すべてが手遅れになる前に
芳乃ちゃんの唇がすぐ目の前にある。
体が動かない私は、あきらめてぎゅっと目を閉じた。
ついに私たちがひとつになろうという時、唇と唇の間に見えない壁のようなものが現れた。
驚いて顔を離す女王。
なんかよくわからないけど助かった。
でもちょっともったいなかったかな。
まあ本人の意思でしてもらわないと意味ないからね。
と、急に女王が後ろへ跳んで私から距離をとると、さっきまで女王がいた場所に槍が飛んできて突き刺さった。
あまりに突然で、私はまた固まってしまう。
槍はすぐに光の玉となって消滅した。
そして今度は氷の矢がいくつも女王にむかって飛んでくる。
女王はそれを魔法の障壁ですべて防いでいた。
あれって芳乃ちゃんの能力なのかな、それともやっぱり女王の魔法なのかな。
それにしてもいったい誰が女王を攻撃してるんだろう。
もし直撃していたら芳乃ちゃんの体が傷ついてしまうんだけど。
そんなことを考えている間に、今度は誰かがものすごい速さで女王に突っ込んでいった。
その攻撃を障壁で受けとめ、そしてはじき返す。
突っ込んでいったのは結乃さんだった。
さらに女王の後ろ側には雪ちゃんが回り込んでいる。
さっきの氷の矢は雪ちゃんだったのか。
「あなたたち、私に攻撃をしても傷つくのはこの体よ? それでもいいのかしらね」
はさみこまれた女王は、それでも余裕のある態度だった。
女王の言う通り、傷つくのは芳乃ちゃんの体だ。
それよりさっき私と話していた時としゃべる方や雰囲気が違うのが気になる。
もしかして人格がコロコロ変わるのか?
「問題ありません、傷つけるつもりはありませんので」
対する結乃さんにも余裕があった。
なにか手があるのだろうか。
結乃さんの様子を見て、女王はやれやれといった感じで戦闘態勢を解いた。
「私は争いとかあまり好きじゃないのよね、さっさと降伏してくれればいいのに」
「この世界まで壊されるわけにはいきませんので」
「別に壊すつもりはないけれどね」
女王は「クスクス」と笑っていた。
「今日のところはこれくらいにしておくわ、あいさつということで」
「夢魔の女王さん、あなたの目的は何なんですか?」
「それは言えないよ、まあそのうちあなたには教えてあげるけど」
夢魔の女王は私の質問には答えをくれず、ただ私にむかって微笑んでいた。
やっぱり私と話すときは最初と同じ雰囲気に戻るんだね。
「それじゃあ苺、元気にしててね、私は必ずあなたを手に入れてみせるから」
「え、ちょっと!」
それだけ言うと女王は芳乃ちゃんから消えたらしく、芳乃ちゃんがその場で崩れ落ちる。
私はとっさにかけよってその体を抱きとめた。
さっきの女王は夢魔全員の体をこんな風に自由に使うことができるのか。
それはかなり厄介な相手だ。
そして私はそんな厄介な存在に狙われているのか。
まったく、鬱になりそうな話だよ。
なぜ私の中に、夢魔の女王が欲しがるような魔力が存在するのか。
全然意味がわからない。
そういえば桃ちゃんは私にしかできないことがあると言っていた。
それと何か関係があるのか。
だとしたら桃ちゃんは何か知っているはずだ。
もう一度ちゃんと話をするべきかな。
「ん……、あれ?」
その時、私の腕の中にいた芳乃ちゃんが目を覚ました。
「大丈夫ですか芳乃ちゃん、どこか体に異常はありませんか?」
「えっと……」
私が声をかけても、芳乃ちゃんはまだ少しぼ~っとしていた。
しかし、すぐに今のおかしな状況に気づいて目を見開く。
「きゃあっ」
「わっと」
芳乃ちゃんは慌てて私の腕から離れ、こちらに疑いの目をむける。
「体に異常って、私に何かしたの?」
「してません! 芳乃ちゃん気を失ってたんですよ?」
「え? そういえばちょっと記憶がない……」
芳乃ちゃんは自分の頭を手で押さえて、直近のことを思い出そうとしている。
そしてなにか思い出したのか、はっとした表情をした。
「そうだ、私は苺さんに乱暴されそうになって逃げだしてきたんだった」
「それ違います」
突然わけのわからないことを言い始めた芳乃ちゃんに、即否定の言葉をぶつける。
記憶をねつ造されてるのか?
「やだな、冗談だよ」
「このタイミングで冗談はやめてください」
「えへへ」
なんだ、けっこう元気じゃないかな?
しかしまったくさっきのことは覚えてなさそうだよね。
この様子だと夢魔の女王の手がかりはないか。
「でもひさしぶりに苺さんとふたりで話せた気がするよ」
「あはは……、ちょっといろいろ忙しいもので」
できれば芳乃ちゃんには協力してほしかったけど、夢魔の女王の能力を考えるととてもじゃないけど連れていけない。
他にも夢魔と関係のある人物は極力関わらせないようにしないとね。
それに相手の狙いが私だというのなら、できるだけ少人数で行動した方がいいのかもしれない。
……結局平穏とはほど遠い日常になりそうだなぁ。
「ふぅ……」
「どうしたの苺さん、私といると息がつまる?」
「いやいや、そんなことはないですよ、芳乃ちゃんは頼りになるのでいてくれると助かります」
「そう言ってもらえるとうれしいかな」
芳乃ちゃんがやわらかな笑みを浮かべてくれる。
本当にこんな状況じゃなければ付いてきてほしかったなぁ。
それよりも、この後私たちはどうするべきなのだろうか。
夢魔がこの世界にも現れたからには、のんびり生活しているわけにもいかないだろう。
かといって、あの門のむこう側、檻の外の世界をあてもなくうろうろするわけにもいかない。
現実世界を守るのか。
それともこの世界を守るのか。
もう一度新しい世界を作るのか。
どれも違う気がするし、どれも達成しないといけない気もする。
いったい誰に相談したらいいんだろう。
誰が答えを持っているんだろう。
そもそも正解なんてあるんだろうか。
私が思考をぐるぐるとさせていると、ふと一人の人物が浮かんできた。
そうだ、結奈さんだ。
あの人はすべてを知っていそうだ。
もしかしたら本当はどうするべきか答えを持っているんじゃないだろうか。
話をするなら早い方がいいよね。
すべてが手遅れになる前に。




