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第二章 その10

 涙を完全に拭いきれず、潤んだ瞳を必死に隠そうとしている白野の手を、小田原は、自らの胸にあてがった。

 「赤ちゃんの頃の温もりと、何も変わっていないのね」

 小田原は、冷え切った手を、白い息で温め、白野の華奢な首筋をそっと撫でた。

 「少しばかりくすぐったいのですが」

 いつにも増して頬を赤らめた白野は、兵隊のような直立不動を崩さずにはいられず、身体を波のように揺らし始めた。

 「いい加減に、止めて頂きたいのですが」

 小田原は、少し不憫に思って、腕を組むようにした。白野は、嫌そうな顔を浮かべることなく、熟した果実のような顔は、やがて、白に戻った。

 片瀬の街は、冬を待ち焦がれる子供たちの活気と、寒さを嘆く、現実的な大人たちの吐息で満たされていた。隔絶した生活を止めて、世界中のネットワークに接続することを厭わなかったため、大部分の人々は、今までの生活を見直し、都会の人間がやるように生活しようと考えるようになった。結果として、青に染まった海、緑に染まった大地、漆黒に光る大宇宙に思いを馳せる人は少なくなり、最後まで自然の恵みを語り続けた老人たちが死んだ後、無謀な都市計画が承認されるようになった。

 「小田原さん。私はまだ、恋の空を知らない。羽ばたくための翼を持っていない。けれど、いつか、この星々の合唱に交じって、私も歌ってみたいと思う」

 白野は、澄み切った夜空を指さした。

 「これほど、心が熱くなって、何か清らかな自然を歌いたくなるのは初めてだわ……」

 小田原は、白野が指さす星をそれとなく見つめた。

 「白野ちゃんは、もう、飛べていると思うよ。美しい天使になって、罪人の星々を癒している。そして……」

 小田原は、白野の指に口付けした。

 「天使は、癒しを施した分、黒に染まる。罪人に付与された善と、天使が贖うことになる悪が同じになった時、二人は、陰鬱な恋へ落ちていくの」

 夢の彼方を旅していた白野は、急遽、現実に引き戻されて、嘲笑した。

 「新しい宗教ですか」

 形而上的善悪の議論を快く思わなかった白野は、全く理解を示さなかった。

 「少し目が怖いわね。白野ちゃん」

 小田原は、白野の腕をとったまま、ゆっくりと歩き始めた。

 「とりあえず、お家に帰りましょうか」

 「はい……」

 二人の行く先には、既に川奈邸の重厚な門が見えた。望月の淡い光に照らされた風見鶏が、気味悪く笑っていた。

 食事を済ませた白野が自室に向かうと、一足早く、小田原が、ベッドの端に腰かけていて、本を読んでいた。

 「小田原さん。今日は疲れたから、早く寝たいんです」

 白野は、身支度を軽く済ませると、本を取らず、ベッドに横たわった。意識が薄れ、手足の痙攣がおさまって、眠りに落ちる瞬間、何か、周りから押されているような感覚に襲われた。

 「こういった形は好きではないけれど、今更何を言ったところで神様が赦すはずはないの……」

 小田原は、掛布団を剥いで、寝静まった白野を強く抱きしめた。寝巻を丁寧に脱がすと、十五年前に愛した、色白で華奢な身体が露わになった。

 

 小田原は、強引に交わって、想いを遂げたが、溢れんばかりの涙に、すっかり穢れた白野の裸体すら、真面に見ることが出来なかった。

 水平線が紅く色づき始めた。池に舞い込んだ渡り鳥たちが、何か歌っていた。小田原は、きっと、愛の告白をしているのだろう、と思った。

 「白野ちゃん……」

 小田原は、白野の背中をそっと摩った。

 「もし、翼が生えていたなら、灼け落ちる前に、彼らと旅が出来るのに……」

 小田原は、開けた寝巻を元に戻して、部屋をあとにした。薄着のみを纏っていたので、窓の隙間から入る風が、節々に突き刺さった。

 (この方が、より悲しくなれていい)

 小田原は、暫くの間、廊下の隅に腰かけて、硝子を叩く風の音を聴いていた。 

 お読みいただきありがとうございます。

 今回をもって、第二章が終了いたしました。

 誠に恐縮ですが、第一章、第二章いずれも、読み返すうちに、不備を見つけ、その都度改変しておりますため、展開そのものが変化することがあります。

 話の展開に関する意見や、批判などございましたら、遠慮なくお書きください。

 これからもよろしくお願いいたします。

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