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Ginger Yell  作者: エリス計画
秋
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31/32

『血みどろ男爵のゾンビクライシス』

「それで、その後はどうなったの?死んじゃったの?」

「なんとか生きていたよ。足から落ちたようでね。でも、一生満足に歩けないだろう。」

「じゃあ気負うことは……。」

「でもね、あの時、俺には確実に殺意があった。殺そうと思って突き落とした。それについては言い訳が出来ない。そのような心が今も俺の中に隠れていることが恐ろしいんだ。」


 微かに雲が出てきたものの、淡い月の光は未だに俺を照らしていた。時和はかつての薄れつつあった光景を脳裏にありありと思い起こしたようで、急いで煙草に火を点けて、ようやく肩の震えを抑えた。長いことじっと聞いていた小林は眼鏡を外し、額の汗をシャツで拭いていた。


「彼はあの後、主犯として逮捕された。俺を刺したこと、時和を殴らせたことを罪に問われ、塀の中に行った。俺の殺意は、揉み合っているうちに誤って転落したという結論になった。新聞でも報じられたが、主犯も被害者の俺達も未成年で名前は公表されないうちに。また、意識不明の主犯と被害者に取材が出来ないうちに別の大きなニュースでかき消された。」


 誰も話さなくなって、辺りはしんとした。構内も、明日の大学祭二日目に備えて家に帰ってしまった人が多いようで、下の賑やかさも収まりつつある。


「あ、彼女はどうしたの?」

「彼女?ああ、最上さんは、目隠しとヘッドホンで何も見聞きしてないからか、記憶は若干飛び飛びだったそうだが、心は守られたみたいだ。」

「彼女は知らないんだね?君が守ったということを。」

「言えないよ。彼女に言うことで、あの時のことを思い出させると思うと、心苦しい。それに、正当防衛で守ったと言えば聞こえはいいが、最後にやったのは殺人未遂だ。そんな奴に守られたと知ったら……。」

「そっか……。」

「俺に出来るのは、彼女の笑顔に寄り添うことだと、勝手に思っている。ただ、心配事が一つあるんだ。」

「それは何?」

「操られていた残党が、今でも徒党を組んであちこちに出没しているらしい。」

「それが、夏祭りの奴らだ。どうやら、今でも俺達を探してあちこち回っているらしい。」 


 時和が煙を吐いて言った。

 そのとき、自分が今いる屋上の四階も下のところで悲鳴が上がった。いつか聞いたのと全く同じ悲鳴だった。

 下へと駆けつけようとしたその時、屋上の扉が勢いよく開いた。呆気にとられている間に周りを多くの人たちに囲まれる。

 俺達3人は、じりじりと屋上の手すり側へと追い詰められた。ファイティングポーズをとって、周りとの間合いを測る。しばらくして、白衣を着た男が屋上へと上がってきた。


「よう、藤咲。久しぶりだな。」

「久しぶりって……誰だよ、お前。」

「博士代理だよ。俺は皆に選ばれた男なんだ。」


 博士代理の取り巻きは一斉に歓声を上げて、拍手を巻き起こした。成程、頭を無くした手足が、今度頭に担いだのがこいつという訳か。


「で、何しに来たんだ。こんな所まで。」

「分かるだろ。」

「復讐?」

「いや、天罰を与えに来た。俺達の人生をめちゃくちゃにしたじゃないか。将来を失わせたじゃないか。それにも関わらず、君は、君たちは安穏と暮らしている。その罰を受けるべきだ。」

「罰ねえ。」


 俺達を囲んだ顔をぐるりと見回す。その全員の顔は青白く、表情は暗い。ニヤニヤと下品に微笑む者もいれば、低いうなり声をあげている者もいる。俺達の人生の足を引っ張り、人生がめちゃくちゃになった仲間にするために、喰らいつこうとしているように見えた。

 小林を巻き込む形になって申し訳ないなと彼の方を一瞥すると、視線が一つの方向に定まっている。その視線の先には、俺の血みどろ男爵の特殊メイクを手伝ってくれた、知らない女性が立っていた。俺と視線が合うと、他の人の陰に隠れる。


