狐族
遺影の前で母は正座し、顔を覆って静かに泣いていた。
父は放心状態だった。
弟も自室のベッドの上で膝を抱えて、ぼんやりしていた。
優香はそんな家族の元を離れて、ふらりと外へ出た。
*
スルー力か…。家へ帰るバスの中で、美和はため息をついた。
*
「お母さんならどうする?」帰宅した美和が母に問いかける。
「永介の言う通りよ。危ない事はしてほしくないわね」
観葉植物の手入れをしながら、母が答える。
「…そうだドレッシングがなかったんだ。美和、買ってきてくれない?」
頼まれて買い物をしたが、優香の事が気になってしまう美和だった。
「だって知ってしまったんだもの。…優香さん、どこかな?
呼んだら会えるかな。…ちょっとだけ…」と
美和は習ったように集中し、視えるチャンネルに切り替える。
「チャンネル、変わります」
額の奥でカチリと音がして、人ごみの中に向こう側が透ける人が視えた。
「うん、ああいう霊なら怖くなくていいな。 …優香さん、いる?」
「あら?呼んだのね。…美和さんだっけ。やっぱり引っ張られちゃった」
上から優香の声がした。
優香がふわふわ浮いている。
「どこへ行ってたんですか?」
「家とか、友人のところとか…」伏し目がちに優香が答える。
みんな悲しんでいて、見ていられなかった。
恋人の所へは?と聞きそうになったが美和は遠慮した。
*
顔をあげた優香が険しい顔になって
「あいつ!」 と叫ぶとあるカップルのそばに近づいた。
「優香さん!優香さーん」優香を追いかけると、
カップルの男の方に肩を掴まれる。
20代中ごろの、ジャケットを着て整えた髪の、いかにもエリートです
といった感じの男だった。
「優香だって?君は何者だ!?」
「え…いえ、あの…」
慌てる美和に、優香が助言する。
「人違いですって言って。女性が友達に似ていたから間違えました」って。
優香に言われたとおりにして、「ごめんなさい」と謝って、
その場を離れる美和だった。
*
通りをかなり来たところで、優香が説明しはじめた。
「今の男が彼。犯人なのよ」
「え…。今の人が犯人?」
「一緒にいたのは春に入社した新人の奥村さん。彼が教育指導している人。
…やっぱり彼女の方がよくなったのかしら…」
「そんな…そんな事で殺人なんて…」
「わたしが素直に別れなかったから」
優香が悲しそうな、悔しそうな顔をしてつぶやいた。
「それより美和さんが心配だわ。ごまかせたとは思うけど
美和さんがわたしのことを知ってるって、彼に思われたかも?」
優香に言われて美和は心臓がバクバクしてくる。
「今のうちに早く帰ったほうがいいわ。あいつはわたしが見張る。
何かあったらあなたのところへ行く。
…確か、知っている人のところへは行けるはずよね?」
優香に促されて、美和は急いで家に帰った。
*
「晃一さん、大丈夫?優香さんって、いつか話してくださった
亡くなった先輩だったかたでしょう?
とてもいい人だったって仰っていたかた」
晃一と一緒にいた奥村唯が心配そうに話しかける。
「大丈夫だよ。でもちょっと、今日は…ごめんね。
また改めてデートに誘ってもいい?」
「ええ、お誘いお待ちしています」
タクシーを呼んで唯を乗せた。
*
「さて、会話が全部聴こえるよ。狐族の聴覚はすごいね」
晃一は耳に手を当てて、集中していた。
「誰なんだ?…まさか死んだ優香と話しているのか?【今の人が犯人】だって?
…まさか死んだ優香と話しているのか?ってことは
比十族とかいうアヤカシの末裔か。…何とかしなきゃだな」




