その目は完全に死んでいた
そういえば結奈さんってどこにいるんだろう。
今まで私の方から会いに行ったことがなかったからわからない。
自分の母親だというのに、まさか連絡先も聞いてなかったとは。
誰か居場所を知ってたりしないだろうか。
そうだ、結乃さんなら……、って知らなさそうだな。
知ってたらもっと協力してそうだし。
「結乃さん、結奈さんの連絡先とか知りませんか?」
「え、結奈さんですか? う~ん、あの人ころころ連絡先が変わるからわからないんですよね」
「そうですか……」
「結奈さんに用事ですか?」
「はい、ちょっと相談したいことがありまして」
「そういうことなら何とか見つけ出したいところですね」
そう言うと結乃さんは何やら魔法のようなものを使い始めた。
目を閉じてものすごく集中している。
そして目を見開くと、スマホのマップを見せてくれた。
「今このあたりにいるみたいですよ」
「え、そんなことがわかるんですか?」
怖っ!
結乃さん怖っ!
こうやって私の居場所も突き止められていたのか。
まあ今としてはありがたい能力だけど。
「ありがとうございます、ちょっと行ってみます」
「お気をつけて」
私はいったん家に戻ると、ミュウちゃんに声をかける。
事情を説明し、ついてきてもらうことにした。
庭に出て、ミュウちゃんはドラゴンの姿に変身する。
「お姉ちゃん、乗って」
「ありがとうございます」
ミュウちゃんの背中にぎゅっとしがみつき、空へと羽ばたく。
私はマップを見ながら方角を指示する。
「ミュウちゃん、あっちです」
「は~い」
ミュウちゃんはいつもより少し急ぎめに空を突き進む。
「そんなに急がなくても大丈夫ですよ?」
「ううん、あの人は確か移動魔法使えるから、もしかしたらまた移動しちゃうかもしれないし」
「そっか」
それでまったく別の場所に移動されたら面倒だもんね。
「いったいあの人は何をしてるんでしょうかね」
「何もしてないんじゃない? 観光とかして楽しんでるのかも」
「それはうらやましいですね」
こんな世界の危機にのんびり遊んでいるのだろうか。
結奈さんなら状況はきっと把握できるはず。
でも行動に移さないということは、そんなに危機的状況でもないのだろうか。
それとも一気に解決できる策でも持っているのか。
何にしても一度話をしておくべきだろう。
そんなことを考えながら空を飛んでいると、急に空気が重くなった。
なんというか、どんよりとした鬱になりそうな感じだ。
ひさしぶりに感じるこの感覚。
ちょっと吐き気がしてきた。
空も薄暗くなってきて、今にも雨が降り出しそうな雰囲気だ。
そしてついに目的地であろう街が見えてきた。
私たちは街の近くでいったん地上に降り、歩いて街へ入る。
マップアプリによると、ここはなんと『やりがいの街』のようだ。
あのエナジードリンクが名産品の街か。
とてつもなく嫌な予感がする。
結奈さんは本当にこんなところにいるのかな?
いたとしてもいったい何をしてるんだ?
重い空気を感じながら、薄暗い街を歩いていく。
見かける人たちのほとんどが死んだような目をしている。
そしてあちこちで見かけるエナジードリンク。
どこかで見たような組み合わせに少し寒気がした。
これはやりがいの街っていうよりも社畜の街じゃないのか?
しばらく歩いていると、大通りのようなところに出た。
少し大きな川に沿って両側に道があり、だいたい同じくらいの間隔で橋が架かっている。
この街に入ってから初めてきれいな場所だと思った。
街の人たちにとっても貴重な癒しの場所なのか、川沿いにはほぼ等間隔で人が座っている。
でもこういうところってカップルとか家族連れとかがいそうなものだけど、ここの人はみんなひとりぼっちだ。
しかもそっと見てみても、みんな目が死んでいる。
私も休日に川沿いでボーっとしてたからわかるよ。
現実から目を背けているんだね。
というか、なんでこんな街がこの世界に存在するんだろう。
ここは夢のような世界じゃなかったのか。
まさかこの状況を望んでいる人がいるっていうのか。
この人たちにとってこれが幸せだとでもいうのか。
それともここで幸せのプラスマイナスを調節しているのか。
なんにしても、あまり長くいたくはない。
ここにいると社畜だったころを思い出してしまう。
早く結奈さんを見つけないと。
でもこの街の中から手掛かりなしで見つけられるのか?
うう……、まるで毒が回ったみたいにだんだん気持ち悪くなってきた。
「お姉ちゃん大丈夫? 顔色が悪いよ」
「あ、うん、大丈夫ですよ」
ミュウちゃんがそっと私の手を握ってくれる。
やさしさが心にしみる。
やっぱりひとりじゃないっていうのは大切なことだと思う。
「結奈さんのいそうなところってどこだろう、一回結乃さんに聞いてみようかな」
「あ、いた!」
「え?」
そんなバカなと思いながら、ミュウちゃんが指さした先を見ると、確かに結奈さんがいた。
もはや周りの人と同化して、河原に座ってボーっとしている。
「飲み込まれてる……」
特別な存在であるはずの結奈さんですらこの有様か。
恐ろしいなこの街。
「結奈さ~ん、生きてますか~?」
私は近づいて結奈さんに声をかけてみた。
結奈さんはゆっくりと私の方を見上げてくる。
その目は完全に死んでいた。
しばらく見つめ合っていると、いきなり目に光が戻って結奈さんが立ち上がる。
「あ、苺ちゃんだ」
「あ、生き返った」
さっきまでのは何だったのか。
いつもの結奈さんに戻っていた。
「もう大丈夫なんですか?」
「ええ、ちょっと飲み込まれてたみたいだね」
「心配しましたよ」
「えへへ、ありがとう」
結奈さんは立ち上がってお尻をパッパッとはたいていた。
その姿を見ていると、なぜか少しドキッとしてしまう。
どうした私、大丈夫か?
「そういえば、なんで苺ちゃんがこんなところに?」
「結奈さんに会いたくて」
「え……、それってどういう……」
結奈さんは恥ずかしそうな表情で私の方を見てくる。
うん?
いったいどうしたんだろうか。
「いえ、ちょっと相談したいことがありまして」
「……相談?」
今度は急に冷めた表情に変わり、ジト目で私を見てくる。
いったいどうしたんだろうか。
「ふ~ん? それで相談って?」
「えっとですね……」
私はこの前の檻の外でのことや、芳乃ちゃんを操っていた夢魔の女王と接触したことなどを話した。
そしてこの後どうするのが正解なのかわからなくなったこと。
自分でもどうしたいのかわからなくなったこと。
それらを正直に結奈さんに話した。
結奈さんはその間、母親らしい表情でずっと黙って聞いてくれた。
親子として過ごした記憶はほとんどないのに、なぜかこの人が自分の母親なんだと思わされる。
結奈さんは不思議な人だなと思った。




