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第八章  蔚山城の戦い

 一二月二二日、東進を続けていた朝鮮、明国連合軍は蔚山城を攻撃範囲に捉えた。この時城は完全な形まであと一歩というところであり、本丸から二の丸、三の丸にかけては完成していたが、それらの周りを取り囲む総構えが未完成であった。築城の任に当たっていた浅野(あさの)幸長(よしなが)は城外に陣を設け、敵の来襲あらばいつでも軍を動かせる態勢をとってはいた。

 だが実際のところこの真冬の時期に敵が大挙して押し寄せてくるとは考えておらず、城が完成寸前ということも手伝って将兵とも緊張感に欠けていた。蔚山(うるさん)一帯を指揮下に収める加藤(かとう)清正(きよまさ)も、蔚山城の南に位置する西生浦(せいせいほ)城に入って今後の指針を協議しており、敵の動向を把握していなかったのである。

 朝鮮、明国連合軍は先鋒の騎馬隊をもって、城の周りに散在する日本軍陣地目掛けて襲い掛かった。防戦準備を全く整えていない日本軍はたちまちのうちに蹴散らされ、多数の将兵が討死した。

 後方にあった浅野幸長はこの時起こった喧騒(けんそう)を、「また兵達が白鳥狩りでもしているのであろう」と決め付け、腰を上げようとしなかった。だが間もなく敵に追い散らされた兵が自分の陣に逃げ込んでくるのを見て、只事ならざる状況が発生したと認識するに至る。

「おのれ! 性懲りもなくまたやられに出てきおったか。今度は勝っても引き上げる必要はない。完膚なきまでに叩き潰してやるぞ!」

 幸長は自陣の兵をすぐさま召集し、最早目視でしっかり確認できるところまで迫っている敵向かって突撃を指示した。連合軍の先鋒は、日本軍が反撃にでたのを悟ると馬を返して急いで退却を開始した。有言をひたすら実行することしか頭にない幸長は執拗(しつよう)に敵を追いかけ続ける。だが敵は将兵ともに騎馬であり、なかなか追いつけない。

 城から大分離されたところで、幸長は幾分冷静を取り戻した。そして引いた熱に代わって彼の頭の中には、深追いの危険を知らせる警鐘が鳴り響いたが、それは遅きに失した。幸長の行く手とその両側面、三方より出現した連合軍は日本軍を半包囲し、そのまま一斉に襲い掛かってきた。

「こ、これほどの大軍とは……。退け、退けぃ!」

 幸長は敵に背を向け、なりふり構わず逃げ出した。だが走り続けてここまで辿り着いた兵は疲労からすぐには回復せず、多数がその場で敵に攻囲されたまま戦うことを余儀なくされた。幸長はなんとか蔚山城に帰り着き兵の多くも収容できたが、この一戦で五百近い死者を出してしまった。直ちに城門を閉じ、防戦の準備に入る。連合軍は幸長を追いかける形で城に到達し、攻撃を開始した。

 西生浦城で敵襲の知らせを受けた清正は急いで側近達を召集し、蔚山城に戻ると告げた。

「このまま馬で北へ走っても城には入れまい。海岸から小早(こばや)で行く」

 蔚山城は海岸沿いの丘に築かれており、裏手はそのまま海に通じていて船で入城することが可能なのである。

「急げよ。もし敵が海岸まで包囲していれば、わしは船上で腹を切らねばならん。わしの最期をこのような不手際のためとしてくれるなよ」

 側近達はすぐに用意し、清正以下数十名は船を北に走らせた。

 朝鮮、明国連合軍は蔚山城への攻撃を続けていた。清正にとってこの時ばかりは城が未完成であることが幸いしたのであろう。連合軍は城の総構えのうち、南西部が柵のみで城壁が造られていないのを確認すると、短期決戦を考え、包囲は行わずそこに兵力を集中して波状攻撃を仕掛けた。幸長もここが狙われるのは十分予測していたため兵を集中し、両軍総構えを境に激しい攻防となった。

 その日の夜になったところで清正は蔚山城に入った。ここから指揮は清正に移る。篭城する兵がおよそ一万であるという報告を受けると、清正の顔は苦渋に歪んだ。

「一万の兵で立て篭もるのだ。本来なら安心して篭城戦に持ち込むことができるのであろうが、こたびは状況が異なる」

 幸長も黙って頷く。そう、完成途上にあるこの蔚山城には食糧の備蓄がほとんどなかったのである。更に悪いことに城内にはまだ井戸も引けておらず、水は城の北西に位置する湖から調達していたのであるが、今やそこも敵に占拠されている。

「これより援軍が到着するまで、我らは敵と、何より飢えと戦わなくてはならぬ。並々ならぬ覚悟を強いられるぞ」

「ははっ」

 清正と幸長は近く訪れるであろう事態に頭を重くし、その後は無言のまま前線へ向かった。深夜に至ってようやく敵の攻撃は中断された。

 翌二三日、昼前より連合軍は攻撃を再開した。前日と同様大軍を活かしての波状攻撃である。これに対し清正は鉄砲隊を集中させ、敵が攻め入る個所に多段攻撃を行った。

「敵を城内に入れるな! ここを突破されたら、戦いはより苦しくなるぞ!」

 清正は懸命に味方を鼓舞し、自らも鉄砲を手にとって応戦した。だがやはり多勢に無勢、敵味方入り乱れての近接戦に突入すると鉄砲は使えず、徐々に押し込まれてきた。

「止むを得ん、城内に篭るしか手はない。浅野殿、貴殿は本丸に入って全体の指揮を執ってくれ。わしは二の丸に入って三の丸の兵と共に敵を迎え撃つ」

「心得ました」

 清正は殿(しんがり)になって味方が城内に入るのを援護した。迫り来る敵をものともせずなぎ倒し、最後の一団と共に門をくぐる。だがこれで総構えは完全に突破された。またこの戦闘で日本軍は七百近い兵を失った。

