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第一一一話 カエルは小者だからといって油断してはいけません その4

 玲瓏たる跫音きょうおん

 夜天を狩る煌めく爪牙

 疾駆する尾の咲き乱れるは百花

 流るる星は運命さだめ

 万象映す紅玉畏るるべし

 月華星彩の宴

 天翔(つがい)舞う

 いと麗し獣ニィ・ヤ・アーン

    ――ルファラン=マミール著『神獣礼賛』より抜粋。















 アタシの目の前に、モニターが五台。

 セルリアンナさん達が映ってる四台と、アタシ自身の映像をチェックするためのものが一台。

 背後には、背景用の黒い巨大スクリーン。

 流星群のエフェクトを効果的に見せるための、謂わば舞台装置である。

 大型扇風機も、重要な舞台装置だ。

 「ニャン」のたなびく飾り羽根を演出するためである。

 担当は、赤いカエル。

 カメラ担当は白のカエルで、照明担当は青いカエル。

 緑のカエルは台詞用のカンペ担当で、タイミング良く捲らなければならない重要な役である。

 残る黒いカエルは音響担当で、スレイベルを鳴らすのが役目である。

 スレイベルってのは、そのまんまソリの鈴こと。サンタクロースがトナカイのソリに乗ってやってくる時に鳴ってるあの音の元だ。なんでも「ニャン」の足音は、鈴の音に似ているらしい。けれども、「ニャン」の足音は走っている時は聞こえない。速度が速すぎて音すらも「ニャン」の速さに付いていけず、追いかけるのに必死で音は音を鳴らすことを忘れてしまう。けれど「ニャン」が止まるとやっと音が追いついて、「ああ、オレ、音鳴らすの忘れてた!」と気がついた足音がそれまで忘れてた分の音を鳴らすようになるらしい。

 だから「ニャン」の足音は、止まってる時にしか聞こえない。

 なんだそりゃ、と思うけど神話なんてものは大概トンデモ世界なので、イチイチ気にしてはいけない。

 そしてメガホンならぬハリセン持ってディレクターチェアに座るのは、我らが監督チビアディーである。

 空を見上げるセルリアンナさん達の目に映っているのは、夜空に浮かび上がる「ニャン」の映像。

 全天周仕様、つまりドームシアター用のプロジェクターは、五万二千コンパク。

 普通のプロジェクターが一万前後だったことから、お高いのだろう。多分。

 「プロジェクター」とは言っても、本質はソフトなので、インストールすればどのモニターでもプロジェクターに変えるコトは可能だ。

 では、どんな風に映っているのか?

 星空にオーロラの如く浮かび上がるその姿。

 それだけ聞くとは幻想的に思えるけれど、「ニャン」はどこからどうみても着ぐるみ以外のなにものでもなかった。

 チビアディーがメガホンを振るいながら、キラキラしいエフェクトを飛ばしてるけど、やっぱり着ぐるみは着ぐるみである。

 コレであの台詞を言うのか…。

 白いカエルの持ってるカンペを見て、アタシは気が遠くなりかけた。

 けれど、言わないワケにもいかない。

 チビアディーがハリセン振り回して急かしている。

 アタシは両手を広げ、それを合図としてドデカい扇風機から風が吹き付ける。

 ゴォオオオオ。

 いや、強い、強いよっ!

