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東方星剣異聞  作者: くぅすけ
6章 白銀と幻想、幽し桜の夢
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81.氷と雫



出されたお茶を啜り、レンはほっと一つ息を吐いた。


ほうじ茶の優しい香りに癒されつつ障子の外に目をやる。


庭先には雪のかけら一つ見当たらない。


紫曰くこのマヨヒガは結界にぐるりと囲まれており、外部の気候に左右されないらしい。


結界から一歩でも外に出ればたちまち猛吹雪が吹き荒れる白銀の世界だが、結界の内側はまるで春のように暖かい。


炬燵なしでも十分過ごせるくらい。


......結界って便利だな。


霊夢もある程度は結界扱えるみたいだし、博麗神社も結界で覆っちゃえばいいのに。


まあそんなしょうもないことの為に神様の力を借りるのは罰当たりだし、そもそも霊夢は面倒くさがってやらないと思うけど。


そんなくだらないことを考えながら、彼はまた茶を啜る。


「ねえ、レン。」


「ん?」


「......最近の幻想郷生活はどう?もうだいぶ慣れてきた頃かしら。」


「うん、毎日がとても楽しいし充実してると思うよ。」


「それは良かったわ。何においても楽しむことは一番大事だものね。」


うんうん、と満足そうに頷く紫。


なんだかその様子が可笑しくてレンは小さく笑ってしまった。


「でも......まだまだ自分の力不足を思い知らされることも多いかな。この間の疫癘の異変だってもっと早い段階で俺が黒幕の存在に気が付いていれば犠牲者の数をもっと抑えられたかもしれない。......もっと力が欲しい。」


「貴方は自分の現状に不満なの?」


「うん。不満がないと言えば嘘になる。」


「実際貴方はよくやれてるわよ。今までの異変も皆の力を借りながらも全て解決してきたじゃない。なんだかんだ言っていつも異変解決の中心にいるのは霊夢と貴方なんだから。もっと胸を張ってもいいのよ?」


「そ、そうかな。」


「ええ、そうよ。周りの人妖達の貴方への態度を見ていれば分かるわ。魔理沙とか紅魔館の吸血鬼、人里の人達、その他諸々......皆貴方のことを信頼してる。勿論幽々子や私だって期待してるわ。」


「お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいな。」


「お世辞じゃないわ。現に霊夢だって貴方のことをちゃんと認めてる。あの子はちょっと不器用だから貴方に対しても素っ気ない素振りしているんでしょうけど......本心ではちゃんと貴方をかけがえのない存在として見ているはずよ。」


そこまで言ったところで、紫は少し頬を膨らませて不満気な表情になった。


「......それにね。いっつも私と話す時は素っ気無い反応しかしないのに、貴方の話になるとレンの作るご飯が美味しいとか、レンが優しいとか、あの子は凄く嬉しそうに貴方のことばっかり喋るの。酷くない!?」


「あ、あはは......そうなのか。でも霊夢が俺のことをそんな風に思ってくれていたなんて意外だなぁ。」


「ふふ......私がこんなこと貴方に言ったって知ったら、霊夢に怒られちゃうわね。」


紫がわざとらしく舌をちろっと出して見せたので、レンも笑ってしまった。


「まあ何にせよ、皆に信頼されているんだからそれに応えられるようにこれからも頑張りなさいな。幻想郷の未来は貴方の双肩に懸かっていると言っても過言でも無いのよ?」


「はは、荷が重いなぁ......。」


なんというか......そういう柄じゃ無いんだよな俺。


昔から誰かの為に、とか期待を背負わされるといつも下手に緊張して足がすくんでしまうのだ。


我ながら情け無い話ではあるのだが、自分に嘘はつけないのだからどうしようもない。


「まあ......出来るところまで頑張ってみるよ。」


レンは顔を背けて独り言のようにそう一言呟いた。


床の上に横たえてある自らの愛剣(アルテマ)にそっと手を触れてみる。


......ごめんね、不甲斐ないよね俺って。


かの英雄が神より賜った神殺しの剣は、こんなヘタれた主人を持って泣いているに違いない。


こんな素晴らしい神器を本当に俺なんかが握っていていいのだろうか。


俺なんかよりもっとこの剣に相応しい使い手がいるんじゃないだろうか。


俺がこの剣を手にしたのは何かの間違いだったのかも知れない。


自分では最も恐れているくせに否定しきれない考えが頭の中に浮かび、己の不甲斐なさへの悔しさ故にレンが唇を噛み締めたその時。


「辛いわよねぇ。」


まるでレンの心中の葛藤を見透かしているかのように紫はそうぽつりと呟いた。


顔を上げた拍子にその紫紺色の瞳と目が合う。


......心を見透かすことはできても、己の無力さに対して苛立ちを抱くこの気持ちは幻想郷のトップクラスの存在、妖怪の賢者たる彼女にはきっと分からないだろう。


「いいえ、私だって自分の無力さを痛感することなんて幾らでもあるわよ。」


「っ......。」


ーー紫には俺の胸中はなんでもお見通しのようだ。


なんとなく決まりが悪くなったレンは紫の瞳から目を逸らした。


「なにせ大昔......それこそこの幻想郷が出来た頃からこの目でずっとこの世界を見てきたんだから。私が救えなかったばっかりに消滅してしまった妖怪も沢山いたし、私が少し目を離した隙にまだ任に就いて日の浅い未熟な博麗の巫女が妖怪に喰い殺されてしまったことも何度かあった。」