 先に本丸に入った幸長の指示により直ちに防戦準備が整えられ、二の丸、三の丸の兵は清正らが門を閉めると一斉に敵目掛けて鉄砲を撃ち放った。至近距離から弾を喰らった兵はバタバタと倒れていく。それでも門を破ろうと攻撃するが、二度目の射撃で同じ結果がもたらされるとさすがに怯み、戦い方を本格的な攻城戦に移行すべく退却した。



 二四日から二八日にかけて朝鮮、明国連合軍は飽くことなく猛攻を続けた。特に二六日は終日氷雨が降りしきる中での攻防となり、ろくに腹を満たせない日本軍は、より一層の寒さのため目に見えて疲弊し、士気も落ちるところまで落ちつつあった。

 それでも懸命に鉄砲を撃ち続け、時には清正が騎馬を率いて突撃し、眼前の敵を蹴散らして城に戻るといった防戦を繰り返したため、味方はなんとか持ち応えていた。攻めあぐねた連合軍は作戦の変更を本格的に議論し始めた。

 二八日深夜、敵の攻撃が止むと清正は本丸に赴いた。

「浅野殿、味方が来るのはいつぐらいになると踏んでおられる」

「左様、敵が大軍であることは伝わっているはず。であれば小勢ではなく、味方もしっかり軍を編成してからの行動となりましょう。各城の兵を西生浦に集め動き出すとして、あと七日はかかるのではござるまいか」

「そうであろうな、わしもそれくらいと見込んでおる。あと七日か……。食糧は、ここまで引き伸ばしてきたが遂に尽きた。いよいよわしらも覚悟を決めねばならん。兵達の中にも抜け出す者が出始めておるし、これからますます増えるであろう」

「心得てござる。拙者も太閤殿下の縁族として、恥をさらすような真似はすまいと決めておるゆえ」

 清正が言ったように城からは幾人も脱走者が出ていた。その中には進んで敵の陣に入り、降伏を願う者もいた。そしてその脱走者の情報から、連合軍は蔚山城に食糧がないことを掴んだのである。

 二九日、連合軍は陣立てを変更し、蔚山城を完全に包囲する形をとった。集中攻撃から兵糧攻めに切り替えたのである。更に蔚山城開城を要求する使者を立て、清正の下へ向かわせた。これは本気の交渉を望んでのことではなく、使者に敵の内情を探らせるためのものであった。なお、この時の使者は先の文禄(ぶんろく)(えき)で朝鮮に降っていた日本の武将であった。

 交渉は清正にとって渡りに船であった。開城を受け入れる腹があるから、では無論ない。交渉を続けることで、敵が攻撃するのを控えさせられるからである。連合軍が損害を省みず、遮二(しゃに)無二(むに)攻撃を続けてくれば、城は三日と持たずに落ちたかもしれない。

 だが敵はこちらの内情を知ると、被害を増やさずに勝つ策を取った。状況が改善されたわけではないが、とにかく時間を稼ぐことができると清正は算段し、自分の一存では決めかねるから少し日数を頂きたい、と使者を丁重に送り返した。

 年が明けて慶長(けいちょう)三年(一五九八年)一月三日、蔚山城に立て篭もる日本軍は最早半死半生となっていた。地面の窪みに溜まった泥水をすすり、空腹を紛らわせるために壁土や障子に張った紙を口に含んで耐え凌ぐ。しかしそれも限界であった。

 夕刻に至り、清正は側近らを呼びつけた。

「今体が動く兵はどれぐらいだ」

「およそ二百かと思われます」

「そうか、少ないが仕方ない。明日になれば動ける者など誰もおらんようになるからな。では、これより敵陣に襲撃をかける。この清正最後の武勇だ。お主達も近くにあって活目するがよい」

「ははっ、喜んでお供いたします」

 召集された兵達は敵への突撃を伝えられると一瞬生気が戻り、喜色をあらわにした。彼らもこのまま座して餓死するのは嫌であった。武士の面目を立たせる、飢餓の苦しみから解放される、この二つを得るために兵達は喜んで死地に赴くつもりだったのだ。

「よし、門を開け。目指すは敵本陣だ!」

 清正含め二百名は全員徒歩で敵へ向かって進んでいった。城から兵が打って出てきたのを知った連合軍は驚いたが、それが小勢であると知ると敵に限界が訪れたことを察知し、総攻撃を指示した。四方より内城へ向けて兵が攻め上がってくる。

 清正らが敵の群れに飲み込まれるのを本丸から遠目に見た幸長は、一つ頭を下げると切腹の準備を始めた。清正討死の報を聞き次第後を追うつもりである。だが程なくして弱々しくも駆け込んできた兵が発した言葉は、幸長の予測と対極に位置していた。