 「ニャン」の着ぐるみは、長い飾り尾羽根のせいで後ろに重心が傾きやすい。

 アタシは左脚を後ろにズラし、グッと踏ん張りながら着ぐるみ内蔵のマイクに向かって言った。

「ここはそなたらの心そのもの、そなたらの心の内に潜む真実」

 音が割れるように反響し、残響が幾重もの波となって空気を振るわせる。

 痛みを覚えたかのように、セルリアンナさん達が顔を歪め耳を押さえる。

 そりゃそうだろう。

 何せ大音量だ。しかも、相当エコーかけてるし。

 ぶっちゃけ言って声が割れて、聞き取りにくい。

 けれど、モニターにドアップで映るセルリアンナさん達の表情には、畏れが見えた。

 音が割れるとかエコーとか、未知の体験に「人ならぬもの」を感じる、とはド変態の談である。

 実は、チェック用モニターの映像は、ド変態のトコのカメラのものだ。

 ド変態を気絶させることはできなかったけれど、チビアディーが散々っぱら罵詈雑言を浴びせかけたお陰で……。

 今は空間の片隅で膝を抱えて、恍惚の中にどっぷりと浸っている。

 マジド変態。

 マジキモい。

 アレがリズの父親とか、マジありえん。

 アタシは心の中でド変態に毒づきながら、カンペを読み上げる。

「そなたらが、何を求め、何を怖れ、何と戦い、そして何を守ろうとしているのか、そなたらがそなたら自身に問う場所」

 棒読みながらも噛まずに言えたコトに、ホッとする。

 一方セルリアンナさん達は、ハッとして、

『『『『青切汚どいり職れ巨立に程人っ塗時グたれをレ断た経シ崖役よゴは人うル私にとゴの陥故ス心れ郷は。らを暴唯れ離虐一たれの人父よ象心様う徴か。と。ら私、暴愛は母虐し失様をた意の暴あの死虐の父かで人様ら抑をに、た奪何あとっものしたし墓て男てのも達あ前誰をげかも断らら救罪れ私えすなははるか一したっ歩なめたもいの……』』』』

「…………」

 何を言っているのか分からなかった。

 四人同時に喋るとか、いや、その可能性に思い至るべきだった。

 マルチモニターで四人同時にコンタクトとれるから、手間と時間が省ける、とか思ったのが間違いだったのか。

 だってさ、同じ台詞四回言うのも面倒だし。

 とはいえ、勿論アタシは聖徳太子じゃないワケで。

 四人の声を聞き分けるとか、絶対ムリ。

 困ってチビアディーの方を見ると、チビアディーはフリップに何かを書き殴って見せた。

 ――無視!

 えええええ?? 何か告白っぽいことをしてるような雰囲気なんだけど…。

 アリ? アリなの??

 と迷ってると、またまたチビアディーがフリップに、

 ――神獣は人間とは対話しない!

 そういうもんだろうか。

 アタシは神獣じゃないので、神獣のコトは分からない。

 勿論、チビアディーにだって分からないだろう。けれど、アタシよりは神獣に近い――果てしなく上から目線という意味で――だろう。

 まあ、どっちにしろ、もう一回言ってとは言えそうにない雰囲気だし。

「己が真実と向き合う時、自ずと運命を知るであろう」

 因みに、運命と書いてサダメと読むらしい。ちゃんとフリガナが振ってある。

 それならいっそ平仮名で「さだめ」と書いてはダメなのだろうか?

 なんて下らないことを考えていると、

『『『『力け聖聖をれ下下厭どのをいあ御おなの為支が人とえらを言す、追いるいいなとつ詰が言のめらい間た、なにの聖が力は下らに私を、溺。謀母れ愛っと与のたのす名。絆るのそをよ下れ求うにのめに、どてなそこいっしがたたて清だの今廉けか…か…』』』』

 だから、何言ってんのか分かんないよっ。

 何だってこうタイミングがピッタリなんだろう。

 やっぱり騎士団とかで軍隊みたいな訓練受けてるからか? 一斉に敬礼するとか、一斉に剣を構えるとか、散々やっちゃってるもんだからタイミングや呼吸が同じなんだろうか?

 ともかく、アタシには全く聞き取れなかったけれど、セルリアンナさん達は何か酷く落ち込んでるみたいだった。

 思い当たるトコロといえば、やっぱり夢の中ではっちゃけ過ぎてたコトだろう。しかもそれを他人(神獣だけど)に見られてたとか、アタシだったらその恥ずかしさで多分死ねる。

