78.メイド長代理の魔導師・1
......いやぁ、忙しい忙しい。
本当に忙しい。
広いキッチンに立って慌ただしく皿を洗うレン。
スポンジで擦っては泡を流してタオルで拭き、またスポンジで擦っては泡を流してタオルで拭き......。
横にはまだ結構な枚数のお皿が積み重なっている。
不意に何処かからがっしゃーん、という何かが粉砕されるような耳障りな音が聞こえた。
「何だ何だ!?」
慌てて洗いかけていたお皿を流し台に置き、服で手を拭きながら急ぎ足でキッチンを出る。
真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を通り、金の装飾が施された手摺りのついている階段を上り、騒音の鳴った方へ。
「あーあ......。」
棚の上に置かれていた高級そうな壺が原型をとどめない程に粉砕され、その欠片が赤い絨毯の上に散らばっていた。
......さっきの音の原因はこれか。
「一体誰が......」
「お兄様、みーつけたぁ!!」
「うわっ!?」
急に後ろから抱き付いてきたのは、金髪の小さな女の子。
なんだかふわふわした温もりが背中の方から伝わってくる。
「ふ、フラン......?」
「えへへ......壺、壊しちゃった!」
「フランだったのか。怪我はない?大丈夫?」
「うん、大丈夫!ごめんねぇお兄様。実はフランね、わざと割ったの。」
「どっ、どうして!?」
「こうでもしないとお兄様、フランに構ってくれないでしょ?」
「えぇ......?」
ーー俺を呼ぶ為だけに壺を粉砕するの、やめて下さい妹様。
「とにかく片付けなくちゃ......。」
「えーっ!?だーめ、お兄様はフランと遊ぶの!」
「ごめんフラン、今はちょっと忙しいから......ほら、後で時間がある時にゆっくり遊ぼう?」
「やだっ!今遊ぶの!」
ーー参ったな。
遊んであげたいのも山々なのだが......。
「えへへ、おにーさま〜。」
嬉しそうにはにかんで見せるフラン。
か、可愛い......けど。
「痛ッ......いだだだだだっ!?」
好き好き、とばかりにフランが思いっきり抱き締めるので結構洒落にならないレベルで痛い。
本人は抱き締めているつもりなのかもしれないがどっちかっていうと締め上げられている、と言った方が正しいかもしれない。
肋骨がみしみし鳴ってる......。
「フ、フランぐふっ......もうちょっと優しく.........」
「あっ、ご、ごめんね!!お兄様大丈夫!?」
漸く手を緩めてくれた。
「あはは......。」
レンは人差し指で頬を掻きながら困ったように笑い返した。
フランがこういう風に来てくれるのは嬉しいけど、今はやらなければならないことが山積みだからなぁ......。
「あ、あの......フラン?」
「なぁに、お兄様?」
「まだまだ仕事が残っているから早くこれ片付けなきゃ。だからその......離してくれないかな?」
「やだ。離したらお兄様、またどっか行っちゃうじゃん。」
そう言ってフランはひっついたまま離れようとしない。
「レン〜?紅茶淹れて頂戴。」
不意にレミリアが紅茶を催促する声が聞こえて来る。
......壺の残骸の片付けは後回しにするか。
「はーいお嬢様、只今。」
その声に返事をして、しれっと逃げるようにその場を離れようとするレン。
その服の裾をフランがぐいっと引っ張る。
「お兄様、何処へ行くの?......逃がさないよ?」
真紅の瞳が一瞬ぎらりと強い輝きを帯びた気がするのは気のせいだろうか。
ひやりと冷たいものが首筋を伝う。
「うわっ、パチュリー様の喘息が!?あわわ、どうしましょう......!?レンさん、レンさぁーん!!」
慌ただしい小悪魔の声。
ほぼ同時にまた何処か別のところで陶器が割れるようなばりーん、と言った感じの音が聞こえて来た。
妖精メイドがお皿でも割ったか。
「レンー!?何処にいるのー!?」
「レンさーん、SOSですぅ!!」
「ごめんなさい、メイド長代理!お皿割っちゃいました!!」
「ねえ、お兄様遊ぼ?」
次々と畳み掛けるように館の四方八方から彼の名を呼ぶ声が飛んで来る。
「......。」
あまりの多忙さに、どうすれば良いのか分からなくなってその場に立ち尽くすレン。
そして深呼吸を一つしてから大きく息を吸ってーー
ーーうわぁぁああああぁぁああっ!!!
