45.魔法図書館
「ふぇぇ......しゃくやぁー!!」
「はい......お嬢様、私はここに。」
「むきーッ!!私の怒りはまだこんなもんじゃ収まらないわよッ!!」
「霊夢ッ!!一旦落ち着け!どおどおどおっ!!」
咲夜に泣き付くレミリアに更に殴り掛かろうとする霊夢を羽交い締めにして抑えるのにレンは必死になっていた。
遡ること十数分ーー。
咲夜との弾幕ごっこを制し、更に奥へと進んだレンと霊夢は紅魔館の時計台の前にてレミリアと対峙していた。
「レミリア......あんた、自分が何をしたか分かってるんでしょうね!」
「ふふ......やっと来たわね。霊夢......それに、外の世界から来た魔導師の少年。レン......といったかしら?」
おお......何気に幻想郷に来てからちゃんと”魔導師“って呼ばれたの初めてじゃない?皆“魔法使い”とか適当に呼ぶし。
「この紅い霧で再び幻想郷を覆い、今度こそ私の支配下に置くの。人間よ......吸血鬼の支配する世に恐怖するがいい!」
いや......さっき咲夜から暇潰しの為に異変を起こしたって聞いちゃったんだよな......。
「ふん、何にせよ異変を起こす奴と私のお酒を飲む時間を奪う奴は許さないわ!叩きのめしてあげる!」
「かかって来なさい。こんなに月も紅いから本気で殺すわよ。」
ーーわーお物騒の極み。
「こんなに月も紅いのに......」
「楽しい夜になりそうね」「永い夜になりそうね」
二人の完璧に重なった言葉を合図に。
激しい弾幕ごっこが始まった。
結果として、この勝負は霊夢とレンの勝利に終わった。
いや、もはや”霊夢の勝利“というべきか。
レミリアも流石は吸血鬼。凄まじい身のこなしで戦っていたのだが、激昂した霊夢には歯が立たなかったようだ。
凄いよ巫女さん。前から思ってたけどやっぱりあんた人間じゃないよ。
レンが介入する暇も無く、それどころか彼が剣を抜くことすらないまま弾幕ごっこは終わってしまった。
だがレミリアの敗北で弾幕ごっこが終了しても、霊夢の怒りはまだ収まっていなかったようだ。凄い勢いで殴りかかろうとして目に余る暴れっぷりだったのでレンと咲夜が調停に入った次第である。
「ぐぬぬぬ......レン、離しなさい!あんたもスクラップにされたいの!?」
お、おっかねぇ......。
「も、もう十分レミリアは懲らしめただろう!?......そうだ!咲夜が料理を振る舞ってくれるらしいぞ!後で和菓子でも買ってやるから取り敢えず鎮まれ!!」
”料理“という言葉と“和菓子”という言葉が耳に入るなり霊夢は少し落ち着きを取り戻した。
「......本当に奢ってくれる?」
「あ、ああ。でも程々にしてくれよ?」
「言ったわね、約束よ?......ねぇ咲夜、早く食堂へ案内してちょうだい。」
霊夢......お前ちょっと単純過ぎだよ。悪い奴に饅頭差し出されたら世界滅ぼしちゃうんじゃない?お前。
「はいはい。お嬢様もこちらへ。お夕食の準備が出来ていますよ。」
「咲夜〜?今日のメニューは?」
当事者であるレミリアはもうケロッとしている。おのれ......人の苦労も知らないで......。
苦労して貯めているお金も霊夢の和菓子代に消えていくのか......と憂いながら、レンは咲夜たちと共に食堂へ向かった。
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「はい、あーん......」
「べ、別に自分で食えるよ......。」
「この私が食べさせてあげるって言ってるのよ?こういうのは素直に甘んじておけばいいのよ。」
「えぇ......?」
「そうだ!ねぇレン、今日は紅魔館に泊まって行きなさいよ。ね?もうこんな時間だし、疲れているでしょう?」
疲れたのは異変を起こしたレミリアのせいじゃ......。
レミリアはほぼ初対面の俺を何故かいたく気に入ってくれたようで、さっきから興味津々と言った様子で俺に話しかけてきてくれるのだが......。
何故か俺の向かい側で黙々と料理を食べている霊夢がさっきからすこぶる機嫌が悪い。
おまけにこれまた何故か咲夜もこっちを睨みながら歯軋りしている始末。
ーーお前何お嬢様に馴れ馴れしくしてんのよこのヤロー!!羨まs......ゲフンゲフン......爆ぜろッ!!
