第100話:行列は続くよどこまでも
商業ギルド前。
ギルドの門は、まだ閉まっている。
だが――
すでに二十人以上の列ができていた。
「開業まで一時間近くあるのに……」
ユウトは、列を見ながら呟いた。
「混みすぎだろ……」
その隣で、バルドの姿をしたセレスが涼しい顔で立っている。
「まだまだ、こんなものではない」
「ゴルディア中の商人が、一斉に集まるのだからな」
「なんで一日限定にしてるんだ……」
ユウトは、心底面倒くさそうに顔をしかめた。
「しかも毎月だろ?」
「そうじゃな……」
「去年の売上から大まかな金額を決めて徴収して」
「年に一度、決算して」
「差額分を返却するなり、追加で徴収するなりすれば良くないか?」
「……」
セレスが、ぴたりと動きを止めた。
「ユウト……」
そこまで言いかけて、セレスははっとする。
今の姿はバルド。
周囲には商人たち。
気軽にユウトと呼ぶわけにはいかない。
セレスは小さく咳払いをした。
「どうしたのだね、ユウト君」
「何が?」
「珍しく、的を射たことを言うではないか」
「珍しくは余計だ!」
ユウトは即座に突っ込んだ。
周囲の商人たちが、ちらりとこちらを見る。
ユウトは慌てて声を落とした。
「……いや、普通に思っただけだよ」
「毎月全員集めて、同じ日に手続きさせるとか」
「効率悪すぎるだろ」
「確かにのう」
ユウトは列を見る。
少しずつ人が増えている。
商人らしき者。
店主らしき者。
荷物を抱えた者。
帳簿らしきものを持っている者。
みな、開業前の門の前で待っていた。
「……これさ」
「パソコン使えば、ネットからできるよな?」
セレスがまた黙った。
「何だよ」
「いや」
セレスは、バルドの顔でじっとユウトを見る。
「たまに変なところで頭が回るのう」
「褒めてるのか、それ」
「一応な」
「一応かよ」
ユウトは不満そうに呟いた。
「そもそも、なんで詩織はパソコンを作らなかったんだ?」
「作ろうとはしたようじゃ」
セレスは、少しだけ声を落とす。
「だが、通信設備の設置に膨大な費用がかかる」
「それで諦めたらしい」
「……」
ユウトは、ふと思い出した。
世界中がケーブルで繋がれている。
昔、そんな話を聞いたことがある。
「それって、今も無理なんじゃないか?」
「それなら大丈夫じゃよ」
セレスは、バルドの顔でどこか楽しげに笑った。
「私の“古くからの友人”が対応しておる」
「古くからの……友人?」
「ひみつじゃ」
「なんだよそれ」
「今はまだ、のう……」
その瞬間――
ギルドの門が、重い音を立てて開き始めた。
「ほれ、行くぞぃ」
セレスが歩き出す。
「ちょ、ちょっと待てよ」
先頭の商人たちが、次々と施設内へ入っていく。
列は順調に進み始めた。
――と思った、その時だった。
ユウトたちの三人前で、列が止まった。
どうやら、一定数が中に入ると制限をかけるらしい。
「ちぇっ……」
ユウトは思わず舌打ちした。
ふと後ろを振り返る。
そこには、いつの間にか長い行列ができていた。
もう最後尾がどこなのかも分からない。
「……」
これは。
悠長なことを言っている場合ではない。
一刻も早く、パソコンを実用化しないといけない。
なぜなら――
毎月早起きするなんて、絶対に無理だからだ。
そう決意するユウトであった。
しばらくすると、決算を終えた商人たちが中から出てくる。
「次の方、どうぞ」
その声を合図に、待っていた商人たちが一斉に中へ入った。
「ようこそ商業ギルドへ」
「本日は決算で……」
受付の女性が、そこで言葉を止める。
「あら?」
ユウトの担当は、副マスターのケイトだった。
「えっと……」
ケイトは少しだけ考えるように目を細める。
「ルービックキューブの……」
「ユウトです」
「そう、ユウト君」
ケイトはすぐに笑顔を作った。
「久しぶりね!」
(今、忘れてただろ)
ユウトは心の中で呟いた。
「決算は初めてよね?」
「はい」
「じゃあ、まずはこの書類に名前を書いて」
ケイトは慣れた手つきで、数枚の書類を差し出した。
「ここと、ここに収入源と実際の収入」
「自分で何かを販売した場合は、ここに売上を記入して」
「その下には、その商品の価格と原価」
「その右下に、実際に得た利益を記入してね」
「……」
ユウトは書類を見つめた。
名前。
収入源。
