エピローグ:冒険者たち――殺戮人形と焔の道化師
山茶花がルージィの手に落ちたと知った壱號は、育ての親であるボスに激昂する。
それは人形のようだと言われた彼からは想像もつかないような感情の昂ぶりだった。
ボスを追い詰め、山茶花の居場所を突き止めた壱號は密やかに行動を開始する。
それは、『殺戮人形』の最後の仕事にもなった。
行われる闇オークション。
山茶花を無事奪還した壱號。
そして……
「事情は飲み込めたけど、これで私も壱號も追われる身って事だ。少なくともこの中央都市にはもういられないねぇ」
丸一日ほど時間をつぶし、壱號と山茶花はようやく拠点にしていた宿へと帰ってきた。
相変わらず散らかり放題の部屋のクロゼットから肩掛け鞄を取り出し、山茶花はぽいぽいと服をそこに詰めていく。
山茶花は鼻歌交じりに部屋の荷物を片付ける。魔力結晶の抽出機や、コンピュータを小型化させた板状の術式機械、着替えやタオル。
綺麗に畳むという事をしないのでパンパンになった鞄を肩からかけて、山茶花はよし、と呟いた。
壱號はというと、ベッドサイドに座って、それをじっと見つめていた。
彼には身体と武器しか持つべきものはない。
「じゃあ、行こうか」
「行こうか……って、何処へ?」
「この場所じゃない何処かにさ。とりあえず、ニホン国でも目指そうか。都市を転々としながら、依頼を受けながらさ」
「しかし、冒険者ギルドから足がつくんじゃないか?」
「冒険者ギルドは案外機密にはしっかりしてるよ。登録した冒険者でも黒以上じゃないとメンバーの足跡なんて追えやしない。まぁ、黒以上で命を狙ってくる奴もいるかもしれないけど……」
山茶花は指を折りながら、にへりと笑った。
「元・黒の会のエージェント『殺戮人形』とブラックカラーの冒険者『焔の道化師』に喧嘩売ろうなんて命知らず、そうそういないんじゃない?」
中央都市の東門をくぐると、一面に草原が広がっていた。
遠くに見える、かつて交通道路であった橋や、山。
地平線の先には、何も見えない。
「ほら、見てごらん壱號! 世界はこんなに広いんだ。まだまだ知らない遺跡もたくさんある。私達を知らない人間だって、山ほどいる!」
山茶花は両手を広げて、風を受ける。
古びたコートがぶわりと風に舞った。
それを見て、壱號は少し微笑む。それは、本人も自覚しないほどの微かな笑みだったが。
「……そうだな。広い」
「でしょう、楽しみだね!」
言うが早いか、山茶花は内ポケットに仕舞ってあった小さな地図を取り出した。
端々がボロボロに破けているそれを、二人で覗き込む。
山茶花はその地図の右端にある都市を指し、言う。
「とにかく、東、東に向かおう。ええと、ここからずうーっと東に向かって行ったら、東方都市っていうのがあるから、とりあえずはそこが目的地だね」
壱號はぽつりと問いかける。
「そこから先は? 地図はここで終わっているぞ」
少々不安げな色を含んだその言葉を、山茶花は笑い飛ばした。
「未開拓地! クリーチャーがうじゃうじゃいるかもしれないし、もしかしたらまったくいなくて、人類が繁栄してるかも。旧世界の遺物で生活してる人たちもいるかもしれない」
「そうか」
「そうだよ」
地図をポケットにしまい込みながら、山茶花と壱號は笑い合う。
表情に出ていたのは山茶花だけだったが、山茶花にはもう、壱號の表情が読み取れるようになっていた。
瞳の揺れ方、唇の微かな動き。彼の表情はとても微かであるが、優しかった。
「さぁて、行こうか! いざ、地平線の彼方へ!」
山茶花は陽気に歌い出す。彼女が愛する、ロックという音楽を。
「山茶花」
不意に、壱號は山茶花を呼び止めた。
山茶花はうん? と歌を止めて壱號の方に振り返る。
「俺にも歌えるだろうか。……その、ロックという音楽は」
山茶花は喜色満面といった感じで、壱號に駆け寄る。
大きく頷き、その手を取るとぶんぶんと上下に振った。
「もちろんだよ! あ、でも歌詞の意味知ったらびっくりするかもしれない。ほんと、びっくりするくらい青臭いから」
「いいじゃないか。青臭くて。自由なのが、ロックなんだろう?」
山茶花は自分の音楽プレイヤーを壱號の耳にあてがう。
響くような、唸るような音楽の向こうで、耳馴染みのない言葉が叫ばれていた。
「これが私が一番好きな歌なんだ。ニホン国の歌で、歌詞の意味はね……」
誰もいない平原を、陽気に笑いながら歩く人間のような少女型の人形と、無表情で歩く、人形のような青年。
その道程は、これから先どうなるかは誰も知らない。
それでも彼らは歩き続けるのだろう。
いつか東の果ての国にたどり着くことを信じて。
笑いながら、怒りながら、泣きながら。
そして、青い歌を口ずさみながら。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
その後の二人の冒険も、また別のシリーズとして書いてみたいなぁ、などと思っています。
その時は気まぐれ投稿になると思いますが。
その時はまた読んでいただけると幸いです。




