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症:発症は奇から

 話の展開が少し早いです。

  次の日の放課後。灰色に沈み込んだ空をくぐって、俺たちは三人で電車に飛び込んだ。同じ学校の連中が下校に使わない最後の電車だ。これを逃したら、場合によっては最後まで立ちっぱなしもありえた。だから、俺たちは授業終了のチャイムと同時に教室を飛び出して、最寄の駅に全力疾走ぜんりょくしっそうしたのだ。

 目的地は、県外にある中規模の総合病院。後輩その1がMMORPGエムエムオーアールピージーで同じギルドに所属しているプレイヤーが、あいつと同じ学校にいたらしい。以前にオフ会をしたときの噂話うわさばなしでピンときたんだそうだ。本人と話したことも無い赤の他人の噂話で個人を特定するとは、伊達だて人間観察にんげんかんさつをしているわけではないのか。と本人に言ったところ、『別に、観察の結果として個人の特定にいたったわけではありません。彼女は色々とわかりやすいですから。』だそうだ。まあ確かに、常に太宰治を読んで授業をまともに聞いてないのに常に学年首位がくねんしゅい。体育は参加しない。目を放したらいつの間にか消えてて振り返ると背後に立っている女なんてそういないとは思うが、それでもあいつの観察眼と情報処理能力じょうほうしょりのうりょくはたいしたものだと常々思う。

 電車に揺られている間があまりにも暇だったのか、後輩その2があいつと俺の中学校時代の話をせがんで来た。まあ、いつも教室で昔の女の話とかふられて嘘でも話すまで開放してくれない。とか、その中に中学校時代の同級生なんかも混じってるもんで、あいつとの関係なんかまで根掘り葉掘り聞かれたりとかよりは、積極的な悪意がないだけ幾分ましなんだろう。その2は喋り方はうっとうしいし結構しつこく話のネタをせがんで来るのだが、諦めが早いのか飽きっぽいのかこっちが硬く拒み続けると離れては行くのだ。とはいえ、個人的な用にここまで付き合ってもらっているし、その1もノートパソコンのキーボードをたたきながら聞き耳を立てている様子。少しは、話そうという気になってやらなくも無い。

 過去を語るというのはあまり好きではない。理由を聞かれても理由を聞く理由を聞くということしか出来ない。そのときはそのときだ。容赦なく質問に質問で返そう。俺は他人にあわせて嫌なことをやってあげることが出来るほど人間が出来ていない。いや、人間になれていない、と言うべきなのかな。変な言葉遊びだ。俺のどこが人間じゃないと言うんだ。人の親から生まれ、人の世でいき、学校生活を謳歌おうかしている。生物的にも精神的にも人間でしかない。

 結局のところ、俺は今もまだあいつに捕らわれているだけだ。変わり者であろうとするのも、わざと集団からはじかれるような態度を取るときがあるのも、明治とか大正とか昭和とかの小難しいことばかり書いてある眠たくなりそうな小説を読み続けるのも、さっきのように変な言葉遊びを始めるのも、そういうことだろう。もっとライトノベルとかヤングアダルトと呼ばれる小説にもに手を伸ばしても良いとは思うのだが、どうもモチベーションがあがらないのだ。

 病と言ってもいいかもしれない。あいつに魅入みいられ、近づかれることによって感染する奇異な病。発症すれば、普通・・ではいられない。二度と戻れない。底なしの沼に足を踏み込むように、沈んでいく。助けを求めることは出来ない。求めても誰も来ない。その沼には誰も近づかないのだから。




 ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~




 感染は、その日だった。確実に。その頃まだ俺は普通に集団の中での行動が出来ていたから、所属している部活も無難にバスケ部だった。部活を選んだ理由に女子にもてたいとか不純なものが無かったとは言わないが、当時はただ純粋にバスケを楽しむことが出来ていたと記憶している。つまりその頃はまだ俺が普通の人間の一員だったと言う話で、何が言いたいかというと、結局のところ。うん。自分でも何が言いたいのか全く理解できないほど論理破綻している。

