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信仰の為に宗教を否定する

 神に救いを求める者こそが、最も神を冒涜している。


 全てが神の思し召しであるならば、苦難もまた神の思し召しである。「君ならこれくらいの苦難でどうだろう?」と贈られたそれを「見ていて下さい。この苦難を乗り越え、御期待に応えてみせます」と行動で返そうとする者こそが、神を愛し神に愛される者である。

 ただただ「救って欲しい」と求めるだけで、与えられた苦難を乗り越えようともせずに突き返すような行為をとる者に、神を愛し神に愛される資格など無い。当然、対話する資格も無いのだ。「神」と口にするのもおこがましい。


 また、神との対話に至る道を阻害するものが存在している。それが「宗教」である。

 宗教は神との直接対話を阻害するものでしかない。

 神は人ひとりひとりに、それぞれのための対話法を作っている。人ひとりひとりに、それぞれのための姿形を用意している。

 宗教はそれを無視したテンプレートを用意することで人々の視野を狭め、画一化し、仲介料をとりつつ神へ取り次がない。ただの仲間集め以外の何ものでもない。神の名を借りた派閥争いでしかない。

 あなたは、あなただけに与えられた神の姿形や対話法を否定して、ただの派閥争いのための仲間集めに参加しているに過ぎないのだ。

 そこは信仰方法のテンプレートが用意されているから確かに楽だろう。だがそれだけだ。信仰している気持ちになれるだけだ。それだけでしかない。


 そうして、神との距離を縮めたいと願いながら広げ続けてしまう。


 全ての宗教に入信してはいけない。全ての人の信仰方法が似通ってはいけない。私とあなたの信仰方針が同じであってはいけない。神は全ての人に違う道を用意しているのだから。「その宗教に入らなければ神との対話は成らず、救われることは無い」などと神を貶めてはならない。


 そして、この考えに同調してはならない。何故ならば、これは私の信仰方針なのだから。


  ◆


「……というわけで宗教に興味は無い。帰れ」


 何とも言えないくらいに胡散臭い小冊子を手にした男へそう言い捨てた。

 男はしばらくポカンとした後、あわあわと口を動かしたが、結局何も言わず逃げるように帰って行った。


 先日、うちの殺人鬼がこの街で幅を利かせていた某宗教団体の支部を壊滅させた影響なのか、最近このような勧誘が増えて困っている。

 毎回、適当で滅茶苦茶な理論を並べたてて追い払っているのだが、正直ネタがもう尽き果てた。

 ……宗教なんて何の役にも立ちはしないのに。

 それでも何か縋るものが無ければ人はやっていけないのだろうか? 何かに依存していなければ、人は安心して生きてはいけないのだろうか?

 他人に、宗教に、仕事に。そして、自分自身に。

 そうだ、何にも依らずに立っていると言う人間だって自分自身に、自分自身の能力に依存している。

 自分自身にすら依らずに立ってこそ、「何にも依らずに立っている」と言えるのではないだろうか。


「……」


 思わず、或る小説における主人公の口癖が出そうになったのをギリギリで押しとどめた。まあ、それくらい適当なことを考えていたわけなのだが。

 そんなことを思いつつ他愛ない思考を続けようとしたが、それは本日三度目となるチャイムの音に中断させられることになった。


「次から次へと、本当に面倒くさいな……」


 また勧誘だろうか?

 宗教関係だったら今考えてた依存の話か、それとは全く関係の無い有権者と政治腐敗の話でもしてやろう。


 しかし、ドアの覗き穴から来訪者を確認した瞬間、俺は固まった。

 何故?

 どうして?

 様々な疑問が頭をよぎるが、それらを気にしている場合でもなかった。とにかく、居ることに気づかれたらマズいことになってしまう。

 息を殺し、なるべく音を立てないように細心の注意を払いながら、じりじりとドアから遠ざかる。

 居留守だ。俺は今居ない。だから帰れ。諦めてとっとと帰ってくれ。

 だが訪問者は諦めて帰る気配を見せず、これでもかというくらい執拗にチャイムを鳴らし始めた。


 ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポピポピポピポピポピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……!


 さらにはドアを叩きながら怒鳴り声まであげ始める。


「アジ! 居るんだろ! とっとと出てこい!」


 チャイムは鳴り、ドアはドンドン叩かれ、怒鳴り声がその薄いドアを易々通過する。

「出てこい」なんて言われて出て行くわけがない。完全に無視だ。


 しかし、残念ながらというか当然というか、それが許されるわけがなかった。

 間取り2Kのこの家には、もう1人住人が居るのだ。

 スッと奥の部屋の引き戸がほんの少しだけ開く。

 そこから顔を出したのは、もう1人の住人である玲於奈。

 その表情は完全に今まで気持ち良く寝ていたというのにこの騒音で無理矢理起こされたというそれだった。


「……(さば)くぞ」


 眠そうな無表情のままぼそりと呟いた。しかも目線を下げてみれば、その手にはキッチンにあったはずのキラリと光る刃物が握られている。

 首は時折眠気でかくんとするのに刃先だけはしっかりと俺を捉えている。

 ちょっと有り得ないくらいに怖かった。

 俺が悪いんじゃないと叫びたかったが、そうすれば俺が居ることが外にバレてしまう。


 後方、ドアからは騒がしい脅迫めいた恫喝が。

 前方、引き戸からは重圧感に満ちた静かな殺意が。

 前後を恐怖に塞がれて、俺に逃げ場はどこにも無かった。

 左右? 上下? あるならとっくに逃げている。

 窓? それは玲於奈の居る部屋にある。

 前方を鎮めようとして刺されるか、後方を鎮めようとしてボコボコにされるか。どちらにせよ生命の危機が待っているという、机上の空論ではないリアル究極の選択に俺は頭を悩ませる。


 ……。

 ……。

 ……ん?


