メタめく23人、殺してバラす?
この街では大概のことは起こる。起こっていい。
吸血鬼が出ようが魔法使いが存在しようが異世界から誰かが来ようがカルト教団がクローン技術で生贄の羊を調達しようが許される。探偵が行く場所では必ず殺人事件が起こり、警察を差し置いて事件を解決してしまう。
それがこの鶴羽市だ。鶴羽市は架空市。結局ここは架空でしかない。お前達からすれば。
けれど俺達からすればこれはどうしようもなく現実の話で、逆にお前達のような世界の方が架空でしかない。
そこは本当に現実か? 誰かの空想なんかじゃないと言い切れるか? お前の意志は本当にお前のものか?
「現実」ってのは自分の思い通りに世界が動くことだ。「現実だからこそ思い通りにならない」なんてことは有り得ない。
「思い通りにいかない」ってことは「誰かの思い通りになっている」ってことだ。お前は誰かの現実に間借りしているに過ぎない。そこはお前の世界では無い。その意志はお前のものでは無い……。
……って、くだらねえ。
そんなくだらない話を延々繰り返すようなカルト教団が活発に活動していたりするこの鶴羽市で、俺の愛しい殺人鬼は夜を駆け、誰かを殺しているのだという。
◆
そのカルト教団支部が襲われ、信者23名がバラバラにされたあげく焼かれていたと朝のニュース番組が報じていた。新聞にも同じようなこと……の数時間分は情報が足りないことが一面に掲載されている。
記事を眺めつつ、嫌な世の中になったものだと思う反面、これが普通だと思う自分も確かに居る。
こういった事件の少なかった時代を知っている大人達からすれば、これは異常で狂った世の中に見えるかも知れないが、そんな時代しか知らない俺達からすれば、これで普通なんじゃないかと思ってしまうわけだ。
「昔は良かった」なんて言われている、その昔の方が俺達からすりゃピンと来ない、何だか気持ちの悪い時代なのだ。
「あら? もうコレ報道されてるの? 早いわねえ」
……はあ?
なんか今、聞き捨てならない言葉が耳に入った気がするぞ?
「あー……玲於奈さん玲於奈さん」
「なあに? どうしたのアノくん、教育番組に出てくるカクカク動く人形みたいな台詞吐いちゃって。あ、じゃあ私お姉さん役? オッケー!『ドウシタンダイあのクン? 思春期ノ男ノ子ミタイニぎらぎらシタ目デオ姉サンヲ見ツメナイデケダモノ!』」
「どれからツッコミ入れていいかわかんねえよ!」
ちなみに「アノくん」っていうのは俺のことだ。どうしてそうなったのかはわからないが、妙に耳馴染みがよかったため、そのまま訂正することもなくそう呼ばれることになったのだ。……まあ、いま現在進行形で恥ずかしいあだ名に思えてきているわけなのだが。まあ、いまさら訂正しようとしても無駄なのだろう。
「ギラギラした目でカクカク動くだなんてアノくん卑猥」
「してねえよ! 何の対象年齢上げようとしてんだよ!」
「つまらないなあ。もっとこう……そう! ノリツッコミ分がアノくんには足りないのよ!」
「俺に何を求めているんだ……」
「決まってるじゃない。愛よ、愛」
「……」
愛=ノリツッコミという図式が全く理解出来ない。もしかすると関西人ならこの図式が理解できるのかもしれないが、そうではない俺には難題すぎた。一体、この殺人鬼は何を考えているのだろう? そんなことを思いはしたが、それでも玲於奈のその言葉には一瞬で黙らされてしまった。
……なんていい笑顔してくれてんだよ。
「……あー、その辺は面倒くさいので後で考えるとして」
「面倒くさい言うな。大切でしょ? 愛」
いや大切なのはわかってますよ。
「でも話が逸れてるから。えー、玲於奈さん?」
「何?」
新聞の一面を指差して俺は尋ねる。
「もしかして、いやもしかしなくても、これやったの玲於奈さん?」
「そうだけど?」
何でもないかのように答える殺人鬼。人の生命を何とも思ってない辺りが「鬼」たる所以なんだろうなあ。
まあ、そんなことより気になったことがひとつだけ。
「……多すぎねえ?」
そう、初めて出会った時を除いて、彼女は一度に1~2人、多くても3人しか殺してこなかったのだ。
……って、危うく忘れそうになるけど、それって結構な数だよな。今「3人しか」って言った自分が怖いよ。
とにかく、23人は明らかに多すぎたわけだ。
「何でこんな人数になってんの? 津山か? 津山狙いか? 津山の記録更新でも目指したのか?」
「え? あ、そう! 津山さんの記録を更新しようと思って……」
「津山は人名じゃねえ。地名だ」
「……」
「ちなみに、津山三十人殺しをやったのは都井睦雄って名前だから」
あと、記録更新も出来てねえ。そこまで一気に突っ込んだ結果、玲於奈は俯いてしまった。ギュッと握り締めた両手が少しだけ震えているのがわかる。
しまった、言い過ぎたか……。そう思って何かフォローをしようと言葉を探す。が、
「……よし、殺そう」
「は?」
今、何て言いました?