 まあ、普通に一般人としてバスケ部で活動し、秋の新人戦に向けて練習をしていたのだ。俺は。ちなみに中学校二年生の頃の話である。

 中学に入って運動部でまじめに練習を続け、レギュラー入りを果たしてしかも大会が近いとなればもちろん学校からの帰りは遅くなる。帰りが遅くなる上にもう秋に向かって日が短くなっていたので、帰り道は真っ暗とは言わないまでも薄暗い。しかも俺の地元はそこそこに田舎で街頭もポツリポツリとところどころにある程度なので、場所によっては足元も見えない有様となる。そこまでいったら全部真っ暗にして、夜目に慣らしたほうがましだと言う程度には。で、そんな真っ暗な俺の地元なんだが、最寄り駅から自宅までの間に、公園が二つほどあるんだ。ひとつは、かえるをかたどった水飲み場と汚い遊具がある小さな公園。もう1つは、ただひたすらに草が生えてところどころに木が生えているという、言ってみれば広場に近いような公園。この公園は、周辺に街頭もない上に中にも明かりになるものが無いので夜は完全に真っ暗になる。俺は、学校の帰りにコンビニで買ったパンとジュースを、真っ暗になった大きい公園のベンチに座って食べるのが日課だった。だからその日も、いつものようにビニール袋に入った紙パックのカフェオレと蒸しパンをぶら下げて、公園に入ったんだ。

 だけどその日、その日だけは、公園の様子がいつもと違った。人の声が聞こえたんだ。中学に入って二年間、毎日のように来ていた公園の変化を、俺は敏感びんかんに感じ取った。が、違和感にもすぐに気付いた。公園入り口の塀の影に身を隠して耳をそばだてると、それが良くわかった。聞こえてくる声は男三人。距離が離れているようで何を話しているのかはわからなかったが、三人ともが同じ人物を一方的に攻撃している様子だということはつかめた。その言葉の一つ一つにこもった侮蔑ぶべつと卑下は、明確に何を言っているのかがわからないだけに俺の気分を悪くするのには十分だった。その場で吐きそうになり、必死で抑える。声が漏れなかったとは言えないが、その時奴らには聞こえていなかったんだろうな。なんだ。見つかってた方が良かったか?そうなったら今の俺はここにはいないな。後輩その1みたいになってたかもしれん。

 必死になって吐き気を抑えてたら、鈍い打撃音が聞こえた。それに重なって、女の子の小さくてか細くて短い悲鳴も。それが聞こえた途端、吐き気はおさまって今度は頭がひどく混乱した。女の子が暴力を振るわれているという現状を現実として理解できなかった。今考えてみれば、平和ボケしすぎていたと思う。女の子、女性が暴力を振るわれて傷だらけになるのは遠い昔の話、物語の中だけだと思ってたんだ。今現在起こっていないことが現代モノの物語で書かれるわけ無いのにな。どこか遠い場所のことだと思ってたんだ。そして、こうも思った。


――今なら俺、女の子をチンピラから助けて主人公になれるんじゃないか?


 ああ。みなまで言うな。浅ましいとは、自分でも思ってるよ。こういうことがあるから、あまり過去語りはしたくないんだよ。そうだよ。勝てるわけが無い。スポーツをしているとはいえ、相手に比べて体も小さくて、線も細い。喧嘩けんかなんてしたことも無い。そんな人間が都会のチンピラに喧嘩を売って、無事女の子を助け出せるなんてな。捕らぬ狸の皮算用って、こういうことなんだなぁと、あとから身に染みたよ。オキシドールと一緒にね。

 まあ、話を戻そうか。女の子の悲鳴を聞いた俺は、塀から少し顔を出してのぞいてみた。何が起きてたかって、俺が見たのは想像通り、女の子が力なく地面に転がっていて、そこに三人の高校生が大またで近づいていく光景だ。で、ここからはさっき話した通り。浅ましくて厚かましい、なんとも中2らしい馬鹿なことを考えて、俺は塀の後ろから飛び出してこう言った。


「こんばんは。月が綺麗ですね。」


 おいこらそこ。笑うんじゃない。いや、わかるけどな。思い出すだけで俺もだめだからな。穴があったら入りたいどころかそのまま埋まって死にたいくらいだからな。ついでにその夜はとっても綺麗に曇っていた。星の1つすらも見えなかったよ。月?見えない見えない。そんなもん。