「なるほど。手引きをする者までいた訳か。」

「用意周到だろ?君たちは負けたんだ。大人しく土下座をして嬲られろ。」


 黙っていた時和が、咥えた煙草を投げつけて吠える。


「はあ?やってもねえのに負けとか意味分かんねえ。お前らこそ、人生を台無しにされたくらいで済んでありがとうございますって、藤咲にお礼を言え。」


 煙草は博士代理の足元に落ち、彼が靴の裏で踏み消した。


「随分威勢がいいじゃないか。」

「ああ?」

「これを見ても、まだそんな態度がとれるかな?」


 屋上の扉が再び開くと、後ろ手に縛られた最上さんが彼の足元に転がされた。彼女に傷は無く、幸いにも縛られているだけであったが、博士代理は煙草を踏み消した足で彼女の頭を踏みつける。

 俺の下腹部の傷が熱を帯び、黒い炎となって全身を覆い尽くした。


「彼女を離せ!」

「そう言われて離した馬鹿はいない。」


 博士代理のそういう冷静な態度が、俺を腹立たせる。最上さんは繰り返し繰り返しごめんなさいと謝罪の言葉を繰り返している。彼女は何も悪くないのに。黒く整っていた髪が振り乱れ、頬に張り付いている。そのこともまた俺を腹立たせた。


「何でこんなことするの?」

「あなたに、藤咲の野郎がぶん殴られて、土下座をしている姿をあなたにも見ていただくためですよ。」

「最低……。なんで藤咲君なの?彼は関係ないじゃない!」


 彼は鼻を鳴らした。


「関係ない?関係ないどころか、当事者だ。」

「え?」

「止めろ!」


 俺は彼が口を開く前に、彼の元に辿り着こうと走ったが、多くの取り巻きに邪魔をされて手足を掴まれた。


「四年前。我々にとって、神と同等であった博士におこがましくも盾つき、その上博士を突き落とした男が藤咲だ。」

「嘘……。」

「嘘なものか。証拠がある。……おい!シャツを捲って見せろ!」


 取り巻きに乱暴にシャツを脱がされると、月明かりの下に下腹部の傷が晒された。彼女は、目を白黒させて頭を抱えている。もしかして、当時のことが思い出されてきたのだろうか。


「それじゃ、あの事件の後、刺されて博士以外に入院してたのって。」

「……俺だ。」


 観念するしかなかった。羽交い締めをされていた最上さんは、色々な出来事に頭がついていけなくなったのか、ふっと意識を失った。


「おい、しっかりしろ!……くそ、重いな。」


 羽交い締めを解かれた最上さんは、鈍い音をさせて床に倒れた。それを合図に、取り巻きが俺の腹に拳をねじ込んだ。

 命の危機を察して全身の鳥肌が逆立ち、力が腹から湧いてきた。掴まれていた手足を振りほどき、手当たり次第に殴っていく。畜生、全然数が減らない。次から次へと湧いてきて、殴られた奴も再び暴行に加わる。口の中が鉄の味がして、段々と視界が狭くなっていき、あわやというところで博士代理の襟首を掴んだ。彼は、俺がトマトを切っていたナイフをいつの間にか手にしている。時和と小林の姿は人に埋もれて見えない。


「おい、くそが。離しやがれ!」

「離さないね。それとも、ナイフで刺して俺を遠ざけるか?」


 四方を囲われていては敵わない。せめて一方を警戒しなくても良くするために手すりへと引きずっていく。その間何度も拳を受けたが、なんとか手すりへ辿りついた。

博士代理は俺を刺そうと喉を狙ったが、間一髪でかわすことが出来て、空を刺した。その弾みでナイフを下に落とす。取っ組み合ってお互いに引っ張り合っていると、下の方から水の音がした。