「殺そう」とか言わなかった?
もう一度聞き返そうとする間もなく、玲於奈はぐいっと顔を上げると真っ直ぐにこちらを甘睨みしてきた。同時にぶわっと広がるヤバい感じ。あ、知ってる。殺気だわこれ。
「貴方を殺せば、私のこの恥ずかしい気持ちも消えるはず!」
「“はず!”じゃねえよ! 怖えよ。恋人を手にかけるには一番しょぼい動機だよ。そんなんで殺されたら俺が浮かばれねえよ!」
「じゃあ“愛するが故にカッとなってやった”」
「愛を付け足しても短絡的犯行であることに変わりねえ! 危ねえ……目が離せねえなあ」
「それだけ私を見つめていられるってことなんだから、貴方は感涙にむせび泣くべきね」
人を指差すな。失礼な奴だな。ってかどんだけ偉そうなんだよ。それから今はまだ朝だ。早朝だ。テンション爆超にも程があるだろ。って、
「……忘れるとこだった。だから何で23人も殺したんだよ」
忘れてごめんよ23人。何処かを彷徨ってるのか、もう成仏してるのかわかんねえけど。
ようやく本題に戻ってきたことに若干の疲れを感じつつ……まだ朝なのにな……玲於奈に当初の疑問をぶつける。玲於奈も本気で俺を殺そうとは思ってなかったのか、案外素直に殺気をおさめると、少しばかり気まずそうに視線を彷徨わせたあと、小さく口を開いた。
「……テキストを」
「ん?」
「テキストを持って行くのを忘れたのよ」
「テキスト?」
「これ」
そう言って玲於奈が差し出したのは、高校生がやたらめったら殺人事件に遭遇した挙げ句、被害者の無念云々はさておき祖父の名にかけて事件を解決することで知られている漫画だった。
「これがテキスト?」
「そう、これがテキスト。あ、漫画だからって馬鹿にしてない? あのね、その国その時代の文化・風俗を知るには、その国の人が高尚に思っているものよりも、こういう低俗に思われているものにこそ見るべきものがあるのよ。文化人類学の基本よ?」
「……って、そう言って漫画色々渡したの俺じゃん」
玲於奈をあの廃工場から連れ出してからわかったことなのだが、彼女は何故か色々なことについて知らないことが多すぎたのだ。いや、正確には偏ってると言うべきか……。ともかく一般的・日常的な常識に対して知らないことが多すぎたのだ。
しかも、それらを無理に知ったか振って繕おうとするから余計に質が悪く、ある携帯電話会社のCMを観て「私の知らない間に生体脳移植技術も進歩したものねえ」などと言い放った時点で、俺が色々世間を教えるべく様々な本を渡し、テレビ番組を見せ、新聞を読ませたのだ。
おかげで部屋には今まで無かったテレビが置かれ、取ってなかった新聞が積まれ、部屋面積を削り取る本棚が鎮座し、俺の貯金残高が減少した。
あと、衣服代と我が家のエンゲル係数が上がった。
兎に角、それらの一環として確かに漫画を渡したのは事実だが……。
「俺はその漫画を渡した覚えは無いのだが……というか持ってたっけ?」
「あ、買った。素晴らしいわね、まん●らけ」
よく見ると、本棚には俺の知らない漫画がかなり置いてあった。
「あー……あの『Dr.●ランプ』新書版全巻が置いてある辺りにあった近代史や日本紹介系の書籍は何処に?」
「売った。素晴らしいわね、ブックオ●」