 いや、この場合答えはひとつだ。後方を鎮めようと後ろを向けば、俺の後頭部に包丁が確実に刺さるだろう。

 しかしながら後方は、著しく御近所迷惑であるとは言えドアがある分まだしばらくは大丈夫だ。

 そう判断し、俺は外へ聞こえない程度にボリュームを抑えた声を玲於奈にかけようとする。


「……玲於」


 ビッ!

 スドッ!


「……」


 声をかけようとした瞬間、何かが顔の横を高速で通り過ぎた。


「……よけたな」


 眠気にゆらゆら頭を揺らす玲於奈が、舌打ちと共にそう呟く。

 かすったらしき耳たぶに触れると、血が出ているらしくぬるりとした感触があった。


「お……」

「コラぁっ!」


 玲於奈に抗議しようとした瞬間、遮るように背後で怒鳴り声が上がった。

 見ると、玲於奈の投げた刃物が玄関ドアに深く突き刺さっている。

 それはもう、刃の根元近くまでの深さで。


「殺す気か! あともう2cm突き抜けていたらよけられずに眉間へざっくり刺さっているところだったぞ!」


 玲於奈が狙ったのは来訪者だったのか?

「よけたな」と呟いたのは俺に対してではなかったのか?

 俺を狙ったのではないことに少しだけ、安堵とも喜びともつかない気持ちになる。が、それも一瞬のこと。これ、よく考えてみれば、事態は余計にややこしい方向へ向かってないか?


「ああそうか、アジ、お前は殺す気なんだな!? よくわかった! よおぉくわかった! その前に殺す!」


 途端にドアへの衝撃が今までの比では無いくらいに激しくなった。このままではドアが破壊されるのも時間の問題だ。というか、もう既にドアが微妙に歪んでいるような気がするのですが?

 やはり事態は悪化したような気がする。

 仕方無い。開けるしかないのか。

 とうとう諦めることを決心した俺は、何だか形がおかしくなったような気がする玄関ドアへ足を向ける。が――。


「え?」


 ――玄関へ向かおうとした俺の脇を殺人鬼が通り過ぎた。

 過ぎ際、ぼそりと呟いた言葉に思わず足を止めてしまった俺は、彼女を制することが出来なかった。

 音も無く玄関に辿り着いた玲於奈は、外からの衝撃をものともせずに無言でドアを開いた。

 外に居る人間を殴り飛ばすほどの勢いで。

 かかっていたはずの鍵を無視して。

 脳内を修繕費の計算が駆け巡った。


 ところが、玲於奈が無音で歩み寄り、何の前触れも無く蝶番が外れんばかりの勢いでドアを開けたにも関わらず、来訪者はふっ飛ばされもせずそこに立っていた。

 その人物は当然ドアを開けたのは俺だろうと思っていたのか、カウンター攻撃の右ストレートを放とうとした状態のまま、開けたのが俺でなかったことに驚き、目を見開いて固まっている。玲於奈もまた、見定めるかのように相手を見つめたまま動かない。


 そこに立っていたのは、ブラックスーツに身を包み、神経質そうな鋭い目に赤いセルフレームの眼鏡を纏い、肩まであるだろう黒髪を後頭部でまとめ上げた、一般的に見ると「怖そうだけど美人」の部類に入るだろう女性だった。


「……」

「……」

「……」


 ブラックスーツの女性と玲於奈は互いを見たまま、俺はそんな状況を見つめたまま、三人分の沈黙が流れる。

 恐らく十数秒、しかしその何十倍にも感じられた沈黙の時間を破ったのは玲於奈だった。


 彼女は突然ぐりんと首だけを回してこちらを向くと、ブリザードが吹き荒れていそうな目つきでありながら表情的には笑っているという高等技術でもって、俺に笑いかけながらこう言った。


「……とりあえず死ぬか?」


 彼女の目を吹き荒れるブリザードが俺の背筋を瞬時に凍り付かせる。

 玲於奈がドアを開ける直前、俺の脇を通り過ぎる際に放った「浮気なら死ね」というひとことが脳裏をよぎった。

 どうしよう、蛇に睨まれた蛙の気持ちが嫌という程わかってしまう。

 このままでは確実に殺られる。

 玲於奈の手がドアに突き立った刃物に伸びた。


 が、しかし、彼女がそれを手にすることは無く――


「私を無視するな」


 ――それはブラックスーツの女性の手の中にあった。


「アジ、どういうことかまず説明しろ」


 殺人鬼は刃物を奪われたことでその女性を一瞬睨んだが、言うことに一理あると思ったのかこちらに向き直ると「そうね、一応言い訳を聞き流してから殺そうかしら」と言った。

 いや、聞き流さないでくれ。

 俺はゆっくり深呼吸をし、心を落ち着けると、まず玲於奈に誤解を解くべく真実を告げる。


「玲於奈、その人は……俺の姉だ」

「嘘だ」


 信じてもらうのに一時間強かかった。

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