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東方星剣異聞  作者: くぅすけ
6章 白銀と幻想、幽し桜の夢
84/106

84.親失せの童・2




ーー何処だ......何処にいる?


まだそう遠くへは行っていないはず。


年末ゆえに大通りは沢山の人々で賑わっていた。


視界が開けない上になかなか前に進めない。


それでもなんとか群衆をかき分け、ひたすら首を振って先程のスリ魔を探す。


......いた!!


数メートルほど離れたところに、笠を目深に被った男は立っていた。


「ん......?」


髭を蓄えた、見るからに金持ちそうな恰幅の良い男性の後ろにぴったりくっ付いて歩いている。


なんだかコソコソした様子で、怪しい動きだ。


......まさか彼奴。


「......おい、お前。」


レンは男の肩を引っ掴んだ。


「なっ!?」


男はぎくり、と体を震わせると恐る恐るレンの方へ振り向いた。


「こ、これはこれは先刻の旦那。もう嬢ちゃんから盗ったものはちゃんと返しましたよ?」


「......正直に言え。今、何をしようとしていた?」


男はにへへ、と愛想笑いを浮かべたかと思うと次の瞬間、急に走り出そうとした。


その腕をレンが引っ張ったので、男はつんのめってそのまま地面にコケた。


「ひっ、ひいっ!勘弁してくだせぇ!!まだ未遂!未遂ですから!!」


未遂って......自分でやろうとしてました、って認めてるようなもんじゃないか。


とその時。


男は腹からぎゅるるる、と凄まじい空腹音を立てた。


とことん間抜けな奴だな、こいつ。


「はぁ......ったく、しょうがないな。こっち来い。」


「許してくだせえ!あっしが悪うございました!なにとぞ、なにとぞご容赦をっ!!」


悲鳴を上げながらじたばた暴れる男を引っ張ってレンは横丁の方へと歩いて行った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



握り飯にかき揚げ蕎麦、団子におでん。


店に入っても笠を被ったままの男は次々と運ばれてくる料理を片っ端から平らげていく。


ーーよく食うなぁ......。


「いやぁ......旦那、ほんと恩に着ますぜ。あまりの空腹にぶっ倒れそうだったもんで。危うくもう一度道を踏み外すところでした。」


「こっちだってなるべく人を牢に入れたりしたくないんだよ。頼むから罪を犯さないでくれ。」


「へい、これからは心を入れ替えて真っ当に生きていきますぜ。」


おいおい本当かよ。


「なあ、ところでさ......。」


ーーお前、妖怪だろう?


耳打ちされて男は一瞬箸を持つ手をぴたりと止めた。


「だ、旦那、まさかあっしをその腰の剣で斬り捨てたりするつもりじゃあありませんよね?」


怯えているのか、笠で目元が見えなくても男の顔が引き攣っているのがわかる。


「落ち着け、流石に殺したりはしないよ。そんなことをするのは俺の性に合わないし、第一さっき被害者であるあの娘本人がお前を許したんだからもう咎める気は一切無いさ。」


それを聞いて彼は胸を撫で下ろした。


そして周囲をざっと見回して近くの席に人がいないことを確認してから笠を少し上にあげて、妖怪の証拠たるその緋色の瞳をレンに見せた。


「いかにも、あっしは旦那のおっしゃる通り(あやかし)ですぜ。にしても旦那はどうやってあっしが妖怪であることを見抜いたんです?」


「お前から妖の気質を感じるからかな。それに生身の人間じゃあ、生半可な鍛え方してないうちの弟子と追いかけっこしても勝負にならないだろうし。」


ーーまあ俺が直接妖夢を鍛えているわけじゃないけど。


「さっきの嬢ちゃんは旦那のお弟子さんでしたか。いやはや、そうとも知らずに財布をスるとはあっしも運が悪い。」


そう言って笠男はからからと喉を鳴らして笑った。


笑い事じゃないよまったく。


「なあ、聞きたいことがあるんだけどいい?」


「ええ。旦那の為なら喜んで!飯まで食わせてもらってるのですからここで断るのも恩を知らずというもの。なんでも聞いてくだせえ。あっしに答えられる範囲でなら答えますぜ。」


「それじゃあ単刀直入に聞こう。何故盗みなんて働こうとしたんだ?金に困っているとはいえお前は妖怪なのだから人間を喰っていれば餓え死にすることはあるまい。何か、どうしても人間の通貨を手に入れたい理由があったのだろう?それを教えて欲しい。」


笠男はレンの問いを聞いて緋色の目をまん丸にしたかと思うと急に笑い出した。


「な、何が可笑しいんだ?」


「へっへっへ、これは失敬。」


尚も声を抑えて笑い続ける妖怪に、レンは困惑しつつ答えを待つ。


「妖怪と一言に言っても色々な奴がおりましてね。旦那の言う通り普通妖怪は人を喰うもんなんですが、あっしはどうも人間を喰うのがあまり好きではないもんで。この里の南東の方の森でキノコや山菜を食って静かに暮らしてたんですがねぇ......」