 目の前にいた三匹の高校生だけどな、振り返って呆然としていたよ。なんせ、いきなり後ろに現れた中学生が自分たちのやっていることを見ながら引きった笑いで「月が綺麗ですね」だぞ。ホラーかよ。で、俺が中学の学生服を着ているのを確認すると、


「ンだ?てめぇ?」


「ふざけてんのか?」


「殺されたくなかったらとっととうせろやコラ」


 まあ、テンプレートな脅しなんだけどね。殺すとか物騒なこと言ってる割には殺気なんて欠片も感じなかったし。ただ、当時の俺としてはチンピラに凄まれるなんて初めての経験だったもんで、完全にビビッてた。最初はニヤニヤ笑いながらわけのわからないことを言っていた俺がおびえてるのに気付いたらしく、チンピラ三人は味を占めてこっちにめよってくる。


「あぁ?まさかビビッてんのかテメェ」


「さっきの威勢はどうしたよぉwwああ?」


「女の前だからっていいカッコしよぉとしてると痛いメみるぞぉ?」


 ヘラヘラと笑いながら近づいてくる三人に、完全に気圧けおされる。さっきと立場が逆転した。囲まれる俺と、それを見ている女の子。女の子から、俺が救世主に見えてたら良いなとか馬鹿なことを考えてたところで、肩を思いっきり押されて尻餅をつく。普段ならこんな程度でバランスを崩したりはしないのに、考え事をしてたせいで立て直せなかった。


「オラ、きいてんのかテメェ」


「シカトしてんじゃねぇぞ!」


「自分のタチバわかってんのか?ああ?」


 タチバなんてわかってる。ここに出くわした時からわかってる。俺は弱っちい田舎の中学生で、相手はそこそこ都会で喧嘩慣れしたチンピラ三人組だ。でも、なぜかそこで俺は落ちて踏まれてぐちゃぐちゃになった菓子パンと、その向こうに倒れてこっちを見ている女の子を重ねて見て、とんでもない事を言い放った。


「俺の立場か?そうだな、―正義の味方・・・・・・・だ。」 


 一瞬の、間。そして、チンピラが笑い出す。


「ブッヒャハハハハハ!!!ばかじゃねぇのコイツwww!!」


「正義のっwwww味方wwだってよぉギャハハハハハww!!」


「いくらなんでもカッコつけすぎだろぉウハハハハハww!!!!」


 盛大に。大声で。辺りの迷惑も考えずに。辺りの状況も考えずに。

 何度でも言おう。ここは公園だ。街灯もない田舎とはいえ住宅街のど真ん中に存在する。しかもここは都会じゃない。我関せず、事なかれ主義が横行する都会じゃない。そんなところで大声で騒げばどうなるか?


「うるせえぞガキ共!!何時だと思ってんだ!!!警察呼ぶぞ!!!」


 迷惑行為は住民が即座に乗り出してくる。


「ゲ!?やっべぇ!!」


「おい、ずらかるぞ!?」


 3人のうち2人が慌てて逃げ出す中、3人目は呆然と俺を睨んでいた。


「テメェ、最初からこれを狙ってやがったな?」


 珍しく怒気と殺気をふんだんに含んだ視線を向けられて、俺は体が完全に強張ってしまった。とぼける事も肯定することも出来ずにその場で立ちすくむ。いや、尻餅をついたままの姿勢だったので座りすくむ、か。

 数瞬の後に、腹に強い衝撃。完全に俺が計算して行ったものだと思った3人目が、俺の腹を全体重を乗せて踏みつけたのだった。強烈な吐き気の再来にもだええ苦しむ俺を横目に見下して、3人目も去っていく。後に残ったのは、草の上に力なく横たわる女の子と、のどの奥から競りあがって来る物を必死に飲み下しながら転げまわる俺の2人だけだった。さっきの様な下品な笑い声を上げる存在などどこにもいない。