 セルリアンナさん関しては、まあ自分のトラウマが洗いざらい晒されちゃったワケだから、これもやっぱりアタシなら死ねる。

 うむ、あんまり追い込むのもアレだし、ここは敢えて夢の内容には触れないコトにして、カンペを読むコトに集中しよう。

「我が僕がそなたらを我が元へ送ったは、罰故ではない。我らは人を罰さぬ。ただ、試すのみ」

 メリグリニーアは、聖者のためなら罰することもあるみたいなコト言ってし、アタシもチビアディーも最初はペナルティー的な方向で話を進めようって考えてたんだけど。

 それじゃあイロイロマズイってコトになった。

 当然ながらケロタンは万能じゃない。

 セルリアンナさん達の行動を逐一見張ってるワケじゃなし、見張れるハズもない。知らないトコロで何かされても、知りようがないのである。

 そうなると、ケロタンに見つからなけりゃあ大丈夫、なんて考えるだろう。

 アタシならそう考える。

 バレなきゃ無問題ってさ。

 実際問題それが真実なだけに、そこら辺を知られるとイロイロとマズイのだ。

 てことで、試練説になったワケである。

 じゃあ、何のための試練かと言うと。

まこと心より我が養い子に仕えるならば、その魂、うつつに戻り得よう」

 リズへの忠誠心がホントなら、現実に戻れるよ。

「万が一にもその心を違えるならば、再びここへと戻されよう」

 だから戻ったら、外野の思惑とか無視して、リズだけのために働けよ。

 ってワケである。

 それにこうやってクギ刺しときゃあ、何かやらかしたとしても自己暗示で勝手にドツボにはまってくれるんじゃないかと思うんだよね。

 ま、そこら辺も含めての仕返しというヤツだ。

 コレがムダメンども相手なら、後先考えずに役立たずだの能なしだの不能だの――最後のは違うか?――まあ罵詈雑言浴びせかけたりするけれど、セルリアンナさん達とは今後も付き合っていくのだ。

 この辺が落としドコロってヤツだと思う。

 アタシの棒読み台詞を聞いて、エコーの効き過ぎた大音量で耳が痛いのか、セルリアンナさん達は顔を顰めながら、愕然とした顔をする。

『『『『全ては聖下の御為と…』』』』

 今度は見事にハモってくれたので、聞き取れたよ! ちゃんと!

 そうそう。

 いいこと言うじゃん。

 全てはリズのため。

「それ以外に何がある?」

 と、思わずカンペにない台詞を口走ってしまった。

 いかん! 余計なことは喋んなってチビアディーから散々注意されてたんだった。

 ソロリと監督、じゃなくてチビアディーの様子を窺うと、

 ――勝手に会話しない!

 眉を釣り上げたチビアディーがそう書かれたフリップを振り回していた。

 仕方がないので、カンペの続きを読むコトにする。

「生きる意味も死ぬ意味もない、細かき細かき人の子よ」

 これまたドエラい上から目線だな、と内心である意味感心しつつ、

「ナダル・ナーダ・キセラに夜の声を告げよ。夢幻の花弁は揺籃ようらん。百花の舞いこそが彼のものの心を鎮めよう」

 一体何のこっちゃ? と思うような台詞だけれど、単刀直入に言えばこう言うコトになる。

 英霊の棲家にアディーリアの遺体を納めろ。

 ナーダ・キセラってのは、神サマや神獣が精霊に呼びかける時の言葉らしい。訳すると「夢の雫」。なんでも、『アヌハーン聖典』にそう記されてるんだとか。神サマや神獣からすれば精霊も夢から生まれた儚い存在というコトらしい。

