11 お嬢様、公爵家を窮地に追い込む4
わたしはひとり、屋敷の中を歩いていた。
さっきまでお兄さまと居たんだけど、話しかけても叩いても、お兄さまが全く反応してくれなくなってしまったのだ。それまで普通に話していたのに。
きっと、将軍との剣の猛稽古で、疲れ果てて目を開けたまま眠ってしまったに違いない。
メイドたちの休憩室に行ってもいいけど、もう夕食の時間になっちゃった……部屋に戻らなくちゃ。
お兄さまが帰ってきたから、夕食は久しぶりに、食堂で一緒に食べられると思ったのに。疲れて眠っているんだから仕方がないけれど、部屋でひとりでご飯を食べるのも、いい加減寂しいなぁ。
お父さまは、わたしの夕食には間に合わないことがほとんどだし……
お母さまは日によって違うけれど、今日は遅いって聞いた。
「なんだか、とってもさみしいにゃあ」
今まで家族と使用人の深い愛に包まれて気がつかなかったけれど、実はわたしって寂しいやつなんじゃないだろうか。
みんな、お仕事があるのだ。わたしばかりに構ってはいられない。お兄さまとはいつも一緒にご飯を食べていたけれど、これからは王太子さまに連れ去られていく日が増えるかもしれない。そしたらまた、わたしは1人でご飯を食べるのだ。
使用人のみんなは優しいけれど、一緒の食卓にはついてくれない。
誰か、わたしと一緒にご飯を食べてくれる人、いないかな……? お仕事がない人が理想なんだけど。
「……そうだ!」
この前、屋敷に出入りしてる商人のおじさんが言っていた。息子が風来坊で困っていると。
風来坊ってなに? と聞いたわたしに、確かにこう言ったのだ。
仕事もせずに、あちらこちらをふらふらとしているバカって意味ですよ、と。
お仕事をしていないってことは、美味しいご飯もあまり食べられていないのかもしれない。
おじさんは、言うことを聞かなくて困っていると言っていたけれど……それは無理にお仕事をさせようとしているからでは?
そう、お仕事じゃなくて、ただ、美味しいご飯を食べようって提案したら、意外と定住しちゃうんじゃない? だって、美味しいものが嫌いな人なんていないんだし。グレおじさんのご飯は絶品だし。うん、きっとそう。
つまり、風来坊さえ捕まえたら、わたしはもう1人でご飯を食べることはないのだ!
「もんだいは、おとうさまをどうやってせっとくするかよね……」
お父さまは優しいし、わたしに甘いけれど、他人が毎回ご飯を一緒に食べていたら、さすがに良い気はしないだろう。
この屋敷でいちばん偉いのはお父さまだから、お父さまの承諾が取れればいいのだ。
ただのワガママと思われたら、きっと流されて終わる。真剣な問題なんだと伝わるようにしないと。とりあえず、お父さまを説得する台詞を考えておこう。
「おとうさま、しょうにんのむすこに、おいしいごはんをたべさせたいのだけれど?」
だめだ。なんか高飛車だし、理由がわからない。
「おとうさま、わたしにはしょうにんのむすこがひつようなの!」
うーん、これは真剣さが伝わる。伝わるけれど、なんでそんな遠い知り合いを欲しているのかがわからない。
商人の息子さん、なんて名前だったっけ? おじさんと似た名前だったと思うのだけれど。ジェ……ジュ? ジュリアンだっけ? ああ、もう、ジョンでいいや!
「おとうさま、わたしにはジョンがひつようなの! このいえにおいてちょうだい!」
おお、かなり良い。これだけ気持ちの入った言葉は、なかなか流せないだろう。
でも、どんなに真剣に言ったとしても、ただのワガママであることには変わりない。
ワガママを聞いてもらう代わりに、メリットがあると伝えなきゃ。大人の交渉ってそういうものだわ。
「おとうさま、わたしにはジョンがひつようなの! このいえにおいてちょうだい! わたしは、ジョンのためなら、ピーマンもたべるわ!」
完ぺきだ。わたしはピーマンが大嫌いである。口に入れたら死んじゃうかもしれない、と常々アピールしていたので、決死の覚悟だと伝わるだろう。お父さまもわたしの好き嫌いに困っていたから、好き嫌いが無くなるのはメリットになる筈。
問題はこれを言ったら、本当にピーマンを食べないといけなくなるという事だけれど……でも、きっと、なんとかなるわ! グレおじさんならどうにかできるかもしれない。ピーマンなのに甘いケーキとかにできるかもしれない!
よし! わたしの未来は明るいわ!
今日はお父さまが帰るまで、きちんと起きていないとね。




