1.イチョウとしーかくー
そろそろ朝晩はヒンヤリ感じ始めて。
ちっちゃな山門近くに在るでっかいイチョウの樹はほんのり黄色。
そして調理台のフライパンの上には眩しい黄金色の卵焼き。
精進もどき料理に少々卵を使うコトはあるけれど。
これでは如何にも動物性タンパク質。
「さすがにこのまンま出すんは良おナイよなあ」
キレイな形に巻けたけど、細切れにして常備菜と合えよかな。
そう思って宵が冷蔵庫の方へ振り向いたら。
背中から定常にふわりと抱きしめられた。
「すごく旨そーだな。
読経終わったし、温かい内に朝飯にしよう」
「このまんまでエエの?気にならへん?」
「別にいい。オレ達の食卓なんだし。
どんな食材だろうと、感謝して頂くのは同じだからな」
そう軽いカンジで言いながら定常は宵に軽くホッペちゅをすると。
和室に茶碗や湯呑を運んで食卓を整え始める。
コンロの前に残された宵の方が、照れ臭くて耳まで真っ赤々。
以前定常が勤めていた寺は大きかったから、常住の食事係も居て。
毎食栄養バランス良い凝った精進料理が当然だったけれど。
今は小さな古寺で2人だけ、手間もお金も掛けられないとなると。
一般的な家庭料理が一番コスパ良し。
しかも定常は役所の地域活用計画の委員を受けて動き回ってるから。
カロリーだって多忙な会社員並みに必要。
会食時には箸をつけるメニューに気を遣っても。
せめて2人きりの食卓では自由にしっかり食べて欲しい。
そんな思いで宵はメニューを考えてるし。
定常も2人の時間を楽しみながら何んでも食べてくれる。
「この佃煮牛肉入りか?豪勢だな」
「あ、うん。ちょこっとやけど。
こないだ買物ん行ったらな、お薦め品の味見や言うて分けて貰うて。
ゆーか、定常が総菜屋さんのおばあさんの話聞いたげたンやろ?
多分そのお礼やで「新しい住職さんに食べて貰うて」て渡されたし」
「おばあさんの話?」
「そお。旦那さん亡くされてから落ち込んでらしたやん」
「あーいつも公園のベンチに独りで座ってた方な。
それは逆。旦那さんの若い頃に似てるとかって声掛けられた」
「そおなん?」
「お二人の見合いに遡り、婚礼時の着物とか6人の子育ての話とか。
なかなか壮大なドラマを聞かせて貰ったよ」
「へえええ」
「店で総菜を作ってる娘さんは離婚して戻って来たばかりで。
今はフリーだからどうだ?とも言ってたな」
ぶふっと味噌汁が喉に詰まって宵はむせてしまう。
「この佃煮はその娘さんが調理した品かもなー」
さらりと言って定常は白米に佃煮をたっぷり乗せて食べるけど。
宵は複雑なキモチになってしまって箸が止まる。
その不満気にむにょと尖ンがる宵の口元を見て、定常は笑う。
「気にせず食べろよ、少し味濃いめだけど。
しっかり栄養摂って体調戻さないとな」
まっすぐに宵を見つめる定常の笑顔には大きな慈しみが灯っていて。
「うん…」
宵はほんわり体温が上がってしまう。
毎日定常は忙しいし、宵の体調も戻らないままだけど。
こんな風に2人の穏やかな生活が続いてる。
役所関係の仕事にはいつも迎えの車が来てくれる。
外掃除をする宵と、迎えを待つ定常が揃って玄関を出ようとしたら。
そっと定常が顔を寄せてキス。
「っひゃっ!」
「何んだソレしゃっくりか?」
「いやっせやかてっそんなっ!迎えの人に見られたらどおすンねんっ」
「まだ家の中だろ」
「せ、せやけどぉおお」
「最近精力付く食事が増えたから、オレは夜だって張り切れるけどなー。
宵こそ昼間の家事はホドホドにして体力温存しといてくれよ」
「ははは…ありがと」
「車来たな。じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
車に乗った途端、仕事モードの顔付きになる定常を見送って。
しみじと宵は思ってしまう。
(何んか…こんな平和で幸せでエエんやろか…)
定常に言われ無くても、今の宵は何をするのも休み休みだし。
服装だってスゥエット上下にビニールサンダルと緩々。
ゆっくりと宵は掃除を始める。
この後竺寺が在る場所は。
昔ながらの住宅街を抜けた辺りで、周りには畑がまだ残っていて。
用水路なんて所々剥き出しのままな長閑な風景。
だから育苗の春や土作りの秋には農耕車の音が増えるけれど。
