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日常の終わり

―――――いつもこうだ

 舞は自分の少し前を無言で歩く陣を見ながら、心の中でつぶやいた。

―――――二人になった途端、黙り込んで私の方を見てくれない

 いつもの陽気な姿がうそのように、陣は静かだった。

 いや、いつもの彼は本当の彼ではないのかもしれない。彼は決して本心を晒そうとしない。

 いつも何かを演じている。昔からずっとそうだった。




 緋志達とはぐれた二人は死体安置所エリアを進んでいた。壁に備え付けられた棺桶を収納するスペースは時折ガタガタと震え、中には突然手が飛び出してくるものまであった。

 しかし、舞の中に、恐怖心は無かった。

 彼女が見てきた本物と比べればこんな物、ただのオモチャだ。

「……」

「……」

 相も変わらず、陣は舞をいないものとして扱っている。

 足早に進んでいるのは、早くこの二人きりの状況から抜け出したいからだろう。

「……陣」

「なんだよ?」

「あの、ルミって子、人間じゃないでしょ?」

 舞はそれが嫌でたまらなかった。だから爆弾を落としてみることにした。

「お前気づいてたのか?」

 効果はてき面だった。

 陣は舞の方を振り向き、そこで立ち止まった。

 暗がりで表情は分からないが、きっと申し訳なさそうな顔をしているのだろう。

「別に気分が悪くなったりはしてないから大丈夫よ。それより、またあのバイト絡みなの?」

「……ああ。もしかしたらヤバイ事になるからかもしれないから、変な感じがしたらすぐに逃げろよ……巻き込んでわるい」

 陣はそれだけを一方的にまくし立てると、また早足で歩き出した。

 まるで、舞から逃げるように。

 結局、出口にたどり着くまで、二人は無言のままだった。





「うう、もうだめ、死にそう……」

「これで、無理やり連れ回される方の気持ちが分かったか?」

「はい……」

「あ、あはは……大丈夫ですか? 夏菜さん」

「うう、ありがとうルミちゃん……」

 一足早くゴールにたどり着いた緋志達は出口を出たところにあったベンチで座りながら陣と舞を待っていた。

 夏菜はよほど堪えたらしく、顔が真っ青だった。

「ったく……お、二人とも出てきたみたいだぞ」

「あ、ホントだ。陣さーん、舞さーん!!」

「おーう、ワリーな遅くなっちまって……で、夏菜は大丈夫かよ?」

「情けないわね」

 二人は合流するなり、未だに恐怖に怯えている夏菜を見て苦笑した。

 夏菜はその反応が御気に召さなかったらしく、噛み付くように

「うるっさいわね!! というか、何であんたたちは平気なのよ!?」

と叫んだ。

「どうどう、落ち着けよ。で? そろそろ昼飯時な訳だが?」

「夏菜さん食べられますか?」

「か、軽い物なら……」

 一行は予定を確認すると、腹ごしらえのためにフードコートへと足を向けた。



 こんな日が来るなんて想像もしたことがなかった。

 ルミにとってはあの屋敷が世界の全てだった。それでも父の生きた世界を見たいと考え、どうにか外の世界に足を踏み出した。

 ルミもすっかり四人に馴染み、春の陽気も相まって、彼女は今、最高に幸せだった。

 今、この時までは




五月二日 十二時二分 イエローランド、ゲート前

 その青年の姿は、多くの家族連れでにぎわう連休のテーマパークで異様に浮いていた。

 まず目を引く真っ白な髪、それとは対照的な全身黒で統一された服装、そして血のように赤い瞳。

「なーんでこんなメンドイ事になってんだか」

 家出した妹を連れ戻す。たったそれだけの仕事、いや仕事とも言えないただの用事だったはずだ。

 ちょっとそこまで買い物に行くのと変わらない簡単な用事。そのはずだった。

「あのガキといい、探偵事務所とやらの連中といい、あの妙な魔術師といい」

 まったくもって面倒だ。

 一番やっかいなのは、あの殺し損ねた少年のせいでルミが希望を持ってしまった事だ。

 おかげでその希望をへし折るために、こんな大事になってしまった。

「ま、しょうがねーな。恨むんなら、うちの妹を恨んでくれ」

 そして彼は彼にしか使えない結界を発動させた。




五月二日 十二時 イエローランド園内

 最初の異変は舞に起きた。

「あ、あれ?……」

 先ほどまで元気だった彼女の足元がふらつき、たっているのも困難な容態になるまで数秒も掛からなかった。

「ちょっと、舞? 大丈夫なの!?」

 嫌な予感がした。

「夏菜、舞を頼む。すぐ戻るから」

 緋志は夏菜に舞の事を任せ、係員を呼んで、何か飲み物を買ってくるという名目で陣とルミを連れ出した。



「たぶん、華院だ」

 人気の無い場所を見つけた途端、緋志はそう切り出した。

「ま、舞さんは」

「ルミちゃん、舞の事も確かに心配だけどな、今は……」

 陣のセリフは最後まで続かなかった。いや続けられなかった。

「!? おい、何だありゃ!?」

 陣が上空を指差してそう叫ぶ。

 三人の視線が空に集まる。

 先ほどまで晴れ渡り、澄み切っていた空は、黒い何かに塗りつぶされつつあった。

 まるでインクのシミが広がるように、闇は空に広がり続け、日の光は、全て食い尽くされた。



「くそ、何も見えない……」

 黒い布を被された、箱の如き空間になってしまった園内を見渡し、緋志がどうにか声を出す。

「これ、は……お兄様の……」

 ルミの声は震えていた。

 彼女はこの場でただ一人、何が起きたのかを正確に把握していた。

 今、園内が真っ暗になってしまったと普通の人々は感じているはずだ。しかし、そうではない。

 空に浮かぶいくつもの光点がその証拠だ。

 黒いキャンパスに輝くのは、銀河の星々。

 そう今、この地は華院の結界に取り込まれ、『夜』とかしている。それが真相。

 だが、今まで日の光の下にいた人々からすれば、いきなり暗闇に放り込まれた様な物だ。

「おい、一体どうなってるんだ!!?」

「ショーか何かじゃ……」

「パパー!! どこにいるのー!?」

「ちょっと、危ないじゃない!!!」

「ふざけんなよ!! 一体何の冗談だ!!!」

 辺りからは、戸惑いの声や、怒りの声、悲鳴をあげるものまで出てきていた。

 このまま行けば確実にパニックになる。それでも、ルミは固まったまま動けなかった。


――――私のせいだ


 自分の立場を忘れて、はしゃぎまわった挙句、多くの人を巻き込んだ。


――――私が家から逃げなければ


 後悔しても後の祭りだ。もうすぐ人々の恐怖が膨らみすぎたシャボン玉みたいにあっけなく弾けて、パニックが起こる。

 隣から緋志の声が聞こえた気がしたがルミは顔を俯けたままうな垂れていた。

 


 罪悪感で思考を止めてしまったルミの意識に


 パチン


 と指を鳴らす音が飛び込んできた。



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