「お、お味方が到着されました!」

「なんと、間に合ったのか……」

 慌てて展望に出た幸長の目に飛び込んだのは、毛利(もうり)秀元(ひでもと)に率いられた総勢一万三千の兵が長蛇となって側背より敵に襲い掛かる光景であった。

「勝った。これでこの戦は勝ったぞ!」

 本来の膂力(りょりょく)の半分も出すこと叶わず、それでも愛用の片鎌(かたかま)(やり)を縦横に振るい敵を倒し続けていた清正は、いよいよ最期を悟った。二百いた兵も既に半分を割ろうとしている。

「これまでか。まぁよい、四方に敵を臨んで討死するも武人としての本懐。できれば名のある将に首をやりたかったが、この状況ではあまり贅沢も言えんな」

 清正は敵を睨み付けると渾身の力で槍を一閃し、目の前に空隙(くうげき)を作るとそのまま槍を地面に突き立てて、大声で叫んだ。

「さぁ、手柄が欲しい者は前に出よ! この加藤清正の首、末代までの誇りにするがよい!」

 周囲の敵は呆気に取られ、しばらく距離を詰めようとしなかった。言葉が通じなかったというのもある。だがこのままでは(らち)が明かないため、遂に幾人かが刀を握りなおして清正に飛び掛かろうとした。

 全ての刃を突き込まれても体をのけ反るまいと、清正が胸を押し出したその時、

「何を突っ立っておるんじゃ、虎之助(とらのすけ)!」

 言葉と同時に清正の眼前に騎馬が踊り込み、一刀で三人の敵を打ち倒した。その直後、清正から見れば左方より騎馬の群れが敵向かって襲い掛かる。周囲の敵は瞬く間に蹴散らされた。

「なんじゃ、弱々しい姿になってしまっておるのぉ。今なら虎が片手で倒せてしまうぞ。こんなところで呑気に討死などしておる場合ではないぞ虎之助、これよりはひたすら反撃じゃ」

 清正は唖然としていたが、状況を呑み込むと虎姫を見つめ、腹の底から笑いが()り上がってくるのを懸命に堪えた。

「虎姫、わしも今やいっぱしの大名だ。きちんと敬称で呼ばんか」

「それは悪かったのぉ。では清正、今から秀成殿と共に敵中に突っ込むゆえ、お主もお供いたせ」

 清正は堪え切れずに吹き出してしまった。ひとしきり大笑して虎姫に挑戦的な視線を向ける。

「おう、心得た。皆、援軍が到着したぞ。この戦、我らの勝ちだ!」

「おおーっ!」

 清正の兵は士気が最高潮に達し、それに当てられて秀成とその側近達の士気も上がる。二部隊合わせても二百に届かない寡兵(かへい)であるが、その攻撃力は凄まじいものとなった。彼らの進むところ敵は打ち倒され、切り崩され、そして逃げ出し始めた。



 時を(さかのぼ)ること五日の一二月二九日。釜山より西で城 普請(ふしん)を行っていた秀成は、蔚山城陥落の危機を知らされていたが、援軍には組み込まれていなかったため動けずにいた。仕事も手に付かず思いつめる秀成の下に乗り込んできたのは虎姫である。

「秀成殿、我らの手勢だけでも救援へ向かうよう動こう。虎はこんなところにいて虎之助を見殺しにしとうない」

「私だって想いは同じだ、虎殿。よし、宇喜多(うきた)殿に許可を頂きに参ろう」

 秀成は左軍大将 宇喜多(うきた)秀家(ひでいえ)の下に赴き、自分の部隊はほとんど残しそのまま城普請に当てること、自分と側近達、そして僅かな手勢だけでいいから援軍に入れてもらいたい(むね)を具申した。秀家は渋っていたが、この時同様に援軍に行かせてもらうよう申請に来ていた吉川(きっかわ)広家(ひろいえ)が手を打った。

「よくぞ申された中川殿。寡兵であっても御味方を救おうとする貴殿の志、真に感じ入った。我らもこれより西生浦に向かうよう支度している。貴殿も我らと行軍を共にするがよい」

「かたじけのうございます、吉川殿。それではこちらも支度を整えさせていただきます」

 何言もありげな秀家を直視しないよう、広家に向き直って頭を下げ、秀成は自陣に戻っていった。秀家はますます渋い表情を作ったが、仕方なく秀成の援軍参入を許可した。

 自陣に戻ってきた秀成は虎姫を喜ばせるとすぐに側近達を呼びつけた。

「これより我らは騎馬のみ五十を引き連れ援軍に向かう。吉川殿の部隊と行動を共にするゆえ、すぐに準備を行うのだ」

「な、なんと言われました、殿」

 側近達が驚くのも無理はない。秀成の部隊千五百で動くのならまだ戦力になろうが、五十では部隊として認められないし、手柄も立てることができない。みすみす骨折りに出向くようなものだからである。

「只でさえ援軍は目立った手柄を得るのが難しいものです。ましてそのような寡兵で敵地に赴くことに、如何(いか)ほどの意味がございましょうや」

「意味ならある。蔚山城で危地にあるは加藤清正殿だ。私は彼と共に生還したらその後は(よしみ)を通じると約束した。その約束を強固にするためにも、ここで見殺しにするような真似はすべきではない」

「しかし、そのような約束事を相手が遵守(じゅんしゅ)するとは限りませぬ。その時の情勢によって国同士敵味方と手の平を返すのが世の習い。こちらが信義を示そうと相手が受け入れなかったらそれまでですぞ」