普段は静かで、車やバスの音も遠くに響く。
そして敷地内には大きなイチョウを始め、柵替わりの低木も多いから。
賑やかなのは鳥の声くらい。
そんな中で、竹箒で掃くざっざっと低い音だけに纏わり付かれると。
宵の思考も深く深く潜って行ってしまう。
(父さんが言うてた通りや。
母さんが居らんくなってから、オレの体調はずうっとイマイチや。
病院で診て貰うても。
どんな薬飲んでも。
身体の違和感は無くならんし。
やっぱり母さんの不思議な力が関係しとるんやろなぁ。
今までその力のお陰で、オレが生きて来れたンやったら。
もうすぐ母さんが残してくれた電池が切れるんかなあ)
御仏の道を学んできた身として。
生や死を思うことに抵抗は無いし、受け止められるつもりだけど。
ただ。
今の宵の意識から、定常の存在を消し去ることが難しくて苦しい。
互いに解り合えて尊重し合えて。
それでいてシンプルに楽しくて、一緒に居るだけで心地良くて。
おまけに最近の定常は、宵にはすごく眩しく映る。
同門若手僧侶内で一番の期待を背負ってお勤めしていた時よりも。
この小さな寺で、檀家や近隣の人達から信頼され慕われ。
仕事も、宗派とか慣習なんて枠を超えて地域活性や運用に関わって。
その成果から今や役所や企業役員とかとも繋がって。
定常の天性の気丈さとか聡明さが、上手くハマってる感じ。
そんな活き活きした定常を見ると。
宵の心臓は幼い恋心みたいにドキドキ高鳴って。
ずっとずっと一番近くで定常の活躍を見続けたいと思ってしまう。
それは違う言葉にすると「執着」というサイアクの想いなのに。
(あ~も~情け無あ~。
頭では解っとるのに。未練とか執着とか生身の業やな…)
竹箒にすがりながら宵はタメ息しか出て来ない。
おまけに結局のところ。
自分のコトも優美のコトも「なんとなく」しか解ってないから、
覚悟も決まらない。
全てを優美が数合わせしたから、現実は問題無く上書きされていて。
佐藤家の相続トラブルも、竹内くんを巻き込んだ傷害事件も
因果応報ぽくすっきり解決した出来事になっている。
それが修正前ストーリーで残ってるのは、宵の記憶の中だけ。
(時の流れは、よお川の流れに例えられとる。
確かにあん時、母さんと岸辺から見下ろしとるみたいやった。
時間の流れを遡って一時停止して辻褄合わせて…。
きっと母さんはあの岸辺で生きとぉヒトで。
時間の流れに囚われへんヒトなんや…。
そんでオレだけ、上書きされた流れに戻ったンやとしたら。
もう何処にも無い事を理解するンも、誰かに語るンも出来へん)
実際、宵は定常には何も話せていない。
(近いうちにオレの電池が切れるンやったら。
いっそ何んも言わんで、このまんま穏やかに定常と過ごしたいなあ。
けどそれが正しいことなンか言うたら…)
そんな感じで。
出口の無い悩みは、また宵の頭の中をぐるぐる回り続けるばかり。
その深みから意識を引っ張り上げるように、突然の着信音。
焦って宵はポケットからスマホを取り出す。
仏事関係の相談や依頼は固定電話の方に掛かって来るので、
スマホはプライベートだけ。
定常と父親はもちろん、優美の番号もまだ残してある。
一瞬色んな期待が交錯したけれど。
残念ながらそれは以前バイトしていた塾の番号だった。
「それでー…また塾バイト始めるのか?」
夕方の食卓で向かい合う定常は露骨にイヤな顔をする。
あまりにも予想通りで、逆に宵はぷぷぷと笑ってしまうほど。
「あ、でも今回のは相談係ちゃうくて、単なる手伝いやねん。
しかも4歳から9歳までの子供だけやで。カワエエ話やろお」
「宵の教免って国語科だろ?保育士も出来るのか?」
「出来へんよ~せやから、お手伝いやねん。
ちょおっと宿題見たりとかはするやろけど。
保育園不足が社会問題になった頃にな、特化型保育園も増えたやろ。
持病ある子とか、親の仕事が夜遅いとか、日本語以外も対応したり。
近々学童保育も施設を統合して、そーゆー特別対応取り入れるんやて。
その調整で子供らぁが通う場所が一時的に変わるんやけど。
そんなんやから、スタッフ配置も判らんコトだらけで。
とりあえずの予備スタッフやねん。
充分足りとるからて、すぐお役御免になるかも知れんし」
「かなり疲れるんじゃないか?大人相手より大変だろ」
「そおやろかー?
