27 お嬢様、愛に気がついた
朝食を終えて、わたしは1人、戦いの準備をしていた。具体的に言うと、右手に花言葉辞典を持って、左手に筆記用具を持って、頭の中のメモに一生分ぐらいの『デンファレ』って書いた。
今回は、庭師さんのペースに巻き込まれるわけにはいかないのだ。よし、出陣!
「リディアお嬢様! 商人のおじさまがいらっしゃいましたっ」
「えー! まだ朝だよ?」
がっくり。この、庭師さん専用の戦闘装備はどうすればいいのさ。
商人のおじさん、朝から働きすぎだわ。やっぱり馬の生まれ変わりじゃなくて、ニワトリの生まれ変わりかもしれない。
「おはようございます、リディアお嬢様。ふさわしい花言葉は見つかりましたかな?」
「おはよう、おじさん! わたし、ぴったりの花ことば、見つけたわ! デンファレっていうお花なんだけれど……いつさくお花なのか、まだしらべていないの。おじさん、知っているかしら?」
さすがに分からないかしら?
「おお! これは良い花を選ばれましたな。ちょうど、今月いっぱいまで時季ですよ。非常に美しい花で、贈り物にもぴったりです。確か、この屋敷の庭にも植えてありましたよ」
「そうなの? よかったぁ」
さすが、なんでも詳しい賢者さまね。
お庭に咲いているなんて、意外と近くにあったんだわ。これでロザリーに、摘んだばかりのお花が渡せる!
「では、私は包装に使う紙やリボンをご用意致しましょう。どんな物が宜しいですかな?」
「うーん……わたしとロザリーの色にしたいから……みどりとむらさき? お花のじゃましないように、うすーい色でおねがいします!」
「かしこまりました。では後ほど、いくつか届けさせますので」
「はーい! ありがとう」
ああ、素晴らしいわ。
『お似合いの2人」の花が咲くこの時季に、わたしとロザリーはお友だちになったのね。これって天の祝福だったりして。
そう、2人が出会ったのが運命なら、これから先には、恐ろしい試練が待ち構えているんだわ。
きっと、そう……ピーマン男がロザリーを狙っている……その後ろからわたしが現れる……華麗なジャンプ! ピーマン男め、ロザリーは渡さない! なんて日が来るのかもしれない。早めに、必殺技を考えておかないと。
密かにパンチの練習をしながら、廊下を歩く。
朝からおじさんにも会って、ひと仕事終えた気分。あとは庭師さんに、デンファレを持って行くことを伝えるだけ。
贈り物が決まったから、ロザリーからいつお返事が届いても大丈夫だわ!
頭がスッキリしたから、グレおじさんにおやつでも貰いに行こうかな。
……おかしい。
わたしは厨房の扉の前で息を潜めていた。
やっぱり、おかしいわ。静かすぎる。
ここ最近は修羅場にも慣れたぐらい、いつもはグレおじさんの大きな声が聞こえる筈なのに……グレおじさん、体調でも悪いのかしら。
グレおじさんが心配で、扉をそっと開ける。
厨房の奥では、グレおじさんが静かに何かをかき混ぜていた。良かった、見た感じはそんなに悪くなさそう。
じゃあ、何がこんなに、いつもと違うんだろう……? そう考えて厨房を見渡して、気がついた。いつも怒られている、あの料理人さんがいない! もしかして、怒られすぎて、辞めちゃった……?
「グレおじさんっ!」
「おお? お嬢ちゃん、どうした?」
「いつもの料理人さんがいない!」
「あいつか……」
グレおじさんの顔が、嫌そうに歪められるのを見て悲しくなる。グレおじさん、怒ると怖いけれど、実はあの料理人さんと仲良しだと思っていたのに。
「あいつなぁ……気がつくのがおせーんだよ」
ひどい!
「そのくせ、ちゃっかりと決めてきやがって。今はさぞや楽しく過ごしているだろうよ」
もう次の仕事も決まっちゃったの? ここで料理人をするのは、楽しくなかったのかな……
「グレおじさんは、引き止めなかったの?」
「なんで引き止めにゃならんのだ。むしろ、送り出してやったぜ」
そんな……! グレおじさん、あなたと料理人さんの絆を信じていたのに!
「グレおじさん……どうして?」
「どうして? そりゃあ、一応は、あいつの幸せを願っているからな」
「しあわせ? 料理人さんはしあわせになれる?」
「ああ。きっと上手くいくと思った」
グレおじさん……料理人さんには新しい場所の方がいいと思ったのね。だから、引き止めずに……
きっとこれも、愛情のひとつなんだわ。相手のためを信じて、送り出す。なかなか出来ることじゃない。わたしなんかが、横から文句を言ってはいけないわね。
料理人さんにもう会えないのは、とっても寂しいけれど……いつかまた会う日には、たくさんお話をしよう。
「グレおじさん……さみしくても、わたしがついているからね!」
「お、おう。そんなに心配してもらわなくても、大丈夫なんだが……」
グレおじさん、強がっちゃだめよ!