 側近達は(せき)を切ったように異を唱える。一通り黙って聞き終えると、秀成は傍らに控える虎姫を見つめた。

「虎殿、許されよ」

 虎姫の兜の紐に手を掛け、ほどくとそのまま兜を取り外した。

「皆、しかと見よ。これまで黙っていたが、ここに控えるは我が妻、虎だ」

 一瞬にして側近達は口を閉ざし、視線を一点に集中させた。

「ほ、本当に奥方様でいらっしゃいますか。確かに女子のように見えますが」

「ああ、間違いなく我が妻だ。黙っていたのは申し訳ないが、お主達の心象があまり良いものではなかったからな。だが、この朝鮮での戦いで、この虎が示した武勇はお主達もしっかり目にしたであろう」

 言われたほうは皆押し黙った。黄石山(こうせきさん)城に始まり、全羅道(ぜんらどう)の各地で秀成の前にあって戦い続けた武士の姿に、彼らはひたすら賞嘆を繰り返していたものである。常に秀成の傍にあり、会話の輪に入ろうとしなかったが、理由はこれであったのか。

 側近達は得心したが、同時に虎姫に対する思考は複雑になった。秀成は続けた。

「この虎と私で加藤殿と話し、(しずがたけ)ヶ岳の縁にかけてしかと約定したのだ。私達の間ではないぞ。虎の父 佐久間(さくま)盛政(もりまさ)、我が父 中川(なかがわ)清秀(きよひで)、そして加藤清正の三人の間での結束だ。あだやおろそかにすべきではない!」

 側近達の中から感嘆の息が漏れる。

「虎の武勇については最早承知の通り。虎には佐久間盛政がしかとついている。そして我らには中川清秀だ。二人の武神が我らに加護を与えてくれているのだ。これで加藤殿を救いに行かずして、何の面目あって父に弁明できるものか。これより不平を申す者は、中川家臣団にあらず。己の裁量に従い、どこなりと頼るがよい!」

 側近達はなおも黙っていたが、秀成が静かに放つ気迫に明らかに気圧(けお)されている。それは虎姫も同様であった。

「虎のことは、私のために命を()してくれるであろうお主達を信じて語ったのだ。今よりは、私に対するものと同等の忠節を虎に誓ってもらいたい。母上のことは気にするに及ばん。ただ黙っていればよい。中川家の当主はこの中川秀成、そして正室はこの虎。中川家にあっては、これ以上の存在などどこにもいないのだ。しかと心得よ!」

「ははーっ!」

 側近達は一斉にひざまずいた。虎姫は秀成を見つめ優しく微笑んだ。

「ありがとう、秀成殿」

 秀成は黙って頷くと、側近達に申し付けた。

「よし、それでは改めて準備にかかれ。こたびは手柄など立てずともよい。ただただ加藤殿を救うことだけ考えて動くのだ。お主達の働き一つで成否が別れる。この秀成に命を預けてくれ」

「しかと承りました。我ら、どこまでも殿と奥方様に付いて行きましょうぞ!」

 立ち上がった彼らの間で歓声が沸く。

「ありがとう秀成殿。これでようやく虎も、中川家にきちんと入れた気がするよ」

 虎姫が嬉しそうに語りかける。側近達はそれを聞き、一斉に虎姫に向かって膝をつき、頭を下げた。

「これまでのご無礼、平にお許しください。奥方様の御武勇には我ら舌を巻くばかり。さすがは(おに)玄蕃(げんば)の血を引くお方にございます。今さらながら、奥方様が殿の下にお越しいただいたのは神明(しんめい)のお導きいたすところと感じ入りました。これで中川家は安泰でございます。我らが不明は、これよりの働きで返させていただきますれば、何卒ご容赦くだされ」

「いやいや、虎のことはいいのじゃ。それより殿は手柄なぞいらんと言ったが、虎はどこまでも殿の名を上げるために働くつもりじゃ。これからは虎とそなた達と、一丸となって武勇を示し殿を盛り立てていこうぞ!」

「おおーっ!」

 虎姫達から少し離れたところでこの光景を見ていたトラは歓喜に胸を躍らせていた。

「凄い、凄い虎姫様。あんなに活き活きとして。ようやく中川家の正室として認められたんですねぇ。よかったよかった」

“……とう”

「えっ、何ですかトチガミさん」

“ありがとう、トラ。……本当に、ありがとう”

「あれ、トチガミさん、もしかして泣いちゃってませんか」

“……いえ、気にしないでください。それよりもう一度言わせてください。ありがとう、トラ”

「やですねぇ、私の手柄じゃありませんよ。秀成様が立派に家臣を説得したからじゃないですか」

 側近達が各々支度に取り掛かり始めると、虎姫はいたずらっぽく秀成を見つめた。

「さて、これで是が非でも虎之助を助け出さねばならなくなったの。こうまで言い放っておいて虎之助が討死するか、また逆に我らが討死することは決して許されぬぞ。なにせ二人の父を勝手に神様に仕立て上げたのだ。これ以上恥をかかすわけにはいかんからの」

「わ、分かっている。加藤殿は必ず我らがお救いする。どこなりとすぐ駆けつけるように騎馬のみとしたのだ。好んで死地に飛び込むことになるであろうが、よろしく頼むぞ虎殿」