定常が毎日お相手しとるお偉いさん達のが、大変そおに思うけど」
「言葉と理屈は通る相手だから後はコツだけだ」
「いやソレ定常が語る言葉やから通るんやで。
オレが同じコト言うても流されてまうし。それになあ」
箸を置いて宵はにっこり笑顔を意識する。
定常の苦い表情は、心配が滲み出たモノと判ってるから。
どこまで・いつまで出来るか判らないけれど。
そろそろ引き籠るだけじゃない日々を一緒に作りたかった。
「ずっと定常に頼ってばっかやから。
そろそろオレもちょおっとは動かんとな」
「身体の方が大事だろ。
別に現状何んの問題も無いし。オレは宵とこのまま…」
思いがそのまま口から出てしまった定常は、そこで口籠る。
【無常。大切に想うことと執着の境目は曖昧だけれど。
「変って行くこと」も受け入れれば、執着から解放される】
本来、定常も宵もそんな説法をする立場。
そんな自分が執着心丸出しになっているなんて。
それを自覚した定常は大きなタメ息を付いて、宵を見つめる。
「くれぐれも無理はするなよ。それだけは、ほんとに頼む」
「うん判っとるよぉ」
にこぉと明るい笑顔で宵は定常の痣がある手に、自分の痣を重ねる。
「オレも同んなじキモチやから」
定常は中腰になって宵の額にキスをして、それから軽く唇にもキス。
そうすると、さっき途中で飲み込んだ言葉がキス越しに伝わって。
2人はふふっと笑ってしまう。
学習塾が請け負った期間限定子供クラブは小学校の別棟を使うから、
後竺寺からだと自転車でも原付でも行ける近さ。
宵が通うには便利だけど、ご近所感覚も濃くて。
子供達はエプロン姿の宵に気付くと指差してはしゃぎ出した。
「あー!イチョウの寺のおじぞうさんやー」
「ちゃうやろ、おぼうさんや。
おじぞうさんは石で出来た置物ンや」
「なんまいだーなんまいだーひゃくまいやー♪」
このところ後ろを振り返るばかりの日々が続いていたけれど。
跳ね回って遊ぶ子供達の勢いに、宵の背中も押されて。
運動場の端っこで大縄跳びを回したり。
小さい子のトイレを手伝ったり。
宿題補助以外に塾らしく特別授業もして、宵は全教科に対応する忙しさ。
おまけに宵自身は自覚してないけど。
読経で鍛えた通る声と抑揚有る語り方は、読み聞かせ係として大人気。
子供達の温かで柔らかな身体にくっつかれまくって、笑いまくって。
自分の体調の心配をする暇も無く。
気付くと、親のお迎えを待つ夕方になっていた。
ほんとはそこで宵のバイト時間も終わりだけれど。
まだ部屋に残っている子供達を見ると、とても先には帰れなくて。
(初日やし、子供らぁのこと覚えたいし。
今日だけはもおちょい見届けさせて貰いたいなあ…)
ちらりと、帰りが遅くて不機嫌になる定常の顔が浮かんだけれど。
(今日だけ今日だけ)
ぎゅっと目を瞑って心の中でゴメンなと謝る。
そして一応子供クラブの責任者に断っておこうと思って。
明るい部屋を出て、スタッフ用の事務室へ向かう。
夕暮れ時を過ぎた廊下は薄暗くて静か。
「せーんせ」
高いトーンの子供声で呼ばれ、宵が振り向くと。
女の子2人がニコニコしながら走り寄って来て、宵の顔を見上げる。
「せんせーのお家に大きなイチョウがあるの?」
「見に行きたいなー」
長い髪をきっちり真ん中で分けてキラキラリボンで結んでいて。
その髪型も顔も双子みたいにそっくりで服は色違い。
水玉柄のトップスは生地と泡がそれぞれ白黒逆バージョン。
黒生地に白水玉服の子が「私くーちゃん」。
白生地に黒水玉服の子が「私しーちゃん」。
「ねえ?覚えやすいでしょ。ナカヨシになろー」
自分を見上げるキラキラな瞳4つは子供らしく純粋なのに。
宵は何か違和感があって、うんええよと言えない。
(言葉遣いがこの辺の子ぉとちゃう。引越して来たんかな?)
「ねえ?イチョウ見に行ってもいい?」
寺には墓参りの人達がいつでも来るし、元々自由に出入りする場所。
ダメなんて言えないけれど。
何んだか宵に「いいよ」と言わせたいだけなのが気になってしまう。
でも相手は子供、宵はしゃがんで目線の高さを合わせて微笑む。
「2人のお家は何処やろ?
遠いンやったら危ないからな。お家の人と一緒やったら来れるかなあ」
その条件付きな宵の言葉に2人は顔を見合わせる。
「そう…子供だからダメなの」
「じゃあ、もう少し大きくなる?」
そしてゆらりと輪郭が歪むと、むわっと成人女性の大きさになって。
今度は宵が2人を見上げて絶句。
「え…」
驚き過ぎて、宵の目が眼鏡からはみ出るくらいまん丸に。
そんな宵の顔を見て2人は遊んでるみたいに楽しそう。
「でもココは子供しか入れない場所だから」
「そうね、もう少し小さくなろ」
「それにしても上手く行かないねー」
「ほんと。ただ私達を招いてくれたらイイだけなのに」
「そう言えばもう1人居たよね。そっちに声掛ける?」
「あの人ねえ…どうかなあ?イチョウと繋がってるのかな」
「定常はあかん!巻き込まんとってっ!」
すっかり固まっていた宵だけど。
2人の話題に定常の存在が登場して正気が戻る。
違和感の原因は言葉遣いじゃなくて、その気配。多分この2人は。
「あ、あのもしかして。
母さんと同んなじアッチの、その、鬼火の人なん?」
宵の問い掛けに。
にたあと裂けるくらい大きく口角が上がって2人は笑い出す。
いつの間にか立っている場所も廊下じゃなくなって。
ひんやりした暗闇から、宵はほの明るい小学校と運動場を見下ろしていた。
それは優美の本性を知ったあの状況を宵に思い出させる。
「今の言葉聞いた?カアサンだって」
「どーゆーこと?このニンゲン育てたのかな」
「面白そう!やってみる?」
「全然面白そうなんて思わない、絶対面倒臭いよー。
場所も時間も固定したトコで過ごすんだよ?
