられて、なにが霊的なのかもよくわからなくなってしまって、クソ田舎のコミューンで自給自足生活、豚の餌をひり出す機械にされちまう。クソだか泥だかわからない泥濘の中で、発電機の唸る音の中で、裸電球の薄明かりの中で、獣の毛と自分の髪の毛を選り分ける生活の中で、これよ、これこそがユートピアよ、そう信じ続ける生き方がお好みであれば、どうぞご自由に。


 青いシャツがはためいていた。風が揺れていた。潮の匂いが鼻をくすぐった。網を補修している真っ黒に日焼けした老漁師のいる穏やかな午後。ただトンビだけが遙か上空でなにかを呟いていた。おれたちはもう話すことなどなにもなかった。あまりにも退屈すぎて、もう言葉すら発する気にもなれない。お互いがお互いを邪魔くさいと思っていたが、だけど離れることなどできやしなかった。そんな午後。

 どうやらおれはそこからずっと抜け出せないでいるようだ。とても退屈だ。苦痛に近い。穏やかなことだけが取り柄。今日は絶対に良いことはないし、特別に悪いことも起こりそうもない。そんな午後。

 時間が止まったような、なんて良く言うねえ。そいつはまるっきり地獄だぜ。ただ内側でだけなにかが暴れているんだ。でもそのなにかは、決しておれを突き破ってきやしないのだった。控えめな暴れん坊。絶対に怪我をさせない家庭内暴力者。幼さゆえの自信のなさを見透かされて、初めてブチ切れる面倒な輩だ。

 おれは助言などは必要としていなかった。手助けをして欲しいだなんて思わなかった。もちろん実際にそんな物好きは現れやしなかったのだから、おれの思いどおりといえば思いどおりの展開にはなった。でも退屈なものは退屈だ。

「けぇーるか」

「だな」

 でもどこに? 帰る場所なんてなかった。戻らざるを得ない場所があっただけだ。そんなことはまったく望んじゃいなかった……

 青いシャツがはためいていた。風が巻いていた。潮の匂いが遠ざかっていった。まったく気づかなかったが、蝉時雨のど真ん中におれたちはいたのだった。そして、急激に時間が動き出し、おれの身体は東京へ、きみの身体はどこか遠くへ。だけどおれの心は今でもあの荒れた芝生の上だった。そんな午後の気怠さの中で、今でもずっと突き破れないままもがき続けているのだった。きみはどうなのだろう?

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