咲夜さんなんか分かんないけど怒ってる?
殺気がひしひしと伝わってくるんですが。
食卓の空気が異常に殺伐としている。
「それはいいですね、お嬢様!レンさんとの親睦を深める為にも是非......」
唯一明るい声を上げた門番の少女、紅美鈴の腹を横から咲夜がズビシッ、と小突いた。
「居眠りしてた貴方が何を言ってるのよ......おぉん!?」
「す......すびばぜん咲夜さん......。」
美鈴......お前もか......。
レンは小突かれた痛みに悶える美鈴に思わず同情した。
美鈴の隣に座る紫髪の少女は相変わらず口を開いてくれない。
「ねぇっ、いいでしょ咲夜?」
「はい、レン本人がそれで良ければ私は別に構いませんが。」
「うーん......。」
神社に帰っていつも通りの布団で寝たいのは山々だが、折角こうしてレミリアも誘ってくれているのだしこの紅魔館の地下に存在するという“大図書館”というものも気になる。
「......じゃあお言葉に甘えて泊めてもらおうかな。霊夢はどうする?」
「......ふん。私は神社に帰るわ。私のことなんか気にしないで楽しんでくればいいじゃない。」
だからなんでちょっと怒ってるんだよ!?
「そ、そうか。気をつけて帰れよ......?」
この機嫌の悪さだと、逆に霊夢を襲おうとした妖怪が容赦無く昇天させられかねないので気をつけるべきは霊夢ではなく妖怪たちの方だが。
食事が終わると霊夢は咲夜にご馳走様、とだけ言って帰っていった。
「さて、夕食も食べ終わったし......紅茶でも飲みながらゆっくりお話ししましょう?」
「あぁ......えっと、それも良いんだけどさ。その前にちょっと行ってみたいところがあって......。」
「行ってみたいところ?」
「うん。この紅魔館の地下には“大図書館”があるんだろう?ちょっと見てみたいんだ。」
それを聞いてレミリアは羽をばたばた動かして頬を膨らませた。
「えー!?あんな埃っぽいところ、見てもつまんないわよ?」
「埃っぽくて悪かったわね!」
と突っ込みを入れたのは先程の食卓で一言も言葉を発さなかった紫髪の少女。
「そこの少年。私の大図書館に興味があるとは感心ね。付いてきなさい、私が案内してあげるわ。」
「あっ、ずるいよパチェ!今は私がレンとお喋りする番なの!」
「当人だって来たがってるんだからそれを拘束しないの。レミィは後でゆっくり話せば良いじゃない。」
レミリアの主張を紫髪の少女はぴしゃりと抑えてのけた。
「むうぅ......レン、なるべく早めに帰って来なさい!」
「うん。それじゃまた後で。」
そう返事を返し、レンと紫髪の少女は食堂を後にした。
「......私はパチュリー・ノーレッジ。この紅魔館の地下にある大図書館の主にして魔法使いよ。見たところ、貴方も魔法を使えるみたいだけど......。」
「やっぱり皆魔法使い同士って分かるもんなんだな......俺はレン。一応外の世界では魔導師やってた。」
「やっぱりね。ということは貴方、魔導書が見たくてうちの大図書館に来たがってたんでしょう?」
「はは......バレてたか。」
「別に見たり試したりする分には構わないわよ。盗んだりさえしなければね。」
「盗む?魔導書を盗む奴なんかいるのか?」
「ええ......。魔理沙って言う人間の魔法使いの子がいてね。その子が頻繁に大図書館に現れては魔導書を持っていってしまうのよ。」
「へぇ......ん!?」
ちょっと待てよ。
今魔理沙って言ったよな!?