それに水とか食べ物とか用意しないとイケナイし。
ちょっと世話サボったら簡単に干乾びるんだから」
「そーかなあ。
でも間近でイノチを見たり触ったりするのって興味有るなあ」
「イイコトばっかりじゃないのは知ってるでしょ。
それで水溜りがあちこち増えて、私達迷惑してるんだし」
「まあ、それはそうだけど」
2人は確かに2つ別々の存在だけど。
発言の勢いで膨れたり萎んだり、明るくなったり暗くなったり。
もう何んのリアクションも出来ない宵はただ眺めるだけ。
(キャラクターのえと、そおやバーバパパみたいや…)
なんて思ったりするけれど。
バーバパパとも優美とも違うのは、見下し嘲笑うような2人の雰囲気。
優美と一緒に見降ろしていた時は。
現実をあっさり変えてしまう力に呆然とはしたけれど。
それでも、その判断や価値観に「コッチ側」と通じるモノが在ったし。
あの上書き内容にも、優美自身の理由と感情を宵は感じたのに。
でもこの2人は違う。
きっと「コッチ側」に合わせる気なんて皆無の「アッチ側」。
それくらい無関心さと無遠慮を感じてしまう。
関心が有るのはきっとイチョウの情報だけ。
「イチョウに興味あるん?」
少し震える声を絞り出して宵が問い掛けると。
思い出したように2人はしゅるしゅると女の子姿に戻る。
「興味じゃなくて必要なの」
「私達うっかり水溜りからコッチ側へ落ちちゃって」
「戻るための出入口を探してたらね」
「境目に在るイチョウのことを聞いたの」
「水溜りを見付けるより、イチョウの方が簡単そうだし」
「やっとここまで辿り着いたところ」
「早くそこへ連れて行ってくれない?」
「流れの中に居続けるってすごく疲れるの」
2人の言葉を聞いて、宵はイチョウの中を通った時のことを思い出す。
それは暗くて冷たくて。
何も無いのに、潰されそうな何かが詰まった流れ。
ただそれは優美も居たあの時限りで。
その後イチョウの色んな部分に触れてみても、何処も堅い木皮だけ。
自分1人では、イチョウはイチョウのままでも。
目の前の2人と一緒なら、またあの時みたいに流れと繋がるのかも。
もしかしたら優美に会えるかも?
そんな期待が宵の胸を打つ。
でももし優美との再会が叶ってアレコレ問い質したところで…。
きっと自分の不安や疑問に応えてはくれないと、宵は思う。
「そんなん知らんワ、自分で考え」とデコピンされそう。
それでも、自分が迷路みたいな不安に取り付かれながらもやって行けるのは
仏門で重ねた修行と。
優美のタフで大雑把で、それでいて深い愛情で育てて貰ったお蔭。
遊火だろうと鬼火だろうと、宵にとっては母親で今でもずっと大切な人。
それは変わりなくて、会えるものなら会いたい。
「あの、もしオレも一緒にイチョウん所行ったら。
母さんと会えたり出来るんやろか?」
自分の甘えをちょっと恥じつつも期待混じりの表情で宵が尋ねてみると。
2人は小首を傾げて呆れ顔。
「せんせーにはイチョウの気配がべったりなのに」
「何も知らないのねえ」
でも何か思い付いたように2人セットでくすっと笑う。
「そおねえ、会わせてあげられるかも」
「えっほんまに?」
つい宵が無邪気なコドモみたいな笑顔になると。
逆に2人の表情はすうっと冷めて渋くなって行って。
いつの間にか周りの風景は、リアルな夕方の廊下に戻っていた。
「もうひとつ大事なコトあったね」
「そうそう忘れるトコだったね」
「ねえせんせ、ヨシダトワって子供を探して」
「えーと…」
いきなり現実に戻って宵は慌ててしまう。
名簿は下見してるし、今日1日子供達の顔と名前を覚えたつもり。
でも欠席だったり、人見知りして宵に近付いて来ない子もいるし。
初日ではまだ全員を覚えきれてない。
「ここに居るはずだったのに、会えなかったの」
「そおなん?確か今日は3人欠席て言うとったかなあ」
「だから探して」
「えええ?ここに居らんなら今日は会えへんよ。
でも明日来るかも知れんで」
「明日なんて待てない!
せんせーなんだから何処に居るか調べてよ!連れて来てよ!」
「そんなん出来へんよ~。
オレここでは単なる手伝いやから、住所とか勝手に見れへんし」
「やくたたずぅうう」
2人は結構ホンキで怒っててシャーと牙を剥き爪を尖らせて宵を睨む。
まるで妖怪猫娘。
そんな勝手な願いに応えられなくても仕方ないと思うけど。
バイトでも子供達全員を覚えたいから、宵は名簿を思い出してみる。
(ヨシダトワちゃん…
最近の子の名前て、漢字も性別もピンと来ぉへんなあ)
そして目の前でぷんすか頬を膨らませてる2人を見てると。
宵の動揺もすっかり落ち着いてしまって。
(ははは、これも母さんのお陰やろか。
少々非現実的なことでも、とりあえず受入れられるワー)
だから宵はいつもの穏やかな表情に戻って2人の頭をぽんと触れて。
にこっと笑い掛ける。
「これから他の先生方に挨拶してくるんで、ついでに訊いてみるな。
それから一緒にイチョウが在る寺まで帰ろか。
あ、でもオレ原付やし。どないしよ?歩くしかないかー」
「へーき、これでいいでしょ♪」
宵の口から出て来た誘いの言葉で2人はやっと明るく笑って。
またぐにゃりと輪郭が歪むと、しゅうっと宵の胸元に飛び込んだ。
それはもっと正確に言うと。
白糸と黒糸になって宵のシャツの胸元に猫の刺繍として縫い込まれて。
「え、ええええー」
思わず宵がシャツを引っ張ると。
刺繍の白猫と黒猫はしっぽを揺らしてご機嫌だった。
スタッフ達のお喋りが漏れる事務室に入ると。
数人が湯気立つカップを手に談笑中で、その1人が宵に気付く。
「あれー中江さん、まだ居ったんですか?
