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28 お嬢様、愛に気がついた2

 

  ……困ったなぁ。


  わたしは、グーグーと己を主張するお腹の鳴き声を、頑張って聞こえていないフリをしながら歩いていた。

  料理人さんを失って、平気そうな顔をしても内心では寂しがっているだろうグレおじさんに、実はおやつ貰いに来たんだ! と言えるほど、わたしは鬼畜じゃない。

  だから、そう。グーグーを通り越してグギュウウウンッと聞いたことのない音がしたって、わたしは気にしない。気にしていないったら!


  自分を励まし、必死に暗示をかけながら歩く。大丈夫、これはお腹が鳴っている音じゃない! これは、きっと、迸る情熱の音!


  グギュウウウンッ

  グゥ、キュー……

  ゴゴゴゴゴゴ……!


  流石に限界かもしれない。なんなんだ、この音は。人間の体から、こんな音が出て良いのだろうか。ちょ、ちょっと自分がこわい……


  お腹が空いたひもじさと、未知の音への恐怖で、涙目になってきた。自然と小走りになる。廊下の角を曲がったところで、マヌエラが見えたので思いっきり飛びつく。


「マヌエラぁっ! ゴゴゴッ」


  ああ、お腹も喋りだした!


「あら、リディア様。熱烈な挨拶で、マヌエラは嬉しいですわ」

「マヌエラぁっ! グルウッ いま、おやつ持ってない? グギャアアッ」


  早く、早く出して! わたしが人間を辞める前に! なんだか進化しちゃいそうな音が出ているの!


  中庭のテーブルに手際よくお茶の準備をしてもらって、わたしはお腹の中に潜んでいる魔物をやっつける事にした。

  ああ、お腹さま、このクッキーでお怒りをお鎮めくださいませ……グギュッグ!

  え? 足りない? では、これでどうでしょうか……グウ。

  荒ぶる魔物と心の中で対話をしつつ、わたしは一心不乱にクッキーを食べ続けた。ふう、危なかったけれど、なんとかなりそう。


  ちょっと驚いたようにこちらを見るマヌエラに、今日はまだおやつ食べてなかったから! と必死に弁解する。いつもはもっと少食よ。


「いえ、お好きなだけ召し上がって頂いて構わないのですが……グレゴーリオは何をしていたのですか? まさか、リディア様に意地悪でもしているんじゃありませんわよね?」

「ちがうわ!」


  ああ、マヌエラが何か誤解している! 眉を寄せた不機嫌そうな顔が、壮絶に色っぽい。

  不意打ちの色気に当てられてクラクラしながらも、わたしはグレおじさんと料理人さんの絆と、別れを選択したグレおじさんの悲しみについて、しっかりと説明する。これで、グレおじさんが悪く思われることはないだろう。


「そこでね! グレおじさんが言ったの! ……あいつのしあわせを祈っているからな。ってそう言ったの! わたしも、料理人さんのしあわせを祈っているわ。何も言わずにやめちゃったのは、かなしいけれど……」


  料理人さん。わたしは、貴方の悲しみに気がつけなかったわ。せめて、今は幸せでありますように……

  そんな感傷的な思いに囚われているわたしのもとに、マヌエラのくすくすと笑う声が聞こえてきた。どうしたの?


「リディア様。一生懸命にお祈りしている所を遮るようで申し訳ないですが……あの坊やはここを辞めておりません。辞めたいなんて思ったこともないと思いますわ」

「え? でも、グレおじさんが……」


  送り出したって言っていたのだけれど。なんだか、雰囲気もいつもと違ったし……あれがわたしの勘違い? ううん、そんな事ないわ。


「料理人さんはいなかったし、グレおじさんはふきげんだったわ。どうしてなの?」

「まず、坊やが居ないのは休日だからですわ」

「え? きゅうじつ? 今までもあった?」


  わたしが厨房に行って、修羅場じゃなかった日はなかったのだけれど。


「あの坊やは……お馬鹿ですが、憎めない子ですわ。休日でも、暇とかなんとか言って、メイドたちを手伝って。グレゴーリオに休日ってことを黙って働いて、しっかり休めと怒られたりもしておりましたが……」

「そうだったの!?」


  料理人さん、そんな事していたの? 気がつかなかった……確かに、他の人はたまに居ない時があるのに、グレおじさんと料理人さんだけは絶対居るんだよなぁ。


「じゃあ、今日こそはゆっくりおやすみする気になったのかな? グレおじさんが帰らせたとか……?」

「いいえ、リディア様。坊やは今、デート中です」

「でえと? ……デート!? だれと!?」


  あの可愛い料理人さんが? 意外だわ!

  わくわくする気持ちが抑えきれない。思わずニマニマと笑ってしまった。ああ、誰かの恋のお話って、どうしてこんなに面白いのかしら。


「メイドのマリーですわ。昨日はかなり緊張していたけれど、大丈夫かしら?」

「マリー……? あ! あのメイドさんかぁ」


  使用人たちの中でも新入りの方で、アワアワと驚く姿が可愛いので、ついイタズラを仕掛ける回数が増えてしまうメイドさんだ。


  この屋敷で働く人たちは、皆わたしのイタズラに慣れている。

  けれど、若い使用人の方が、素直に驚いてくれるから楽しいのだ。ベテランさん相手だと、当たり前のようにやり返されるので、ちょっと仕掛けるのにも勇気がいる。

  その中でもマリーは、百発百中でイタズラに引っかかる素直さと、目を回すほど驚いても、すぐに笑って許してくれる優しさのおかげで、わたしのターゲットになりやすいのだ。本当にいつもごめんなさい。


「ふーん、料理人さんとメイドさんがデートかぁ……!」


  なんか、ちょこまかと動くリスの夫婦みたいで、お似合いの2人かも!


「ええ、実はマリーの方が、ずっと想いを寄せていたのですよ」

「きゃあああ! それで? それで?」

「でも、相手はあの坊やだから……なかなか気づいてもらえなくて。私達も応援して、結構アピールしていたのですが。鈍感なのですわ」

「でも! 今日はデートなんでしょ? ちょっとは気がついているはずよね?」

「ええ! 昨日、急展開というか……どうせグレゴーリオが何か言ったんでしょうけれど、坊やがやっと気がついて、マリーを追いかけたんですわ!」

「きゃあああ! 恋のはじまり!?」

「始まったかは分かりませんが、確実に距離は近づきましたね」

「わあ、なんかドキドキしてきた……! あした、どんな顔して会えばいいんだろう……?」

「リディア様は、普通にしていれば大丈夫ですわ」

「でも! だめだわ! 気になって……わたし、あしたは2人を遠くから見まもることにする!」


  ああ、恋って甘酸っぱいわ。

  ドキドキする胸を抑えて、わたしは庭師さんにデンファレが欲しいと伝えに行く。見せてもらったら綺麗な濃いピンクのお花で、安心した。

  商人のおじさんが届けてくれた紙とリボンもしっかりと確認して、濃さや柄の違うそれらを、花に合うような組み合わせで考えておいた。


  やるべき事はやった。

  今日は残念ながらロザリーの手紙は届かなかったけれど、とってもいい話が聞けた。

  明日を楽しみにしながら、わたしは眠るのだった。


  あ、そういえばグレおじさんに、料理人さんがメイドさんに取られて悔しいから不機嫌なの? って聞いたら、気持ち悪い勘違いするんじゃねえよ! って怒られた。

  そのときの顔が本当に恐ろしくて、わたしはこれは夢に出てくるな、と確信したのだった。

  怖い夢、やだよう。あのグレおじさんが出てきませんように。なむなむ。



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