48 お嬢様、悪い遊びを覚えた
「マァーッ可愛らしいお姫さまですこと! お歌が好きなの? あら、聞いた事がないの? 体力はあるかしら? 細いけど、お食事をいっぱい食べて運動しないとダメよ。もちろん、よく噛んでね! あぁ大丈夫よ、私の授業は楽しく心のままに歌うのをモットーに掲げてやろうと思っているから、緊張しないでちょうだいね。ふふ! それにしても、まさか私がお姫さまのお歌の指導をさせてもらえるなんてねえ、有難い事だわ。息子ばっかり5人もぽこぽこ産んでしまったものですから、女の子に教えるなんて夢みたいだわ! さあさあ、まずは自己紹介をしましょうか。私がこれからプラトナム家のお姫さまの先生を務めます、チェチーリア・ルジアですわ!」
「……は、はい。リディアです、よろしくお願いします」
部屋に入って目が合うなり、早口でまくし立てたチェチーリアさまに気圧される。
嬉しそうにニコニコしているその姿を見て、私は早くも敗北を悟ったのであった。
真っ赤な髪に濃い緑の目をしたチェチーリアさまは、私の想像していた歌姫(たくさんの宝石付きドレス、ぐりんぐりんの縦ロールでオホホ! と高笑い、扇をパチン! の性格キツめ美女)ではなかった。
色鮮やかなドレス、コロコロと笑う早口な喋り方、その姿は『歌姫』というより『歌女将』とお呼びしたいくらいの貫禄がある。
しまったわ……こんな格好じゃ、とてもチェチーリアさまの弟子にしてくださいとは言えない。
今から着替えたら、間に合うかな?
……うん、そうしよう。
わたしも、チェチーリアさまを見習って、インコのようにカラフルに。クジャクのように華やかに。目指せ、エグランテリアの極楽鳥っ!
「ーーリディ! 聞いている? 緊張しているの?」
「はっ……いいえ、お母さま。チェチーリアさま、ぼうっとしてごめんなさい」
「いいのよ、気にしないでちょうだい! 私達、先生と生徒とはいえ、一緒にお歌を楽しむお友達のようなものよ。お茶を飲んで、お菓子を食べて、あっもちろんよく噛んでね! そして気持ちのままに歌う! そんなお友達になりましょうね。そう、もし良ければ……リディアちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい、チェチェイっ……ごめんなさい! チェチーリアさま!」
「名前が長くてごめんなさいね。リディアちゃんの好きに呼んでいいのよ」
「えっと……チェーリ先生でもいいですか?」
「マァーッもちろんよ、なんて可愛い呼び名かしら!」
そう言ってコロコロ笑うチェチーリアさま……チェーリ先生とお話するうちに、わたしはすっかり打ち解けて、チェーリ先生の事が大好きになった。
「さあ、今日はご挨拶だけですけれど、一曲披露させてくださいな。何かご希望はある?」
チェーリ先生の言葉に、お母さまは少し考えて、思いついたらしい曲名をあげる。なんでも冬の有名な歌らしい。
立ち上がったチェーリ先生は気負わずニコニコしていたけれど、近くにいて体がビリビリするほどの迫力と声の美しさにうっとりしてしまった。なんて素敵なの。もうわたし、習わなくてもいいかも。週に4時間、教わるより聞いていたいわ。
「ーーーーリディアちゃん、初めて聞くお歌はどうでしたか?」
「すごい! すごいです! チェーリ先生、かっこいい! ここに住んでくれたらいいのに」
「マァーッ嬉しいこと! リディアちゃんと一緒に歌うのが楽しみだわ」
「チェーリ先生……わたし、聞く方が好きかもしれない。そんな声がでないと思うの」
「大丈夫よ! お歌は心を込めれば上手い下手は関係ないと私は思っているけれど、上手く歌うコツはたくさんあるのよ」
ええー。それ、本当かなぁ? ちょっと微妙な顔をしたわたしに、チェーリ先生は笑って喉を指した。
「歌う時は喉をたくさん使うでしょう。力づくで歌うと、とっても苦しくなっちゃうのね。だから、体全体を使って、喉を緩めて、お腹から声を出すようにするの。心配しなくても、今後少しずつ教えますからね。まだリディアちゃんは小さいし、まずは体力作りからね!」
「はいっ」
王宮に戻るチェーリ先生を玄関まで見送ってから、部屋に戻った。
ああ、素敵だったなぁ。凄くかっこよかった。
「ほんとに、わたしにもできるかなぁ……」
もしチェーリ先生が驚くくらい、わたしに才能が無かったらどうしよう……。
チェーリ先生は優しいから怒らないと思う。でも、初めての生徒が出来損ないだったら、きっと落ち込んじゃうかもしれない……。
「ちょっと、頑張ってみようかな……?」
うん、自主練をしてみるっていうのはどうだろう。最後に言っていた、喉を緩めて……ってやつ。もちろん1人で全部を習得するのは無理だろうけど、あらかじめ練習していたら教わった時に速く覚えられるかも。
よし! 早速やってみよう!
