18 お嬢様、当たり屋だった
パーティー会場には、わたしの想像を超えた人数が集まっていた。
メイドたちが、大勢の客の間を泳ぐように給仕している。会場に入ったわたしたちに気づいた人から、振り返ってにこやかに声をかけてくる。
あれ、ちょっと皆さま、なんでそんなにわたしを見るの? 咄嗟にお兄さまに抱きつきそうになるのを、エイダ先生の微笑みを思い出しながら乗り切った。ああ、わたしが主役のお披露目会だから、こんなに見られて当然なんだわ……
こんなに沢山の人たちがわたしのお祝いのために集まるなんて、逆にバチが当たるのではないかと思ってしまった。
お父さまのもとへ、次から次へと客が挨拶にやってくる。はじめの方は、エイダ先生を思い出し、手に汗握りながら。中盤からは、頑張って愛想をふりまきながら。おわりの方は、疲れてしまって、公爵令嬢の仮面モードで済ませた。これで、みんな挨拶は終わったらしい。
「お疲れさま。リディ、あちらでユーリウスとお茶を飲んできなさい。私たちはお話しているから」
えー! お父さまたち、まだお話するの? 信じられない。お父さまはともかく、お母さまも、意外と体力があるのね。
お兄さまが流れるような手つきで渡してくれたお茶を飲んで一息つこうとして、やっぱり甘いものが足りないわ、と思う。
顔を上げようとしたその瞬間に、一口大のケーキが目の前に差し出された。
「チョコレートケーキだよね? リディ。ほら、あーん」
パッと顔を上げたわたしの前には、微笑ましいものを見るかのような、優しい顔をしたお兄さまがいた。
口元にあるケーキをぱくりと食べながら、お兄さまのポテンシャルの高さに慄く。どうしてチョコの気分ってわかったの? 別に見つめたりしていなかったのに。とうとう心を読みはじめた?
本当はケーキを受け取って、自分で食べるべき。エイダ先生が脳裏にちらつくけれど、わたしはあまりの驚きに、素直にケーキを食べさせてもらう事にした。
いつものように食べさせてもらっているうちに、ここがパーティーの会場内という認識も薄れてくる。
挨拶の間ずっと緊張していたわたしは、甘いケーキと、お兄さまによって緩んだ空気に、すっかりふぬけてしまった。
(なんか、去年の誕生パーティーの方が、楽しかったなぁ。だって、周りを気にする必要がないから、ケーキも食べ放題だったし、みんなにギュッてしてもらえて、頭も撫でてもらって……グレおじさんなんて、肩車までしてくれたのに。ここにお祝いに来てくれた人たちは、わたしには、あんまり話すことがないみたい。お兄さまは、嫌な奴がいるかもって心配していたけれど……もうこの際、意地悪でもいいから、普通に話しかけて欲しいわ)
普段から、周りの激しいスキンシップに慣らされているリディにとって、このパーティーの出席者との表面的なやりとりは、物足りない感じがするのだった。
わたしとお友だちになってくれる人、どこかにいないかなぁ。会場を端から見渡す。
子どもたちは、ほとんどが親と一緒にいるようで、話しかけづらい。
1人でいる子、見つからないな……
これはもう、お父さまたちに手伝ってもらって、家族ぐるみで話す作戦しかないのかもしれない。ちょっと気が進まないけれど、そうしよう。立ち上がって、気合いを入れる。
「お兄さま、わたし、もとの場所にもどる」
「もう少し、休まなくて平気? リディ」
「うん……お友だちがほしいから、がんばるわ」
「そう、わかった。疲れたらすぐに言うんだよ」
いつもわたしの事をいちばんに考えてくれるお兄さまの優しさに、ちょっとだけ元気がでた。お兄さまの方に振り返って笑う。
「ふふ、ありがとう! お兄さま!」
「あっ、待って!」
「きゃっ」
「えっ」
何かにドンッとぶつかる。わたしが前を見ずに進んだせいで、背中同士が当たってしまったらしい。慌てて謝る。
「ごめんなさい! あの、お怪我はありませんか?」
わたしがぶつかったのは、少し歳上に見える女の子だった。
その子を見た瞬間に、心が勝手に歓声を上げた。正直に言うと、ぶつかった申し訳なさよりも、よくやったわたし、と思う気持ちがあった。
ああ、未来が見える気がする。
大勢の人の中で、偶然ぶつかるわたしたち。それをきっかけに、仲良くなって……10年後くらいに思い出を振り返って、あれは運命だったのね、と笑いあうのだ。うん、きっとそう。
ええ、この子がわたしの天使なんだわ。
お友だちを作るため、この運命を逃してはならない!
「あ、やっぱり、怪我をさせてしまったかも! ね? いたいですよね? きっと怪我をしてるわ! こっち! こっちで手当てします!」
わたしは、女の子を控え室まで引っ張ることにした。ちょっと必死すぎたかもしれない。
びっくりした顔の女の子の向こう側には、ご両親に謝っているらしいお兄さまが見えた。
お兄さまごめんなさい、そちらは任せたわ!
控え室に入って、女の子に向き合う。ついでにじっくりと観察してみた。
歳は少し上。きっと6歳か7歳くらい? 髪は落ち着いた濃い茶色で、目はエメラルドのよう。わたしとは逆に、ちょっとキツそうに見えるつり目がクールな感じで素敵だわ。うん、美人さんね! さすがわたしの天使さまだわ。見た目はどちらかというと、小悪魔っぽいけれど。
「あの……」
「なになに!?」
わたしのお友だちのはじめての言葉! 心に焼き付けておかないと。さあ、なんて言ってくれるの?
「こんな所へ連れ込んで……なんの用ですの?」
こちらを訝しげに睨む表情に、ぞくぞくとした。簡単に人と馴れ合わない、そんなクールで孤高の雰囲気のある女の子が、わたしのはじめてのお友だちだなんて!
もう、わたしのテンションは最高潮だ。
「聞いておりますの? 私、怪我なんてないですわ。貴女もご存知でしょう?」
「あ、リディって呼んでほしいな」
「……は?」
「お名前、おしえてくれる?」
「……ロザーリエ。セルディン侯爵家の」
「ローザかぁ! いや、ロザリーかな。ロザリー!」
「ちょっと貴女、」
「リディだよ!」
「う……訳が分からないのですけれど、私もう帰ってもよろしいの?」
「えぇ! もうすこし、お話しようよ。おやつあるよ?」
ロザリーのためならば、グレおじさんのスペシャルおやつをあげたって惜しくはない! 今日だけだよ?
「いえ、結構ですわ」
「そんな!?」
「あの、用はなかったということですね?」
そんな! これってちゃんとお友だちになれてる? ロザリーがおやつ嫌いなだけなのか、まだお友だちになれていないのか分からない。
こうなったら、もっと強引に行くしかない!
「お、おやつをいっしょに食べてくれるまで、帰さないから」
「……はぁ?」
「ぶつかったんだから、おわび! お友だちになるまで、帰さないから!」
「…………お友だち?」
「そう! わたしとロザリーはお友だち!」
まだなっていないかもしれないけれど、宣言したもの勝ちだ! 大丈夫、10年後には運命だったって分かる筈だから。
「貴女……お友だちの作り方、間違えていると思いますわ」
大丈夫! わたしの魅力は、10年かけて分かってくれたらいいから!