「任せておいてくれ。敵の真っ只中に突っ込むのは、とーちゃんをより鮮やかに思いだせるから愉快じゃ」

 虎姫は高らかに笑って秀成と共に支度し始めた。こうして秀成以下五十の騎馬隊は吉川広家部隊に身を投じ、西生浦城目指して行軍していった。そしてその西生浦城では、到着した吉川広家の懸命な叱咤(しった)により、予定よりも一日早く軍が動くことになったのである。



 朝鮮、明国連合軍は今や混乱の極に達しようとしていた。日本軍の援軍は完全に統率されておらず、各々の武将が己の采配で勝手に行動を取ったが、これが好結果を生んだ。

 ある部隊はひたすら眼前の敵に襲い掛かり、ある部隊は敵の退路を予測し、北上して兵を伏せ、またある部隊は更に北上して敵の退路そのものを遮断しようと試みる。このため連合軍は日本軍の総数が把握できず、状況に応じた指示もできない有様となった。

 さらに連合軍は、混成部隊であることがここにきて仇となった。日本軍が攻勢に出ても、自国を守るためと士気衰えず迎え撃たんとする朝鮮軍に対し、明軍は明らかに足が鈍くなっていた。更に間者から日本軍が退路を遮断しようとしている情報が入ると、後詰めとして控えていた明軍は慌てて後退し始めた。

 この知らせを受け、日本軍と戦っていた明軍先鋒部隊も退却を始める。只でさえ混乱し、襲い掛かってくる敵と戦うことで精一杯となっていた朝鮮軍は、後方の味方がどんどん下がっていく光景を目の当たりにして遂に心が折れた。側面から攻められ、今や後方からも迫ってくる日本軍に武器さえ捨てて逃げ出す兵が続出し、最早退却ですらなく、完全な集団逃走へと変貌を遂げた。

 虎姫がもしこの一連の戦況を掴むことができていれば、敵の朝鮮軍に賤ヶ岳の戦い最終局面における自分達、佐久間盛政部隊を重ね合わせたであろう。

 日本軍にとってはここから完全な追撃戦となった。援軍の目的が達成された今、彼らの頭にあるのは手柄争いであった。今より(こう)すべき相手は敵ではなく、刃の向きを同じくする同僚であった。

 各部隊は味方に遅れを取るまいと執拗に追い続け、戦闘は敵が山を越え、川を渡りきるまでおよそ半日にわたって繰り広げられた。

 虎姫と秀成も勿論この追撃戦に参加したが、清正を護りながらであったためそれほどの戦果は挙げていない。虎姫は清正相手に不服を言い立て、間に立った秀成がなだめていたが、言葉とは逆に表情は随分満足そうだ、と腰袋から見上げるトラは思った。

 一月三日の夕刻から翌日の朝までかけて行われたこの戦闘により朝鮮、明国連合軍は一万以上の兵が直接討たれ、四散して戻ってこなかった者も合わせて、なんとか軍を整え直した時には二万の兵を失っていた。勝って当然であったはずの戦が、一転しての大惨敗である。

 日本軍は急いで援軍を用意したため食糧に余裕がなかったこと、各部隊が十分な戦功を立てたこと、長く西側を留守にすると危険であることを理由にそれ以上の追撃は行わず、敵兵の死屍(しし)を累々(るいるい)と残して蔚山城へと引き返していった。

 蔚山城の戦いが一段落すると、日本軍諸将の間で東端に位置するこの蔚山城、西端の順天(じゅんてん)城、中央北の梁山(りょうさん)城、これら敵に対して突出している三城を放棄すべきという事案が持ち上がった。理由は防御の徹底である。

 今回のような不意の襲来は例外としても、突出している城は敵に包囲されやすく、味方との連携は取りづらい。守りきれないとは言わないが、守るたびにこちらの損害も軽視できないものとなるであろう。居並ぶ諸将のうちおよそ半数がその案に賛同し、秀成もそれに加わった。

「それでみすみす敵に城をくれてやるのか、秀成殿」

「敵とて我らと目と鼻の先に居座ることはできまい。あくまで守る城を減らすということだ、虎殿」

「しかし、戦わずして城を棄てるとなると、味方の士気を下げ、敵を勢いづかせることに繋がるのではないか」

「勿論その懸念はあるが、我らが下がったからといってすぐに敵が勢いを増して攻めてくることはあるまい。あれだけ損害を与えたのだから。それよりも味方の防備を万全にして敵に攻め入る隙を与えず、兵力が整ったところでまたこちらから攻勢を掛けるようにもっていったほうがよい」

「あえて敵に好餌(こうじ)を見せ付けて、こちらまでおびき寄せて一網打尽にする作戦もあるのではないか」

「うむ、その通りだ。幾人かの将もそう言って声高に反対しておられた。どちらの言い分にもそれぞれの理がある。私は足場を強化するほうに重きを置いたということだ。何せこの釜山(ぷさん)周辺で敵に敗れるようなことになれば、我らは侵攻の拠点を失い、朝鮮から撤兵せざるを得なくなる。これまで勝ち続けているからといって、圧倒的優位にあるわけでもないのだ」

