76.冬の訪れ
「ぶぇっくしっ!」
豪快なくしゃみをかまし、うう......と鼻を啜る。
すると子供たちがこちらを指差してけらけら笑った。
「あはは、おにーさん風邪引きー!大丈夫?」
子供達のうちの一人、男の子が心配そうにレンの顔を下から覗き込む。
「はは......そうだね、ちょっと風邪をひいちゃったみたいだ。最近急に寒くなってきたから、皆も風邪をひかないように気をつけるんだよ?」
子供達ははーい、と元気な返事を返した。
......子供は無邪気で可愛いな。
ここは人里の寺子屋。
慧音先生が教師として授業を行う場であり、里中の子供達が読み書きや計算を学びにやってくる。
レンは里守りとして見回りをする際にはこの寺子屋にも必ず立ち寄る為、何度も見回りに来るうちにいつの間にか子供達とは顔見知りになっていた。
今ではだいぶ距離も縮まり、一緒にお昼ご飯を食べたり子供達に誘われて追いかけっこや縄跳びに混ぜてもらったりするような間柄になった。
今日も笑顔で手を振る子供たちを見送り、慧音先生にも挨拶を済ませてから寺子屋を出る。
「お前やっぱり面倒見良いよなぁ。」
声を聞いて振り向くと、風太と幸助だった。
「はは......そうかな。」
「子供達にめっちゃ懐かれてるじゃないか。お前だけずっけーぞ!」
うりゃうりゃ、と風太が横からちょっかいをかけてくる。
「まあそりゃ面倒見も良くなるだろ。なにせもうレンには子供がいるんだし。」
「あっ、そうだよレンお前!隠さずに言ってくれりゃ良いのによ......水臭いぜ?」
このこの、と今度は肘で脇腹を突いてくる風太。
......お前は常時他人にちょっかいかけてないと死ぬ呪いでもかけられてるのか?
......というか。
「幸太、お前今なんて言った?」
「あ?そりゃレンにはもう子供がいるって......」
「いないよ!何の冗談だよ!?」
「嘘つくなって。お前が博麗の巫女様そっくりのちっちゃい女の子を連れて買い物をしている姿を見たって奴がいっぱいいるんだよ。お前と巫女様の子供だろう、っていう噂で今里はもちきりだぜ?」
「はぁ!?違う違う、あれは霊夢本人だよ!」
レンは二人に事の経緯を簡単に説明した。
「なんだ......お前の子供じゃなかったのか。」
なんでちょっと残念そうなんだよ!?
っていうかそんなデマ流した奴誰だよ!?
そもそも俺も霊夢もまだ十六、七くらいなのに言葉を話せる上に自分で歩ける歳の子供がいるとか常識的に考えてあり得ないし。
......それに俺なんかが霊夢みたいな可愛い子に釣り合うわけないだろ。
事の発端は俺じゃないけど、なんだか急に霊夢に対して申し訳ない気持ちになってきた。
「......とにかく、その噂はデマだっていうことを広めておいてくれ。」
「へいへい分かってるよ。じゃ、俺らはまだ見回りの途中だからまた今度な。」
すれ違いざまに“頑張れよ”、と小声で耳打ちしながらレンの背中をポンと叩いてから風太と幸助は商店の方へと歩いて行った。
......分かってないじゃん。
心の中でぽつんと呟くレン。
ふと空を見上げると、お日様はやや西に傾きつつある。
丁度おやつの時間くらい、と言ったところか。
もう本格的に冬になってきて、だいぶ日も短くなってきた。
今日は夕飯当番は霊夢なのでそこまで急ぐ必要はないが、暗くなる前に明日の夕飯のための買い物を済ませたい。
刺すような寒さに、こりゃ今日の夜あたりには初雪が降るかもしれないな、と思いつつレンは懐に手を突っ込んだまま横丁の方へと向かった。
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横丁の道を行き交う人々は皆白い息を吐き、手を擦る。
「えーっと......ネギに白菜、にんじんも買ったな。」
買い物を終え、買い忘れが無いか袋の中を確認。
特に買い忘れもなさそうだ。