 ようやく吐き気がおさまって動けるようになったかと言うところで、少し辺りが明るくなって自転車のブレーキが出す独特の高周波が響く。


「キミ、ちょっと良いかい?さっきこの辺りに住む人から、この公園で騒いでる若い人たちがいるって通報を受けたんだけど、キミかい?」


 自転車から降りてきた若い男は、水色の制服を着て腰に拳銃を吊っていた。まあ、いわゆる巡査って人だ。さっき怒鳴ったおっさんが、警告だけじゃなくて本当に通報したのか。はたまた全く別の住民が通報したのかはわからないけど、今の状況には非常に好都合だった。


「いや、俺じゃないですけど騒いでた奴らと一緒にはいました。それよりもあっちの女の子のほうをお願いします。さっき思いっきり暴力を受けてて、動かないんです。」


「は!?あの子か。キミ、キミ、大丈夫かい?どこか痛むのか?」


 巡査が女の子に触れ、問いかけるが返事は無い。ただ、切れて血が出ている唇から弱弱しいと息が漏れて、小さく動くのみ。目も開いているかどうかすらわからない。


「こちら巡回中、―です。意識不明の女の子が一人、―公園で倒れています。至急、救急車両の手配をお願いします。」


 無線機で救急車を呼ぶように手配した巡査が、俺のほうを向いて真剣な表情で話す。


「多分キミにも救急車に乗って事情を聞く必要があると思う。帰りが遅くなるかもしれないけど、親御さんに連絡は出来るかい?」


「父親はいないし母親は夜中にならないと帰ってきません。夜中になるってことは無いでしょうし、大丈夫ですよ。」


 巡査の顔が一瞬複雑に歪むが、すぐにもとの澄ました顔に表情に戻る。暗がりとはいえ目がもう慣れていた俺がそんな変化を見逃すはずも無く、少し胸がざわついた。

 それからしばらくして公園の前に救急車が到着して、俺も一緒に乗り込んで事情を説明した。まあ、俺はたまたま通りかかってその場で隠れて一瞬だけ様子を見てた、正しくは聞いてただけなのでまともなことは言えず、ただあのチンピラ三人組の存在を証言するくらいしか出来なかった。

 感染は、このときだ。このときすでに、あいつに魅入られる下地は出来ていたんだろう。それこそ、俺が望んだ主人公のように、助けた女の子に惚れられるような形で、俺はあいつという奇特の病魔に選ばれたのだ。


「で、そのあとあいつは少しの間検査入院をしたんだが、その時見舞いに行った俺にかけられた第一声が、アレだったわけだ。」


 そう。女の子の病室に入ることにチンピラに絡まれるのとはまた違った怯えを抱きながら必死にご機嫌伺ごきげんうかがいをする俺に向かってあの女は無表情で、淡々と言い放ったのだ。


「あなたのようなおぞましい生き物がどんな気持ちで生きているかを考えることは、私にとって蚯蚓みみずの思いを探るよりも薄気味悪うすきみわるいものに感じられるわ。」


 そして昨日も言ったように、それを挑戦状だと受け取った俺は、やっと存在を認めてもらえたと勘違いし、その先のこともいろいろと想像してみたりもしながら小学生のときに読んだ人間失格の一説を自分なりにアレンジして引用する。


「あんたは飯を喰う為に生きているみたいだ。道化の一線で人間を踏み外したのか?」


 その結果がなんだったか、これも昨日話しただろう。苦笑されたんだ。いや、失笑かな。どちらにしろ、あまり上手い返事ではなかったのは確かだ。そしてこの奇異にして特異なやり取りをきっかけにして、俺も人間を踏み外し始める。踏み外し始めただけで今もなお人間にとどまっているのは、あいつと接していた期間が短かったからだ。それだけの理由で、俺は人間を辞めずにすんだ。

 まあ、結果の話はやめよう。今は過去の話、過程の話をしているところだしな。

 そう、感染はあの夜。そして数日の潜伏期間を経て、このやり取りによってこの体を選んだ病は発症をはじめる。それはあの日、俺があいつを裏切ったその時まで、当人たる俺にだけは気付かれずに粛々(しゅくしゅく)と俺の心をむしばんで行ったんだ。



 巡査の対応や行動が警察としてどうなのって感じになってるかもしれませんが、こういう状況に出くわしてる警察を見たことが無いので。

 じゃあ書くなよってツッコミは無しでお願いします(汗

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