67.天狗の里
もう山に入ってからどれくらいの時間が経過しただろうか。
人里を出たのはまだ昼過ぎ頃であったが現在はもう太陽は西へと沈み、辺りは暗くなりつつある。
木漏れ日の差さなくなった木々の間を早苗とレンは脇目も振らずに進んでいく。
やがて林を抜け、視界が開けた場所へ出た。
「レンさん、見えました!あれが天狗の里です。」
「あれが......?」
眼下に広がっていたのは広大な集落だった。
数えるのも億劫になる程の数の背の高い楼が山の地形に沿って建ち並んでおり、無数の橋が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
規模で言えば人口で勝る人里の方が大きいだろうが、個々の建物の豪華さでいえばこちらの方が圧倒的に上だ。
里を囲むように群生している真っ赤な紅葉樹と、里の所々の建物から漏れている光も相まって幻想的な光景である。
......見惚れている暇は無い。
早く天狗の里へ入らなければ。
「ここから一番近い里への入り口はこの道を降った先です。多分見張りの天狗がいると思うのでレンさんを通してくれるように私から頼んでみますね。」
「ああ、頼む。」
「では行きましょう。」
正直言ってこれから術者との戦闘になる確率が極めて高いので無駄に天狗と戦って消耗したくない。
血を流したくないのは天狗達も同じはず。
不毛な争いを強いられるか否かは早苗にかかっている。
高鳴る鼓動を落ち着かせる為に手を剣の柄に手を触れさせたまま一つ深呼吸してからレンは早苗の後を追った。
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里の入り口の前には剣と盾で武装した白狼天狗の門番が二人立っていた。
「こんばんは、こちらの方を天狗の里に入れてあげて欲しいのですが......。」
「神社の巫女の方ですか。......入れろといわれても、そちらの御仁は見たところ先刻哨戒天狗から報告のあった侵入者ではないのですか。それに今は部外の者は断固として里に入れるなと天魔様から命令されております故、いくら守谷神社の巫女様の頼みであろうとそのような輩をおいそれと安易に我らの里へ入れるわけにはいきません。」
やはり不当な侵入者扱いか。
まあ悪意は無けれど事実彼ら天狗にとっては俺は侵入者には変わらないのだから妥当と言えば妥当な対応だ。
寧ろ視界に入るや否や襲い掛かって来ないだけありがたいというもの。
ここで侵入者本人が下手に口を聞いて話をこじらせてしまっては元も子もないので黙って置く。
「彼は悪意や利己的な理由があって山に侵入したわけではありません。諸事情あって、人々を助けるために自らここへお出でになったのです。天魔様になんとか話を通して里に入る許可を頂くことは出来ないでしょうか?」
早苗はそう言って深々と頭を下げた。
レンもそれに合わせて無言で頭を下げる。
頭を下げられた天狗達はばつの悪そうな顔になりながら互いに顔を見合わせた。
「......分かりました。駄目元ですが天魔様に確認を取らせるので少々お待ち下さい。」
「あ、ありがとうございます!!お願いします。」
門番のうちの片方の天狗は頷くと、踵を返して里の中へと入って行った。
「......。」
ーー何だろう、この違和感は。
山に住んでいる天狗は皆この里に住んでいるはず。
相当な数の天狗達が暮らしているのだからまだ日没直後の時間帯の今なら里を出歩く人で賑わっていてもおかしくはない。
だが里は今、不気味な程しんと静まり返っている。
それに門番がたった二人だけというのも気になる。
文が“天魔は里の警備の天狗達の多くを哨戒に回した”と言っていたが、流石に門番を二人しかおけない程里の警備を手薄にはしないだろう。
侵入者を天狗の里に入れたくないから哨戒天狗を増やしたのに、肝心の里の警備を手薄にしすぎては本末転倒ではないか。
さっき門番の天狗の言動からして山に侵入者が入ってきたことは既に里に知れ渡っているはず。
なら寧ろ門番に多くの人数を割くのが普通ではないだろうか?
何か企みがあるのか、はたまた本当に哨戒に人員を割き過ぎただけなのか......?
そんなことを考えているうちに、先ほどの天狗が戻って来た。
そして天狗は地面に降り立つとーー
ーー腰の剣を抜いた。
と同時に、周囲の茂みから大勢の天狗が出て来る。
その数、およそ十人程か。
「えっ......?」
訳が分からずその場で固まる早苗。
「皆の者、よく聞けッ!!たった今天魔様から山に侵入して来た不届き者の討伐命令が下った。守谷の巫女もろとも殺してしまって構わない、とのお達しだ。」
「なっ.......!?」
天魔はいよいよ正気を失ったのか?