彼はそこまで喋ったところで腕を組んでため息を吐いた。


「最近はあすこに妙な奴が住み着いちまったようで。変な瘴気みてぇなのが舞っていて森に近づけねえんです。」


「......瘴気?」


「へい。あっしら妖怪でも吸うと忽ち気分が悪くなっちまうような性質(タチ)の悪いやつでして。お陰で食うもんにも困るようになっちまったんで腹を空かせて泣く泣く里に出て来たところ、目の前に純粋そうな嬢ちゃんが無防備に財布を傍に置いたまま縁台に座ってうとうとしているのを見て......ついつい盗っちまいました。」


だからといって盗みを働くのは許されることではないが、こう話を聞くと少し不憫に思われる。


......っていうか妖夢は何故財布を盗られるようなところに置いたままうたた寝していたんだ?


やっぱり妖夢はちょっぴりどこか抜けている。


財布をスられた理由が妖夢らしくて可愛いというか......なんだかちょっと和むな。


レンは少しばかり笑ってしまった。


いや、重ね重ね笑いごとではないんだけど。


「......そうか。最近、っていうのは具体的にはいつ頃から?」


笠男は首を捻りつつ顎を撫でながらうーん、と唸った。


「大体十日程前......ですかねぇ。」


「っ......。」


ーー弥太の様子がおかしくなり始めた頃と同じだ。


今回の件に関係がある可能性が十分にあると言えるだろう。


実際に調査しに行く必要があるかもな。


「場所は......里の南東の森と言ったな。瘴気の根元の詳しい場所は分かるか?」


レンの問いに、笠男は少しばかり申し訳なさそうに首を振る。


「なにしろ森の入り口からもう既に瘴気が蔓延してるんで。奥地に行く程濃くはなるんでしょうけどどこから発生しているのか、正確な位置はあっしにも分かりやせん。......旦那、まさかあの森へ行くつもりなんですか?」


「まあね。今ちょっと厄介な事件の解決を頼まれていて、もしかしたらそれと何かしらの関係があるかもしれない。それに、その瘴気のせいで森から追い出された妖怪たちが里やその周りにやって来て何か問題を起こされても困るし。」


そう言ってレンは呆れたような顔で笠男を指差した。


「へ、へへっ.....まあおっしゃる通りで。あっしからもお願いします。あの森の瘴気をなんとかしてくだせえ。」


男は椅子に座ったままペコリとレンに頭を下げた。


「ああ、任しとけ。......その代わり俺が瘴気をなんとかするまでもう里で厄介事を起こさないでくれよ?」


「ええ、それはもう。天に誓って、もう人の物を盗ったりはしませんぜ。旦那に飯を奢ってもらった御恩も一生忘れねえ。」


まったく、調子の良い奴だ。


「今度盗みを働いたら牢に叩き込むからな。」


「勘弁して下さいよ旦那。」


笠男はまたからからと喉を鳴らして笑った。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「霊夢ー、晩ご飯できたぞ。」


「お腹すいたわ。早く早く!」


待ってましたとばかりにぺしぺし机を叩く霊夢。


その目の前に鍋敷を敷き、レンは鍋を置いた。


鍋の蓋を開けた途端白い湯気が盛んに立ち上る。


「......いい匂い。今日はお鍋ね?」


「ああ。人里で偶然咲夜に会ったから作り方を教えてもらって来たんだ。豆乳を使った鍋で、外の世界で人気らしいよ。」


「いただきまーす。」


レンの話を聞いているのかいないのか、霊夢は手を合わせるや否や鍋からささっと白菜や豆腐を取り皿に取って頬張った。


「んぐんぐ......おいひー。」


霊夢がふにゃっと表情を綻ばせるので、その顔を見ているレンも無意識のうちに微笑んでしまう。


......美味しそうに食べるなぁ。


ここまで喜んでもらえると作り甲斐がある。


霊夢はこう見えて無邪気というか、喜怒哀楽の感情が分かりやすいというか。


やっぱり笑うと可愛いんだよな......。


「......ん?レンは食べないの?」


「あっ、いや、食べるよ。」


照れ隠しのために、レンも急いで箸を取って鍋の具を取り皿によそう。


その様子を訝しげな表情を浮かべながらじっと見つめてくる霊夢。


......なんか怪しまれてる?


「あっ、そうそう。俺ちょっと今厄介な事件を任されてて今日はこれからまた人里に行かなきゃいけないんだ。」


慌てて話をすり替えようと試みる。


我ながらわざとらしいにも程があるが。


「ふーん、分かったわ。気を付けて行って来てね。それと......レン?」


「ん?」


「後でちょっと私の部屋に来なさい。」


「は......はい。」


ーーなんだろう。


俺何か怒られるようなことしたかな?


それとも今変なこと考えてたのがバレた?