......とは叫ばずに。
代わりに深い深い溜め息を吐いた。
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どうして彼が紅魔館で働いているのか。
事の発端はこの日の前日に遡る。
今日も今日とて参拝客の来ない博麗神社。
境内には吹雪が吹き込み、その赤い立派な鳥居は雪に埋れて真っ白になっている。
この降りしきる雪の中外へ出ようという気など起こるはずもなく、霊夢とレンは例の如く炬燵に入ってダラダラしていた。
「......なあ、れーむ。」
「なぁに?」
最早溶けている、という表現が一番しっくり来るぐらいにだらけ切った姿勢で机の上に突っ伏しながら返事をする霊夢。
「一日中こんな風に堕落した過ごし方してていいのかなぁ?」
「別にいーんじゃない?異変は起こってないし、参拝客は相変わらず来ないんだし。あんたも今日は里守りの仕事お休みなんでしょ?外は物凄い雪降ってんだしこんな日にわざわざ外へ出る必要は無いわよ。」
「そんなもんかねぇ。」
「そんなもんよ。きっと何処の家も今日はこんな感じでしょ。ほら、いっつも遊びに来る魔理沙だって流石に今日は来ないんだし。きっと家で炬燵入ってのんびりしてるのよ。今日ぐらいはゆっくりしても罰は当たらないわ。」
「そーだな。」
......ここ最近毎日だらだらしてはこんなこと言ってる気がするけど。
まあしょうがないよね。毎日毎日豪雪が降るし、べらぼうに寒いし。
気の抜けた相槌を打って、レンは足を炬燵に突っ込んだまま再び仰向けに寝っ転がった。
くあーっ、と大きな欠伸をしてもう一眠りする為に目蓋を閉じたその時だった。
「レンはいるかしら?」
不意に縁側の方の障子が開き、銀髪のメイドさん......十六夜咲夜が入ってきた。
「何でどいつもこいつも玄関から上がって来ないのよ。そしてお賽銭入れて来なさい。」
......正論と一緒に図々しいことしれっと言うのやめなよ。
「......折り入って頼みがあるのだけど。」
霊夢の一言がまるで聞こえなかったかのように華麗なるスルーを決め込む咲夜さんマジぱねーっす。
「あの吸血鬼のお願い?嫌ーな予感がするわね。」
あっ、スルーされたことについては何も言及しないのね。
「まあそう言わずに聞いて頂戴。どうせ一日中炬燵に入ってだらだらしてるだけで暇なんでしょう?」
......おっしゃる通りでございます。
「あら、私達だってだらだらしたい日もあるのよ。」
それを聞いて呆れたように溜め息を吐く咲夜。
貴方達はいつもだらだらしてるでしょ、とか絶対思ってるな。
「......私が頼みごとをしたいのは霊夢、貴方じゃなくてレンの方よ。」
「お......俺?」
「はいはいそうですか!邪魔してごめんねー!!」
咲夜の一言に機嫌を損ねたのか、頬をぷくっと膨らませてそっぽを向く霊夢。
......子供かよ。
「で、結局頼みって何なんだ?」
「単刀直入に言うわね。」
「うん。」
「貴方を紅魔館に雇いたいの。住み込みで働いて欲しいんだけど。」
「「......は?」」
霊夢はきょとんとした表情になり、レンは手に持っていた蜜柑をぽろりと落っことした。
「こりゃまた何でそんな急に?」
「私にも分からないわ。お嬢様のご意向だもの。」
「はいはーいストーップ、ダメダメ。レンはうちに住んでるんですぅー!今更紅魔館になんか住みませぇーん。分かったらさっさとか・え・れ!か・え・れ!」
横から霊夢が喚き立てる。
だから子供かよ。
咲夜は咲夜で涼しい顔でガン無視。
咲夜さん流石です。
「紅魔館に住み込み......か。」
「レ、レン......?まさか本当に神社を出て行ったりしないよね?」
縋るような表情になる霊夢。
「う、うん。まさかそんなことはしないよ。ほら......最近はこの大雪で休みになってるけど俺には里守りの仕事があるんだしさ。」
それを聞いて霊夢は心の中でほっと安堵のため息を吐いた。
その様子をニヤニヤしながら見ていた咲夜はわざとらしくすっとぼけたような顔をして、
「ああごめんなさい、説明が足りなかったわね。うちで働くのは二、三日くらいで良いの。住み込みというよりは泊まり込みっていう感じね。」
と付け加えた。
「なんだ、紅魔館に住むことになるっていうわけではないんだな。」
「ええ。勿論きちんと働いてくれればそれに応じてお礼もするわ。三食おやつ付きよ。どう?悪い条件ではないと思うんだけど。」
「うーん......。」
今は大雪の影響で里守りの仕事が休みだし、これから先もしばらくは無いだろうから少し遊びに行くつもりで紅魔館に行くのも悪くは無いかもしれない。
フランにしょっちゅう会いに行く、とか約束しておきながら最近あまり顔を出してないっていうのもあるし。
どうせ働くって言っても大図書館の整理とかレミリアの紅茶を入れるとか食器洗いとかくらいのものだろう。
お礼あり、好待遇までしてもらっているのだから雇用態勢に文句のつけようも無い。
「......分かった。じゃあ二、三日紅魔館で働かせてもらおうかな。」