「確かに、それもそうじゃのぉ」

「どちらにせよあとは太閤殿下のご判断次第だ。加藤殿などはそう言われて賛成も反対もしておられぬ」

 それからおよそ半月が経過した頃、秀吉の書状が日本軍に届けられた。

「太閤殿下は我らの上申にひどくご立腹だ。お叱りを受けてしまったよ。もっとも、梁山城は()てる許可をいただいたが」

 釜山での評定を終えて自陣に戻ってきた秀成は、苦笑しつつ虎姫に語った。

「どうやら太閤殿下は虎殿と同じような考えらしい。次に敵の攻撃を防ぎきった後は、そのまま北上して再び掃討作戦を開始するおつもりだ。また、来年には太閤殿下御自ら釜山まで出てこられるやもしれん。まだ決まったわけではないが」

「元気なことじゃのぉ。確かにこのまま進めば、朝鮮征伐はうまくいきそうではあるがの」

「それにしてもあと数年はかかるであろう。我ら九州勢は中国や四国と違って帰国の許可が得られていない。まだしばらくはここで城を守り続けねばならぬ」

「その分手柄を立てる機会もあるというものではないか。せいぜい励むとしよう」

 虎姫は快活に笑い、秀成は再び苦笑した。

 蔚山城の戦いからおよそ二ヶ月で朝鮮南岸の各城は完成し、日本軍のうちおよそ半数はそれぞれの所領へと帰っていった。清正は正式に蔚山城の城主となり、一万の兵をもって守備に当たった。

 秀成はその南の西生浦城で城主黒田(くろだ)長政(ながまさ)の指揮下に入った。虎姫は勿論秀成と共にあるが、時折抜け出しては蔚山城まで出向き、清正と剣の立会いに励んでいた。

「加藤殿から一本くらいは取れたのかい、虎殿」

「駄目じゃ。十本打ち合えば十本取られてしまう。ここにきて虎も少しは強さを取り戻したと思っておったのに。清正はやはりとーちゃんよりも強いかもしれんの」

「でも虎姫様も何もできずにやられてるわけじゃないですよ。何度か清正様を追い詰めるところまでいってますし。最後のもう一押しっていうところで逆転されてしまうんですよ」

「負けてしまえば同じことじゃ。それにしても勝つたびにこちらに向かって作るあの顔。何とかしてあの愉快そうに見下す顔を歪ませてやらねば気が済まん!」

 秀成とトラは目を合わせてクスクスと笑い出した。秀成にしろトラにしろ、長く駐留することになるであろうこの地で虎姫が退屈せず、張りのある毎日を送ってくれるのは喜ばしい限りであった。虎姫は二人をジロリと睨むと、側近達と語らうために陣屋へと足を運ぶ。秀成とトラはすぐ後を付いていくのであった。



 それからおよそ半年が経過して九月、蔚山城の戦い以降日本軍への攻撃を止めていた朝鮮、明国は大きく動いた。彼らにとって日本軍は体内に巣食った(がん)であり、癌を治療するためには癌細胞を根絶させねばならない。

 連合軍は総勢十一万に及ぶ兵を召集し、三路から進軍を開始した。東路は蔚山城を、中路は泗川(しせん)城を、西路は順天城をそれぞれ三万の兵で攻め、更に水軍が西路軍を援護し、日本軍の後方を(やく)するため南下する。これだけの兵力を一度に動かすのは、連合軍にとっては文禄、慶長の役を通しても初である。

 だがこれほど大規模な作戦も、これあるを十分に予測し、徹底して守備を固めていた日本軍には通じなかった。損害の大小こそあれ連合軍は三城の戦全てで敗退し、兵力を大きく減衰させて北に後退する羽目となった。

 蔚山城においては、清正が完全な防御態勢を取り一切敵を寄せ付けず、更に南から秀成らが援軍に向かう準備を始めると、連合軍は前回の失敗を繰り返すことを恐れて退却したのであった。

 敵の大攻勢を退け、更には秀吉の算段通り敵を誘引して消耗させるという策も見事に図に当たり、日本軍の士気は天を突かんとするばかりとなった。これで後は翌年に開始されるであろうこちらからの攻撃を支度するのみと、将兵分け隔てなく鼻息を荒げたものである。

 ところが彼らの鼻息を静めてしまう、それどころか呼吸すら停止させんとする凶報が程なくして届けられる。

 それは、太閤秀吉の死であった。



 三路の戦いに先立つ八月一八日、秀吉はその生涯を閉じた。後継者は息子の豊臣(とよとみ)秀頼(ひでより)となったが、(よわい)七つの君主に豊臣家を統制する力などあるはずもなく、五大老(ごたいろう)および五奉行(ごぶぎょう)を中心とした合議制により軍務、政務それぞれの取り決めがなされることとなった。

 しかし、秀吉あってこそ機能していたこれらの職制はすぐにぼろを出し、各大名が己の権力強化のために画策する環境を与えるだけであった。

 豊臣政権の中核をなす大名達は、今や国内情勢に視点を集めており、朝鮮征伐を続ける余裕など微塵(みじん)もなくなっていた。かくして五大老主導の下、日本軍の全面撤退が決定された。

 この重大極まりない事実は、三路の戦いが終わるまで朝鮮にいる日本軍には伏せられていた。十月も終わろうとした時になって釜山に召集され、秀吉の訃報を受けた秀成は無論衝撃を受けたが、一通り主君の死を悼むと、幾分かの安堵が湧き上がってきたのも事実であった。

 それは自分の領地である豊後国(ぶんごのくに)(おか)を想ってのことである。秀成は岡の領主となってからまだ三年しか執政を行っていないため、領内の騒乱の種は取り除けていないと考えており、朝鮮での在番が長引くことへの憂慮があったのである。

