後日談
「紫季、素敵な紅葉をつけているね」
「黙れ」
紫季の左頬についた真っ赤な手形を見て、蒼士はにやにやと笑う。
「男の勲章じゃないか。人間らしくて良いと思うよ」
紫季は蒼士を睨みつつも、昨夜の出来事を思い出して心の中でため息をついた。六花との口づけが気持ち良くて思わず舌を入れた瞬間、平手が飛んだのだ。
「…六花は何故怒る。鬱金香に特別な意味は無かったのか?」
「直接告白されたわけじゃないのかい?」
「ああ。でなければわざわざ木春菊を摘むような真似するか」
「なる程ねぇ、」
あの紫季が恋愛相談を持ちかける日が来ようとは。蒼士は驚きながらも少し嬉しく思う。六花の言葉によって、紫季の中で良い変化が起きていることは確かだ。
しかし今回はいささか相談の内容が悪かった。蒼士は気付いてしまったのだ。六花と紫季の間で認識に大きな隔たりがある事に。
赤い鬱金香の花言葉は『私を信じて』と『愛の告白』。
一方、木春菊の花言葉は『信頼』と『秘密の恋』。
執務室での一件は、寝ぼけた紫季が六花を刺客と間違えた事が原因だったのだが、六花は自分が信頼されていないからだと思い込んでいたらしい。つまり六花は紫季に告白したつもりはないのだろう。
蒼士はそう結論を出すが、隣で不貞腐れている紫季を見て教えるべきかを迷う。
自分が勘違いしていたと知ったら、紫季はどれだけ恥ずかしがるだろう。折角他人に頼り始めた紫季に教えてしまえば、また周囲と壁を作ってしまうのではないか。
「六花ちゃんってば、罪な女だよねえ」
六花と両想いになったと思い込んでいる紫季が不憫ではあるが、六花も満更ではなさそうなため、時が解決してくれることを願う。
「おい、蒼士。何かわかったのか」
「ああ、いや。ただの推測でしかないんだけどね…」
興味の無さそうな顔をしながら蒼士の言葉を待ちわびる紫季に対し、蒼士の中に悪戯心が湧く。ちょっとくらい虐めてもばちは当たらないだろう。
いつもどこか冷めた紫季が、初めて執着した一人の女性。彼女を手に入れることが出来ないとわかったら、一体どんな顔をするのだろう。すんなり諦めるのか、意地でも手を伸ばすのか。
「怖じ気づいたんじゃないかな。皇后になる事に」
にこにこと、何でもない風に言う蒼士。
しかしその言葉を聞いた途端、紫季の顔から表情が消え失せた。
「今の彼女に皇后は荷が重い。それはわかっているよね」
「………ああ」
「じゃあ寵妃として囲うのかい?」
紫季は拳を握り締め、怒りを顕にする。意地悪過ぎたかなと蒼士は思ったが、その選択を迫られる日はそう遠くないはずだ。
「あいつは…寵妃になるくらいなら後宮を出て行くだろう」
「そうだね。」
六花は弱い。紫季の唯一になれないのなら、辛い思いをしたくないからと、今回のように紫季の前から消えてしまうだろう。自分の思いを心の奥底に閉じ込め、そっと鍵を掛けて。
「紫季はどうしたい?」
「余は………いや。俺は………」
ほんの少し躊躇う様子を見せたが、紫季は意を決して言った。
「六花と共に生きたい」
眩しいくらいに純粋な気持ちを目の当たりにして、蒼士は思わず目を細める。この程度で揺らぐような脆い意志ではないのだと、はっきりと紫季の目が語った。
この先どんな困難が待ち受けていても、この皇帝は六花と共に歩む道を切り開いていくのだろう。蒼士は何故かそんな確信があった。
「僕は何があっても貴方の味方だ。我が君」
紫季の前に片膝をついてそう告げれば、目の前の友は口元を隠しつつ、「知っている」と答える。目をそらしているのは照れ隠しだ。
未来のことはわからないし、ふたりが進むのは何も見えない真っ暗闇の中かもしれない。でも、何て事はない。一人よりも二人で、二人よりも三人で、三人よりももっともっと大勢で歩いていけば、いつかそこは道になる。
紫季が笑顔でいられるように。紫季と笑っていられるように。
ゆっくりと紫季を仰ぎ見て、蒼士はその手の甲に誓いを立てる。
二人が並んで立てるような、礎を築いていこう―――
「蒼士、どうかしたか?」
「いや、少し眩しかっただけだよ」
訝しげな表情の紫季に向かって、蒼士は柔らかく微笑む。それが本物の笑顔だと気付いた紫季は目を丸くし、蒼士は思わず声を出して笑った。




