12 結
「……そうして当時ビルマの安っぽい生化学兵器で父が死に母が逃げる」
「それがケフィンの噂を呼んだのね。まさか本当に酢酸だったとか」
「確かに酸だけど、それはないわ。酢酸じゃ肉を焦がすことができないもの」
「なるほど。そして軍の秘密だったから事件は有耶無耶にされ、成瀬さんも助かった」
「事を大きくすると面倒なことになるでしょう」
「その事情はイギリスの方でも同じで口を噤んだのね。身内から犯罪者が出ないように……」
「そっちの方は知らないわ。でも裏で扱っていたのは間違いなく兵器。そして、あのときの出張は売り込みの一環」
「その一部で自分が殺されてしまうとは、因果応報というか、何というか」
「あなたはわたしに会えて嬉しい」
「……というより吃驚しているわ。魔がこの世にいただなんて……」
「あら、この世になんていないわよ。わたしはあの世の存在。だから見る人も滅多にいない」
「どうして電話に取り憑いたわけ」
「あれは冗談みたいなものね。悪戯電話対策にあの文言を作った人がいて、それに乗っただけ」
「でも、それなら殺す必要は……」
「じゃあ、どうしろって言うのよ。わたしは魔なのよ」
「ああ、そうか。そこのところが良くわからない。あなたはお母さんを継いだわけ」
「母はまだ生きているわよ。どこの国にいるかまで調べなかったけど……。だから母が魔になるのはまだ先の話。幸せらしいから、もしかしたら、成らずに済むかもしれないし……」
「でも夫を殺した」
「ああ、それも微妙で母は近くにいただけだから……。しばらくの間、ぼおっとして……。兵士たちが家に入って来るのには気づいたと思うけど、父の死ぬところは見ていない。すぐに、それまで嫌っていた使用人に助けられて逃げている」
「そうだったんだ」
「あなたはわたしを信じるの。全部嘘かもしれないのに……」
「それなら本当のことを教えてよ。わたしは、じきにに死ぬの」
「怖い」
「そりゃ怖いわよ。でも今は悔しい気持ちの方が上かな。せっかく超常体験をしたのに、それを記事にできないなんて……」
「あら、その仕事、好きじゃなかったんじゃないの」
「最初わね。でも結局、深いところで人間に触れられるとわかったから……」
「書いても誰も信じないわよ」
「あるいはね。でも、わたしにはそう思えない」
「結構な自信家だこと」
「そうじゃなくちゃ、奇譚の記者なんかやってられないわ」
「あなた、面白いわね。わたしが会った人の中でも特別」
「そうなのかな。自分じゃ、わからないわ」
「あなたのお友だちは素直に吃驚したのにね」
「それはあなたがケフィンの格好をしていたからでしょう。その点では、わたしはあなたを許せない」
「そういうところもいいわね」
「バカにしてるの」
「いえ、褒めているんです」
「でもまあ。あなたが魔なら、それも仕方がないと思っているわたしもいる。でも許せないのも事実」
「複雑ね」
「人間は皆、複雑なのよ。たぶん死ぬか、呆けるかするまで、ずっと……」
「そりゃ、大変」
「比べれば魔の方が単純だと思うわよ。自分のしたいことは出来るし、時間さえ超越しているみたいだし……。あなた、本当に灯さんの子供。もしそうなら、今三十歳くらいだよね」
「十八歳で死んだから、そこで止まっているわ」
「人間としてはそうかもしれないけれど、生前の意識を引き継いでいれば、そうなるでしょう」
「歳のわりに考えが幼いと批判するの」
「ああ、そうも採れるか。でも、わたしだって十歳の頃から自分が変わったとは思えない。それより前は大人になれば違う人間になると思っていたのに……」
「じゃあ、決めたわ。あなたの命を奪うのは止める」
「本当に……」
「魔はソウルイーター(魂喰らい)じゃないから……」
「そうなの」
「でも別の意地悪はするかも」
「わたしの代わりに誰かを殺すと言うなら、わたしを殺しなさい」
「まあ、すごい正義感」
「だって、今でもわたしは死んでいるようなものでしょう。このまま目を覚まさなければ、それまでだわ」
「ご両親が泣くわよ」
「……かもね。でも仕方がない」
「あなたの寿命を十年貰おうかな」
「それって、どういう……」
「設定を変えるのって魔としても結構面倒なのよ。その代金。それからしばらく、あなたに何でもないモノになってもらう」
「何でもないモノって……」
「言葉通りのモノね。でも耳はあげる。音が聞こえるように……。あなた自身がしばらく都市伝説になりなさい。時が経ってあなたが自分に目覚めたとき、どれくらいの人を殺してきたのか、あるいは殺さなかったのか、今から楽しみだわ。代わりに、お友だちともう一人の命は助けてあげる。あなたに選択権はないけど、それでいいわね」
そして――
トゥルルル……
わたしは電話の呼び出し音とともに暮らしてきたらしい。
が、今それを思い出したと言うことは、遂にわたし……。




