66.守矢の風祝と二柱
文の案内に従って暫く進むと、やがて茂みを抜けた。眼前には大きな滝が広がっている。
この辺はまだ毒の浸食が進んでいないようだ。
真っ赤に紅葉した木々から葉がひらひらと落ち、川の水面を紅に埋め尽くしている。
美しい景色に、レンは思わず感嘆の息を漏らした。
「......もうここまで来れば大丈夫でしょう。こちらの道は本道よりも多少険しくなりますが、白狼天狗達の巡回ルートからは外れています。ここを登って行けば天狗達に見つかることなく天狗の里まで辿り着けるはずです。」
「助かった、ありがとう。なんと礼を言えばいいか......。でも、君も天狗の一員なのに本当に侵入者である俺を助けて大丈夫なのか?」
「いえ......。私としては是非貴方に天狗の里まで辿り着いて欲しいんです。」
「そういえばさっきスクープになるっていう以外にも理由があるって言ってたな。どう言った内容なんだ?」
「......何日か前から天狗の里を源流とする川が汚染されているのはもちろん貴方も知っていますよね?」
「うん。無論、それをなんとかする為に俺はここへ来た。」
「実はですね......私達天狗の長、天魔様もなんだか様子がおかしいんです。それも丁度川が汚染され始めた頃から。」
「おかしいっていうのはどんな風に?」
「ご自身がお住まいになっている御屋敷に誰も近付けないように命令したり、里の警備にあたらせていた天狗達を急に哨戒班の方に割いて山回りの巡回を強化させたりですね。加えて、川が汚染されているのに原因の調査を禁止したり天狗以外の種族を天狗の里に近づけさせないようにしたり......。」
「成る程、それは確かに妙だな。」
「でしょう?私は、天魔様の奇行は今回の川の汚染に何か関係があると睨んでいるんです。何かに憑かれたりしているんじゃないかと。頭の硬い白狼天狗達は戸惑いながらも命令に忠実に行動していますが、私達烏天狗は騙されません。きっとそこには何か秘密があるはず。」
「で、その混乱の最中殴り込もうとのこのこ山に侵入して来た人間が俺っていうわけか。」
「ええ、そうですとも。面白いことが起こりそうでワクワクします!人間が天狗をのして天魔様の異変の真相を暴き出す......大スクープの予感です!!」
心底嬉しい、といった様子で文は手に持っていたカメラを頭上に掲げて見せた。
面白いことって......スクープの為なら同族がのされることも一向に構わないのね......。
「では私はこの辺で。一応巡回の任を任されていたから早く帰らないとまずいので私は天狗の里へ戻ります。侵入者は見つからなかったと報告しておきますね〜♪」
「あっ、ちょっと待っ......」
レンが呼び止める暇もなく文は羽を広げて上空へ飛び上がると、目にも留まらぬ速さで飛んでいった。
ーー速ッ!?
一体どれぐらい速度出ているんだろう。箒に乗った魔理沙もとんでもない速さだけど更に上をいってるぞ、あれ。
レンは遙か遠くへ飛んで小さくなっていく文の後ろ姿を見送ってから一つため息を吐き、文に教えられた通りの道を登り始めた。
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暫く険しい道を登っていると、何やら大きな建物が見えて来た。
石段の先には大きな鳥居が建っている。
ーー神社だ。
博麗神社もなかなか貫禄のある建物だが、この神社は更に広くて立派である。
それによく手入れも行き届いているようだ。
博麗神社と比べるとその違いは一目瞭然。
まぁ博麗の方の巫女さんは怠け者だからね。仕方がないね。
思わず境内の美しさに魅入っていると、後ろから声を掛けられた。
「あれ?もしかしてレンさん......ですか?」
声の聞こえた方へ振り向くと、そこには緑髪の巫女さんーー
ーー早苗が立っていた。
「さ、早苗!?あぁ、そういえば妖怪の山に建っている神社に住んでいるって言ってたな。」
「はい!ここは八坂神奈子様と洩矢諏訪子様の二柱の神様がおわす守矢神社です。何故レンさんがここに?参拝しに来て下さったんですか?」
「いや......天狗の里へ向かう途中でたまたま通り掛かっただけ......かな。」
「へぇ......天狗の里に?どういった用件で行かれるんですか?」
「今里の方が大変なことになっててさ......」
レンは早苗に人間の里の疫癘と、その原因が皮に流されていた毒であり事態を解決する為に天狗の里へと向かっていることを伝えた。
もう何回も何回もいろんな人に説明しているから説明にもそろそろ慣れて来ちゃったな......。
「えぇ〜っ!?一大事じゃないですか!霊夢さんは何をしているんですか!?」
「その......あんまり焦って里を出て来たものだから、霊夢と合流するの忘れちゃって。でもこうしている間にも人がどんどん亡くなっているんだから呼びに戻る時間も惜しいし......。」
「あれっ?早苗のお友達かな?」
そこまで話したところで別の声が割り込んできた。