首を横に振りながら深いため息を吐く紫。


そして障子の隙間から僅かに見える白い空へ視線を移した。


視線こそ空の方を向いているものの、その目は過ぎ去りし遠い過去を眺めているかのように虚ろな様子であった。


「ちょうど現在(いま)だってそう。本当なら私が幻想郷を守る為に自ら戦いたいところだけど、偽りの神は貴方の神剣でしか打ち倒すことはできない。私の境界を操る能力を以ってしてもこればっかりはしょうがない。せいぜい私に出来ることは来たるべき決戦の日のために貴方を導くことだけ......。」


そこまで言ったところで紫は茶を一口啜り、両手で持っていた湯呑みを静かに机の上に置く。


そしてほっと一息吐くと、その紫紺の瞳でレンを正面から見据えた。


「......誰しもが心の中に劣等感を抱いているものなのよ。どんなに外面を取り繕おうとしたって自分にだけは嘘は吐けないんだから。ただその劣等感の感じ方の程度は人それぞれ違ってて、貴方は特に感じやすい性格......違う?」


「......。」


レンは俯いたまま答えない。


否、反論出来ない。


日頃から自分の心の本当に奥底で思うところがあったのを、ズバッと突かれた感じ。


こうも胸中を言い当てられてぐうの音も出ない自分の未熟さに、またもや苛立ちを感じてしまう。


そんな彼を見て、紫は口の端をほんの僅かに緩めて続けた。


ーーでもね。


「でも、これだけは確かに言えること......貴方はその剣に選ばれたのよ。御伽噺に出てくるような神剣が、ランセルグレアの何百万何千万という数の剣の使い手たちの中から貴方を選んだの。剣が貴方を認めてくれたのよ。なのに貴方自身が自分を認められなくてどうするのよ?」


「あの日アルテマの元へ導いてくれたのは紫だろう?アルテマは俺の探知魔法に応えなかった。ずっと思っていたんだけど、この剣は本当は俺のメディウムではないんじゃ......」


「いいえ。その剣は正真正銘貴方の(つがい)。貴方の探知魔法に反応しなかったのは偽りの神の邪魔が入ったから。本当だったら貴方は自らの手でその剣を探し出して泉の中心にあったあの台座から引き抜くはずだったの。」


「......そうだったのか。」


レンは無言のまま、再び視線を己の愛剣へと落とした。


親指を鍔に当てて鯉口を切り、ほんの少しだけ鞘から刀身を引き抜く。


障子の合間から差し込んでくる日の光を受けてその青白い刀身は眩く輝いた。


その輝きをしばらく眺めた後、刀身を鞘に収める。


ちん、という小気味良い音を響かせ、彼は剣を再び畳の上へ横たえた。


「なあ、紫。」


「何かしら?」


「俺は......この剣に相応しい使い手になりたくて今まで頑張って来たけど、まだまだ未熟なままだ。これからも頑張れば......いつかはこの剣に恥じない使い手になれるかな。」


「それは貴方次第でしょう。努力をやめてしまえばそこでおしまい。でも頑張り続ければなれる可能性は少なくとも貴方が諦めるまでは消えないわよ。」


「......俺、もっと強くなりたい。」


ーーいや、”なりたい“じゃなくて“なる”んだ。


......もう二度とあんな思いするもんか。


「まぁ、もう少し肩の力を抜きつつ頑張りなさいな。このところ貴方気負いすぎじゃない?毎朝この寒いのに汗だくになりながら物凄い回数素振りしたりして......そんなんじゃ肉体的にも精神的にももたないわよ。」


「あ、あはは......見てたのか。」


「ええ。さっき言ったでしょ?ちゃんとスキマで覗き見してるわよ。」


い、いや、そんなドヤ顔で言われても......。


「まだまだ時間はいっぱいあるわ。今は焦らずに幻想郷(ここ)で起こる異変の解決に関わって沢山戦闘経験を積んでもっともっと強くなりなさい。たまには宴会で馬鹿騒ぎしたりお酒飲んだりして発散することも忘れずにね?」


「うん......なんだか少し気が楽になったよ、ありがとう。」


それを聞いて紫は小さく上品に笑った。


「さてと。レン、そろそろ博麗神社に帰った方がいいんじゃないかしら?一応貴方が神社を出てから丸一日以上は経ってるんだし、きっと今頃霊夢が半泣きになりながら貴方を待ってるわよ?」


