42 お嬢様、失言だった
「ーーリディ? やっぱり、朝から様子がおかしいよ。どうしたの?」
「お兄さま……」
認めよう。わたしの様子は確かにおかしい。
朝食の後、お兄さまの部屋でのんびりとお犬さまごっこをしている中で。
お兄さまのとろけそうな笑顔と優しい眼差しを貰いながら、おてをして撫でまわされて。
いい子だね、なんて囁かれて。
いつもなら、幸せでふんわりしている筈なのに……そうできないのは、わたしが悪夢を引きずっているからである。
「……あのね。もし、もしもの話よ。わたしが、ひつじのリンダさんの生まれ変わりだったらどうする? それで、世界中をひつじボールでうめつくそうと考えていたら」
「生まれ変わり……?」
「そう。わたしが、リンダさんの野望を持ったまま、生まれ変わってしまったリディアだとしたら。どうする?」
お兄さまもお母さまも、朝お父さまから聞いてリンダさんと孤児院の話は知っている。
わたしが、ひつじボールを子どもたちに作らせようとしている事を、知っているのだ。
お兄さまに、嫌われたり怖がられたりしたらどうしよう。わたしは確かに愛されているけれど、リンダさんの生まれ変わりと知っても、変わらずに愛してくれるのだろうか。
恐る恐る見上げたお兄さまは、眉間にぎゅっとシワを寄せて、悲しそうな顔をしていた。
うそ、嫌われた……?
咄嗟に俯くと、どんどん涙が滲んできた。やっぱり、わたしの事、嫌いになっちゃった?
「リディ、僕を見て。リンダさんの生まれ変わりだろうが、関係ないよ。可愛いリディには変わりないもの」
わたしの頭を撫でながら、優しく話すお兄さまの言葉を、信じたい。……でも、それならどうして悲しそうな顔をしたの? 本当は、がっかりしたんじゃない?
「お兄さま……ごめんなさい。遊ぶのは今度にしてもいい? ちょっと部屋でやすみたいの」
「待って、リディ!」
引き留めるお兄さまを振り切って、逃げ出した。
「どうしよう……」
昼前に部屋に閉じこもってから、ずっと布団に潜っていた。部屋に入ろうとするニーナや、優しく声をかけてくれるお兄さまを追い返してしまった。
おやつも貰いに行かなかった。
こうやって、布団の中で悲しみに浸っているのは楽だ。でも、いつまでこうしていよう?
既に、お腹さまは鳴り始めた。当然だ、もう夕食の時間が近い。ああ、でも、今はみんなに笑いかける事ができないわ。ここにご飯を持ってきてもらおうかな……
部屋にノックの音が響いた。
びくっとして、ドアの方へ振り向く。でも、誰の声もしない。
「だれ……?」
みんな、ノックの後は声をかけてくれるのに。ずっと待っても返事がないから、そっとドアを開けてみる。部屋の前に、1通の手紙が落ちていた。
「『ひつじのリンダさんへ、庭にお望みのものをご用意いたしました』……?」
なに、これ……? カタカタと体が震えだす。どうして、やっぱり、わたしはリンダさんなのね。逃れられない定めって事?
意を決して庭へと来たけれど、広い庭のどこへ行けばいいのか……もう日は落ちて、辺りは薄暗い。
ぐるっと見回すと、離れた木の下に、ランタンが置いてあった。なんであんな場所に?
近づいて見てみると、ランタンの横には、光に照らされたひつじボールがひとつ。
「これ、集めなきゃ……」
リンダさんが望むのは、ひつじボールだ。
拾って辺りを見ると、離れたところにまたランタンが。進むと、やっぱりひつじボールがひとつ。また離れたところにひとつ……あっ、次はあっち!
コートのポケットいっぱいに集めて、顔を上げた先には。
雪のブロックを積み重ねて作った、雪の家がランタンの光に照らされて輝いていた。
「きれい……妖精の家みたい」
ひつじボールを追いかけてここに辿り着いたわけだし、入っていいのよね? ドキドキしながら、ゆっくりと入り口を潜った。
「おじゃまします……」
「はい、どうぞ。待っていたよ、リディ」
「え!? お兄さま?」
雪の家の中は狭くて、わたしとお兄さまと、あともう1人大人が入ったらぴったりなぐらいだった。天井は穴が空いていて、星いっぱいの空が見える。
敷かれたカーペットの上で、毛布に包まったお兄さまが笑った。
「ふふ、僕だって気がつかなかったの?」
「だって……」
「とりあえず、こちらにおいで。冷えるから」
腕を引っ張られて、一緒の毛布に入る。そのままぎゅっと抱きしめられた。お兄さま、あったかい……わたしに、がっかりしているんじゃないの?
「リディ、朝の事だけれど。悲しかったんだ、僕は。こんなにリディが好きなのに、どうして不安になるのかなって思って……」
「え……リンダさんの生まれ変わりだったから、がっかりしたんじゃ」
「まさか! そんな事は関係ないって言ったでしょう? ……リディがリンダさんの生まれ変わりだったおかげで、こんな風に楽しく遊べたんだ。ひつじボールを探して歩くリディを見るのは、楽しかったよ」
「わたしも! さがすの、楽しかった」
「ふふ、ね? リンダさんの生まれ変わりでも、良い事はあるでしょう?」
「うん、そうかも……」
「それにね、前にリンダさんだったとしても、悪魔だったとしても。今は僕の可愛い妹なんだから。どんなリディでも、嫌いになるわけがない」
「ほんとに……? こわぁい、わるーいやつの生まれ変わりでも?」
「愛しているよ。例え、誰の生まれ変わりだろうと」
怖い夢を見てから、ずっと震えていたわたしの心が、ようやく落ち着いた気がした。
「信じてくれた? リディ」
「うん! 心配かけて、ごめんなさい。もしわたしが、これから世界をひつじボールでうめつくそうとしたら、お兄さまが止めてくれる?」
「もちろん。リディのためなら、世界なんてどうとでも動かせるよ」
そうやって微笑むお兄さまを見ていたら、夢で見たひつじのリンダさんなんて、ちっとも怖くなくなった。
頼れるお兄さまがいるのだ。生まれ変わったリンダさんの野望が果たされる事はないだろう。
わたしの大好きなお兄さま。かっこよくて、頭が良くて、強くって。わたしのために世界を動かすと笑った最強の……
「お兄さまって……絵本に出てきた魔王さまみたいね」
「ふうん? 僕が、魔王さま? どこが?」
ランタンの光がキラキラと反射する、雪の家。見上げると満天の星空。あったかい毛布に包まれて、隣を向くと、迫力の笑みを浮かべる魔王さまが……
お兄さまの機嫌を必死に取りながら思う。この日を忘れる事は一生ないだろう。
わたしのボケっとした頭に、暖かくて恐ろしい思い出が刻まれた夜であった。




