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依頼開始 その三

 四時間程の仮眠だったが、緋志は比較的すっきりとした目覚めを迎えた。

 とはいえ、体の芯に鉛の様な倦怠感は残っていた。

 昨日は華院との立会いという濃ゆい体験をしたのだから、無理もなかったが。

  「(まあ、移動中に少しは休めるだろ……)」

 緋志は眠気覚ましの為にコーヒーを入れる準備を始めた。

 お湯を沸かしながら、エリナの分も作って置いた方がいいだろうか、と悩んでいると丁度良いタイミングで事務所のドアがノックされ、エリナが入って来た。

「おはようございます」

「おはようございます……眠れましたか?」

「はい。お風呂も貸して頂けましたし、快適に過ごせました」

 お風呂、の部分で思わず緋志はピクリと反応してしまった。

 健全な青少年の様に、女性人の入浴シーンを想像してしまった訳では無い。

 緋志の脳裏に浮かんだのはそんな生易しいものでは決してなかった。

 どうも、あの一件以来ルミとは別の意味で緋志も風呂という単語がトラウマになっている様だった。

 緋志は首を振って気持ちを切り替えると、彼女も飲みたいという事だったので二人分のコーヒーを用意した。

 エリナは、お世話になりっぱなしであるし、自分は使用人なのだから、と言って緋志を手伝おうとしてくれたが、彼の中の何かが彼女を椅子へと座らせる事を促した。

 彼にも上手く説明は出来ないのだが……エリナからは何処となくルミと似通った雰囲気が漂っていたのだ。

 彼の英断のお陰でコーヒーのいい香りが事務所を満たした頃に、麗子の部屋からルミと霧上が姿を見せた。

「おふぁようごじゃいます……」

「……おはよう」

 ルミは欠伸を噛み殺しているのが見え見えで、モゴモゴと口を動かしながらソファへと腰を下ろした。

 一方、霧上の方はしっかりと目が覚めている様子だったが、何やら疲労の色が浮かんでいた。

「あんまり眠れなかったか?」

「いや、その……」

 心配になった緋志が尋ねると、霧上は言い淀んでしまった。

 緋志は眠れなかっただけなら別に隠す事でも無いのでは……と首を捻ったが、数秒掛けて彼女が口を閉ざした理由に思い当たった。

 何故、彼女達を一つのベッドで寝かせてしまったのか。

 麗子ではないのだから、過ちも起こらないだろうと軽い気持ちでの提案だった。

 その方がソファで休むよりも良いだろうという、緋志なりの気遣いだった。

 きっと、ルミの寝相が壊滅的でなければ、霧上もちゃんと仮眠を取ることが出来ただろう。

「………悪い」

「今野が謝る事ではないだろう。というより、誰も謝る必要はない」

 二人のよく分からないやり取りに、ルミは寝ぼけて気付いておらず、エリナの方は特に気にしなかった様だった。



 よくよく考えると、騒動のせいで緋志達は昨日の昼から何も食べていなかった為、眠気が消えてくると同時に空腹感に襲われた。

 時間も無いためコンビニで食べ物を調達して、新幹線の中で食べようという事になり、一同は最低限の荷物を準備して事務所を出ようとした。

 しかし、彼等の計画は一歩目から困難を迎えてしまった。

 エリナが気付かなければ最悪、緋志達は剛司と鉢合わせになっていたかもしれないと考えると、先に気づけたのは不幸中の幸いと言えたかもしれないが。

 ともかく、エリナはふと剛司の居場所を確認出来るという情報を伝え忘れていた事に思い当たった。

 彼女は剛司の魔具に念の為に発信機の機能も追加していたのだ。

 エリナが携帯を取り出し、緋志達と一緒に画面を確認すると、彼の居場所を示す光点はここから僅かに徒歩5分の距離、緋志達の目的地である駅で点滅していた。

「………つまり、逆伎は駅を張ってるって事か」

 緋志は呟きながら、どうするべきかを思案した。

 たまたま剛司が駅に居るだけかもしれないという考えを、緋志は瞬時に打ち消した。

 剛司が勝ち目の無い緋志達が町から逃げると踏んで駅に陣取っている、と緋志は予想した。

 となれば、待っていた所で彼は移動してはくれないだろう。

 どうにかして、京都まで行き麗子を見つけなければならない。その為にはこの町で唯一の高速移動が可能な交通機関である新幹線の利用は必須だった。

「今野、どうする?」

 霧上の問いかけに緋志はすぐには答えられなかった。

 が、数秒掛けて彼は剛司を動かす為の案を思い付いた。

「………エリナさん、逆伎はエリナさんの位置情報を調べたり出来ますか?」

「? はい、コチラのGPSをオンにしていれば可能です」

「………一つ、考えがある」

 必要条件の確認が取れた緋志はそう切り出すと、自分の考えを簡単に説明した。

 緋志の危険が大き過ぎるその作戦にルミは最後まで難色を示していたが、代替案を考え出す事も出来ず、最後には彼の提案を受け入れるしかなかった。




 部活の朝練の為だろうか、駅では早朝から多くの人々が行き交っていた。