 清正のほうは親とも慕う秀吉の死、その秀吉の夢でもあった朝鮮、明国征伐の断念、これら二つに押し潰されないよう打ち震えながら立ち続けるので精一杯という感であった。秀成は掛ける言葉も見つからずに釜山を後にし、虎姫と側近達に全軍が帰国する旨を話した。

「そうか。いよいよこれからという時にの。残念じゃのぉ」

「まったくだ。明国まではどうだか分からぬが、朝鮮は領地にできそうであったのに。現にこの南側はほぼ手中に収めている。あと三年もあれば漢城まで攻め上がれたやもしれぬ」

「こうなってしまっては全て絵空事じゃの」

「絵空事で済めばよいが……。問題は全軍が引き揚げた後であろう。我らはそれほどでもないが、この朝鮮征伐に国力を大きく費やしている大名も多い。それも太閤殿下が掲げられた、領地の切り取り勝手を信じてのことだ。これで得るところなく帰国して、大名への論功をどうするつもりなのであろうか。不満が噴出するかもしれぬ」

 近い未来を思いやって暗くなる秀成に、虎姫は優しく言った。

「まぁともかく、こうして二人揃って無事に帰国できるのじゃ。とりあえずはそれだけでも喜ぶとしようではないか」

「……ああ、その通りだな、虎殿」

 秀成も優しく微笑み、側近達に帰国準備を整えるよう指示した。

 日本軍は守備に当たっていた各城を放棄し、続々と釜山目指して集結し始めた。だが秀成の憂いに反し、問題は引き揚げる前から発生した。日本軍が築き上げた城のうち、西端の順天城を守備していた小西(こにし)行長(ゆきなが)らが朝鮮、明国水軍の海上封鎖によって動けなくなってしまったのである。釜山から出航準備に取り掛かっていた日本軍各部隊は、これを知ると急遽(きゅうきょ)五百隻の大船団を構成し、救援のため西に向かって進み出した。

 一一月一八日未明、露梁(ろりょう)海峡にて海戦は行われた。敵軍襲来の情報を得ていた朝鮮、明国水軍は南北に分かれ、その真ん中を突き進んできた日本水軍を挟撃する形での戦闘となり、終始日本軍は劣勢のまま戦うはめとなった。

 味方の兵船が次々と沈む、或いは拿捕(だほ)される中、それでも後退せず粘り強く戦う日本軍に連合軍側も被害がどんどん拡大していき、総力がぶつかる頃には完全に混戦状態となっていた。この間に小西行長らは脱出に成功し、日本軍はなんとか味方の収拾に成功する。

 この海戦で日本軍は三百隻以上の兵船を失った。一方で連合軍も兵船の被害は日本軍より少ないながら、主将 ()舜臣(しゅんしん)が討死し、他にも多数の武将が死傷してとても敵を追撃する余力などなくなった。露梁海戦は両者痛み分けという結果になる。そしてこれを最後の戦として、慶長(けいちょう)(えき)はその幕を閉じたのである。



 日本軍全軍が本国へ帰還したのは一二月に入った頃であった。自身の領地岡に戻ってきた秀成は、真っ先に家臣への論功行賞を行ったが、領地は得られなかったため物品や金銭で(まかな)わなければならない。私財や城の蓄財をほとんど失った秀成は、それでも家臣達にきちんと報いることができたと満足であった。

 それが済むと早速政務に取り掛かる。特に治安の強化に注力したのは、依然領内に潜んでいるであろう浪人衆のこともあるが、朝鮮から帰ってきた兵達の狼藉(ろうぜき)を防ぐためでもある。将兵の心情をよくおもんばかる秀成に抜かりはなかった。

 帰国早々多忙の身となった秀成に対して、虎姫のほうは再び屋敷に(こも)って暇を持て余していた、……かに思えたがそうでもない。虎姫は秀成の治安強化を手助けするために、と本人は主張しているが、率先して町を巡回し、たちまちのうちに町人から京の町にいた時と変わらぬほどの評判を得た。男装していたため凛々(りり)しい武士としてであったが。

 また屋敷にいても、朝鮮で共に戦った側近達が頻繁に訪れるようになり、彼らと武勇を語らい、時には稽古を付けることもあった。側近達は秀成が屋敷に出向くのも進んで助長してくれるようになり、秀成は感謝しつつもかえって母に露見せぬかと心配したものである。

 五大老、五奉行、そして朝鮮で戦い続けた各大名。彼らの野心と確執が勢いを増して顕在化し、日本全国が暗雲に覆われようとしている現状にあって、秀成と虎姫は以前にも増して充実した日々を送っていたのであった。

 そして年が明けて程なく、虎姫は再び懐妊する。

「そ、それで男か、女か!」

「だから出てくるまで分からんと以前にも申したではないか。困ったお人だのぉ」

「め、面目ない。どうも私はこういうことには気ばかり焦っていかん」

「とにかく、これでしばらくはここに篭らねばならぬようになってしまった。もっと暴れ……ではなかった、秀成殿の手助けがしたかったのだが」

「そんなことは気に病まなくてもいい。何よりも元気な子を産んでくれるのが第一だ」

「トラなぞはしてやったりという顔を向けおる。憎らしい奴じゃ」

 それから数ヶ月、岡では特に波風が立つこともなく平穏な日々が過ぎていく。虎姫のお腹は順調に大きくなり、トラは膝に乗って耳を当て、子が動くのを確認するのが日課となっていた。