奥の拝殿の方から二人の人物が歩いてくる。
片方は青髪で胸元に黒い鏡のようなものが付いた赤い服を纏い、背面には大きな注連縄を付けている。
女性だが背丈はすらりと高く、大体レンと同じぐらい。
対してもう一人の方は相当小柄だ。目玉の付いた背の高い帽子を被っているので分かりにくいが身長で言えばそこらの妖精やレミリア、フラン達と大差ない。
短く切り揃えた金髪を左右に分けて赤い紐で結っていて、紫紺の服に紫紺のスカート、足には長い白のニーソックスという出で立ち。
この二人からは不思議と威厳というか何か底知れない威圧感のようなものを感じる。
質は全く違うが、どこかハグネの放つ気に似通ったものがある気がする......。
「もしかして神様ですか......?」
「あはは、なかなか新鮮な反応だなぁ。早苗の友達なんだし別にそんな畏って敬語なんか使わなくたっていいよ。」
「レンさん、このお二方が八坂神奈子様と洩矢諏訪子様です。仰る通り、本物の神様ですよ。」
「......たまげた。神様って本当にいるんだな。」
「そんなに神が珍しい?ここ、妖怪の山にはわんさかいるよ?厄を集める奴とか、秋の豊穣を司っている奴とか。」
諏訪子がこーんぐらい、と手を広げて見せた。
「そうなのか!?ここに来るまでに天狗と河童ぐらいにしか出くわしてないけど......。」
それを聞いて神奈子は豪快に声を上げて笑う。
「君がレンか。話は早苗から聞いているよ。なんでも、人里を外来人の侵略から救ったとか。」
「いや、そんな大層なことは......ってそうだ、早く天狗の里へ向かわないと!」
「心得ているとも。人里の疫癘を食い止める為に天狗の里へ向かうのだろう?」
「流石神様、なんでもお見通しだ。」
「うむ。......うちの早苗を連れて行くといい。」
「さ、早苗を?」
「私達の使いとして代わりに行かせる。早苗が一緒にいればさしもの天狗も無下に追い返すわけにもいかないだろう。上手くやれば戦わずして目的の場所へたどり着けるかも知れないぞ。」
「......成る程、確かに。」
天狗達でも守矢神社の巫女である早苗を無下に扱うことはできない筈。早苗を通して天狗達に紹介して貰えば事情を説明して、悪意があって山に入って来たのでは無いことを理解してもらえるかも知れない。
天狗達を敵に回さずに魔法毒術者の討伐を成すには実に合理的な案と言えるだろう。
「じゃあ早苗......頼めるか?」
「ええ!人里の人達がピンチなんですよね?是非お供させてください!この東風谷早苗、必ずやレンさんのお役に立って見せますよ!!」
「決まりだね。早苗、気を付けて行ってくるんだよ。」
諏訪子が早苗の肩をぽんぽん叩いた。
「はい!では神奈子様、諏訪子様、行って参ります。ささ、急ぎましょうレンさん。今こうしている間にも人里の人達が苦しんでいるんですから!!」
「うん、急ごう。」
レンと早苗は互いに顔を見合わせて頷くと、急ぎ足で神社を出て行った。
「......神奈子。」
「ん、何だい?」
「本当に早苗を行かせて良かったの?天魔の奴、様子がおかしかったし十中八九何かに憑かれてるとか偽物であるとかみたいな感じだったよ。早苗が出て行っても問答無用で襲われる可能性が高いと思うんだけど。」
「そんなことは分かっている。あくまでも早苗には異変解決の修行を積ませるために行かせるのさ。うちの早苗が天狗風情に遅れを取る訳があるまい。」
「初めから天狗と戦わせる気満々だったってことね......。まぁあの若者と一緒なら大丈夫だよね、多分。彼も持ってるみたいだし。」
「諏訪子も気が付いたか。」
「うん、流石にね。彼からは私達や早苗と同じ類の気を感じる。まだ発現はしていないみたいだけど十分に素質はあると思うよ。八雲紫はそれを知ってて彼を幻想郷に連れて来たんだと思う。」
「......やはりな。だがあそこまで力の強いのは私も久し振りに見た。」
「質は根本的に私達とは違うみたいだけどね。それに厳密に言えば彼自身では無くて彼の携えていたあの剣に宿っていたって感じかな。どこで手に入れたんだか知らないがありゃ神殺しの剣だ。今はよく分かんない封印で眠らされているから切れ味と強度以外は普通の剣と大差ないだろうけど封印が解かれたりしたら神をも平気で斬り伏せる剣になる。」
「ほう......神殺しの神剣か。また随分と物騒なものを持っているな。」
「でもきっとあの剣の神力を浴びてて知らず知らずのうちに彼も少なからず影響を受けているんじゃないかな。そのうちちょっとした出来事がきっかけで人間じゃなくなっちゃうかも。」
「まぁ別に彼は元々人里の人間ではないんだから例え人間でなくなったとしても誰も咎めはしないだろう。あんまり余計なことをしても妖怪の賢者に睨まれてしまうし、私達にはただ見守っていることしかできないよ。」
「ふーん......そんなものかねぇ。」
諏訪子は帽子のつばを少し上げて遥か彼方の地平線に沈みつつある、燃えるように赤い夕陽の光を仰ぎ見た。