 そうか。取り巻きの連中は、頭を失えば大人しくなる。この手段を使うしかない。俺は手すりへと彼を押しやった。


「な、なんだ?また殺人未遂を犯すのか。あーあ。お前の人生今度こそ終わったな。あはははは。ざまあ見やがれ。」

「止めとけ!藤咲!また苦しんで生きるのか?」

「僕、嫌だよ。君が苦しむのを見るのは!」


 小林と時和の顔だけが人ごみから見える。なんだか、間抜けな光景だなあ。俺は二人に微笑みかけた。


「心配してくれてありがとう、二人とも。」


 俺は、錯乱を始めている博士代理に囁いた。


「一人にはさせやしないさ。一緒に行こう。」


 俺は彼を抱えるようにして、屋上の手すりを一緒に乗り越えた。

胃をジェットコースターとは程度の違う浮遊感が襲う。頬を冷たい風に切られ、痛いほどだ。呼吸も上手く出来ずに苦しくなる一方だが、不思議と気は楽だった。俺が突き落とした、奴もこんな感覚を味わったのだろうか。彼の考え方には微塵も共感できないが、感覚は共感できそうだ。抱えている博士代理は叫び声すらも出ないらしい。いや、風の音で書き消されて俺には聞こえないだけだろうか。ああ、速さが増していく。最後に見た夜の影に血みどろ男爵が垣間見え、一つ頷いた後にかき消えた。そして次に一つ瞬きをすると、俺達は叩きつけられた。

 暗闇の中で黒いスーツの男が自分を呼んでいる。何故自分の名前を知っているのか分からないが、兎に角悪い人ではなさそうだ。近づいていくと、特徴の無い顔が俺を見つめていた。


「それ、返してもらいますね。」


 そう彼が言った後、俺の手が握っていたダイナマイトチェーンソーをもぎ取った。その途端、今まで確かに血みどろ男爵の格好をしていたのだが、それが掻き消えて、藤咲の姿になった。

 耳の奥でまた自分を呼ぶ声が聞こえる。今度は知っている声だ。その声を頼りに歩いていくと段々と辺りの景色が明るくなり、それに伴い体が酷く痛み始め、けだるさが増してきた。右足は引きずらないといけない程だ。呼吸が乱れ、重力が体を抑える。さらに歩いて全身が光に包まれると、最上さんの顔がうっすらと見え始めた。同時に、胃に入っていた塩素臭い水が喉を通って吐き出され、ようやく呼吸が楽になった。


「目を、藤咲君が目を覚ましました!」


 耳から水が抜けると、辺りが騒然としていることに気がついた。何台ものパトカーや救急車の音、野次馬の声。あらゆる音が鮮明に鼓膜を振るわせた。


「お兄さん、大丈夫ですか。どこか痛いところはないですか。」

「大丈夫ですけど、特に右足が痛いです。」

「折れているかもしれませんね。動かないでください。今、担架を持ってきています。すぐ、救急車に運びますから。でも、気を失っているけが人が多すぎて……すぐ対応しますから!」


 救急隊員とそういった会話をした直後、最上さんに抱きつかれた。


「心配したよ!大丈夫?」

「俺はいいんだ。最上さんが大丈夫なら。」

「いい訳ないでしょ。君の方が危険だったじゃないか。」


 彼女は目に涙を浮かべている。呼吸も荒い。


「まあ、命は助かったからいいさ。あ、一緒に落ちた奴は?」

「彼も命は大丈夫みたい。意識はまだないけど。」

「そうか……。」


 一呼吸おいて彼女はつづけた。


「全部聞いたよ。私が気を失ってからのこと。それから高校時代のこと。」

「そうか。全部知られちゃったか。」

「やっぱり藤咲君だったんだな。あの日、私を助けてくれたのは。」

「やっぱりって?君はあの時、ヘッドホンと、目隠しまでさせられてたのに。俺だと思ってたってこと?」

「ああ。誰に聞いても誰も答えてくれなかったけど、覚えてたよ。」

「何を?」

「ナイフを刺されそうになった時、君が私を呼ぶ、心の奥底から信頼できる大きな声を。心が。」


 彼女は俺の右手を胸へと押し当てた。


「お兄ちゃん!大丈夫?」


 今度は妹の声が飛んでくる。家族が到着したようだ。両親もいる。


「時和君から連絡が来て。飛び降りたって言うし、警察も呼んだみたいだったし。心配したぞ。」

「本当に無事でよかったわ……。」


 とりあえずは無事な様子を見て、両親はお互いに肩を抱いて泣き始めた。再び救急隊員二人来る。


「お待たせしました。準備が出来ましたので、すぐに救急車へ。ご家族の方も誰か一緒に。」


 担架に乗せられて、自分の体が浮く。救急隊員が運ぼうとした時、最上さんが呼びとめた。


「少しだけ良いですか?」

「少しだけなら。」

「すいません。」


 彼女は近寄って、俺に顔を近づけた。


「本当にありがとう。そして……好きだ。」


 俺と彼女の唇が重なり合った。そうしてすぐさま俺は意識を失った。


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