 その流れを観察出来る階段横のスペースに剛司はいた。

 緋志の予想通り、剛司はルミがこの町から逃げ出し、紅道家に逃げ込むと考えていた。

 そうなれば、如何に実力があるとはいえ剛司の目標達成は格段に難しくなってしまう。

 それだけは絶対に避けなければならなかった。

 とはいえ、手詰まり気味になってきてる感も否めなかったが。

「(………場所が、悪いな)」

 場所、とは神木町とその周りを囲むかの様に存在する山を指していた。

 神木町は普通の町に比べてズバ抜けて異様な気配が多いのである。

 原因は様々だったが、この辺りが霊的に安定し過ぎている場所であるという事が一番の理由だった。

 そのせいで、剛司の感知能力でも紅道瑠魅らしき存在を探しきれないのである。

 頼りになるのは、謎の依頼主から送られてきた一枚の写真だった。

 遊園地のフードコートらしき場所でオムライスを食べながら幸せそうに笑うその少女は、普通の人間にしか見えなかった。

「(………迷う、必要は、ない。俺は、自分の、守りたい、人を、守るだけだ……)」

 胸中に浮かんだ迷いを振り払い、剛司は携帯をポケットにしまおうとした。

 その時、彼の右手に振動が伝わった。

 通知を見ると、そこには見慣れた番号が表示されていた。

 きっと、北条陣とやり合った後の現場を見られてしまったのだろう、と剛司は予感した。

 暫く待っていると、やがて着信は切れた。

 剛司はホッとして画面を閉じようとしたが、間髪入れずに再び携帯のバイブレーションが作動した。

 今度の番号に、剛司は見覚えがなかった。

 タイミングが気になった彼は、一応その電話に出てみる事にした。

「誰だ?」

『誰だ、とは御挨拶だな逆伎剛司。アンタ俺達の事知ってるだろ?』

 聞いた事の無い少年の声だったが、すぐに相手が今野緋志であると彼は気が付いた。

 そして、何故彼がこの番号を知っているのか、それが引っかかった。

 どうして、彼女からの電話が直前に掛かってきたのか。

 いや、あれは本当に彼女からの電話だったのか? そんな、疑念が剛司の脳を支配した。

「お前、まさか……」

『はっ、流石に理解が早いな。お前の所のメイドを一人預かってるぜ。安心しろよ、まだ殺してない……さて、ここで問題だ。俺達(・・)は何処にいるかな? 一時間以内に見つけられれば、ひとまずメイドの安全は保証してやるよ』

 それだけを言い残し、向こうから電話は着られてしまった。

 早まる動機を抑えようと、剛司は大きく息を吐いた。

「(落ち着け……落ち着け……)」

 緋志がどうやってエリナの事を知ったのかは剛司には分からない、だが、この状況で緋志がエリナを拉致したとすれば彼の目的は透けてみえた。

 仲間が傷つけられた事への報復、そして彼女を人質にした剛司の牽制が目的なのだ、と彼は考えた。

 手遅れかもしれないとは考えない、一秒でも早く彼女を見つけなければ。

 彼は祈る様な気持ちで携帯を操作した。

 画面に表示された光点の位置を確認し、剛司は運はまだ味方してくれていると安堵した。

 既に自分の理性が働かなくなっているとは、彼は思いもしなかった。




「動いた……いいぞ、今の内に駅に行け。後はこっちで何とかする」

 エリナの携帯で剛司の位置を確認しながは、彼は自分の携帯で通話していた。

 電話の向こうから聞こえてくる声は、今にも泣き出してしまいそうなものだった。

『緋志、本当に大丈夫なの……?』

「大丈夫だって。後は適当に撒いて上手くいったら後から俺も京都に向かう。また連絡するよ」

『分かった……ありがとう』

「そっちも気を付けてくれよ」

 このままでは延々と電話が終わらないだろうと予感し、彼は通話終了ボタンをタッチした。

 ルミ達に説明した案では剛司の移動を確認した後はエリナの携帯のGPSを切り、姿を隠す事になっていた。

 ただ、彼はそんなつもりは毛頭なかった。

 肉体強化の使えない自分ではバイクを利用する逆伎を(気配を察知されないとはいえ)撒くのは難しいというのも大きな理由だったが、それ以上に緋志は陣が襲われた事を許す事が出来なかったのだ。

 報復など無意味であるとは分かっていた。

 自分ではSSSの退魔師を相手取ることなど出来ないとも理解していた。

 それでも、剛司を行動不能に追い込めれば依頼の大きな障害を排除する事が出来るのだから、と自分に言い聞かせ、彼は剛司を迎え撃とうとしていた。

 普段の自分ならば絶対にこんな無謀な事はしないだろうと、その時の緋志は気付く事が出来なかった。

 自分が今の状況に高揚感を抱いている事にも、彼は疑問を抱こうとはしなかった。

 彼の中に巣食う存在が、彼の気付かぬ内にジワジワとその影響力を強めていた。

 一匹の鬼と、一匹の修羅の邂逅は目前に迫っていた。

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