時給制ちゃうから残業代は出ませんよぉ」
「あ、いえ。子供と一緒に遊んどったら遅おなって貰うて」
「それはまあエエけど。
後は夜スタッフに任せるンで程々で引き上げてくださいねえ。
ぽつんと子供が残っとると気になってまうんでしょうけど。
あの子らぁにはイツモノコトなんやし。
スタッフは親代わりには成れンですからね。
それよりも、また明日もなて言うて。
ここに居場所が有るて判らせてあげてくださいよ」
「はい、そおですね」
こくんと素直に宵は頷く。
確かにスタッフの言う通り。
ここはひと時の居場所であって、子供達にはそれぞれ帰る家がある。
友達やスタッフと遊ぶのと、家族の元でほっとするのは全然違う。
つい宵も自分を待つ定常の姿が浮かんでしまって。
きゅうっと胸が苦しくなる。
(しっかりしよ思うてバイト始めたんに。
定常と離れた途端こんな恋しぃなるなんて、オレあほやなあ)
ジリっと胸が焦がれてしまうともう無理。
帰宅キブンになって、お先に失礼しますと言いそうになると。
宵のシャツの胸元が窮屈なくらい皺が寄る。
刺繍の猫達が飛び出さんばかりにシャツを引っ張って猛アピールしてた。
そうそう忘れるトコだった。
慌てて宵は振り返って。
スタッフの1人がカップを手に席を立ったのを追いかける。
「あの、すみません。
オレまだ子供の名前を覚え切れてへんで。
ヨシダトワちゃんて今日はお休みやったでしょうか?」
「欠席の3人は違う名前の子やで。
ヨシダトワ?何んか聞いたことある名前やなあ。
このクラブはまだ調整中なんで、参加生徒が変更にもなるしな。
知り合いの子ぉ?」
「あ、いえ。
ここで会えるて思ってた子供が居って。
でも今日は会えへんかったって気にしてたンで」
スタッフはココアのスティックを2本もカップに淹れてお湯を注ぐ。
立ち昇る甘い香りの方に気を取られて後はもう生返事。
「まあ明日の名簿で確認してくださいよ。
けどねえ欠席の理由て。
本人の体調とか親の仕事都合だけや無うて。
他人が踏み込めんよーな諸事情絡んでくるコトあるし。
安易に外へ話さんでくださいね。
こんなトコに預けられた子供が可哀想て思うかも知れんけど。
同情して付き合うとったらキリ無いですよ。
子供のお願い事全部に応えよなんて考えんと。
テキトーに誤魔化してエエんですからね」
「はい…気を付けます」
ぺこりと言うよりはかなり深く頭を下げて、宵は退室して。
荷物を置いてるロッカー室へ向かう。
ちょっと気持ちがもやっとしながら。
(上手く言葉で説明出来へんのが子供なんやから。
大人が丁寧に聞いて応えんとアカン気ぃするけどなあ…)
エプロンをロッカーにしまいながら、宵は一日を振り返る。
このクラブは条件も環境も恵まれてる方だと思う。
子供達も明るい表情で過ごしていたし。
自由時間には目をキラキラさせて、やりたいコトを自分で選んでた。
だから宵は「こんな所に預けられて可哀想」なんて思わなかったし。
小さなことでも自由や選ぶチャンスがあるなら。
それだけで子供達は伸びて行ける、そう感じる方が大きい。
アスファルトの隙間から芽を出すたんぽぽみたいに。
もし可哀想という言葉が出て来るとしたら。
それはアスファルトの下敷きになった時だと思う。
誰にも存在を知られず、明るさや温かさに触れることなく。
自分の今の姿も未来の可能性も何も知らないまま。
そんな思いに、宵がロッカーの前で沈んでいると。
シャツの胸元から猫刺繍がにゅるーんと飛び出して来た。
「ねえ、さっきの甘い香りなあに?」
「え?あー…スタッフさんのカップ?ココア淹れとったなぁ」
「ここあ」
「気になるん?」
猫とさっきの女の子が混ざった姿でもじもじしてるのが可愛らしい。
(古いアニメでこんなんあったよーな…
シャツの模様のウサギ?みたいなんと主人公が会話しとったなあ)
「そおや母さんも甘い物ン好きやったワ。
アッチ側のヒトてそおなんかな。
寺にはお茶しか無いんで、途中でココア買うて帰ろか」
食事はテキトーでもスイーツだけは毎日食べてた優美を思い出して。
ふふっと笑みが漏れる。
キモチを切替て宵はロッカー室を後にした。
原付なので、イチョウが見える山門は通らず裏口から入ると。
エンジン音に気付いてた定常が勝手口から出て来た。
予想通り不機嫌な表情で。
「随分遅かったな」
「ごめんごめん、初日なんで慣れてへんし手際悪うて。
でもなあ結構楽しかってんでー」