さて、これからどうしようか。
予想外に早く買い物が終わってしまった。神社に帰っても夕飯まで特にすることもないしな......。
まあたまには自分の部屋でごろごろしたりしてゆっくり過ごすのもアリか。もしかしたら魔理沙が遊びに来ているかもしれないし。
帰ろう、と里の門の方へ足を向けたその時。
「お師さまーー!」
聴き慣れた少女の声。
声の方へ振り返ると、銀髪の少女がてててっと走って来るのが見えた。
その普段真っ白な頬は寒さ故か紅潮している。
「おっ、妖夢じゃないか。買い物してたの?」
「はい!明日の幽々子様のご飯の食材を買いに来たんです。お師さまもお買い物ですか?」
「うん。買い物も終わったし、そろそろ帰ろうかなって思ってたとこ。」
「そうなんですか......あの、もしこの後お暇でしたら、少し妖夢と一緒にお茶でも飲みに行きませんか?丁度妖夢もお買い物が済んで、暇を持て余していた所だったので。」
「ああ、構わないよ。俺も神社に帰って何しようか悩んでた所だったし。」
「わーい、私あそこの餡蜜が前から気になってたんです!」
「あはは、そうなのか。俺は......いつも通り団子でも食べようかなぁ。」
二人は茶屋の方へとゆっくり歩き出した。
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「またお越しくださいねー!」
看板娘の元気な声に笑顔で軽く会釈をして応じ、レンと妖夢は茶屋を出た。
「ふいー、餡蜜美味しかったです......。」
満足そうにお腹をさする妖夢。
店に入る前はまだ青かった空はもう茜色に染まり、日は地平線に沈みかけていた。
もう既に路傍の灯篭には火が灯り、人々の行き交う通りを穏やかに照らしている。
「もうこんな時間帯か。妖夢と話をしているとつい時間を忘れてしまうな。俺は少し横丁をぶらぶらしてから帰るけど、妖夢はどうする?」
「あっ、妖夢もついて行きます!今日はもう夕飯は作り置きしてあるんです。帰ったらすぐに幽々子さまにお出しできますので時間に余裕がありますし。」
二人並んで横丁を歩く。
この厳しい寒さの中でも横丁は賑わっており、店々の間を多くの人々が練り歩いている。
レンは店先に置いてあった竹細工に目を留めた。
竹を編んで作られた籠だ。
昔からこういう小物は好きで、ランセルグレアにいた頃もちょくちょくこういう工芸品的なものを集めたりもしていた。
一見竹だけでできていて味気なく見えるのだが、よくよく見ると手作り感というか人間の手によって作られたものならではの温かみがあって妙に惹かれる。
「ふーむ......。」
手に取ってみると結構しっかりした作りになっているのが分かる。
見た目だけでなく実用性も申し分ないようだ。
竹細工に魅入っていたレンだが、ふと妖夢が違う方をじーっと見ているのに気がついた。
「ん、妖夢は何を見ているの?」
竹細工を棚に戻して問う。
「えっと......あれ、可愛いなって思って。」
向かいの店の棚を指差す妖夢。
「どれどれ......。」
向かいの店へと足を運ぶ。
妖夢が指差していたのはーー
ーーチェック柄の模様の入ったマフラーだった。
確かにおしゃれだな。
「妖夢、ちょっと首に巻いて見せてよ。」
「は......はい。」
妖夢は言われるがままにマフラーを首に緩く巻いた。
「おお、似合ってる似合ってる。可愛いな。」
「えへへ......本当ですか?お世辞でも嬉しいです。」
いや......お世辞とか抜きにして可愛い。
よっぽど気に入ったのか、
「どうしよう......買っちゃおうかな。」
などと購入するか否か迷っている。
「俺が買ってあげるよ。」
「えっ!?そんな......悪いですよ!」
「いいからいいから。日頃修行頑張ってるご褒美ってことで。俺、妖夢の師匠とか言っておきながら実際に妖夢に剣術を教えたりとか全然できてないし、たまには師匠っぽいことさせてくれ。今日は寒いからそれ巻いて帰るといいよ。」