 ある日、日課を終えたトラが縁側で昼寝をしようとしていた時である。

“さて、そろそろ帰りましょうか”

「へ? 帰るって、どこにですか」

“アナタの元の世界にですよ”

「ええっ! い、嫌ですよ。虎姫様と離れ離れになっちゃう!」

“そりゃなりますけど、アナタの生きる世界はここじゃありませんからね。私の願いも十分叶えてくれましたし、アナタ自身もここに来るまでとは大分変わりました。もう生きることから逃げようとはしないでしょう”

「そ、それはそうかもしれませんけど、でも、本当にトチガミさんの願いは叶ったんですか」

“ええ、私の望んだ以上に。アナタがいなければ虎姫は盛政様の武勇と、その御最期を目に焼き付けることもできませんでしたし、秀成様と共にここで暮らすこともなく、京の屋敷で静かに一生を終えるだけでした。更にアナタは虎姫を中川家の正室として家臣に認めさせてくれました。これ以上は何一つ私のほうから望むことなどありません”

「そうですか……」

 そこからトラはしばらく黙りこくっていたが、やがて観念したように口を開いた。

「分かりました、私は自分の世界に戻ります。でも、最後にお別れくらいきちんとしてもいいでしょう」

“それはもうご存分に”

「秀成様もいらっしゃった時に、きちっとお話して帰ります。……ああ、でもやっぱり虎姫様と離れたくないよぉ。赤ちゃんの顔見たかったなぁ」

“そんなこと言ってたらきりがなくなりますよ。虎姫は、今回の子を合わせてあと六人産みますからね”

「ええっ! そんなに子沢山になるんですか。それじゃもう戦とか出られなくなっちゃうじゃないですか」

“さすがに厳しいでしょうね。まぁ、その分育児に励んでもらいましょう”

「そうですね。でも、それを聞いて安心しました。私自身はずっと付いていたいですけど、これで心配なく帰ることができます」

 数日後、秀成が屋敷を訪れてくると、トラは二人に別れを告げた。

「そうか、トラ、帰ってしまうのか」

 虎姫は驚きの表情は見せず、しかし深い寂寞(せきばく)を込めてトラを見つめた。

「神様のお役目も無事完了したとのことですので、私は自分の居るべき場所に戻ります」

「お役目なぞにこだわらず、虎の兄弟としてずっとここにいてはくれぬか」

 トラは虎姫に抱き付きたいのを懸命に堪えていた。

「私には、私の生きなければならない場所があります。本当はずっと虎姫様のお傍に付いていたいんですけど……」

 一言ごとに、目に涙が溜まっていき、それはすぐにこぼれ始める。

「私は、私の人生を精一杯歩みます」

 虎姫は黙って頷き、そこからしばらく無言となった。傍らの秀成も無言でトラを見つめている。やがて、一向に衰える気配のない涙をそのままに、トラが口を開いた。

「虎姫様、お体には十分気をつけてくださいね。町には変わらず出るでしょうけど、無茶しちゃダメですよ」

「分かっておる。虎も子を抱えた体で武勇を競うつもりはない。武人の心はしばらくお預けじゃ」

 虎姫は笑みをこぼし、少し沈黙した後続けた。

「トラ、ありがとう。今まで長い間虎の傍にいてくれて。本当に、ありがとう」

 途端に虎姫の目にも涙が湛えられる。

「虎も、次に生まれることがあればトラのようになりたいの。自分の尽くす相手に、いつでも、どこまでも付いて行き、支えることができるトラみたいに……」

 トラの倍近い涙を流しながら虎姫は言う。

「何を言っているんですか。今お体に気をつけてくださいと言ったばかりじゃないですか。そのようなことを考えず、いつまでも健やかでいてください」

「うん、そうじゃな、そうするよ」

「あっ、虎姫様、盛政様が亡くなられた時に、もう絶対泣かないって誓ったでしょう。こんなところで泣いちゃったらダメですよ」

「泣いているわけではない。勝手に目からこぼれてきおるのだ」

「またそんな強がりを……」

 トラは泣きながらクスクスと笑った。虎姫も同じ顔で笑う。

「トラのほうも帰っても、その、達者で暮らすのじゃぞ」

「ええ、私も虎姫様のようにしっかりした志をもって生きていきます。本当に、本当にありがとうございました」

 トラは秀成に向き直ってもう一度頭を下げた。

「秀成様、虎姫様をよろしくお願いいたします。わがままなところもいっぱいございますけど、温かく包んであげてください」

「ああ。私のほうからも礼を言う。ありがとう、アヤカシ殿。私がこうして虎殿と寄り添って暮らしていけるのは、アヤカシ殿があればこそだ。礼だけでは足りぬ」

「いえいえ、今の二人のお姿は、何より私が望んだものです。そのお言葉だけで十分です」

 トラは再び虎姫に視線を戻し、虎姫もトラを見つめ、互いの感情を相手に染み込ませようとするかのようにジッと動かなかった。

“では、行きましょうか”

 トラは軽く頷いた。

「それでは、私は行きます」

 虎姫と秀成も頷き、最後に虎姫が言った。

「さようなら、トラ」

 次の瞬間、二人の前からトラは消えた。虎姫は誰もいなくなった畳をしばらく見つめていたが、秀成のほうに振り向くと、そのまま胸元に頭を埋めた。秀成は早速トラから言われた通りにした。

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