定常の心配を溶かせるように、明るい笑顔で宵は応える。
「で?その猫は保護するのか?」
「へ?」
腕組みしてる定常の目線に合わせて、宵が足元を見下ろすと、
白黒のハチワレぽい猫がちょこんと座ってる。
そして宵のシャツからは猫刺繍が消えてるとなると、これは。
「あれ?何んで…」
「住居の方なら問題無いだろうけど、本堂へは入れるなよ」
「あ…うん」
「オレが腹減ってるから先に食事でいいか?」
「待っとってくれたん?ありがと。すぐ温め直すなー」
「手伝う。これからは家事も分担しないとな」
「いやそんなエエよ大丈夫やで、オレはバイトやし」
定常が背負う役割や責任を思うと、家事分担なんて申し訳ない。
そう考えてしまう宵は慌てるけれど。
ヘルメットで潰れた宵の髪をくしゃりと崩して、定常は笑う。
「楽しかったって話聞かせてくれよ。
一緒に暮らしてるんだ、どんな話も負担も共有しよう」
「…うんありがと」
照れ臭くて嬉しくてホントに大好きで、宵は涙がじわりと滲む。
そして定常はそんな宵にもう1歩近付いてキス。
しようとしたら、足元の猫がフギャー!と叫んで駆け出した。
「わ」
「なんだ?」
びっくりし過ぎてよろける宵を、定常も慌てて抱きしめて。
2人で猫の後ろ姿を目で追う。
「嫌われたなあ」
「ちょお見て来る。先部屋入っとって」
「追いつけないだろ?食べ物で誘う方がいいんじゃないか」
定常のアドバイスで、宵はポケットのココアスティックを思い出して。
「そやな、とりあえずその辺だけ見て回ってみるワ」
原付ヘルメットを定常に預けて、宵はイチョウの方へ向かった。
相手はふつうの猫じゃないし。
お目当てはイチョウのはずだから。
チュール代わりにココアスティックをちらつかせながら近付くと。
イチョウの枝の上にしー&くー2人が座っていた。
正確には2人分の姿では無くて。
頭は2人になってるけど下半身は分かれ切ってないしシッポも残ってる。
そのシルエットはまるで。
二方向に割れた葉片とシッポみたいな葉柄の、イチョウの葉の形。
夕闇で辺りに色は無くなって。
光と影だけの中ランダムに重なる葉の一枚になって紛れてしまいそう。
(あーゆー姿見るとこの2人はアッチ側なんやて実感するワ…)
少し緊張しつつもなるべく優しい声で宵は呼んでみる。
「しーちゃんくーちゃん、
なあ、さっきコンビニで買うたココア淹れよ。
家上がってもええし、イチョウがええなら2人分ここで淹れよか?」
鬼火の不思議な力を使われるのは怖いけれど。
外見が幼い少女だと、宵はどうしても厳しい態度が取れない。
そんな宵に2人はじとりと恨みがましい視線を向けてムクれ声。
「なんなの!あのニンゲン!」
「イチョウのそばに居るもう1人が、あんなのなんて!」
そして大声でハモりながら叫ぶ。
「あのニンゲン追い払ってよ!!」
あまりの子供っぽさが逆に可愛く見えてしまって。
宵は腕を伸ばして2人に触れようとしてみる。
さっき定常にしてもらって、自分はほっとした気分になれたし。
「定常はオレの大切な人で家族やから。
ここで一緒に暮らしとるンやし、追い払うなんて出来へんよー。
知らん人やからビックリしたん?
さっきはちょおっと怖い顔しとったけどイケメンやで。
真っ直ぐな性格でカッコエエし、大丈夫やすぐ仲良うなれるよ」
「そーゆー問題じゃないのっ」
ばしっと宵の手をシッポで払い、シャーっと2人は毛を逆立てて喚く。
子供クラブに居た時の優越感に満ちた上から目線はどこへやら。
「あんな流れの勢いが強いニンゲンが居たら、私達何も出来ないのっ。
イチョウもイチョウよ、すっかり黙んまりを決め込んで。
だから入口が見付けられないし。
これじゃあ私達アッチ側に戻れないーっ」
とうとう2人はうわわーんと泣き出してしまうから。
宵まで困惑してオロオロ、2人の言葉の意味もよく解らないし。
「ええとええと…。
よお解らんけど、定常が居ったら2人は困るん?
元の場所へ帰られへんの?」
「そおよっそれどころか姿を造るのも上手く出来ないし!」
「2つに別れたら力負けしちゃうー!」
腹立たしさMAXでバランスが崩れた2人はまたバーバパパ状態。
宵は、原付運転時の風よけ用に羽織っていたウィブレを脱いで、
枝から垂れ下がってるしー&くーのシッポに引っ掛ける。
ウィブレのポケットにココアスティックを入れて。
「しーちゃんくーちゃん。
家ン中入りたぁないんやったらココで待っとってくれる?
