幻術
「ねえ、晃一。ねえってば。起きて」
その声に目を開けると、そこに優香が立っていた。
「ひっ!!」
声にならない声を上げて、座ったまま後ずさりをする晃一に
「どうしてわたしを殺したの?」と
彼の髪を掴んで引き寄せた。
「一生恨んで。ついて行くわ」
白目のない黒い目が晃一の顔を覗き込んだ。
「わあああああああっ」
悲鳴を上げて周りを見ると、シーンと静まり返った公園の前の通りだった。
「夢…」
晃一はそのままふらふらと繁華街まで歩いた。
黒い霧のようなモノから解放された優香は、冷静さを取り戻して
晃一の後ろからついて行った。
彼は自首するだろうか?それが知りたかった。
*
ネオンの街は遅い夕食を取ろうとする人々で賑わっていた。
晃一の目にはその人々が、時おり優香に見える。
「うあ、 うあぁ」と叫びながら歩く晃一を
みんな危ない人だと避けて通った。
優香は通りの向こうに、食事を終えた奥村唯が
母親と共に歩いていることに気が付いた。
晃一の行動を不思議に思っていた優香だが、
「この状態を利用してやろう」
優香はすかさず唯の前に立ち、「こっちよ。こっちへ来て」と手招きした。
優香の誘いが効いたのか、唯は晃一の方へ進んで行く。
「あ、城田さん。お母さま、この方がさっきお話した城田晃一さん」
唯は嬉しそうに母親に紹介した。
「よかったらお茶でもご一緒にどうですか?」
誘う唯の顔が、晃一にはブレて見える。
「え…。え…優香…何だよ…」
晃一の目に、唯とかぶって優香の顔が見えた。
「ふざけるなー。いい加減にしろ!お前は死んだんだ」と
殴りかかった。
「きゃあああぁぁぁ。娘がー。誰か…誰かーっ」
母親の悲鳴が響く。
「女の子が襲われているぞー」
「警察よんで!」
「救急車も」
通行人に抑えられて我に返った晃一は、
恐怖の目で自分を見る唯に気が付いて、
放心状態で座り込んだ。
全てを見ていた優香は、満足してその場を離れた。
*
戸隠を村まで送るために、美和の母は車を出していた。
高速に入って、スピードが上がる。
戸隠は後ろの席に深く腰掛けて、酸素缶の酸素を吸っている。
運転席の母と助手席の美和の間に、優香が現れた。
「優香さん」
美和が横を向いて優香を見る。
「お世話になりました。
晃一が幻を見たみたいで、奥村さんをわたしと間違えて殴って
そのまま逮捕されました。 やがて殺人も自供するでしょう。
彼女は可哀想でしたが、気が晴れました」
「では、あの世に行くのね?永介に手伝ってもらう?」
美和の母が安心したように聞いた。
「一人で大丈夫です。美和さんには我を忘れて真っ黒になりかけたのに、
助けてくださってありがとうございました。」
「優香さん、あの人は学生の頃、友達がいなかったって。本当に?」
「それはどうかしら?友達は多かったって言ってたわ。
特に大学では」
そう言って、優香は静かに消えて行った。
「騙された。ちょっと同情して損した」美和が頬をふくらませる。
「まだまだ青いっ。でも子供ならそれでいい」
「…優香さん、あの男が幻を見たって言ってたよね?」美和が不思議そうに聞く。
「幻術かしら。戸隠くん、犯人に何かした?」
「少し。…彼女がいたんですか?」
「ええ。納得して消えたわ」
「ねえお母さん、アヤカシの血が濃く出ている人間って他にもいるのかな?」
「そうね。途中で覚醒みたいに出る人間とかいるかもね。
それにもし会っても、村の人たちみたいに穏やかで
今回みたいな悪人とは限らないから、その時考えればいいじゃない」
「うん、そうだね」
美和は次々と過ぎていく高速の明かりを、ぼんやりと見ていた。
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