まずは……扉を開けて、廊下にいた執事さんに声をかける。
「あ! しつじさん、ちょっとニーナを呼んでくれる?」
「はい、リディアお嬢様。……私ではダメなのですか?」
「うん、きがえるの」
「…………くっ、かしこまりました。」
ギリリと歯をくいしばる執事さんに手を振って別れる。あの執事さんの性格がイマイチ分からないのよねぇ。
「リディアお嬢様、お待たせしました! お庭で遊ぶ用のドレスですか?」
「いいえ、ちがうの。あのね、ハッキリとした色の、ハデで、カラフルなドレスはあるかしら?」
「ううーん……お嬢様はふんわりしたご容姿ですから、派手な色のドレスは無いんですよねぇ。私達の誇りにかけて、似合わないものは着ていただきたくありませんし」
おおう。なんだか最近、ニーナはわたしを飾る事に力が入りすぎじゃないかしら? でも、無いなら仕方がないわね……残念だわ。
「じゃあ、ハデな布とかもない? あと、髪をこの前みたいに、ふわふわでクルクルでツルツルでピカピカできゅるんきゅるんにしてほしいの」
「ツルツルでピカピカ……? そんな髪型には絶対致しませんわ! ああ、恐ろしいっ」
「ええー」
ニーナ……貴女あの時、本当にデイヴィスの事しか考えていなかったのね?
そうよね、ニーナがあんな変わった髪型にするなんておかしいと思った。正気じゃなかったんだわ。だから、あんな変わった頭に……うう、ニーナにも嘘泣きしてやろうかしら。
だめだ、悪魔リディは封印したんだった。
「あ、そういえば」
「なあに、ニーナ?」
「ええと、メイドのマリーが街で服を買った時におまけでもらったストールが、派手すぎて使えないと言っていたような……」
「ほんと!? お願い、それ借りてきてっ」
「はいっ」
パタパタと走り去るニーナを見送る。これでやっと自主練ができそうだわ。
「リディアお嬢様ぁっ! お待たせ致しましたっ」
「ありがとう、ニーナ。ちょ、ちょっと1人にしてくれる?」
「えぇ? ……では、何かあったらお呼び下さいね」
「はぁーい!」
扉が閉まったのを確認して、鏡の前でストールを体に巻きつける。結構大きいから、マントみたいに前で結ぼう。おお、なかなかカラフルだわ。
「えーっと、たしかチェーリ先生は……」
体全体を使って、喉を緩めて、お腹から声を出すって言っていたわね?
「からだ……こう、かな?」
とりあえず手足を大きく伸ばしてみる。うぅん、全体を使っている感じがするわ。
「のどを……ゆるめる?」
え、意味が分からない。とりあえず口をぱかっと開けてみた。
「ほえで、ほなかかはほえをあふ? (それで、お腹から声をだす? )」
難しすぎるよーーー! でも、負けないっ!
手足をもにょもにょ動かしているから、体は使えている。
喉を緩められているかは自信がないけれど、口はしっかり開けている。
あとは、お腹さまに声を出してもらえば……!
「……グギュッグ! へらーーー!(でたーーー! )」
まぐれだったりして。も、もう一回。
「グギャアアアッ!」
でたーーー!
わたし、今、確実にエグランテリアの極楽鳥に近づいているわ!