「で、でも......」
散々渋った妖夢だが、結局レンの押しに折れてマフラーを買ってもらった。
「ふふ......すごくあったかいです!お師さま、ありがとうございます。妖夢、これからも精進できるようお稽古頑張りますね!」
「うん、妖夢ならきっと祖父様に負けないくらい強くなれるよ。これからも頑張れ。」
「はい!じ、実は人様にプレゼントなんてもらったの初めてで......。とっても嬉しいんです。きっと大事にしますね!」
レンはぽんぽんと頭を撫でた。
にぱっと嬉しそうに笑顔を浮かべる妖夢。
......可愛い。
妖夢さんマジ天使。
笑顔を向けられてなんだか気恥ずかしくなったレンも照れ隠しの為ににっ、と笑い返したその時。
空から降って来た雫が鼻先にぽつりと当たった。
雫の数は次第に増え、白く乾き切っていた地面を濡らしていく。
ーー雨だ。
「わっ、雨が降って来ましたね。」
二人はひとまず雨宿りをする為に近くにあった建物の軒下に入った。
雨はどんどん強くなっていく。
雨が強くなるに連れて、次第に横丁の人通りもまばらになってきた。
こりゃ雨が弱まるまでは帰れそうにないな。
「暫くここで雨宿りしようか。妖夢、寒くない?」
「はい、大丈夫です!お師さまこそ、お身体冷えてないですか?」
「ああ、大丈夫だよ。」
耳を澄ませば雨粒が地面を打つ音が絶え間なく聞こえる。
何もしていないと眠くなってくるな。
欠伸を噛み殺すとレンは壁に寄りかかり、静かに目を閉じた。
※※※
ふと雨音がしなくなっていることに気がついた。
「うっ......。」
......どうやらうたた寝をしてしまっていたようだ。
ゆっくりと目を開ける。
辺りはもう暗くなってしまっていた。
霞む視界に白い小さな綿のような欠片が夜の帳をひらひらと待っているのが見えた。
ーー初雪だ。
「あ、お目覚めになられましたかお師さま。......雪、綺麗ですねぇ。」
「ああ。今日が初雪だね。」
二人とも吐く息は白く、頬は赤い。
「くしゅん!」
ふいに妖夢は小さなくしゃみをした。
「大丈夫?風邪引いたんじゃないか?」
「うーん......引いちゃったんですかね?」
「俺ので良ければマント貸してあげるよ。ちょっと大きいかもしれないけど......暫く羽織っているといい。」
そう言ってレンはマントの留め具を外した。
「い、いえいえ!そんなこと......そのお気持ちだけで十分です。お師さまも寒いでしょう?」
「このくらい平気平気。ほら、女の子がお腹を冷やすと良くないって言うしさ。俺は大丈......ぶぇっくしょい!!」
妖夢とはうってかわって凄まじいくしゃみをするレン。
その様子を見て妖夢はくすっと笑った。
「ふふ......嘘ついてるのがバレバレですよ、お師さま。さっきも寒いって言ってたじゃないですか。お師さまこそお風邪大丈夫ですか?妖夢の先ほど買っていただいたマフラー、巻きますか?」
「いや......そしたら今度は妖夢が寒くなっちゃうだろ?」
「......お師さまはお優しいですね。うーん......それじゃあせめてもう少しくっつきませんか?ほら、おしくらまんじゅうとかあったかいですし。」
そう言うと、妖夢はレンの方へ身を寄せて身体をくっつけた。
ほんの僅かにだが妖夢の体温が伝わって来る。
そのままじっとしていると次第にじんわりと暖かくなってきた......気がする。
「......確かにあったかいな、これ。」
「でしょう?えへへ......あったかいですね。」
得られた暖にほう、と溜息を吐き、ふと通りの方を見やると。
小さな黒猫が雪の降り頻る中歩いているのが見えた。
猫は不意にレン達の前で足を止めて、”みぃ“と小さく鳴いた。
そのくりくりした瞳でこちらを見つめている。
......こんな寒い所に猫?野良猫かな?