「魔理沙が!?」
「あら、魔理沙と知り合いだったのね。今度会ったら本返せって言っといて貰えないかしら?」
「わ、忘れなかったらな。」
「本人曰く、”盗んでるんじゃなくて死ぬまで借りるだけ“だとか......まったく。」
「あはは......魔理沙は長生きしそうだな。」
口では魔理沙への文句を言っているが、そう話すパチュリーの横顔はどこか嬉しそうだった。
きっと魔理沙が遊びに来ることに対しては彼女も満更でもないのだろう。
そんなパチュリーの様子を見て、レンは微笑ましく思った。
暫く地下へと続く階段を下り続けると、彼らは巨大な扉の前に至った。
パチュリーが背伸びしながらドアノブを掴み、捻る。
ぎぎぎ......という軋むような音を立てながら扉はゆっくりと開いた。
「おぉ......!!」
こりゃ驚いた。
見渡す限り、本、本、本。
広い空間に巨大な本棚が所狭しと並んでおり、そこに凄まじい数の本が陳列している光景は中々に壮観だ。
初めてアレス帝立図書館の蔵書数を見た時には腰を抜かしたが、あの程度この図書館とは比べ物にならない。
広さだけでも帝立図書館の五、六倍はある。
一体どれほどの数の本が収められているのだろうか。下手すると一生かけても読みきれない程なんじゃないか?
「パチュリー様!お待ちしていました......っておや?お客様も御一緒ですか?」
「ええ......正確にはレミィの客人よ。レンっていうの。外の世界から来た魔導師で、魔導書に興味があるみたいだから連れて来たのよ。」
「へぇ......外の世界にも魔法を使える方がいるんですね。あ、申し遅れましたレンさん!私、パチュリー様の使い魔の小悪魔と申します。気軽に“こあ”とでもお呼びくださいね!」
小悪魔はそう名乗ると、レンの手を両手で握ってぶんぶん振って握手した。
「あ、ああ......よろしく。」
「ここにある本は好きに読んでもらって構わないわ。欲しい本を探すならこあに探してもらいなさい。じゃ、私は向こうの机で本を読んでるから何か聞きたいことがあれば直接聞きに来て頂戴。」
言い残し、パチュリーはたった今指差した机の方へ歩いて行った。
「......こあ。早速魔法応用について書かれた魔導書を探したいんだけど、どの辺にあるか分かる?」
これだけ広い図書館なので本一つ探すのも一苦労だろうと思い、ちょっと申し訳ない心持ちでレンは聞いた。
「うーん......魔法応用学っていうと、あれですか?曲射したり物理攻撃とと組み合わせたりする分野のやつ。」
「うん。......あるかな?」
「えぇ!ありますとも!この図書館で見つからない魔導書などほとんど無いですよ!」
ちょっと自慢げに胸を張って小悪魔はそう語った。
「えーっと、その類の魔導書はF-95-2B辺りだから......こっちですね。」
レンは手招きする小悪魔の後を付いていく。
ひとりでにガタガタと振動する本棚の横を通り、角を右に曲がり、梯子を何段か登り......。
小悪魔は迷う素振りなく進んでいく。
「あった!大体この辺が全部魔法応用の魔導書ですね。」
「......驚いた。本の場所を全部暗記しているの?」
「はい!この図書館にある本だったらどこにあるかは大体記憶してますよ。なんなりと聞いてくださいね。」
本当凄い。こんなに優秀だったら俺も使い魔欲しいな。
「んーっと、“炎撃呪文の汎用性と相殺利用について”、”グレヒッポスの原理〈応用篇〉“......この辺も面白そうだな。」
小悪魔に見つけてもらった本棚の本の背表紙を指でなぞり、一つ一つ題名を確認して興味のあるものを抜き取って行く。
レンが夢中になって本棚を漁っていると、小悪魔は口元に手を当ててくすっと笑った。
「ふふ......レンさんは本当に魔法が好きなんですね。」
「ま......まぁね。でも本当下手の横好きってやつだよ。恥ずかしい話なんだけどさ。俺、魔導師なのに魔法よりも剣の扱いの方が得意なんだよね......。」
「へぇ......あぁ、成る程。だから剣技と組み合わせることができる魔法応用の魔導書を探してたんですね。」
「単純にこの分野が好きっていうのもあるけど......それもあるかな。やっぱり実際に戦闘に使えるような知識が一番欲しいしね。」
そう付け加えると、彼は手に取った本の表紙をめくった。




