10 お嬢様、公爵家を窮地に追い込む3
「リディ、リディ、すまない。2日で戻るなんて言っておきながら、8日間も帰らないなんて。お兄さまはとんだ嘘つきだね。もう今後一生、リディとの約束を破らないと、僕の剣とリディへの愛にかけて誓うから、許してくれるかい?」
お兄さまの愛が重い。確かに少し寂しかったけれど、今後一生の誓いなんてしなくていい!
ちなみにお兄さまはいま、わたしを向かい合わせで膝に乗せ、頭をなでなでしながら話している。これは、久しぶりに会って感極まっているからではなく、お兄さまと話す時の基本姿勢だ。
「おにいさま、おかえりなさい! おこってないから、わざわざちかわなくていいわ」
「そう? ありがとう、僕のお姫さま」
で、でた! お兄さまの黄金色の目が、嬉しげにキラキラと輝いて、優しく細められる。まるでわたしを眩しいもののように見て、とろけそうな甘い笑顔。
僕のお姫さまって呼びかける声も、メープルシロップをかけすぎたパンケーキみたいに甘い。
ついでに頭をなでなでしていた手は、わたしの頰に移って、優しく撫でる。
三連撃だわ……! もう、お兄さまのことしか考えられない……!
「おにいさま……」
「うん? 僕のリディ。そういえば、可愛いお耳がついているね? どうしたの?」
「えっと……わたし……」
わたし、何をしようとしていたんだっけ? ええと、確か、猫耳ブームのために、世論への戦いを挑んでいたんだわ。
でも、それってお兄さまより大切なこと?
大好きなお兄さまと戦わなくちゃいけないなんて、辛すぎるわ。もう、やめちゃおうかな……
わたしの中の、慈愛に溢れ、戦いを望まないリディが語りかけてくる。ふむ、天使リディと名付けよう。
(リディ、もう、戦いなんてやめなさい。貴女も傷つくだけよ。はじめから、戦う必要なんてなかったんだわ。猫耳を外して、グレおじさんにおやつを全部返して謝って、無かったことにするのよ)
え、おやつは返さないといけないの? うーん、それはちょっと……
悩みはじめたわたしを嘲笑うかのように、わたしの中の、利己的な、戦を望むリディも口を出してきた。ううむ、こちらは悪魔リディだな!
(ねえ、リディは大義のために戦っているんでしょ? こんな所で放りだすなんてとんでもない。猫耳が流行れば、初陣を切った貴女は一躍スターだわ。そうなれば、社交界中のおやつは貴女のものよ)
そうか、大義のためね……社交界中のおやつにはちっとも興味はないけれど、大義のためなら仕方ないのかもしれない……
(それって、ただおやつに釣られているだけだわ! 貴女はお兄さまと戦えるの?)
と天使リディが言う。
(はんっ! だいたい、おやつを返して無かったことにするって考えがせこいのよ。おやつをそっくり返したとしても、あの戦は無かったことにはならないわ。グレおじさんは討たれ損じゃないの)
と悪魔リディが鼻で嗤って返す。
ど、どうしよう、天使と悪魔が言い争って決着がつかない。オリジナルリディはどうしたらいいの?
(リディアお嬢様ぁっ! もう、何も考えずに猫ちゃんになっちゃいましょう! 天使と悪魔は二の次ですっ! さあさあ、私が教えました通りに!)
え、ニーナでてきた。
(リディアお嬢様ぁっ! さあ! 今です!)
このニーナはどこから入り込んだの? もう訳が分からない。ニーナに教わった猫ちゃんってどんなのだっけ? えっと……
「ごしゅじんさまぁ、リディをペットにしてくださいにゃあ」
「リディ!?」
あれ? お兄さまが固まってる。