「わあ......黒猫さんだー!」
妖夢はしゃがみ込んで猫の方へ手を伸ばした。
猫は全く逃げる素振りも見せない。
それどころか妖夢に頭を撫でられて嬉しそうに喉をころころ鳴らした。
「か......可愛い!!」
妖夢は黒猫をひょいと抱き抱えると、レンの方へ見せた。
「見て下さいお師さま!可愛くないですか!?ほら、にゃー。」
妖夢すっごく嬉しそうだな。
よっぽど猫好きなのか。
妖夢に一頻り撫でられると満足したのか、猫は何処かへ行ってしまった。
「さて......そろそろ帰るか。雪が本格的に積もり出す前に帰った方が良いだろう。」
「ですね。帰りましょうか。」
妖夢はうーん、と腕を上げて伸びをした。
「ではお師さま、また今度。」
「ああ。時間がある時にでもぜひ神社に遊びに来てくれ。霊夢も喜ぶし。」
妖夢はこくりと頷き、笑顔でレンヘ手を振ると地面を飛び立った。
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「ふわぁ......眠いわねぇ。」
欠伸をし、目を擦りながら廊下を歩く幽々子。
「......あら?」
何処からともなく妖夢の鼻歌が聞こえて来る。
「こっちかしら。」
妖夢の部屋の前を通りかかった時、部屋の中から明かりが漏れているのに気が付いた。
ーー鼻歌なんか歌っちゃって......随分とご機嫌ねぇ。
幽々子は襖をほんの少しだけ開けて、部屋の中を覗き込んだ。
「ふんふんふーん♪」
鏡の前で鼻歌を歌いながらくるくる回ったりポーズを取ったりしている。
もうこんな遅い時間に外へ出るわけでもないだろうに、首元にはチェック柄のマフラーが巻かれていた。
なんだかすごく嬉しそう。
「えへへ......お師さまに買って貰っちゃった〜♪」
ーーははーん。
なんとなく妖夢がご機嫌な理由を察して幽々子は思わずにやりと笑った。
......妖夢ちゃんは可愛いわねぇ。
ちょっといじわるしたくなっちゃう。
「妖夢ちゃーん。」
勢い良く襖を開けて部屋の中へ入る。
「わっ、わっ、幽々子様!?」
妖夢は慌てて鏡の前から離れ、ごそごそとマフラーを隠す。
「入る時はちゃんと確認とってから入ってください!」
「なぁに?何か私に見られたくないようなやましいことでもしてたの?」
「い、いえいえいえ!!妖夢はそんなことはしませんよ!今のは別に鏡をぼーっと見てただけです!」
「お盛んな時期なのねぇ。」
「ちがいますってば!何勝手な想像してるんですか!?」
恥ずかしそうにもじもじしながらそう返す妖夢。
「ねえねえ妖夢ちゃん、なんで部屋の中でマフラーつけてたの?」
「うっ......それは、その...........部屋の中が寒いからです。」
「ぷっ......。」
「あっ!今笑いましたね!?」
「良かったわねぇ。」
「うう、やっぱり幽々子様にはお見通しでしたか。」
「ふふっ......妖夢ちゃん、随分と変わったわね。」
「どういうことですか?」
「ほら、妖夢ちゃんついこの間まではおしゃれとか髪型とか自分のことには無頓着だったけど、最近は気になる人ができて急にそういうのを気にするようになってきたじゃないの。妖夢ちゃんもちゃんと女の子ねぇ。私、ちょっと安心したわ。」
「余計なお世話です!」
頬を染める妖夢を見て幽々子はにやにや。
「ほら、妖夢ちゃん。もう一度マフラー巻いて見せてちょうだい?」
「は......はい。」
妖夢は首元にマフラーを巻き直した。
「あら、可愛いわぁ。よく似合ってる。」
「えへへ、そうですかね?」
妖夢はさも嬉しそうにふにゃっと笑った。
「......。」
その若干まだあどけなさの残る笑顔を見せられて、幽々子は思わず妖夢を強く抱き締めた。
「わぷっ!?ゆ、幽々子ひゃまいきなりどうなしゃれたんですか!?く、苦しいでひゅ!」
ーーうちの従者可愛すぎかー!!
抱擁から抜け出そうと手足をじたばたさせる妖夢。
十数秒ほど強く抱き締められた後ようやく解放された。
「ねぇねぇ妖夢ちゃん。」
「は、はい何でしょうか?」
「今日は雪が降るくらい寒いんだし、久しぶりに一緒に寝ましょう?」
「私を湯たんぽ扱いしないで下さいよ!?」
「さっき妖夢ちゃんのお部屋でお化けを見ちゃったんだけど.......それでも?」
「そ、そんな嘘なんかに騙されません!あんまり子供扱いすると怒りますよ!!」
「本当よぉ?ほら、そこの押し入れの中から首が無いのがひゅーどろどろーって。」
......無論嘘である。
が、妖夢を怖がらせるのには十分。
話を聞くなり妖夢は顔を真っ青にして幽々子の腕に飛びついて来た。
よく見るとその華奢な肩も恐怖故かぶるぶる震えている。
「妖夢ちゃんぎゅーってしながら寝たいなぁ。」
「もう......しょうがないですね。今日だけですよ?」
......ちょろいわねぇ、妖夢ちゃん。
半人半霊なのにお化けを怖がるとか色々と突っ込みどころがありすぎる。
私なんか亡霊だし。
お化けはダメでも亡霊は大丈夫なのか。
妖夢は何に対しても真面目で一生懸命な子だが、何処か抜けているところがあったりする。
まあそういうところもまた可愛いんだけど。
いそいそと毛布を抱えて後ろをついて来る妖夢を見て、幽々子はふふ、と笑った。




