にやりと笑ってそれっきり
やりたいことをやる。やれないことしかやらない。やるべきことなどなにもない。
勝負から逃げていると言われるし、おれも自分でそう思っていた時期もあるが、それはやっぱりどう考えたって間違っている。やりたくないことをやる必要はないということだ。ウェルメイドな小説を書いて、小説の賞に応募したりする。嫌だね。したくない。仕立て上げたくない。そんなものは労働と変わらない。そういうのが好きなやつは大いにやればいい。賞を目指して頭を絞り上げればいい。おれは嫌だ。やりたくないからやらない。ただそれだけのことを逃げと言われるのは、どうにも納得がいかんのだが、そんな感じの言説がまっとうな正論だとしてまかり通っているように感じるから、そういう価値観の連中には積極的に唾を吐きかけてやろうと思う。
結局のところ、そういうやつの価値観は自分の外にある。自分で自分の価値をわかりゃしないから、積極的にケツを舐めて、外からの高評価を求めるわけだ。そんなもんで満足できるお手軽な価値観だから、人生はなんとかガチャとか言い出す。そりゃ違うだろう。ガチャなんてないよ。自分は自分だ。まさかとは思うが、賞を取ったその瞬間にしょぼくれた自分が他の存在に生まれ変わるだなんて、そんなことを想像しているわけではあるまいね。外からの賞賛を浴びた途端に、冴えない自分の人生が自分以外の人生に変わるとでも言うのかね。
おまえがしょぼくれているのは賞が取れないからではないし、冴えない人生を送っているのは賞賛が足りないからではない。単純な話だ。ただ単に、おまえはしょぼくれているのだし、冴えていないだけだ。そこに外側は関係ない。おまえがしょぼくれているのも冴えないのも、すべておまえの見積もりだ。おまえの価値はおまえ自身がはじき出さなければならない。それがたとえ錯覚であろうとも。どうせほとんどのことは錯覚みたいなものなのだから。
とまあ、こんな風に上から目線でものを言うと、総スカンを食らうのはわかっているのだが、おれだってそれくらいの社会性も持ち合わせているのだが、それでもこういうことをちゃんと発表するおれに、逃げているとか二度と言うんじゃねえぞ、テメエ! という愚痴だ。
いや、そういうことを言われたんだ。「おれはやってる側だけど、おまえはやらずに逃げてる側だよな」こんなようなことを言われたからな。例によって例のごとく、後からふつふつと怒りが沸いてきたというわけだ。もちろん、その瞬間だってムカついたし、ムカついたことをはっきりと伝えたのだが、どうも伝わったように思えなかったし、ムカつきは膨れ上がる一方なのでこうやって書く。別にいいだろう、なにを書いたって。
やってるとかやってないとか、勝負しているとかしていないとか、勿体ないとか勿体いいとか、そんなことは本当にどうでもよすぎて、こういうことをおれに言ってくる分からず屋は殴りつけたくなる。おれは普段の会話でだって言葉に拘っているし、たまにすごくカッコいいことも言ったりするのだが、おれの想定を超えておれの言葉が伝わらないやつには、拳を叩き込んだ方が手っ取り早いと思ってしまう。もちろんよくない考えだ。わかっている。だから殴らなかったじゃないか。
でもまあ言葉なんて伝わらないものだ。会話なんて噛み合わないのが当たり前だ。おれの書く文章だって、ほとんどのやつにはまともに伝わっていないのは容易に想像できるし、ヘラヘラ嘲笑いながら読んでいるやつだって一定数いるに違いない。そんなもんおれはお見通しだ。残念だよ。おまえらを殴れないのが。クソどもめ。それでも読んでくれてありがとう。ヘラヘラしてるんじゃねえ。感謝はしている。そのままくたばっちまえ。
今日はそんな気分なんです。尻尾を振りながら噛みついちゃう。どっちも本心よ。好きだよ。でも大嫌いだよ。どっちも嘘じゃないんだよ。
小説を書きたいけど、ザ・小説にはしたくない。だって、ザ・小説はつまらない。読むのも書くのも退屈極まりない。この先そんなものしか出てこないのであれば、小説などは衰退してくれて結構。おれはちっとも困らない。単なるストーリーブックに用はない。カタルシス? しらん。かったるいっす。あっちいけ。シッシ。
パンデミックのさなかに見た青空を思い出す。どいつもこいつも、ああでないこうでないとやかましく、不安や恐怖で鬱々とし過ぎて逆に躁状態になっていた。そんなことはまったく知らんと、雲ひとつない空はとても青く、とても澄み切っていたのだった。別に人間なんていらないじゃん、そう思った。人間なんていなくたって地球は回り続ける。きみがいなくたって社会は回り続けるのと同じように。
おまえの代わりなんていくらでもいるんだぞ。んなこたあ言われなくたってわかっている。だからなんだ。なんだってんだ。嫌なことでも黙ってなんでもやれってか? こんなに空が青いのに? 空が、そんなことは知らん、そう言っているってのに?
よく晴れた日は職場になど行かずに、そのまま終点まで列車に揺られていたいと思った。列車を降りると、小鳥たちの元気なさえずりが、おれを幸せにしてくれるのだった。後のことなんて考えるから不安になる。おれの代わりはいくらでもいるんだろう? だったら好きにしたっていいよね。
知らない場所の、知らないバス停。ルリビタキが道を渡って林の中に消えてった。薄暗い林道の奥の方で、カッコウが鳴いていた。テントウムシがおれの身体に止まった。そんな三連コンボでおれはすっかりやられちまった。情けなくも泣いてしまったのだった。でも一瞬で泣き止んだ。すっげえ馬鹿らしいと思った。どうしておれはここまで追い込まれなければならん? 怒りが沸いてきた。ものすごく腹が立った。おれの中のデビルよ目覚めろ。言われたい放題、やられたい放題、そんなことを許してしまっていいのか。いいわけがない。もうアッタマきた。おれの背中から、ぶわっとコウモリの羽が生えた。天使の輪っかとコウモリの羽。鋭い牙とよく振れる尻尾。愛しているから殺す。まったくその日はそんな気分だったんだ。
夢を見るなら終わらない夢を。でも見えないなら背伸びして。自分の価値を他人に委ねるなんて、それこそ勿体なさすぎる。
しょぼくれようが冴えなかろうが、見据えることくらいはできるはず。流されずに踏みとどまることくらいはできるはず。流されてゆく愚か者どもは放っておきなよ。それか沈めときなよ。ちょっかい出されたら、確実に仕留めときなよ。遠慮なんていらないんだよ。
魔法の力で遊ぶのさ。遊び続けるのさ。稲妻をほとばしらせるのさ。狂気と正気を砂場で戦わせて遊ぶのさ。遊び続けるのさ。知らぬうちに日は暮れるのさ。
疲れたら、どうしても疲れちまったら、上を見上げてごらん。ぼくがいる。だからどうってことはないんだけれど、それでもぼくがここにいるということが、きみにとって、すごく重要なことなのでしょう?
少年。おれはもう疲れちまったよ。どうしても疲れちまったんだ。なにもかもがメチャクチャだ。やってられない。けどまあ、やってやれないこともない。やれなかったとしても別にそれはそれでいいしな。
なにしろおれのような妖精にとっちゃ受難の時代だよ。いや……時代はそこまで関係ないか。嫌な思いをし続けるのがおれの役割だとすれば、おれはきっちりおれの役割を全うしているよ。だから……まあ、これでいいか。これでいいや。
うねってきしんで歪んで、それでもまあなんとか。骨になるまで、動かなくなるまで。