「そ、そんなことはないと思うけど......確かに霊夢に心配かけてたら悪いしそろそろお暇させてもらおうかな。」


「私がスキマで神社前の階段まで送ってあげる。早く霊夢のところへ帰って安心させてあげなさいな。」


「本当、何から何まで済まないな。」


「また帰り道に足を滑らせて、急斜面を転げ落ちたりしたら大変でしょう?ほら、こっち。」


「はは......耳が痛いや。」


紫の軽口にちょっと恥ずかしそうに笑いつつ、レンは彼女の生成した空間の裂け目に入り込んだ。


薄暗いスキマの中を十数歩ほど進んでスキマの外へ出ると、あら不思議。


そこはもう博麗神社前の石段だった。


「本当に便利だな......スキマって。」


「でしょう?とっても便利な能力よ。それに境界を操る能力って一言に言ってもありとあらゆることに応用できちゃうんだから。」


「俺も訓練したらそんな感じの能力を手に入れたりできるのかな?」


「うーん......実際幻想郷(ここ)ではある日突然能力に目覚める人間もいたりするからなんとも言えないけど......。貴方は魔法が使えるからいいじゃないの。」


「魔法と能力はまた別だろ?なんかこう、カッコいい能力に目覚めないかなぁ。」


「目覚めるといいわねぇ〜。」


くすくすと笑いながら紫はわざとらしくそう言った。


......絶対ありえないって思ってるだろ。


「......まあいいや。スキマで俺たちの私生活覗くくらいなら、今度暇な時があったら普通に神社に遊びに来てくれよ?」


「ふふっ、まあ近いうちに遊びにお邪魔しようかしらね。」


あっ、スキマで覗き見するのはやめる気無いのね......。


「それじゃあね、レン。また宴会の時にでも会いましょう。」


「ああ、またいずれ。」


紫は手を振るレンに小さく微笑みかけると、スキマを閉じた。


空間の裂け目がまるでそこに最初から何もなかったかのように消滅する。


「さてと......。」


レンは一つため息を吐くと、白い雪を被った石段をゆっくりと登り始めた。


博麗神社には今日も今日とて参拝客がいないようで、参道に積もった雪には人が歩いて踏み抜いた跡が全くない。


まあそりゃそうか。


普段から客の来ない神社にこの吹雪吹く極寒の中命がけで参拝しに来る馬鹿なんてどう考えてもいないだろう。


それにいつも博麗神社に来るのは妖怪や妖精に魔法使い、紅魔館のメイド、白玉楼の半人半霊などなど......皆空を飛べる者たちばかり。


わざわざこの石段を一歩一歩登る必要もあるまい。


白い息を吐きながら長い長い石段を登っていると、これまた白い雪を被った赤い鳥居が見えてきた。


ーーやっと帰って来れた。


なんやかんやで無事に神社に帰って来れたことに安堵しつつ鳥居をくぐって境内へ入ろうとしたその時。


「......やっと帰って来た。」


驚いて声の聞こえてきた方を振り向くと。


腕組みをして鳥居に寄っかかったまま立っている霊夢の姿。


首元にはマフラーを巻き、巫女服の上から丈の長いケープを羽織ってはいるがそれでもだいぶ寒そうだ。


「えっと......ただいま?」


「”ただいま?“、じゃないわよ。どこほっつき歩いてたのよ馬鹿。」


霊夢は腰に両手を当ててレンを睨みつける。


ちょっと......どころじゃない。相当不機嫌そうだ。


「ずっとここで待っててくれたのか?」


「そ、そんなわけ無いじゃない!!しぶといあんたのことだからどっかでの垂れ死んだりはしないと思ってたけど......その、ほんのちょっとだけ心配だったから......」


不機嫌そうな表情から一変、霊夢の顔はみるみるうちに真っ赤になっていき、声も後になるにつれどんどん小さくもごもごした声に変わっていく。


「......とにかく!」


「は、はいっ!!」


突然霊夢に人差し指をビシッと突きつけられて思わず背筋をピンと伸ばすレン。


「......無事に帰ってきてくれてよかったわ。」


霊夢は聞き取れるか聞き取れないか分からないくらい小さな声でぽつんとそう呟いた。


「ほら、何そんなとこでぼさっと突っ立ってるのよ。寒かったでしょ。早く中入って温かい飲み物でも飲も?」


「う、うん。」


霊夢に手を引かれるがままレンも母屋へと歩き出す。


触れた彼女の手はまるで氷のようにひんやりと冷たかった。


......寒かったのはきっと霊夢の方だ。


彼女は心配してずっとここで鳥居に寄っかかったまま待っていてくれたのだ。


「あの......霊夢?」


「......何よ?」


「その、なんかごめんな。」


「ふん......ばーか。」


そっぽを向いた霊夢の頬には美しい雫が二つ、雲の合間から差し込む光を受けて輝いていた。






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