カップとお湯持って来るワ。温いもん飲んだら落ち着くで。
そんで今晩どうやって過ごすか考えよ」
2人が寒さを気にするのかは判らないけれど。
例え一晩でもこのままにはして置けない。
宵は余ってる毛布だとか座布団とか、使えそうな物を思い出してみる。
そう悩む宵とは逆に。
シッポでウィブレを持ち上げた2人はスティックを取り出し鼻を寄せて。
「カップは要らない」
「うん、この香り」
「これでイケそう」
ふんふん嗅ぎ回ってから、2人顔を見合わせて頷くと。
急にすっかり落ち着いて。
そしてまたあの鬼火らしい高慢な顔つきで、宵を見下ろす。
「私達イチョウのそばが良いから放っといて」
「それより早くあっち行って」
「そうよ、あのニンゲンが探しに来たらイヤだもんね」
「じゃあね」
「え、あ…うん」
確かに2人が言う通りで。
あんまりココでもたもたしてると、きっと定常は様子を見にやって来る。
「毛布も要らんの?寒うない?」
「寒い訳無いでしょ、ふわふわの毛皮よ」
素っ気ない言い方だけど2人は意外と可愛く笑うと。
ぐにゃりと歪んだ輪郭はまた1匹分のハチワレ猫になって。
ウィブレに包まるように丸くなると、眠るように動かなくなった。
「ほんなら明日な。おやすみ」
今はこれ以上出来るコトは無いと判って、宵も家へ戻る。
2人が互いの温もりで1つになる姿をちょっと羨ましく思いながら。
翌朝はすっきり目が覚めて、おまけに身体も重くない。
むくっと起き上がった宵は隣に並ぶ布団の中の定常を見た。
眼鏡無しの寝起きだからボヤけてるけど、ちゃんと輪郭が見える。
体調不良の時の寝起きは頭も体も重くて。
アッチ側とコッチ側の境みたいに、部屋の中が遠く水面向こうぽい。
でも今朝は普通の視界。
ほっとして気持ちも軽くなる。
定常は寝相がすごく良くて。
(ぷぷぷ、やっぱツタンカーメンみたいや)
元々目鼻立ちがくっきりした顔立ち。
それに加えて布団に皺が寄らないくらい真っ直ぐな寝姿。
学生時代に定常の下宿先に泊まらせて貰った頃から変わらない。
思い込みかも知れないけど。
昨日1日で、ねじれてたモノが戻ったような変化を感じていた。
(やっぱり思い切って外で仕事したンが良かったんかな。
子供と遊んで身体動かしたし、程良い疲れで熟睡した気ぃするなあ)
これからこんな風に日々を積み重ねて行ければ。
後退りな迷路が解けなくても構わないし、気にしないで。
自分の電池が切れるまで全部隠し通せれば、それでおしまい。
それでいい。
宵はそんな気持ちになる。
「寝起きのキスはしないのか?」
目を瞑ったまま微動も無く、いきなり定常が一言。
「えっお、起きとったん?」
「アラーム1分前だろ、自然と目が覚める」
そして起き上がるとアラーム解除して、じっと宵と向き合った。
「仕事始めて良かったのかもな。熟睡してたぞ」
「そ、そおなん?」
「いつも寝苦しそうで寝起きも辛そうだった」
「えーと…」
全部見抜かれてた恥ずかしさで宵は汗が流れるけれど。
定常はゆっくり腕を伸ばして宵を抱き締めて。
寝ぐせでぴょんぴょんしてる宵の短髪に顔を寄せ。
唇が触れるくらい耳元で柔らかに語る。
「宵と暮らせるようになって、オレには嬉しい毎日でも。
却って宵に負担が増えてるのかも知れないし。
オレには話せない何かを抱えてるようだし。
それが体調に影響してるのか思うと。
元の形に戻った方が良いのかとずっと悩んでた」
「元?」
「オレが静岡に戻って、優美さんに実家から戻って貰う」
「えっそんなんイヤやっ」
てっきり定常は今の環境や役割を気に入ってると思ってたから。
宵がカケラも考えたことが無い話が出て来て、反射的に拒否反応。
「あ、ごめ…ちゃんと全部話聞かんと、つい」
慌てて宵が謝ろうとすると、定常はもっと強い力で抱きしめて来て。
続く言葉は少し震えてる。
「宵もオレと同じ気持ちだと思っていいのか?
きっと何か他のやり方もあると思うのに、それでも。
今のこの日々を手放せない…」
葛藤が濃くて重く沈む定常の声に、宵は胸が熱くなる。
(オレひとりで隠し持っとけばエエんやて思うてた。
訳判らん話に定常を巻き込みたぁ無いとか。
それが結局定常を悩ませとったなんて…。
ほんまオレにぶいなあ、あほやなあ。
ずっと一緒居るつもりで、ひとり閉じ籠っとった…)
「定常はやっぱすごいなあ、惚れ直してまうわあ。
そおやんな。
一緒に生きるて、同じ屋根の下で生活するだけちゃうやんな。
話して話聞いて。
嬉しいとか楽しいとか、逆に暗いコトや悩みでも。
2人で色んなキモチが詰まった時間作って行くことやんな。
オレ全然出来てへんかった」
「やっぱり何か問題があるのか?」
「えーと問題言うか、オレ自身よお判ってへんねん。
せやから近々母さんに会いに行こて思おとる。
やっぱオレんこと一番知っとる思うし。
そんで聞いてきたコトは全部定常に話すからな、聞いてな?」
もしそれが自分の寿命に関わることでも。
もし定常を独り残して行くことになるなら、なおさら。
逃げないで、2人で受け止める日々を作って行かないと。
抱き合う体勢だから、宵の表情は定常に見えないけど。
必死で宵は涙を堪え身体の震えが伝わらないように息を止める。
そんな宵を抱き締めたまま、急に定常はごろーんと布団に転がって。
「ぅわわわっ」
「う~判ってはいるけどっ、やっぱり複雑だっ」
ぎゅうぎゅう寝技みたいに宵を締め付けて、定常は頭も押し付ける。
「宵のことを一番判ってるのは優美さんかーっ。
オレはまだまだってことかーっ」
「いや張り合うトコちゃうやん、母親なんから当然やろー。
育てて貰うた時間が、一緒に居った時間なんやし」
定常のじたばたが子供みたいで宵も笑ってしまって。
それから顔を見合わせて軽くキス。
「でもこの先はオレと過ごす時間が増えるからな。
母子で過ごした時間よりも、ずっとずっと長くなるんだからな」
「うんそおやなあ」
(どおかどおか、そおなりますよおに)
想いとは少し違う言葉だけど、宵は精一杯願いを込めて呟いた。
そのまま何時間でも転がって居られそうだけど。
何んとか心地良さを断ち切って日常開始。
定常を見送った後、残った白米を小さなおにぎりにしてみる。
(母さんは普通に食事しとったけど、あの2人は食べるやろか?
