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12 お嬢様、公爵家を窮地に追い込む5

 

 夕食を終えたわたしは、ドレスのまま、長椅子の上で眠気と戦っていた。


「リディアお嬢様……本当にアーヴィン様が帰るのをお待ちになるのですか? 普段なら、もう湯浴みも済ませて寝る時間ですわ。猫耳を見せるのは、明日の朝でもよろしいかと……」


  うん? そういえば、猫耳をつけたままだった。さすがにもう外してもいいだろう。


「ニーナ、ちがうの。わたし、おとうさまにおねがいがあって……」

「まあ、そうなんですか? でしたら、確かに猫耳は有効ですわね! さすがリディアお嬢様、交渉術ってことですねっ」


  え? 猫ちゃんって交渉術なの?

  ……ま、まあ知っていたけど! でも、ニーナなりの交渉術も聞いてみようではないか。


「うん、そうなの。それで、ニーナ。こうしょうをゆうりにすすめるために、ちえをかしてくれるかしら?」

「お任せください、お嬢様っ! 私、三姉妹の末っ子なんです。姉たちのような賢さはなくとも、おねだりの上手さと、良いところを持っていく要領の良さには自信があるのですっ」

「あら、たのもしいわ」

「はいっ! 末っ子ですから!」


  うとうとしている場合じゃないわね。交渉術を身に付けましょう!


「ああ、上目遣いがお上手ですわ、リディアお嬢様。そのまま少し眉を下げて、心苦しそうな雰囲気を作るのです」

「むずかしいわ」

「いいえ、簡単ですわ。そうですわね、前に、メイド長と料理長が仲良く話しているのを、柱の陰からご覧になっていたでしょう? あの時の悲しげな表情をもう一度すればいいのです。さ、できますでしょう?」

「ニーナ、あのときみていたの!?」

「ええ。屋敷の使用人はみんな見ておりました。もちろん、メイド長と料理長も」

「う、うそ……わたし、かくれていたのに」

「あっ、その表情もらいました! そのまま、体を震わせて……手を胸の前で合わせて……まあ! 素晴らしいですわ!」

「これでいいの? 完ぺき?」

「ああ、お嬢様、あとは声を使うのです。いつもの元気なお嬢様の声も可愛らしいですが、表情に合わせて、頼りなげな声を出すのです。誰もが拾わずにはいられない、雨の中の仔猫をイメージしてくださいませ! 主人に甘えきった、しかし、雨にも負けないくらいの健気さを持った気高い仔猫を!」

「こ……こんなかんじ、かしら……?」

「素晴らしいですわ! あと一息です、お嬢様。今は猫ちゃんなんですから、語尾はきちんとなさいませ」

「こ……こんなかんじ、かにゃあ……?」

「完ぺきっ! 完ぺきですわ、お嬢様ぁっ!」




  お父さまが帰ってきたとメイドが伝えに来てくれたので、急いでお父さまの部屋に向かう。


「おとうさま、リディアです。はいりますね」

「リディ? どうぞ」


  ドアを開けると、着替えたばかりらしいお父さまが、こちらを振り返って、軽く目を瞠った。


「リディ。こんなに遅くまで起きて、いったいどうしたの? 私は起きているリディに会えて嬉しいけれど、無理をしてはいけないよ」


  さあ、ここからがわたしの交渉のはじまり!


「お、おとうさま……」


  お父さまの足下によって、服の端をギュッと握る。そのまま、眉を下げて、体を震わせて……お父さまと、しっかりと目を合わせる。ここは、雨の中! わたしは、お父さまに拾ってもらわないといけない、仔猫なのよ、と自分に言い聞かせる。


  お父さまは、続きを促すかのように、足下にいるわたしの頭を優しく撫でている。ときどき、くいくいと猫耳を引っ張るのは、気になるからだろうか。


「おとうさま……わたし、ジョンがひつようなの。ピーマンもたべるわ、おねがい、ジョンをこのいえにおいてほしい、にゃあ……」


  お父さまの頭を撫でる手が止まった。

  何故か、笑顔が深まった。こんなお父さまは初めて見る。


「そう……リディ、教えてくれる? リディにそこまで必要とされるジョンって、いったいどこのどいつなのかな?」


  ジョンがどこにいるか? そういえば、ふらふらしてるって話だし、どこにいるかは分からないわ。でも、さすがに王都からは出ていないと思うのだけれど。


「ジョンは……ふうらいぼうだから。おうとのどこにいるか、わからないの」

「へぇ……風来坊ね。どこの馬の骨だか分からないけど、リディの事まで誑かせた手腕だけは褒めてやってもいいかな。リディ、ちょっと待っていてくれる? ジョンを見つける準備をするから」


  おお、これって交渉成功ってこと!?

  ありがとう、ニーナ! ありがとう、猫耳! これで、わたしが1人寂しく夕食をとることはなくなるわ!


「おとうさま……! ありがとう! わたし、とってもうれしい!」

「ふふ、気にしなくていいよ、リディ。まだ見つかるとは限らないからね。そう、一生懸命探すけれど、会わせられなかったらごめんね?」


  そう言ってお父さまは上着を羽織り、剣を手に取る。ベルを鳴らして、執事長を呼んだ。


「ああ、すまない。私はちょっと出かけるよ。リディがどこぞの馬の骨のジョンを側に置きたがっているから、探しに行くことにしたんだ。この意味が分かるね? 私は影を何人か連れて行くから、お前たちで身元を洗うように。探す範囲は王都内。もし人が足りなければ、領地の私兵を早馬で呼びなさい。そうだ、ユーリウスはまだ起きているね? 剣を持って厩に来るように伝えなさい。私は先に馬の準備をする」

「かしこまりました、旦那様。すぐに采配を振りますので、どうぞ私もお連れください。手荒い尋問も得意にございます」

「ああ、急げ」


  お父さま! ちょっと待って! なんだか雰囲気が禍々しいの!

  お父さまの笑顔が怖いなんて初めてだわ!


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