68.一騎当千
四方八方から間髪入れずに打ち掛かって来る天狗達の斬撃をひたすら躱し、或いは剣で受ける。
その獅子奮迅の如く戦いっぷりに、天狗達は舌を巻いていた。
なんたる強さだろうか。
人間が天狗達を相手に一騎当千など、目を疑うべき光景である。
それ以前に彼は本当に人間なのだろうか。
ばったばったと天狗達を次々に薙ぎ倒していく。
だが地面に倒された天狗達は誰一人として死んでおらず、傷すら負っていない。
皆剣の柄で殴られたり魔法で吹き飛ばされたりして気絶しているだけ。
彼は大勢の天狗を相手にしても不殺を貫いているのだ。
よもや大勢の天狗がたった一人の人間に、しかも不殺で倒されることを誰が予想しただろうか。
......そして一騎当千の者がもう一人。
守矢神社の巫女、東風谷早苗である。
こちらはレンと比べて少し危なっかしい場面が多いが、それでも着実に天狗の数を減らし続けている。
アミュレットなどの弾幕や奇跡の力を使って天狗達を圧倒するその姿はもはや美しい。
だが幾ら二人が強かろうとも戦っているうちに徐々に疲労は溜まっていく。
身体は重くなり、敵の攻撃への反応が鈍る。
「......っ!!」
天狗が脇構えから放った斬り上げがレンの頬を掠めた。
続く連撃を避けるために飛び退る。
頬に手を当てると鋭い痛みが走り、指にはべっとりと赤い血が付着する。
鼻腔をくすぐる微かな鉄の匂い。
あまり好きではない血の匂いに、レンは顔を顰める。
刹那、畳み掛けるように前方と左後方からそれぞれ一人ずつ天狗が剣を構えて打ち掛かって来た。
半歩引いて剣戟を捌き、襟首を掴んで地面に叩き付ける。
そのまま上半身を捻って左後方からの斬撃を剣で受け、向かってきた方向と逆の方へ切り返し。
剣の軌道を逸らされて無防備となった天狗の腹にすかさず反撃の蹴りを入れる。
蹴りを受けた天狗はそのまま地面に崩れ落ちた......と思えばまた次なる新しい天狗がこちらへ攻撃を仕掛けて来た。
倒しても倒しても天狗の増援は止めどなく出てくる。
これでは埒が開かない。
「早苗、無事か!?」
「ええ!なんとか!!」
姿は天狗の大群に囲まれて見えないが、どこからか声が聞こえて来る。
「このままじゃ数で押し切られる。......突っ込むぞっ!!」
「え、えぇッ!?」
叫ぶと同時に、レンは天狗の剣を押し切って空へと飛び上がった。
「ちょっ、置いてかないでくださいよ!?」
早苗も慌ててレンの後を追う。
「させるかっ!!」
天狗達も同じように飛翔し、レンと早苗の行手を阻んだ。
「飛ばすぞ、早苗!」
「分かりました!気合避けですね!!」
二人は速度を下げるどころか急加速し、天狗たちの元へと突っ込んで行く。
次々に迫って来る天狗たちの攻撃を躱し、猛スピードで包囲網の外へ。
ーー抜けた!!
後ろから追ってきてはいるが、前方にはもう天狗はいない。
「このまま天魔のところまで飛んで行こう!」
「はい!!」
里の上の方に一際背の高い楼閣が建っている。恐らく天魔はあそこにいるのだろう。
目標を定め、後ろから追って来る天狗たちに追いつかれないようにさらに加速しようとした刹那。
ーー右前方から恐ろしいほどに研ぎ澄まされた純粋な殺気。
あまりの恐怖にレンは戦慄し、考えるより先に身体が動いた。
「危ないッ!!」
レンは早苗を殺気とは反対の方向に突き飛ばし、自らは空中で思いっきり身体を捻った。
一瞬遅れて刃が振るわれ、レンの右脇腹が浅く切り裂かれる。
「ぐあっ......!!」
そのまま衝撃に耐えかねて地面へと急落下。
受け身を取り、なんとか石畳に剣を突き立てて静止した。
「レンさんッ!?」
ーー痛い痛い痛い痛い痛い。
斬られた箇所が燃えるように熱い。
見れば制服のシャツが真っ赤に染まっている。
脇腹を左手で押さえながら、レンは襲撃者を睨め付けた。
「ほっほっほ。今のを掠ったとはいえ躱しおったか。中々やりおるようじゃの、若造。」
「......。」
そう言ってからからと喉を鳴らして笑ったのは、他の者たちに比べると些か年を経ているように見える老天狗だった。
見た目こそ老いて見えるものの、その立ち振る舞いや放っている気から相当な手練れの天狗であることが分かる。
ーー此奴、間違い無く強い。
固唾を飲むレンを見て、老天狗は満足げに笑った。
「儂は白峯天狗。八天狗の一人、白峰相模坊とは儂のことじゃ。お主の戦いっぷりは上から見ておったぞ。中々見事な剣技じゃ。」
「......そりゃどうも。」
レンは剣先を相手へと向けたまま構えを解かずに答えた。
「最近の天魔様の豹変っぷりは目に余るものがあってな。お主もそれに関わる何か深い理由があってこの山へ入ってきたのであろう?白狼天狗たちに攻撃をやめさせて天魔様の所へお主を連れて行ってやろうかと思って八天狗を代表して儂が出てきたのじゃが......」
「じゃあ......」
「......考えが変わった。お主の人間離れした強さを見てお主に個人的に興味が湧いたのじゃ。是非とも刃を交えて語り合いたい。」
......やはりそう上手くはいかないか。
白峯天狗は緩慢な動作で腰の大刀を引き抜いた。
ーーどうする?