 人間が書いたものって時点で何か違うとは思うけど、そこら辺の細かいツッコミはしてはいけない。

 ファンタジーにはファンタジーの掟があるのだ。

 じゃあ、どこら辺がアディーリアなのかと言うと。

 実は「アディーリア」の意味が「夜を告げる声或いは百花の舞いそして夢幻の花弁」なのである。

 コレも大概、何がどうなってそうなるのか全くもって不明だけれど。

 ファンタジーにはファンタージの以下同文。

 要するにアディーリアってコトが伝わればいいんだけど、ちゃんと伝わっていると信じよう。

 問題は、ドコの英霊に捧げるのか? ってコトである。

 大陸に聖地は七つ。即ち守護する英霊は七柱。

 英霊の属性も光、闇、風、火、土、水、夜、の七種類となっている。

『イスマイルをお守りくださいますのは風の英霊様セラト・ゼフィアレイスですが……?』

 戸惑うように呟くセルリアンナさんの言葉に、アタシは着ぐるみの中で頷いた。

 そう。

 イスマイルの英霊は風。

 つまり風の英霊に捧げるんじゃない。

夢の英霊様(セラト・ナダルレイス)……ですか?』

 そう問いかけたのはハーネルマイアーさんで、

『そのような話、耳にしたことも……』

 エセルヴィーナさんが言葉を濁せば、

『亡き聖下のご遺体を……そのような……』

 グィネヴィアさんか怖れ戦くように呟いた。

 そりゃそうだろう。夢の英霊が守る聖地なんて聞いたこともないだろうし。

 勿論アタシも聞いたことがない。

 けれど、ド変態の知識、イスマイル大公家に連綿と受け継がれている言い伝えによれば。

 聖地は八つ。

 そして神教は、もう何百年も八番目の聖地を探し続けている。

 そこを守護するのが夢の英霊であり、その場所こそが、人類発祥の地、であるらしい。

 驚きの新事実である。

 けれど、一部の高位神官は知ってるし、当然大神官は知っている。

 恐らく、いや、絶対、ヴィセリウス大神官も知っていただろう。

 何せ、その場所の有力候補というのが。

「夜の声の血を辿るがいい。自ずと答えは導かれよう」

 アディーリアの素性を知っていれば、この言葉で直ぐに分かるハズだ。

 案の定、セルリアンナさんがハッと目を見開いて言った。

『まさか! クリシアなのですか!? クリシアが八番目の……!?』

 どうやらセルリアンナさんは、八番目の聖地について知っているらしい。

 実は、ヘタレな方のヴィセリウス神官が派遣されたのも、フランシーヌ皇女が嫁いだのも、その真相を確かめるための布石だったらしい。

 クリシア王家が秘匿する古文書を狙っていたんだとか。

 ところが、ソコへ辿り着く前にクリシアは滅亡してしまい、肝心の古文書も行方不明に。

 ド変態の知識がもたらしたショックは、アタシの心と頭に重くのし掛かる。

 いやだって、何か、考えなきゃなんないコトが増えたワケだし。

 普通に考えれば、クリシアが聖地であることを秘密にするメリットなんてない。実際、聖地の恩恵を受けているイスマイルの豊かさを考えれば、クリシアだって大々的にアピールしてもよさそうなモンである。

 それを敢えて隠すってのは、そうとうヤバい理由があるか、でなけりゃ全くのデマか。

 アタシとしては、デマであって欲しい。

 但しその場合、「ニャン」がウソついたってコトになるけど、ポイントは「夜の声の血を辿る」ってトコである。直接ならアディーリアはクリシア王家の血筋だけど、もっと遡れば大陸各地へと範囲は広がる。

 要するに、アンタらが勝手にクリシアって思い込んだんじゃ~ん、という作戦である。

 だから、「ニャン」はセルリアンナさん達の問いかけには答えない。

「彼の地で、我が養い子は己が運命を知るであろう」

 こう言っておけば、アディーリアの遺体を捧げる役目はリズってコトになるだろう。

 これで、リズがクリシアへ赴く正当な理由はできた。

 リズがクリシア国王の道を選ぶにしても、やっぱり現実は見ておいた方がいいと思う。

 三十年も戦争状態の亡国を治めるなんて、茨の道ドコロの話じゃない。

 それでも選ぶのなら、アタシはリズを応援するだけだ。

 そして同時にコレで、ド変態との契約を成就させるコトになる。

 英霊に捧げられたアディーリアの遺体には、誰も手を出だせなくなるからだ。

 クリシア王家ですら、その所有権を主張できなくなる。

 アディーリアは、誰にも何にも煩わされるコトなく、永遠に静かに眠り続けることだろう。

 遺体だから、眠ってるっていうか死んでるっていうか…。

 緑のカエルが、最後のカンペを捲る。

 とうとう、アレか。あの台詞を言うのか…。

 大型扇風機の風が、更に飾り羽根を乱す。

 赤いカエルはよりいっそうスレイベルを鳴らし、青いカエルが強烈なスポットライトを当ててくる。

 眩しっ。

 これじゃあ、カンペが見えないんだけど。

 幸か不幸か、この後の台詞は暗記している。

 何故なら血反吐が出る程練習させられたから。

「我は千の名前を持つ神獣……」

 ――我が名を許しなく口にすれば、命はない。

 ――汝らが、我が養い子に全てを捧げるならば、汝らに最も短く最も力なき、だが只人には身に余る程の霊威を宿した我が名前を許そう。

 ――心して呼ぶがよい。

 ――我が名を。

 あと一息で、小っ恥ずかしい茶番が終わる。

 思わずそう考えて、気が緩んでしまったのだろう。

「くれヌぁいてんニャッムグッ」

 最後の最後で噛んじゃったアタシは、悔しさと恥ずかしさの余りビデオチャットをブチリと切った。





















 かくして、完の聖者セラーディス・クレメンセーダリズナターシュの守護神獣は「くれぬぁいてんにゃむぐ」と呼ばれるコトとなったのである。


プロジェクター、五万二千コンパク。

マルチモニター、一万八千コンパク。

背景用スクリーン、六千コンパク。

大型扇風機、二千四百コンパク。

スミカのSAN値、プライスレス。


お久しぶりです。更新が遅くなってすいませんでした。

因みにセルリアンナさん達が何を言っているのかは、活動報告にて。内容自体は、個人の事情なので話に関係ないですけど。

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