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船はもうとっくに出ちまったよ

 一日とはこんなに眠たいものだったのだろうか。人間はこんなに眠たくても歩けるものだったのだろうか。充分な睡眠を取っているはずなのに眠いとはこれいかに? つまりは、おれはいまカックンカックンしながらこいつを書いているのだった。少し大袈裟だった。まったく眠くないというわけではない、だが激流の如き眠気というわけでもない。目の辺りがちょっぴり熱っぽいくらい。それでもやっぱり不思議でたまらない。書いている途中で思った。これは書くほどのものかね。それを言っちゃあお終いよ。そうだ。おれはお終いへと近づきつつある。ここで終わったっていいくらいだ。すべてをここで終わらせても、だれも文句はあるまい。

 関東地方にもクマゼミが進出してきているという噂は本当だった。都心の蝉時雨は明らかにおれの知っている響きではなかった。あれがクマゼミなのかどうかの確証は取れてないが、あれがクマゼミではないと言うのならじゃあ何だと言うんだ。ワシャワシャとデカい音で鳴いてたぞ。あれがクマゼミではないと言うのならじゃあ何だと言うんだ。

 ヤバい。おれ、めっちゃ疲れてる。摩天楼の少年・エピソード100。おそらくメチャクチャつまらないと思われる。頭が回らない。眠いとか疲れたとか、そういう言葉しか出て来ない。


 ならばこんな状態で書かなければいいのに。そう思うのも無理はない。だが、書き出してしまったものは止まれない。それが唯一で絶対のルール。とにかく頭の底から何かを掻き出さなければならない。何でもいいんだ。何でもいい、それが一番困るんだ。そんな困ることを延々と続けてきたおれは、偉大と言うほどのことではないが、それなりの評価は受けるべきだ。書き続けてきた、ただその一点のみでだ。

 内容なんぞはどうでもよろしい。優れた小説、小説でなくともいい、優れた散文などはもう世の中に溢れているじゃないか。優れていないもの、一過性のもの、そんなようなものは更に大量に積み上げられ、おれのようなただひたすらに書いているだけのやつなどは、原稿用紙で出来た巨大な塔をぼーっと見るともなしに見ているのだった。あれ全部に何かが書いてあるんだ。気持ち悪いったらないな。

 美しい構造、飛び上がるようなアイディア、凄まじい文章、予想もつかない展開、ため息の出るようなラスト。はじめちょろちょろ、中ぱっぱ。それから、ぶわっと途方もなく広がっていく。事件と言うか大事件と言うかカタストロフィ。もはや畳みようがないだろうコレ。半ば呆れながらも興奮気味に進んで行けば、すべてはある一点に収束し、そして静かに美しく終わる。余韻で脳がぐわんぐわんに揺さぶられて、脳しんとう寸前。今日はもうダメだ、何もやる気がしない。だってこんなもん読まされちまった日には。

 そんな気分になりたくて、おれは読んでいるし書いているのだが。だが……。だが? おれは捨てた。ほぼすべての道を諦めた。おれには無理だ。なにをどうしていいのやら、さっぱりわかりません。読んでる方が楽しいわ、小説って。書くものじゃないわ、小説って。書けるやつは書けばいい。書けるやつなら、な。

 でも、おれの見る限り、書けるやつってそうはいないよ。書こうとするやつは佃煮にするくらにいるし、書いているつもりのやつも漬物にするくらいにいるけれどもだ。

 あのですね。大事なことを言いますけどね。小説ってものを書けるだけで、それだけでもう食っていけますよ。少なくとも、書物として流通するくらいには絶対になりますよ。書き上げたそれが小説ならば。


 そうだ。白状しよう。おれはおれの書いているものが小説だなどと思ったことは一度もない。じゃあ、なんだ。知るもんか。文章だよ、文章。ただの散文。ウェブログだよバカヤロウ。ここでブログと自己申告しないところに、おれの最後のプライドが隠れていることに、貴様は気づいたか?

 それでもまあ、言い張るんだよ。これは小説。摩天楼の少年は小説。ポエムでもエッセイでもありません! エッセイなんてクソだろう。あんなもんを真面目に読んでいたら馬鹿になる。暇潰しにもなりゃしない。優れたエッセイは自然と小説になるんだよ。よく覚えておけ。

 語ることもカタルシスもない日々を粛々と送っていると、プチプチとおれの細胞が死んでゆくのがわかる。身体感覚でわからせられる。だから嫌だったんだ。働きたくなかったんだ。一週間も経っていないのに、この有様だ。そして、これが際限なく続くんだ。嫌になっちまう。労働ってものは人を芯から弱らせる。困らせて、参らせて、一体なにが楽しくてこんなことを、って気分にされちまう。次、生まれる時には今度こそ貴族になりたい。だって、おれにはそれが一番似合っている。いや、やっぱりいい。次などいらん。どうせ、貴族は貴族でツラいことだらけなんだろうさ。次、生まれる時は普通の労働者になりたい。そんな風に思うに違いないぜ。おれの魂はその繰り返しだ。きっとそうだ。

 まあ、おれは生まれ変わりなどさっぱり信じちゃいないがな。大体、なにも引き継げないのに生まれ変わる必要がどこにあるんだ。そんな無駄なことをして何になるんだ。一度っきりの人生ですら無駄と苦痛に占領されているのに、そんなもんを繰り返すって地獄だろう。地獄はもうたくさんだ。アイム、ブルー、ブルー、ブルースはもうたくさんなんだ。


 眠気と共に一日は始まり、眠気と共に一日が終わる。人の一生だって似たようなもんだろう。気の利いたことを書こうとしたが、失敗してしまった。そんなことは気にせず先に進んでしまおう。これが進んでいると言えるのなら、だが。

 まったく虚無いぜ。キョムい、と読んでくれ。発音はキモいと同じだ。なぜこれが今まで流行らなかったのか不思議なくらいだ。だってみんな虚無いだろう。なあ、みんなキョムいんだろう? それぞれがそれぞれの内に虚無を抱えて生きている。おれにはわかっているんだ。

 おれなんて、いつだって超キョムいよ。キョムくない時の方が珍しいくらいだよ。なんて、しつこく書いているけれども、流行らそうとか、流行ってくれとか思ってないからな。ただ、もし万が一、流行ったらおれが提唱者だってメチャクチャに主張してやるから、きみは証人になってくれ。承認されたいわけじゃない。なんとなくメチャクチャやってやりたいだけなんだ。

 メチャクチャやって、ぱーんと弾けて死んでいきたいね。景気良く行こうじゃないか。こうなったらもう、自分の人生なんてどうでもよくなるもんだ。いえ、別に無差別殺人とかそういうことはしませんよ。おれはなにも殺したくないから。どういう状況になろうと、どんなに酷いことをされようと、どんなに憎いやつがいようと、たとえ家族を殺されようと、おれは殺さない。そう心に決めていますから。

 殺すくらいなら死んだ方がマシだ。殺してやりたいやつは幾らでもいるけれど、殺してまで生きる価値のある人生じゃない。おれに殺されてもいいほど価値のない人生だって存在しない。おれは殺さない。殺されるのもまっぴらごめんだ。

 それでも、おれは書く。どうしても書かなければならないんだ。文章を書くということは、貴重ではないが必要なことだ。美しくなくとも、素晴らしくなくとも、誰にも必要とされてなくても、それでも書かれなければならない文章が、おれの中にはまだまだたくさん眠っているに違いない。自信はないが。それでも、たぶん。おそらく。そんな雰囲気がある。

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