第98話:早朝の苦味
翌朝。
ユウトは、ふと目を覚ました。
「……」
ぼんやりと天井を見る。
いつものように、まだ眠い。
だが、妙に意識だけははっきりしている。
枕元の時計を見る。
「まだ8時……」
思わず呟いた。
(朝に起きるなんて久しぶりだな……)
しばらく天井を見つめる。
……。
(二度寝するか)
ユウトは迷うことなく、再び布団に潜った。
目を閉じる。
体の力を抜く。
眠ろうとする。
だが――
(寝れねぇ……)
なぜか、眠れない。
手の置き場が気になる。
足を曲げるべきか。
伸ばすべきか。
枕の匂い。
布団の重さ。
外から聞こえる環境音。
窓とカーテンの隙間から差し込む、朝の光。
普段なら何も考えずにできていること。
眠る。
ただそれだけのこと。
それなのに。
一度意識してしまうと、全部が気になってくる。
(無理だ……)
ユウトは布団の中でしばらく抵抗した。
だが、眠気は戻ってこない。
「……起きるか」
観念して、ユウトは布団から出た。
部屋の中は、まだ少し薄暗い。
ユウトはカーテンを開け、窓も少しだけ開ける。
朝の空気が、部屋の中へ入ってきた。
「……」
ユウトは手を広げる。
次の瞬間。
手の中に、湯気の立つコーヒーが現れた。
創造したコーヒー。
ユウトはそれを片手に、窓の外を見る。
街は、すでに少しずつ動き始めていた。
遠くを飛ぶ車。
下の道を歩く人々。
どこかの店が開く音。
知らない世界の朝。
けれど、不思議と悪くない。
ユウトはコーヒーを口に運ぶ。
苦い。
温かい。
「フッ……」
少しだけ、かっこつけたように息を漏らす。
(たまには良いな)
朝に起きて。
コーヒーを飲んで。
外の景色を眺める。
そんな、意識の高そうな時間。
悪くない。
むしろ、ちょっといい。
ユウトはもう一口、コーヒーを飲んだ。
その時――
「何してんの?」
背後から声がした。
「わあああああ!?」
ユウトは盛大に飛び上がった。
手に持っていたコーヒーが、少しこぼれる。
「熱っつ!!」
慌てて振り向く。
そこには、セレスがいた。
いつものように、何食わぬ顔で立っている。
「な、なんでいるんだよ!」
「普通に来ただけよ」
「普通にって何だよ!」
「ドア、開いてたし」
「開けた覚えねえよ!」
「開いてたわよ」
「怖いんだけど!?」
セレスは、ユウトの手元を見る。
「朝からコーヒー?」
「……悪いかよ」
「別に」
セレスは少しだけ目を細めた。
「似合わないなって思っただけ」
「うるせえ」
ユウトはコーヒーを持ったまま、窓の外へ視線を戻す。
「たまたま早く起きただけだよ」
「へぇ」
セレスは部屋の中を見回した。
「それで、朝から何を気取ってたの?」
「気取ってねえよ」
「今、窓辺でコーヒー飲みながらフッて言ってたじゃない」
「聞いてたのかよ!」
ユウトの顔が、少し赤くなる。
セレスは楽しそうに笑った。
「それで?」
「何しに来たんだよ」
「ユウトが面白そうなことしてるから」
「ちょっと、からかいに」
セレスがニヤリと笑う。
(こいつ……)
(なんか詩織に似てきたな……)
「冗談よ」
セレスはあっさりと言った。
「今日は商業ギルドの決算日でしょ?」
「私がバルドとしてギルドに行くから」
「認識阻害リングを借りに来たのよ」
「あぁ、そうだった……」
ユウトは思い出したように呟く。
「決算か……」
「めんどくさいな」
「ユウトの場合は簡単よ?」
「収入を記入するだけだから」
「俺の場合?」
ユウトは眉をひそめる。
「大商会だと、資産、経営成績、お金の流れを記入したりして大変なの!」
「……」
ユウトは無言でセレスを見る。
「うん」
セレスはにこっと笑った。
「分からなくて大丈夫よ!」
「絶対バカにしてるだろ」
ユウトは不満そうに言いながら、机の引き出しを開けた。
中から、認識阻害リングを取り出す。
「ほら」
「ありがと」
セレスは受け取り、指にはめる。
その瞬間。
セレスの姿が、バルドへと変わった。
「……」
目の前にいるのは、威厳ある商会代表バルド。
だが。
中身はセレス。
ユウトは、なんとも言えない顔で見た。
「どう?」
バルドの姿をしたセレスが、少し得意げに言う。
「似合ってる?」
「似合ってるとか、そういう問題じゃないだろ……」
「ふふ」
セレスは楽しそうに笑った。
「じゃあ、準備できたら行くわよ」
「俺も行くのか?」
「当然でしょ」
「早く行かないと混むわよ」
ユウトは、まだ半分残っているコーヒーを見る。
せっかくの朝。
少しだけ良い気分だった朝。
それが、もう面倒な予定で埋まっていく。




