エンディング
今日は今朝から雪が降り、ホワイトクリスマスイブとなった。窓から見える町並みは白く染まり、身を切る寒さは右足のギブス付きの足を痛ませる。
エアコンを点け、リビングが暖まった頃にチャイムが鳴った。どうやら時和と小林が来たようだ。千穂が出迎えたらしく、すぐにドアが開いた。
「おう、藤咲。起きてたか。」
「今起きたところだよ。」
時和と小林がくの字に曲がった可変式のソファーの端に腰を下ろす。二か月程前には全身、痣と傷だらけだったのが嘘のように治っている。千穂は急須にお茶の葉を入れた後にお湯も入れ、湯呑と共にテーブルまで運んできてくれた。
「ああ、二階に上がるのは辛いから、リビングで寝てるんだってね。どう?足の具合は?」
小林が湯呑に熱いお茶を注ぎながら尋ねる。その蒸気で眼鏡が曇り始めていた。
「そうだね。体重を掛けると痛むけど、松葉杖をつきながらだと歩けるようになったよ。大学に行く時は朝、時和に車出してもらってるし。」
「そうなんだ。」
「感謝してくれよ?」
「ああ。いつもありがとう。お礼に今度喫茶店のコーヒー奢るよ。」
「やめろ。」
そんなことを話していると、誰かの携帯電話の着信音が鳴った。
「あ、私だ。はーい。お母さん?どうしたの?」
千穂が電話に出ながらリビングを出た。それを確認した後に、時和と小林が顔を近づけ、ひそひそ声になる。
「おい、藤咲。相談があるんだが。」
「ちょっと待ってよ。僕が先だよ。」
「小林、お前こそ待て。俺も相談あるんだよ。」
三人とも、初めて女性と過ごすクリスマスイブとあって、そわそわしているのが分かった。それがお互いに分かって、何となく可笑しくなって笑い合った。
「時和からどうぞ。」
小林が譲る。湯呑でお茶を飲んで曇った眼鏡を布で拭いていた。
「実はこの間、彼女と話し合って、スプラッタなのは苦手だと伝えたんだ。」
「ほうほう。」
相槌を打ち、俺も小林に倣ってお茶を啜る。体が冷えていたのか、暖まっていくのを感じた。
「だから、内臓とかそういうのはやめると言ってくれたんだが、今度は妥協してこれを観たいと言い出したんだ。」
時和は鞄から一枚の映画のチラシを取り出した。そこには簡潔に『呪い』とだけ書かれており、赤い日本人形が写っていた。
「ああ、彼女、ホラーもいけるのか。」
「そうなんだよ。どうしよう。ホラーも苦手なんだけど、内臓物を断った手前、断り辛くて。」
小林は頭を少し振って身震いした。
「内臓物って言わないでよ。鳥肌が立つじゃないか。」
「まあ、いいじゃん。観てやれよ。で、その後、お前が観たいものにも付き合わせればいいじゃん。」
「その手があったか。まあ、藤咲が言うならそうするよ。」
「じゃあ、次僕ね。」
小林は湯呑を置いて話し始めた。
「今から、結衣ちゃんをモデルに写生をしにいくんだけど、まだ場所が決まらなくて。」
「おいおい、未成年とデートかよ。」
「いやいや、あくまで、その、課題を手伝ってもらうだけで……。」
「その後、遊ぶんだろ?」
「まあ……ね。といっても、ちょっとだよ?ちょっとだけ。ご飯を一緒に食べるだけだし、日没には家に帰すし。」
「必死なところが怪しいなあ。な、藤咲。」
「そうだなあ。」
俺は時和と同じく悪い笑みを浮かべた。
「や、やめてくれよ。もう。」
「悪い悪い。」
「あ、そう言えばよ、近所の松里菜神社で神社仕様のモミの木を飾ってるらしい。それに行ってこいよ。皆駅前のイルミネーションを観に行って、人が少ないって噂だよ。」
「あ!それいいね。そうする。じゃあ、最後は藤咲ね。」
そう改めて指名されて、心の内を明かすとなると気恥ずかしいものがある。しかし、初めて時和が俺に相談したときのことを考えると同じ気持ちを味わうようで、緊張よりも感慨深さが勝った。
「実は、俺が足を骨折しているもんだから、最上さん、家で家族と一緒にパーティーに参加することになったんだけど、凄い恥ずかしいんだがどうしたらいいかな。」
時和と小林が声を揃えて言った。
「知るか!」
そういったことを話していると、千穂の電話が終わったようでドアから顔だけ出して言った。
「ちょっと、夜のパーティーの材料を買い損ねたものがあったらしいから、買ってくる。」
「あ、じゃあ、俺が車で送ろうか?」
「いいです。煙草吸いさん。すぐそこのスーパーで、ちょっとの買い物なんで。」
そう言うと、妹は出かけていってしまった。
「なんだ。まだお祭りの時のことを引きずられてんのか。」
「そうなんだよ。」
