IF設定―SS 幼シアンのお留守番
これはシアンがまだ二歳と少しの頃のお話。
お父さんは熊狩りに、お母さんは村の機織りに出かけてしまうといつもシアンは一人ぼっちです。
とても寂しい想いをしてしまうでしょう。
『うむ……』
そんな時、モフモフはいつもシアンと一緒に居てあげていました。
両親とも出かけていると言っても、それはほんの少しの時間だけ。それだけの時間ならモフモフだけでも面倒を見ていられます。
そのうえ、もうすぐお父さんの弟子たちが様子を見に来ます。
だから、じぃ~っとモフモフを眺めるシアンとのにらめっこもあと少しで終わるはずです。
「もふー?」
布地の厚いポンチョを着たシアンはコロコロとしていて、とても弾みそうです。
よく転ぶシアンのためにお母さんが特別に作ったお洋服ですから当然でしょう。
『……何用か』
「もふーなの? もふーなの?」
深淵な哲学めいた問いかけをされても答えられようのないモフモフでした。
「もふーです」
『……そうか』
よくわからない自己問答にモフモフはごまかすように尻尾を揺らし始めました。
ふらふらとするもさもさの尻尾にシアンの身体もあっちにふらふら、こっちにふらふらと傾きます。
パタンと倒れる前にモフモフは尻尾でシアンを包みこんであげます。
そうすると、にへらっと笑ってモフモフに全体重を預けてきました。
せわしなくパタパタと手足を動かすシアンにモフモフは内臓を押され、不規則極まりない呼吸を始めました。
苦しいのでしょうがモフモフは動きません。
動いてしまえばシアンが地面に倒れてしまいます。
「もふー、ごはん」
『もうすこし待て』
「ごはんは?」
『ヒトに生肉はやれん』
人の常識を知っているモフモフでした。
「ごーはーんー、ごはーん」
しかし、次第に楽しくなってきたのか身体を大きく揺すりながら『ごはん~、ごーはん~』と歌いだすシアンでした。
「シアーン! いますのー! 返事しなさい!」
遠くからシアンを呼ぶ声がします。
その声を聞いたシアンはかぱっと立ち上がると、
「クリスー」
とととっと走り出しました。
切り株の横をすり抜けて玄関へとまっしぐらです。
『前を見て走れ』
モフモフの注意もむなしく、なんとシアンは立てかけていたオノに足を取られてしまいます。
宙に浮くシアン。
その体はくるりっと一回転して地面にへたりこんだような態勢で止まりました。
「……クリスー?」
二度ほど目をパチクリとさせたシアンでしたが、誰かの声を聞いてまた走り出しました。
『……末は何になるのやら』
オノの柄が地面につかず、途中で止まっていたのはどうやらモフモフが何かをしたようです。
のっそりと立ち上がり、モフモフはシアンを追いかけました。
しばらくしてオノはカタンと乾いた音を立てて地面に落ちました。
その不思議な出来事を知る者は、森の小鳥たちだけだったようです。
※
クリスお姉さんにご飯を作ってもらったシアンはご機嫌です。
モフモフもご機嫌なようで尻尾をゆるやかに振っています。
「貴方のお母様は身重なのに働き者ですわね」
「ん~? じゃっ、ごはんは?」
「今食べていますわよ。私の手ずから作られた料理ですものおいしくないわけありませんわね」
「まずい」
クリスお姉さんは頬がひきつりました。
「……あ! まずい、です」
「丁寧に言い直しても一緒ですわよ」
しかし、言いながらもシアンは薄く切られたリンゴにフォークを突き刺していました。
食べる手は止まりません。
「もふ~、おいし?」
『さすがに名づけ親には負けるが、悪くない』
どうやらモフモフもご満悦のようです。
「おいしい、です!」
そんな一人と一匹を見ているとしゅるしゅると怒りは萎んでいきます。
シアンはまだ二歳。言葉の意味を本当に知っているとは思えません。
問われたから適当に言っただけなのでしょう。それくらいクリスお姉さんだって理解しています。
「口元が汁まみれですわよ」
だから、ハンカチを取り出してシアンの口元を拭ってあげました。
されるがままのシアンはパチパチと目を瞬かせます。
その目には、ゆらゆらと揺れるクルクルとした巻き髪です。
「髪!? その汁まみれの手で髪をー!?」
クリスにとってシアンは師の大事な愛娘です。
でも、ちょっと理不尽だと思いました。
※
「そろそろお母様が帰ってきますわね」
そうしてクリスお姉さんが立ち上がるとシアンはモフモフにまたがったまま、じっと彼女を見上げました。
しかし、クリスお姉さんは窓から外の様子を伺っているのでシアンの様子に気づいていません。
「少し見てきますわ。付き添いがいないと森の道は危険ですわ」
クリスはお腹が大きいお母さんのことが心配のようです。
そうしてクリスお姉さんがいなくなるとシアンはずっと扉を眺めていました。
また一人ぼっちです。
モフモフもいますが、モフモフはモフモフです。
人と一緒にいる安心感とはまたすこし違います。
静かになった部屋がとても大きく見えて、とたんにシアンは怖くなってきました。
じわりと瞳に玉の涙が浮かびます。
モフモフの背中の毛をぎゅっと掴むと、モフモフは一度、シアンを下ろすと慰めるように頬を舐めてあげました。
まだまだ人がついていないとダメな年頃です。
『あの二人は村にとってなくてはならない。だが――』
シアンを包み込むように身を寄せ、そして鼻をヒクつかせました。
モフモフにはわかっていたのです。
『――あの二人だからこそお前を本当に一人にしたりはしない』
その言葉と同時に扉が開きました。
お腹の大きなお母さんを見た瞬間、シアンは立ち上がって、とたとたと歩いていきます。
そして、その足に思いっきりしがみつくのでした。
もうしばらくすればお父さんも帰ってくるでしょう。
涙がひっこんだシアンを見て、モフモフはゆっくりと床に座りこみました。
ほんの少しだけ尻尾を揺らし、それから丸くなりました。
「きょうはねー、もふーとクリスとー、ごはんっ」
よくわからない娘の報告を聞きながら、モフモフはゆっくりと目を閉じるのでした。