普段なら勝負くらい幾らでも受けて立つのだが、今は状況が状況だ。
すぐ後ろにまで天狗達の追手も迫って来ている。
白峯天狗は相当強いはず。
ここで戦えば決着がつくまでに相当な時間を要するだろう。
ーーひゅっ。
不意に背後から刃が空を裂く低い音が響いた。
反射的に右側へ身体を投げ出し、受け身を取る。
......追手の天狗達だ。
追い付かれてしまった。
気が付けば前方にも回り込まれ、完全に包囲されてしまっている。
人数も増えており、再度突破するのはもはや不可能に近いだろう。
「ど、どうしましょう、レンさん......?」
「ぐっ......。」
もはやここまでか、と諦めかけたその時だった。
空から凄まじい轟音と共に光弾と陰陽玉が飛んで来て天狗達を吹き飛ばした。
続けて流星のような弾幕が頭上から降り注ぐ。
「ッ!?」
「一瞬目を離した隙に脱走して......馬鹿。後でお仕置きが待ってるんだから覚悟しときなさいよっ!!」
「レン、無事か!?」
暗い空の彼方から飛んで来たのは紅白の巫女と箒に乗った白黒の魔法使い。
「霊夢、魔理沙!!」
「御託は後!レン、あんたは天魔の元へ向かいなさい。ここは私達で食い止める。早苗も手伝って頂戴!!」
そう叫ぶや否や、霊夢は自分を含めて天狗達を囲うようにして巨大な結界を張った。
いくら天狗達でも博麗の巫女の結界を容易く破ることはできまい。
「二人とも......ありがとう。」
「礼は勝ってから言うもんだぜ!ほら、ケリつけて来い!!」
「レンさん、ご武運を!!」
ぱちりと左目でウインクをした早苗の方を見て頷き、レンは再び空へと飛び上がった。
その姿を見送った霊夢は天狗達の方へと向き直る。
「さてと......別にあんた達には罪は無いみたいだけど、妖夢をあんな目に合わされて、今私はすごく機嫌が悪いの。少し派手に暴れさせてもらうわよ。......取り敢えずぶっ飛ばす!!」
ふふふ、と満面の笑みを浮かべながらそう言い放った巫女に気圧されて天狗達は皆後ずさった。
「へっへっへ......いいね。お前のそういうちょっと無頓着なところ......控えめに言って大好きだぜ!!」
そう言ってミニ八卦路を構える魔理沙。
「......あの若造との手合わせはお預けになってしまったか。皆の者、決して退いてはならぬ。気高き天狗の意地、人間共に見せてやろうぞ!!」
対する白峯天狗も刀を頭上に掲げて叫ぶ。
それを見て、もう待ち切れないとでも言うように箒に乗った魔理沙が飛び出した。
「動くと撃つ!間違えた、撃つと動くだ。今すぐ動くっ!!」
「魔理沙さん、言ってることめちゃくちゃですよ......?」
「言葉の綾って奴だよ。要は全員ぶっ飛ばすってことだぜっ!!」
魔理沙は懐から取り出した魔法瓶を天狗達の頭上へ投げつけ、それをレーザーで撃ち抜く。
盛大な爆発音と共に、今戦いの火蓋が切って落とされた。