「これを機に、禁煙したら?」
「それもいいかもな。最近ストレスも感じないし。」
それからしばらく楽しく話した後、それぞれの待ち合わせに向かって行った。その直後に再びチャイムが鳴った。千穂の奴、鍵を忘れたのかなあと思って鍵を開けると、そこには最上さんの姿があった。
茶色のブーツを玄関先で脱いだ彼女は、白いコートも脱いで灰色のセーターを露わにした。
「来たよ。藤咲君。お邪魔します。」
「どうぞ。上がって。」
本来は彼女のコートを受け取って、スマートにコートかけに掛けたいのだが何分、松葉杖をついているので黙って見ていた。
「どうかしら?足の調子は。」
「まずまずかな。そろそろ痒いよ。」
「あら、大変ね。」
「他人事みたいに。」
「他人事だもの。」
彼女はいたずらっぽく笑った。
「そう言えば、御家族は?」
「えっと、父さんは仕事。母さんは車でケーキの受け取りとかに行ってて、妹は、すぐそこのスーパーにお使いに行ってる。」
「そうなんだ。じゃあ、今二人きりね。」
その言葉に、胸の鼓動が少し早くなり、生唾を飲み込むことしかできなかった。
「何で黙るの?」
俺の右手に、彼女の左手が重なる。手袋をしてきていないはずなのに、彼女の手は温かかった。
「温かいでしょ?」
「確かに、あったかい。」
「実はね、自動販売機でこれを買って、カイロ代わりにしてたの。」
鞄から缶を二つ取り出して、そのうちの一つを勧めてくれた。
「ずっと握っていたから、私の体温くらいの温かさになっちゃったけど。」
「頂きます。」
炭酸が勢いよく抜ける景気のよい音がして、口に含むとそれは体温程に温かいジンジャーエールだった。彼女の温かさを口に含む。
「珍しいなと思って。今はこんなのも売っているのね。」
「確かに珍しいね。最上さん。」
外は雪が降り積もり、どこからかジングルベルが聞こえてくる。お隣だろうか。
「もうすぐ、今年も終わりね。」
「そうだね。」
最上さんは外に目を映し、雪景色をしみじみと眺めていた。
「来年も、その先もそのまた次もこうやって、無駄なこと言って過ごせたらいいわね。」
「うん。ずっと無駄なこと言ってよう。」
「……たまには無駄じゃないことも言ってね?」
「分かってるよ。」
彼女は突然思いつめた目をした。
「どうしたの?何か悩みごと?」
「うん。そういえば私達、お付き合いを始めて二か月立つじゃない?」
「そうだね。」
「未だにくん、さんで呼ぶのも他人行儀だと思うの。」
「ああ。じゃあ、呼び捨てで呼ぼうか?」
「あだ名がいい。」
最上さんは真剣な表情で俺を見た。
「それでね、私、昨日考えてきたの。」
「へえ、何?」
「藤咲君の藤をとって、ふっ君ってどう?」
「それ、君が取れてないけど。」
「あ……。」
照れくさそうに笑って、頬を両手で押さえた。手がセーターに半分隠れて指しか見えない。
「ああ、じゃあ、俺も考えてみるよ。最上……ね。がみ、か……。かみさんってどう?」
「え?」
「かみさん、好きだよ。」
きょとんとしたものの、赤くもならずに冷静な表情を作っている。
「それ、さんがとれてないし、なんだか奥さんみたいね!それってプロポーズ?」
「さ、さあね。」
彼女が恥ずかしがっている様子を見たいがために言ったのに、堂々と返されるとこちらが恥ずかしい。俺は温かいジンジャーエールを飲んでお茶を濁した。
彼女に見つめられて黙りこんでいると、リビングのドアの向こうからひそひそと声が聞こえた。
「お母さん!お母さん!あの二人キスしそうよ?」
「しーっ。こう言うのは黙って見守るものよ?」
「よし、いけ!やれ!息子よ!」
父さんも帰ってきてたのか。
「……聞こえてるよ。」
「なんだよ……。」
何故父さんが一番残念そうなんだ。三人が罰の悪そうにリビングに入ってきた。
「よし、じゃあ、パーティーの準備をしようか。」
父親の鶴の一声で、皆は返事をして、準備に取り掛かろうとする。すると、誰かの視線を感じた。見回すと、血みどろ男爵のキーホルダーと目が合う。彼は俺に何かを促している気がして、すぐに俺は察した。
「あ、最上さん。最上さん。」
「何かしら。」
俺は彼女の肩を掴む。そして、家族が見守る中唇を重ねた。途端に彼女は赤くなり、軽くパニックを起こしたのかもじもじと体を震わせて一言呟いた。
「喜んで。」
そう言って彼女は女神のように微笑む。俺もつられて微笑んだ。俺はきっと彼女のこの笑顔を守りながら、お腹の傷と共に血みどろになっても進んでいくのだろう。ジンジャーエールを飲みながら。