「助かるわ。そうと決まれば早速紅魔館へ来て欲しいのだけれど......。」
「ああ、部屋へ戻って少し荷物をまとめてくるからちょっと待っててくれ。」
「了解、私はここで待ってるわね。」
咲夜は返すと、縁側に腰掛けた。
レンも着替えなど泊まりの準備をするべく自分の部屋へと戻っていく。
居間には咲夜と霊夢だけが残された。
何やらむすっとした表情の霊夢を咲夜はじっと見つめる。
「......で、霊夢はなんで不機嫌なわけ?」
出し抜けに投げかけられた問いに霊夢はふぇっ、というような変な声が出てしまった。
「べべべっべべ別に機嫌悪くなんか無い!」
霊夢の動揺ぶりに思わず咲夜はくすりと笑った。
「な、何がおかしいのよ!?」
「ふふ......正直に言ったらどう?霊夢も一緒に来たらどうだ、ってレンが言ってくれなかったからへそを曲げているんでしょ?」
「はっ!?違うわよバーカ!!むしろ騒がしいあいつを二、三日あんたのところに引き取ってもらえると思うと清々するわ。」
「強がってるのが見え見え。......別に霊夢も一緒に来ても良いのよ?お嬢様は貴方のことも気に入っているみたいだし、きっと快く受け入れてくださるわ。」
「何でこの私が吸血鬼の所で働かなくちゃいけないのよ!」
「二、三日レンに会えなくて寂しくないの?」
「んなのどうでもいい!さっさと荷物まとめて行っちゃえばいいのよ。」
ーーさっきは”神社を出て行ったりしないわよね?“、とか言ってたくせに。
「まあ無理にとは言わないわ。」
そう返し、咲夜は靴を履いて縁側から立ち上がる。
そして振り向き様に
「......彼に対して素直になれない気持ちは分かるけど、あんまりそんな風に突っ撥ねて想いを隠してばっかでいるとその内他の娘に取られちゃうわよ。」
と付け加えた。
「余計なお世話っ!!」
癇癪を起こして蜜柑を投げつける霊夢。
咲夜はひらりとそれを躱した。
蜜柑はそのまま庭の雪の上へ落ちたーーかと思えばいつの間にか咲夜の手の中に収まっている。
......時止めの能力を使ったのだ。
「食べ物を粗末にしたら罰が当たるわよ。」
涼しい顔でそう言いながら咲夜は蜜柑を机の上にトン、と置いた。
「ぐぬぬぬ.......。」
霊夢は湯呑みに残っていたお茶を勢いよく飲み干して、行き場の無くなった怒りをどうにか沈める。
......確かに自分は彼に対してきつく当たりすぎかもしれない。
咲夜の言う通りにするのは少々癪に触るが、確かにもう少し彼に対して素直になった方が好感度も上がるに違いない。
彼は優しいからきつく当たられても笑って流してくれるが、彼だって人間なのだから優しくされた方が嬉しいに決まっている。
霊夢がふっと溜め息を吐いたその時、レンが風呂敷を引っ提げたアルテマを肩に担いで居間へ戻ってきた。
「咲夜、お待たせ。」
「準備は出来たかしら?」
「うん、一応生活必需品だけこの風呂敷に詰め込んできた。」
「じゃあぼちぼち行きましょうか。」
咲夜は石畳の上で靴のかかとを鳴らした。
「行ってくるね、霊夢。」
「うん、行ってらっしゃい。......気をつけてね。」
霊夢はそう答え、にこっと微笑んだ。
「......。」
いつになく妙にしんみりした感じの霊夢を見て、レンは首を傾げた。
......あれ、なんか今日の霊夢おかしくない?
いつもだったら“さっさと行きなさいよ、シッシッ!!”
みたいな感じの反応が返ってくるのに。
なんか落ち込むことでもあったのかな。
レンは何度も何度も霊夢の顔をちらちら見た後、咲夜と一緒に雪の降りしきる真っ白な空へと飛び立って行った。
霊夢は机に肘をつきながら、どんどん小さくなっていくその後ろ姿を眺めて溜め息を吐く。
......レンは私のことどんな風に思っているのかな。
自分勝手な人?怖い人?それとも冷たい人?
お前は自己中で、いつも人にきつく当たってばかりで、どこか冷たい奴だ、と言われても私は何も言い返すことができない。
どれも本当のことである。
自覚しているからこそこうして頭に浮かんでくる。
自分でも嫌な奴だなぁ、って思う。
自己中なのは根っからだから仕方がない。
でも......人にきつく当たってしまったり、冷たい素振りをしてしまうのは根っからの性格のせいではない......と思う。
魔理沙や妖夢、アリスや咲夜に紫、その他諸々......。
たまに神社に遊びに来てくれる彼女らのことは大好きだ。勿論レンも含めて。
好きであるからこそツンツンした態度をとってしまう。ある意味ではこれが自分なりの甘え方なのかもしれない。
博麗霊夢、とはそれだけ面倒くさい生き物なのである。
本当はべた甘えしたいのに、何だか気恥ずかしくて突っ放すような態度を取ってしまい、かといって放って置かれると拗ねてしまう。
何なんだろうな、不器用というか......人との付き合い方が下手なのかな、私。
最近こんなこと考えてばっかりだ。
霊夢は再び机の上に突っ伏すと、今日何度目かもわからない深い深いため息を吐いた。




