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異端者

 京都の郊外に造られた新十字軍の日本支部の中でも一際大きいその場所は、ここ数日で多数の構成員が集められピリピリとした空気が流れ始めていた。

 そして、集められているのは信仰を持つ同士だけでは無かった。

 その内の一人、その筋では名高い傭兵の男はあろう事か式場としても使われる教会で、葉巻をくゆらせながら酒をあおっていた。

 スキンヘッドに整えた頭と日焼けした肌には無数の傷跡が残り、シャツを押し上げる程に鍛えられた肉体は巨大な体躯も相まり凄まじい威圧感を彼に纏わせていた。

 彼としては面白そうな依頼を見つけたので周りに内緒で受けてみた所までは良かったのだが、蓋を開けてみれば待機を命じられたまま時間だけが経ち、暇を持て余していたのだ。

 その上、拠点の敷地内から出るなと言われてしまったため、仕方なく退屈を紛らわす為に少し前に見つけたお気に入りの場所で持参した嗜好品を楽しんでいた次第なのだが……そのささやかな楽しみすら奪われようとしていた。


「一体、何をしているのだ……Mr.モーガン……!!」


 細く甲高い神経質そうな声が教会の中に木霊した。

 モーガン、と呼ばれた傭兵の男は声のした方へと視線を向け、如何にも面倒臭そうに口を開いた。


「オイ、俺をファミリーネームで呼ぶんじゃねぇ。俺を呼ぶ時はミゲルと、そう呼べと言ったよなぁ?」


 質問に答えていないその返答に、司祭服を着た細身の青白い顔をした男は顔を歪めた。

 彼は縁なし眼鏡を指でグイッと押し上げると、感情と共に表情を消し今度は平静を装った声で再度尋ねた。


「では、ミゲルさん……もう一度聞きましょう。貴方は、この神聖な建物の中で一体何をなさっているのですか?」

「ハッ……!! そうキレんなよ司祭殿……コイツを飲み終わったら出てくからよ」

「……主の御前で、葉巻に酒など……」

「フ〜……俺は無宗教なんでね。アンタらにとってここが神聖な場所だろうと俺には何の関係もねぇ。あの美しいガラス細工を眺めながら酒を飲むのは中々良いモンだがな……何なら司祭殿も一杯どうだ?」


 煙を吐き出しニヤリと笑いながら瓶を掲げて見せるミゲルに、司祭服を着た男はこめかみ青筋を浮かべながら何かを言おうとした。

 しかし、何を言っても目の前の男には通じないと悟ったのか彼の口から出たのはこんな言葉だった。


「神は……全てを見ていらっしゃいます。どうか汝に神の教えに気付く機会が与えられますように」

「ハッ、こりゃご丁寧に……で、一体何の用だよ?」


 ミゲルは司祭服の男がただ自分の行為を注意する為にここに来た訳ではないと分かっていた。

 この支部の運営を任されている新十字軍幹部である彼……春日誠次がそんな事の為に一人でミゲルに会いに来る筈が無いのである。

 春日は同志では無い怪しい情報屋が雇った、品性の欠片も持たない信仰のしの字すら理解できそうに無いミゲルの事を疎ましく思っていたが、こういう時の彼の察しの良さと戦闘に置ける実力だけは認めていた。


「……ジョーカーから対魔課が動き出したとの情報が入りました」


 ただそれだけの短いセリフを聞いただけで、ミゲルに劇的な変化が現れた。

 獲物を見つけた獣の様な、猛々しい殺気を隠そうともせずにミゲルは獰猛に口元を釣り上げた。

 これでフランス人だと言うのだから信じられない……と、春日は心の中で苦々しく呟いた。


「そりゃあ有難い……ようやくお楽しみの時間ってわけか……」


 ミゲルはそう呟きながら右手に持っていた火がついたままの葉巻を握り潰した。

 常人ならそんな事をすれば火傷を負うのは当然である。

 だが彼は常人ではなく、常識の通用しない世界で生きてきた立派な狂人であり、数多の戦場をくぐり抜けてきた歴戦の戦士だった。


「ゴミはゴミ箱に捨てて頂くよう、お願いしますよ」


 生真面目、あるいは神経質過ぎる春日の突っ込みにミゲルは若干萎えてしまった。

 まあ、熱くなりすぎるのは自分の悪い癖なのだからそれを抑えてくれたのだ……とミゲルは好意的に捉えておくことにした。


「了解了解……それで、俺はココ(・・)を守れば良いのか?」

「……………ええ」

「そんな嫌そうな顔すんなよ。仕事はキッチリこなしてみせるからよ」


 ミゲルには全く理解出来ないのだが、この場所は春日達にとって心の拠り所となる場所であり、同時にミゲルでも理解出来る程拠点防衛上重要な場所なのだ。

 そんな場所の守護を部外者のミゲルに任せるのは、プライドの高い春日には到底容認出来るものでは無いのだろう。

 それでもミゲルがこの場所の担当になったのにはそれなりの理由があった。


「一応、貴方の実力は信頼していますよ……ですが、そもそも貴方の出番は無いかと思われますがね。ココは異端者に攻め落とせる様な場所では有りませんから。対魔課といえど、敷地に入る事すら不可能でしょう」


 自信に満ちた表情と声で、春日はそう言い切った。

 確かに、春日の意見にはミゲルも半分程は同意出来た。

 それでもミゲルは予感していた。

 必ず自分が楽しめる様な場面が訪れるだろうと。


「(じゃなきゃ、あんな派手な依頼料にはならねぇだろうよ)」


 ミゲルは酒を飲み干すと、準備を整えるため一旦教会を後にした。

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