ココアが好きなんなら、甘いモンが良えんかなあ)
そんなコトを考えながらラップを取ろうと、宵が振り返ると。
しー&くーが女の子姿で立っていた。
しかも昨日渡した宵のウィブレが子供サイズの2着になって。
2人お揃いで羽織っている。
「わっびっくったー。
えーと、おはよお。今日はその姿に成れたんや?」
「あのニンゲンが居なくなれば何んの問題も無いもん」
「えー…でも定常はこの家で一緒に暮らしとるから。
仕事終わったら、ここに帰って来るで?
せやけどまず朝ごはん食べへん?おにぎりと味噌汁あるし」
見た目は子供だし。
宵は優しく声を掛けるけど2人はイライラした表情。
「そんなのどーでもイイからっ」
「早くヨシダトワを探してよ」
「ここのイチョウは全然協力してくれないの」
「もーココには用が無いのっ」
ぐいぐいと宵のスゥエットを引っ張って台所を出ようとする始末。
「え、ちょお待って。
まだ朝早いんやから子供クラブ始まってへんし。
学校行っても誰も居らへんで?」
「だれもいない…」
その一言でがっくりと項垂れる2人。
あんまりにも凹んでるので、振り回されてた宵の方が焦ってしまう。
「あのっご飯要らんなら、昨日のココア淹れよか。
温いン飲んでひといき付いて。
時間になったら一緒にクラブに行こ、そんでお友達探してみよ」
目線を合わすために宵がしゃがみ込むと。
広げられた小さな4つの手の上で、粉末ココアがもわもわ茶色の雲状態。
「この粉、温かい?」
「そのままやと温うはナイよ。お湯に溶いて飲むんや」
「ふうん」
2人はイマイチ納得出来ない顔を見合わせて。
それからぎゅっと手を握ると、ココア雲は消えてしまう。
(わぁ…そーなるともぉココア淹れてあげられへんかも…)
会話のネタが消えてしまっては会話が続かず宵も沈黙。
「この粉は後で使うの」
「じゃあ時間になるまで、あさごはんしてみる」
そして2人は皿の上の海苔が巻かれたおにぎりを見て、ちょっと笑う。
「ふふふ白と黒だって」
「私達にぴったり」
「興味持ってくれたンなら良かった。すぐお膳整えるな」
色々と解らないコトの連続で。
宵の頭は混乱するけれど、食事の支度をすれば通常運転に戻れそう。
いったん考えるのは中断して。
今はもう何も訊かず、宵は味噌汁を温め直すことにした。
意外と2人はおにぎりを気に入ってくれて3つも食べた。
でも食べたと言っても。
口で齧っただけでなく、掌に乗せたのがそのまま吸い込まれたり、
米粒1つずつ空中に並べ長ーく伸ばした舌でぺろりとか。
遊んでるよーな吟味してるよーな。
掃除と洗濯をしながら2人の様子をチラ見するけど、宵は何も言えない。
もはや行儀がどうこうでは無いレベルだし。
(何ん言うか…。
母さんてコッチのやり方に合わせてくれてたンやなあ)
改めてアッチ側とコッチ側の違いを感じる。
(けどそもそもアッチ側とコッチ側て、どーゆーことなンやろ?
勝手に「あの世」みたいに思うとったけど。
それにしては2人とも元は「この世」に居ったとは思えんしなあ)
疑問ばかりだけれど、まさか2人に生死を確認する訳にはいかないし。
何か答えを貰ったところで、それが正しいかどうかなんて判らない。
(まあ…2人が帰りたい言うンをお手伝いするだけやな。
そんで、そのついでてエエから母さんと会うて話が出来たら。
うんそれだけや。
もし会えんでも、そのまンま全部定常に話しよ。
下手なファンタジーやて呆れられるかも知れんけど。
定常ならきっと一緒に笑うてくれるワ)
自分の不安を押し付ける心苦しさと、秘密を解消する安心感。
それは多分秤に掛けて比べるモノじゃなくて。
2人で一緒に生きて行くためには。
どっちも同じ重さで持ち続けられるはず。
宵は時計を見る。
そろそろ支度をして子供クラブへ向かう時間。
「しーちゃんくーちゃん、学校行こか。
また刺繍になってくっ付いて行くん?」
「うん、そうする」
「あのー2人が着とぉ上着、原付乗るんで返して欲しいんやけど」
「無理。これはもう取り込んじゃったから返せないの」
「コレがあったら、私達も汚れなくて済みそう」
「そおなんやぁ」
やっぱり2人の説明は理解困難だけど。
既にウィブレは子供サイズに2着分割されてるから諦めて。
代わりの上着、と思ったところに定常の防風ジャケットが目に留まる。
外掃除する時に使うやつ。
アウトドアブランドの高価な物で、宵にはちょっと大きいけど。
これを羽織っていれば定常が隣に居るみたいだし。
(今日だけ貸してな)
定常の温もりを思い出しながら、ジャケットを手に取った。




