陣の本気
五月二日 午後十二時三分 イエローランド、ゲート前広場
「遅かったか……」
麗子は彼女の目の前で、黒いドーム状の物に包まれてしまったテーマパークを眺めて歯軋りする。
彼女の周りでは多くの人がこの異常事態により混乱に見舞われていた。
「せめてあと少し、早く着いていれば……」
そうすれば、係員だけを催眠に掛け、適当な理由をでっち上げて人々を非難させることができたのだが、今となってはその手は使えない。
どうやら結界の中へ出入りすることは可能な様だが、まともに行動ができる者など、そういないだろう。
どうやら、華院は、人間の犠牲者を出すことで、ルミの気勢を削ぎにきているらしい。
「こうなっては仕方がないな……私が術を掛ける一瞬だけ力を貸せ。絶対に、周りに気配を気づかれるな」
麗子は独り言のようにそう呟き、ケータイを取り出した。
五月二日 午後十二時四分 イエローランド園内
まるで、物語の中に迷い込んでしまったみたいだった。
先ほどまで、恐怖にとらわれていた人々も、その全てが目を奪われた。
指を鳴らす音が聞こえたと思った瞬間、空に、光が灯ったのだ。
「キレイ……」
ルミの口からため息の様に言葉が漏れた。
空に舞う無数の青い光が、はじけ、たゆたい、ダンスを踊る様に闇に包まれた世界を照らしていた。
そのあまりに幻想的な風景に人々の意識が空白を作り出したその瞬間、陣はケータイに向かって囁いた。
「麗子さん、今です」
五月二日 午後十二時八分 イエローランド、園内
「どうなってやがる……」
一切、しゃべらず、足取りを乱すこともなく、すでに暗闇に戻った遊園地の中を人々が移動する様に華院は困惑していた。
空に、青い光の玉が現れた瞬間に何らかの魔術が発動したのは感じた。
「まさか、全員を魔術で操ってんのか!?」
ありえない。
しかし、それ以外には考えられない。
「くそが、一体何なんだ、あいつらは!」
得体の知れないものに出会った不安が、華院の苛立ちに拍車をかける。
と、華院が無差別に攻撃用魔術を発動させようとした、その時
「あ?」
あの、青い光の球が、いくつも生まれた。
先ほどのように空にではなく、華院の頭より少し高いところに、まるで道を示すかのように連なっている。
「おもしれえ、誘ってやがんのか」
華院はニヤリと笑い、光に照らされた道を歩き始めた。
やがて、花壇に囲まれた広場のような場所で、華院は足を止めた。
あたりに浮かぶ火の玉に照らされて、獣の耳としっぽを生やした少年の姿がくっきりと華院の目に映る。
「お前か、さっきのあれは」
「中々のショーだったでしょう? なんつって」
「おかげで、妹に現実を突きつけんのが遅れちまった」
「あ、スルーすか……いやあ、うらやましいっすよ。あんな、可愛い妹さんがいるなんて」
陣は初めて対峙した吸血鬼におびえる風でもなく、軽口を叩いた。
そんな陣を見た華院は、目を細めると短く言った。
「警告は一度だ。どけ」
「すいません。こっちも仕事なんすよ。それに、個人的な事情もあるんで」
「……そうか」
華院は左手をわずかに持ち上げ
「残念だ」
鋭く横なぎにした。その手は軽く握りこまれているように見えたが、何かを持っているわけでもない。
ただ、手を振っただけ。その行為の意味がわからず陣は首を傾げた。。
「? 一体なにを……」
言いながら、陣は何か嫌な予感がした。
ゆっくりと首を動かし、自分の体を確認する。
「マジ、かよ……」
彼の上半身は斜めに断ち切られ、ずり落ちていた。
「あ、緋志! 陣さん一人を置いてくなんて!!」
「置いて行くわけじゃない。そもそも、俺達は逃げる気なんてさらさら無い」
「え?」
緋志とルミは陣が足止めしている場所から少し離れたところにあったメリーゴーランドの柵の前で向かい合った。
「時間だ無いから手っ取り早く説明すると……麗子さんからの指示があった。俺達はここで華院を倒す」
「お兄様を……?」
ルミは目の前の少年が何を言っているのか分からなかった。
あの人を倒す? 紅道家の中でも高い実力を持つお兄様を?
そもそもあの人を無力化できたとしても――――
ルミの中で様々な言葉が渦を巻いた。
しかし、それを吐き出す前に、緋志が続ける。
「ああ。本当は麗子さんも手伝ってくれるはずだったんだけど……あの人は今、客を避難させるので精一杯だ。だから、教えてほしい」
「何を……」
「俺が、吸血鬼の力を使えるようにすることができるはずだ。違うか?」
ルミは自分の体温が一気に下がるのを感じた。
なぜ、緋志がそれを?
「な、なんで……」
「説明してる時間はないんだ!! ルミ……急がないと陣が危ない」
それはルミにも、いやルミだからこそよく分かっていた。
それでもルミは首を横に振る。
教えることはできないと。
「ルミ!!」
思わず、緋志が怒りの声を上げる。それでも、ルミは頑なだった。
「わ、私がお兄様にお願いすれば……」
「……」
「おとなしく帰ればそれで……」
「ふざけんな」
緋志は震える声でルミの言葉を遮った。
「自分勝手なのは分かってる。でも……」
「違う。そうじゃ、ない。お前は俺たちに依頼をしたんだ。それを取り消すのはお前の、自由だ」
「な、なら……」
緋志はこぶしを握り締めると、思い切り叫んだ。
「お前は、そんなに俺達の事が信用できないのか!!?」
緋志は怒っていた。
自分達の事を信じてくれないルミに、ルミの信用を得られない自分に。
「手ごたえはあった。幻影じゃないのは確かだ」
「確かに、幻影じゃないっすね」
「……」
華院の正体不明の攻撃に切られて死んだはずの陣はピンピンしていた。いや、切られてしまった陣はすでに跡形も残さず消えている。
今、華院と話している陣は、切られた陣が爆散した瞬間、何も無いところから突然姿を現したのだ。
「いやー、そんな真面目に考え込まんでも……残念、それは分身だ! って奴っすよ」
「分身?」
陣は何でもないように言っているが、華院からすればとんでもない話だ。
「お前、物質を具現化できるのか?」
「はあ、まあたぶん、そんな感じ……なんすかね?」
「クソが……」
魔術だけで物質を生み出せるのは相当そちらの能力に特化している存在だけだ。
そこらの妖が使える代物ではない。
「ただの狐じゃなさそうだな。テメーに憑いてるのは」
「そうなんすか? ま、それはどうでもいいや。それより……さっきは何をしたんすか?」
華院は陣の手の内が読めたようだが、陣は未だに、分身がどんな攻撃を受けたのか検討もつかなかった。
「さあな、自分で考えな」
陣は華院をじっと観察してみる。
すると、やはり左手が握りこまれていた。何かを持っているように。
「(魔術じゃねーんだよな……とすると、緋志が切られた鎌か?)」
恐らく、見えない鎌。しかも魔具だから強度は折り紙つきだ。
それを吸血鬼の腕力で振り回してくるとなると、厄介すぎる。
「はあ……しゃーないな。ま、こんぐらいでいいかな?」
陣がパチンと指を鳴らす。
すると指を鳴らした陣の姿が溶けるように消え
代わりに、十人以上の北条陣が、華院を取り囲むように生み出された。
それを合図に、彼らの戦いは幕をあけた。




