第二十四話、氷雪の残響・氷狼の宿怨、静かなる殺意
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投稿開始から2週間で500pvを達成いたしました。膨大な作品の中から見つけていただき感謝しかありません。改めてありがとうございます。
今後も1日1話投稿を続けさせていただきます。完結は来月の初旬頃になるかと思います。稚拙な物語ですが今後も温かく読んでいってください。
闘技場がアッシュの勝利に沸き、あるいはどよめきに沈む中、観客席の喧騒から少し離れた一角で、リネットは、防寒コートの裏に隠した小型端末と格闘していた。
「……やっぱりね。この里、ただの獣人の集落じゃないわ」
リネットはゴーグルの倍率を最大にし、闘技場の「氷」そのものから発せられる微弱な信号を読み取っていく。彼女の指先は、極寒のせいだけではなく、解析結果が示す「異常な数値」への戦慄ですこし震えていた。
(この闘技場の地下……遺跡のエネルギーが逆流してる。ガレフは、これを利用して里全体の『秩序』を物理的に固定してるんだわ。
ルキウスのやり方とは違うけど、独善的なのはどっちもどっちね)
リネットが端末にデータを保存しようとしたその時、背後の影が不自然に伸び、首元に冷たい手の感触が走る。
「……リネット様。あまり深入りはなさらない方がよろしいかと」
声の主はシオンであった。彼女はいつの間にかリネットの背後に立ち、その瞳にはアッシュを見守る時とは違う、鋭利な「監視者」の光を宿している。
「あら、シオン。私の仕事は『観測』よ。それを止めろって言うのは、私に死ねって言ってるのと同じなんだけど?」
リネットは動じることなく、端末の画面を消さずにシオンに振り返る。
「それより、あなた…これ、気づいてるんでしょ? さっきから観客席のあちこちで、熱を持たない『白銀の視線』が、アッシュ達を狙ってる。
………ルキウスの犬たちが、この里の内部にまで入り込んでるわ」
「………承知しております。ですが、今の主殿には、あの老人の教えが必要なのです。理に目覚めぬままルキウスと対峙すれば、主殿の心は今度こそ砕かれるでしょう」
シオンの言葉には、リネットの科学的推論を遥かに超えた「確信」があるみたいだった。
リネットはふん、と鼻を鳴らし、再び画面に目を落とす。
「……ふたつ目の属性を継承してから、アッシュの生体ログがどんどん書き換わってる。彼が『人間』を辞めていく速度が上がってるのよ。それを喜んでるの? それとも……」
「……私はただ、その果てを見届けるだけです。でも……結果次第によって私は………」
シオンは最後に消え入りそうな声でそれだけ言うと、再び影の中に溶けるように姿を消してしまった。
リネットは独り、闇の中に残された端末の青白い光を見つめ、彼女も誰にも聞こえない声で呟く。
「……データは嘘をつかない。でも、真実がいつも正しいとは限らないわ。
……ねえ、お兄ちゃん。あなたは一体、どこまで一人で背負うつもりなの?」
リネットは秘匿端末の奥底に眠る、ルキウスから与えられた「最終命令」のファイルを一瞬だけ見つめ、それを開くことなく、深く溜息をつくだけだった。
・
その後の試合でも、アッシュの勝利は連戦連勝であった。
準決勝の対戦相手となったのは氷狼族の隠密戦士。開始の合図と共に風さえ置き去りにする速度で肉薄した。だが、アッシュは老獣人から学んだ【地這いの法】により、氷上を伝う微かな「震え」から敵の着地点を完全に掌握していた。
「……そこだ」
踏み込もうとした敵の懐に、アッシュは滑るような歩法で先回りする。
錆びた古剣の峰が、吸い込まれるように相手の鳩尾へ吸い込まれた。衝突音すら響かぬほど精密な一撃。隠密戦士は回避の姿勢すら取れぬまま、氷の上に沈んだ。
観客席がどよめきに沸く中、アッシュは感情を排した瞳で、ただ次の舞台を見据えていた。
しかし、そのどよめきは、決勝戦の対戦カードが読み上げられた瞬間に、凍りつくような沈黙へと変わる。
「決勝戦――!! アシュフォード・グローリア対、フェンリル!!!」
その名が呼ばれた瞬間、闘技場全体の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えた。
舞台に上がってきたのは、スレインと同じ白銀の毛並みを持ちながら、その瞳に底知れぬ憎悪を宿した若き天才戦士。
「くっくっ………生きていたのか、スレイン。その『不浄な人間』の影に隠れてなぁ」
フェンリルはアッシュを路傍の石のように無視し、観客席で拳を握りしめているスレインを睨みつけた。
「フェンリル……貴様、………戻っていたのか」
スレインの声は、これまでに聞いたことがないほど震えていた。それは恐怖ではない。消し去ることのできない、血塗られた「過去」への激しい忌避感だ。
━━━フェンリルはかつてスレインと共に里の次期長を争い、そしてスレインが里を追われる決定的な「原因」となった男だった。
彼はガレフが掲げる『弱肉強食の秩序』を誰よりも信奉し、スレインの持つ「仲間への共感」を、里を弱体化させる【毒】だと断じた。
「ガレフ様から聞いたぞ。お前は里を捨て、人間の番犬になり下がったとな。……ならば、お前が仕えるその主を、この場で氷の藻屑にしてやろう。それが、里を汚した貴様への贖罪だ!」
フェンリルが放つ殺気は、これまでの戦士たちとは次元が違った。彼の纏う「氷雪」の属性は、周囲の熱を強引に奪い去り、あらゆる物質の運動を停止させる「死の静止」そのものだった。
「アッシュ、逃げろ! そいつは……里の戦士とは訳が違う!」
スレインの叫びが響く。だが、アッシュは逃げなかった。
アッシュの足元から、じわじわと氷が伝い、ブーツが舞台に縫い止められようとしている。
カイとの修行で得た、属性の圧縮「内側の内圧」を最大まで高めなければ、立っていることさえ不可能な極限の冷気。
「………スレインの過去なんて、俺は知らない」
「だけど、あいつが今の俺を信じて背中を預けてくれる。……それだけで、俺がこいつから逃げる理由は一つもねぇんだよ!」
アッシュの右手の紋章が、この極寒の中で初めて、鈍く、しかし力強い翠色の光を放ち始めた。
スレインの宿命、フェンリルの憎悪。
すべての因縁を断ち切るべく、アッシュの「真価」を問う戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。
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