そんなとこだけ世慣れすんなよ……。なんだか当初よりも偏ってきてる気がしなくもないな。
まあ、それはいいとしてだ……。
「……テキストってのはどういう意味だ?」
「えっと……だからこれ。この巻の死体トリック」
差し出されたその巻を見てみると、なるほどそこには死体を増やすトリックが書いてあった。
「……これ、確か元ネタになったミステリー小説も渡してなかったか?」
「●ックオフは偉大ね」
おい。
どんだけ御贔屓にしてんだよ。っつーか買取の際の身分証明はどうやったのか知りたいわ。
……と思ったが、身分証の入手先は容易に想像出来たので口には出さない。
南無。
「まあ、それも良しとして……」
良くないけど。
「……それでも、確かあのトリックって5~6人で足りたはずだよな? 23人も必要ないよな?」
「だからテキスト忘れたからだって言ってるじゃない。アノくんは健忘症? 若年性?」
「どっちでもねえ! テキスト忘れるとどうなるんだよ!」
「だから……斬る場所わかんなくなるじゃない!」
「あ! ……って取りに帰れよ!」
「嫌よ面倒くさい! それだったら兎に角色々斬って組み合わせてみた方が楽でしょ?」
そんな理由で23人? いや、そっちの方が面倒だろ? 浮かばれねえ。
「それにしたって23人て……どんな間違い方したらそんだけかかるんだよ」
斬る場所を少しでも覚えてたら、こんなことにはならないだろう。もしかして不器用か?
「うるさいわねえ。……老けろ」
「っ! ……ああそうだな。お前の」
「お前言うな」
「……玲於奈のせいで心労にまみれて老けそうだからな」
「それは困るわ。私はアノくんのちょっと童顔なとこが好きなの。年下好きなの。萌えー」
「明らかに最後のは覚えたばかりの言葉を使ってみたかったって感じだな」
「萌えー」
「うるさいわっ!」
やはりこの夜を駆ける殺人鬼は、どんどん殺人鬼としてどうなのかってベクトルの知識を仕入れているような気がしてならない。こないだは「アノくんアノくん、知ってた? “攻め”の反対は……ふふっ」とか言ってたし。あれ? これ、仕入れきれてなくて途中で笑って誤魔化してないか?
「でもまあ安心しなさい! 何だかんだでちゃんと成功したから!」
「……は?」
何を安心しろと言うのかはさっぱりなんですが、成功したって言うのは……。
「それって……」
「そう! 報道では23人って言ってるけど本当は22人なのです!」
ああーやっぱり。
「ね? すごいでしょ?」
そういや、凄惨の「凄」と書いて「凄い」と読むなあ……。
「ちょっとぉ。彼女を誉めるチャンスなのよ! この時だけは手首をねじ上げられることなく頭を撫でることが出来るんだから! ぼやぼやしてないでほらっ!」
そう言って頭をこちらに向ける玲於奈。
……ねじ上げられる平常時ってやつの方が、何だか怖くて気になるんですけど?
そんなことを思いつつも彼女の頭を撫でてやる。
「へへー」
そんな、やたらと嬉しそうな表情をされたら可愛くてたまらないじゃないか。
この表情の為なら22人の犠牲も仕方ないかな、なんて思ってしまう自分への自己嫌悪と幸せな気分に浸りながら、彼女の頭を撫で続ける。
撫でる俺の手に触れる小さな突起。
だから彼女は自分を“鬼”だと言うのだろうか?