数百年の夢、蛇を追ふ
高くまで伸びる、巨大な大木。空を覆う葉たちが忙しなく揺れ、葉ずれの音が闇に溶け込んでいく。
ここは、どこ……?
深夜の神社。長い階段の先には、鳥居がある。
ちりん。鈴の音が、どこかで鳴った。
体は、境内へ向かっていく。足が一段一段、歩を刻む。
階段が上がるたび、鈴の音が増えていき――赤い鳥居を仰いだ瞬間、四方八方より鈴の音が、激しく鳴り響いた。
裂くような急激な風が、前から吹き抜けた。
何かがやってきた。そう思ったのも束の間、前にいたのは……
「さて、数百年ぶりであったな」
巨大な狐。
真っ赤な血を連想させる、大きな瞳が視界を覆う。鋭い牙が光もない中で、怪しく光る。
「冬吾秋継よ、あの日の仇を返しにきた」
◇◇◇
――右。左……いや、右!?
林の中、ぼうぼうと伸びた草を掻き分け、疾走する標的を目で追っていた秋臣は、ついにそれを見失った。
『何やってんだ、あっちだ。南西の方だ』
南西、ってどっち!? どこを見ても木、木、木。目印になるようなものもない。
『どっちですか! 間継さん!』
秋臣は、耳につけたイヤホンマイクに訴えた。
『お前……南西っていったら、あっちだろ。さっき教えたのに』
だからどっちだよ。
秋臣は、間継がいる方へ振り返る。黒い着物の装いの、小さな輪郭だけが見えた。
その首が、左奥に振られる。あっちか!
指示通りに駆けた先で、見失った気配が途端、濃くなった。
事前に木々に下げてあった紙垂が、標的の逃げ道を確実に減らしていた。
足の速さにだけは、自身がある。
正面に、紙垂を下げた大木が見えた。
結界の行き止まりだ。追い詰めた……!
かさかさとした音が止んだ。草の間から見えたのは――白い綺麗な蛇だった。
これなら、簡単に捕まえられそう……
そっと手を伸ばした秋臣の頬を、不穏な風が撫でていく。
途端、両手に収まりそうだった蛇が、巨大な黒い蛇へと変容した。
おどろおどろしい黒い靄の塊が、歪な蛇の形を成した。
「――あ、これはやば」
秋臣は、残留思念に憑かれた蛇の妖怪を硬直した体で見上げた。
靄で出来た長い舌がちろりと動き、あるはずのない黒い瞳が、こちらを捉えた気がした。
胴体が持ち上げられる。口がカッと開かれ、直線状に降りてきた。
肩を引っ張られた。
今まさに、秋臣が立っていたところに、靄が激しくぶつかり、四散する。
「よくやった。退避」
いつしか前に立っていたのは、間継だった。
濃紺の羽織の裾が揺れる。髪を束ねている銀のリングが昏く光る。
ようやく自力で数歩退いた秋臣は、それでも前方から目を離せずにいた。
黒い靄が姿を立ち上げ直し、臨戦態勢に入る。
その隙に、間継が左手で印を組み、唱えた。
「間継律、これに謹んで奏上す。念は念として、ここに形を成すことなし。鎮まり、散れ」
襲って来た靄へ、彼が右手を伸ばした瞬間、ぶつかったところから赤と黄の混じる光が辺りへと広がった。
気が付いた時には――その手の中には、白い蛇が一匹いるだけだった。