もしかして気分を悪くしたんじゃ......。


露骨にあたふたするレンを見て、霊夢はくすっと笑った。


「別にお説教とかじゃないわよ?」


「う、うん......。」


本当に何だろう。


霊夢の意図が全く持って分からず、レンは首を傾げた。






※※※




......怖いなぁ。


さっきの様子からして怒られたりはしないんだろうけど、やっぱり改まって部屋に来いなんて言われると緊張する。


普段あんまり霊夢の部屋に入ることなんてないし。


一体何の用事があって俺を呼んだのだろう。


あの場でパッと言わなかったということは大事な話なのだろうか。


うわぁ......ますます怖い。


まあどっちにしろここで霊夢の部屋に寄らずに出て行ったりしたら後で怒られそうなので大人しく廊下を歩いて霊夢の部屋へと向かう。


「れ、霊夢?入るよー?」


「はいはい、どうぞ。」


そういや昔無断で彼女の部屋に入ってボコボコにされたっけ。


そんなことを思い出しながら身震いしつつ恐る恐る襖に手をかけて部屋の中へと入る。


霊夢は部屋の真ん中にちょこんと正座していた。


「ふふっ......だから何でそんな怖がるの?ほら、こっち来なさいよ。」


レンの様子を見た霊夢は、苦笑しつつ手招きをした。


もはや恐怖で逆らう気すら起きないレンはこくこくと頷いて素直に霊夢の前に座った。


「......して、話とは?」


レンは固唾を飲み、返事を待つ。


冬なのに額から汗が噴き出すのを感じながらレンは正座を少しも崩さずに霊夢が口を開くのを待った。


......一体何を言われるのやら。


「レン、最近疲れてない?」


「......へ?」


「疲れてない?」


「はい?」


「だ・か・ら!疲れてないかって聞いてるの!!」


「い、いや。別にそんなことはないけど......。」


「嘘吐かないの。なんだかよくため息を吐くし、ぼーっとどこ見てんのか分からないような顔してたりするし......。」


「そうかな......っていうか話ってそれを聞きたかっただけ?」


「”だけ“とは何よ?疲れって自分でも知らず知らずのうちに溜まってるものだから放っておくといつか急に身体壊したりするのよ?」


霊夢はそう言いながら心配そうにレンを見つめる。


どうやら本当にレンの身体を気遣ってくれているだけのようだ。


......なんだ。無駄に緊張して損した。


「まあ確かに疲れが溜まっていないと言えば嘘になるかもな。最近は割と頻繁に里の近くに魔物が現れたりするし。」


実際、ここのところ魔物や妖怪の討伐の依頼が今までよりも確実に増えて来ている。


今日も吹雪の中、依頼を数件こなして東奔西走した後に件の少年の家を訪ねたわけでなかなかハードなスケジュールだった......と思う。


自分では自覚していなくてももしかしたら顔色とかに疲れが出ているのかもしれない。


「たまにはちゃんと休むことも大事よ?人から依頼が来たって、何もそれを全部こなす必要なんてないんだから。あんたはその性格から察するに、皆の願いを聞き入れようと身を削って頑張るんだろうけど......妖怪や魔物を相手にする仕事なんだから、万に一つでも疲れが原因の不注意とかで命を落としたりしたら悔やんでも悔やみきれないでしょう?」


「う、うん。まあでもほら、俺があともう少し無理をするだけで誰かの幸せを守れたり、人の命を救えるんだったら頑張らなくちゃ。」


「あなたの幸せはどうするのよ?」


「それは......二の次、かな。もう俺は一度命を失ってるんだし、今俺は人を助けるために生かされてるんだと思ってる。例えもう一度死ぬとしても人を救う為に死ねるんだったら本望だよ。」


真剣な顔でレンがそう言うのを聞いた霊夢は心底呆れた、というような顔でため息を吐いた。


「ほんっと正義感の塊というか......。あんたはもう十分人のために頑張ってるじゃないの。もう少し自分の幸せに対する欲を持ちなさいよ。」


「......?別に今自分で俺は不幸せだとは思ってないぞ?」


「ふーん。じゃああんたは今幸せなの?」


「うん、多分。まあ何が幸せで何が不幸せだとかあんまよく分かんないけど。」


「......変な奴。」


ぼそっと、少し拗ねたような表情でそう呟く霊夢。


何故かちょっと口を尖らせて不満げであるように見えるのは気のせいだろうか。


「なんか心配してくれてありがとうな、霊夢。」


「ふ、ふん......別に。」


「俺、そんなにぼーっとしたりしてるかな。疲れてるように見える?あんまり自覚は無いんだけどさ。」


「自覚無いのね。私から見るとだいぶ精神的に疲れているように見えるけど。」


「そっか。今回の件が終わったら少しお休みもらって温泉でも行ってこようかな......。」


レンは欠伸を噛み殺しつつ、無意識のうちに自分の肩を叩く。


「んじゃ、行ってくるよ。多分明日の朝には戻ると思う。」


「はいはい、行ってらっしゃい。」


レンはローブを羽織り、剣を持って立ち上がると部屋を出て行った。












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