侵入者である俺はともかく、早苗まで討伐命令の対象にするとは。
そんなことをしたら神奈子と諏訪子が黙っていないだろうに。
もしかしたら今回の魔法毒の事件が天魔に関係している、という文の推測はあながち間違いではないのかもしれない。
だとすれば里に侵入して術者を探すよりも直接天魔を問いただした方が早い。
「そんな...そんなことって......。」
呆然と立ち尽くしていた早苗を手で下がらせ、レンは剣を抜いた。
「ここまでありがとう、早苗。後は俺が一人で里へ乗り込んで天魔に直談判しに行く。天狗達は何とかして引き付けるから、早苗は何とかその間に逃げてくれ。」
「いえ......私もレンさんと一緒に戦います!」
「駄目だ。君に万が一のことがあったら神奈子と諏訪子に申し訳が立たない。」
「私だってレンさんに万が一のことがあったら霊夢さんに申し訳が立ちません!それに私だって苦しんでいる方々を救ってあげたいんです。大丈夫、私だって霊夢さんたちと同じようにこれまでに一応これまでの異変解決でそれなりの死地は潜って来たつもりです。きっと足手纏いにならないようにしますから!!」
レンを見つめる早苗の瞳には確固たる意志が見えた。
これは平たく言ってしまえば単なる殺し合いだ。
相手はこちらを殺す気で掛かって来る。
弾幕ごっこのような遊戯ではない。
いかに美しい弾幕で相手を魅了するのかなど関係なく、相手を殺せばそれで勝ち。殺されれば負け。
それ以上でもそれ以下でもない、何処までも単純でそれ故に残酷。
恐怖を感じないはずがない。
元々死や殺傷がより身近な世界に住んでいた故にレンは殺し合いに慣れて感覚が麻痺してきているだけで、寧ろ殺し合いに対して足がすくむほどの恐怖を感じる方が健全なのだ。
だが苦しんでいる人々を助けたいという一心の下必死に恐怖に抗い、彼女はここに立っている。
レンもそんな健気な姿を見せられてはよもや無下に追い返せる筈もない。
「......分かった、だが無理はしないで欲しい。本当に身の危険を感じたら逃げてくれ。」
「はい、了解です!」
威勢の良い返事と共に早苗は前へ一歩進み出てレンの横に出た。
「......敵を前にして無駄話とは、随分余裕だな。」
「あんたらがあんまり怖いものだから足がすくんでしまってね。無駄話の一つでもしないと恐怖で縮み上がってしまいそうなんだよ。」
別に無駄話をしたつもりはないんだけど。
「ふん......人間風情が。」
「殺れるもんなら殺ってみろ。魔導師なめるなよ!!」
その一言を合図に、レンと早苗は同時に地面を蹴った。
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不意に意識が覚醒する。
椛は頭を無理やり左右に強く振ってぼんやりとした感覚を掻き消した。
徐々に視界の霞が取れていく。
辺りはもう真っ暗だ。見上げれば満天の星空。
「うっ......。」
ーーあれ?
何故私はまだ生きているんだろう?
確かあの男に剣で斬られた筈......。
軽く痛みが走った下腹部に手をやるが、そこに傷口は無かった。
代わりに青い痣が残っている。
どうやら気絶させられただけだったようだ。
人間に情けを掛けられたか。
その気になれば簡単に首を跳ねることもできただろうに。
最初から不殺での無力化を狙っていたのだ。
こちらは殺す気で全力で打ち掛かったというのに。
......完敗だ。
たかが人間と侮っていたが、よもやこれほどの強者がいたとは。
椛が悔しさに奥歯を噛み締めていると、何やら傍に竹の皮の包みが置いてあるのを見つけた。
身体にかけられていたローブを押しやり、包みを地面から拾い上げて開けてみる。
「......おにぎり?」
竹の皮の包みの紐を解くと、そこにはおにぎりが二つと漬物が入っていた。
「......。」
ーー博麗神社へ来るといい。再戦ならいつでも受けて立つ。
意識を失う直前に聞いた言葉が脳裏によみがえる。
再戦、か......。
「ふふ......ふっ、あははははっ!!」
何だろう。
特に何が面白いというわけでもないのに笑いがこみ上げてきた。
なんだかこう、嬉しくて腹の底がくすぐったいような感じ。
自分でも何故笑いがこみ上げて来るのか分からないが笑わずにはいられない。
一頻り笑った後、椛はおにぎりを頬張りながら夜空に瞬く星を眺めた。
ーーアイツ、天狗の里の門も突破したかなぁ。
天狗として反逆であることは分かっていつつも、アイツに生きて帰ってきて欲しいと願う椛であった。