実際の収入。
売上。
価格。
原価。
利益。
項目自体は、そこまで難しくない。
だが。
面倒くさい。
とても面倒くさい。
「……これ、毎月やるんですか?」
「そうよ」
ケイトはにこりと笑った。
「商人登録をしている以上、毎月必要な手続きだからね」
「……」
ユウトはペンを取った。
まずは名前。
ユウト。
そこまではいい。
次に、収入源。
「……収入源」
ユウトは手を止める。
「えっと……」
「収入源は、仕事の内容を書けばいいわ」
ケイトが説明する。
「例えば、雑貨販売とか」
「飲食販売とか」
「道具製作とか」
「依頼報酬とか」
「なるほど……」
ユウトは少し考える。
そして書いた。
商品開発報酬。
「……」
ケイトが横から覗き込む。
「商品開発?」
「はい」
「何を開発したの?」
「えっと……」
ユウトは指を折る。
「カップ麺と」
「ラムネと」
「あと、ルービックキューブですね」
「……」
ケイトの表情が、少し止まった。
「カップ麺も?」
「はい」
「ラムネも?」
「はい」
「……今、街で話題になってるやつ?」
「たぶん」
「たぶん?」
ケイトは目を細める。
ユウトは視線を逸らした。
「俺が作ったというか」
「案を出したというか」
「そういう感じです」
「……へぇ」
ケイトはゆっくりと頷いた。
その顔は、明らかに興味を持っていた。
「それで、収入は?」
「これです」
ユウトは、持ってきた資料を差し出した。
ルービックキューブの商標権販売。
50,000,000円。
カップ麺の取り分。
1,750,000円。
ラムネの取り分。
1,400,000円。
ケイトは資料を受け取る。
そして、目を通した。
「……」
一秒。
二秒。
三秒。
「……え?」
ケイトの声が、小さく漏れた。
「これ」
ケイトは資料を指差す。
「間違いない?」
「はい」
「これも?」
「はい」
ケイトはもう一度、資料を見る。
そして、しばらく黙ったあと、深く息を吐いた。
「……まあ、いいわ」
「書類上は、商品開発報酬ね」
「はい」
「売上じゃなくて、利益配分として受け取っているなら」
「ここには、実際に受け取った金額を書いて」
「商品の売上や原価は、販売元の商会側で申告されるはずだから」
「ユウト君は、自分が受け取った分だけでいいわ」
「おお……」
ユウトは少し安心した。
言われた通り、金額を記入していく。
カップ麺。
ラムネ。
ルービックキューブ。
数字を書くたびに、ケイトの視線が少しずつ鋭くなっていく。
「……」
「……」
「……あの」
「何?」
「そんなに見られると書きにくいです」
「あ、ごめんなさい」
ケイトは慌てて視線を外した。
だが、すぐにまたちらっと見る。
(見てる……)
(めちゃくちゃ見てる……)
ユウトは気まずそうに書類を書き終えた。
「できました」
「確認するわね」
ケイトは書類を受け取り、内容を確認する。
そして、少しだけ表情を引き締めた。
「問題ないわ」
「じゃあ、これで終わりですか?」
「ええ」
「明日、支払いを済ませれば完了よ」
「明日なんですね」
「支払いまで受け付けると、手が回らなくてね……」
「なるほど……」
ユウトはほっと息を吐いた。
思ったよりは簡単だった。
その時。
隣の窓口から、声が聞こえた。
「バルド商会様、こちらへどうぞ」
ユウトは反射的にそちらを見る。
バルドの姿をしたセレスが、堂々と窓口へ向かっていた。
その手には、分厚い書類の束。
ユウトは、それを見た瞬間。
自分の書類が、どれだけ楽だったかを理解した。
「……」
セレスがちらりとこちらを見る。
目が合う。
バルドの顔で、にやりと笑った。
そして。
“お前がやるか?”と言わんばかりに、分厚い書類の束を少しだけ持ち上げて見せる。
(無理に決まってるだろ!)
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回で100話目になりました。
ユウトたちをここまで見守ってくださった皆さま、本当にありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけましたら、評価、リアクション、ブックマークで応援していただけると嬉しいです。
これからも、ユウトたちの日々を見守っていただければ幸いです。




