クリムの断罪 その1
セサミから、第三王子とコロネの婚約話を押し付けられたスライスト。
こめかみを押さえながらも怒りを堪え、何とかクリムの生存与奪権をもぎ取った。
◇◇◇
のらりくらりと、スライストとの話し合いを避けて来たクリムとコーラス。
だが翌日になり、侍女がクリムの部屋へ食事を運び入れる際に、スライストもそこに現れたのだ。
その時間はいつも、王太子の補佐官の一人として登城していた為、不在になる筈なのに。
驚くクリムは(何故、ここに? それに俺を見る目付きが冷たい)と滅茶苦茶焦り、コーラスは使用人達にするように怒鳴り付けることも出来ず、ただただ目を細めて沈黙を保っていた。
スライストの背後には数人の人影があった。
王太子直属の破産管財人と書記官だと言う。
彼から紹介された文官服を着た男性達は、書状をクリムに見えるように開き、内容を告げたのだ。
「クリム・チェロスト子爵、及びコーラス・チェロスト夫人。貴殿らは4年以上にも及びワッサンモフ公爵家のツケ払いを使用していたが、その費用を返済していないと訴えがあった。速やかな返却を行うように」
「へ、返済だと? 俺はワッサンモフ公爵家の人間だぞ。少しくらい金を使うくらい問題ないだろ!」
「へえ、少しね。なら、その額をきちんと返して欲しいのだけど。お前が散財したせいで、コロネがずいぶんと方々に頭を下げながら商売をして、何とか維持を続けたと聞いたよ。ああちなみにこの話は、コロネから聞いたんじゃないからね。正式な調査から得たものだから、嘘を言っても無駄だよ」
「くっ、何で? 俺達は兄弟だろ? 少し俺の生まれるのが遅かっただけで、ここを継げなかったんだ。そのくらい良いだろ?」
「そのくらいねえ? じゃあ、この領収書を見て判断すると良い。例えばこの領収書、宝石一つで2千万円(この国の金貨1枚は10万円なので、金貨200枚だ)。そしてクリムの賭博代が月に200万前後、それに加えて外食や娼館の利用で300万前後。王族だって使えない額だよ。これどうやって支払ったと思うの?」
「そんなの、公爵家に金があるんだから余裕だろ?」
「余裕ねえ? たとえば友人の王太子の年間予算は全て込みで1億2千万だ。礼服代・装飾品、個人的な部下への冠婚葬祭代、外遊費(人件費を除く食料や宿泊代)等も含めてね。これ以外にも仕事に関わる支出は多い。個人で使える額なんて殆どないようなものだよ」
「お前達夫婦は、2人で王太子の予算以上を使っている計算だ。やろうと思っても出来ないことだよ。特にこの血赤珊瑚は、間違いなく世界に数点しかない。この国では(予算的に)王妃さえ購入出来ない逸品だよ。
それに賭博でその額を失くしても平気なのは、大国の富豪クラスだけだ。今頃そのカジノは儲かり過ぎて、笑いが止まらないだろうね。そして我が公爵家を嘲笑っていることだろう」
「そんなこと。だって……あいつらはいつも、俺を高貴な血筋だと言って尊重してくれた。敬ってくれたんだぞ」
「そりゃあな。極上の太客だもの、そうなるさ。そいつらもまさか、4年近くバブルが続くとは思ってなかっただろう。金払いが悪くなれば、見向きもされない筈だ。恐らくお前の愛人達や、馴染みの娼婦達からも」
「そんなこと…………っ」
クリムはクモの巣の張った思考を動かし、現実を受け止め始めた。領収書を確認していくと、自覚せずに失った金額が、目に飛び込んで来る。
「チェロスト子爵家の予算の100倍だ。こんなに散財していたなんて。嘘だろ?」
避け続けていた事実に直面し、顔色を失い項垂れる。真面目に教育を受けていたなら、ここまで堕ちることはなかっただろうに。
◇◇◇
一方でコーラスも、夢の終わりを感じていた。
見たこともない貴重な宝石や洗練されたドレスを最初に手にした時、正直心が震えた。
たかが子爵家だと、自分を馬鹿にしてきた女達が羨まし気にこちらを見つめる快感。
いつまでもその贅沢は続かないと、嘲りを向けてきた相手が、スライストが戻らぬことで次第に媚を売り始めていた。
このままであれば、クリムがワッサンモフ公爵家を継ぐのだろうと思われてきていた。
けれど…………。
コーラスには、そんな未来など見えなかった。
「だってチェロスト子爵家の仕事だって出来ないのに、公爵家なんて無理に決まっているわ」
ワッサンモフ公爵家に来てからは、いつも客員としか見られていないのは分かっていた。
夫婦で散財しても何も言われず、かと言って仕事をさせられることもない。コロネからも使用人達からも、疎外されている感覚はあった。
最初はブルーベルと一緒に行動し、それなりに贅沢を楽しんでいたけれど、次第に満たされない気持ちが強くなっていった。
クリムのことを愛しているのに、ここに来てから彼は自分に目を向けず外出ばかり。
愛人の影もあり、娼婦にも手を出している噂も聞いていた。賭博場にも頻繁に出入りしているらしい。
彼の瞳にはもう、自分は見えていないのだろうか? いなくても良いと思っているのだろうか?
「お前も好きな物を買え。ドレスも宝石も、好きなだけ手にすると良い」
非難する眼差しを避けるように、彼は愛ではなくて物欲を満たすことを提案してきた。
だから高額のアクセサリーや特注ドレスも、最高級のスイーツも購入した。
けれど誰からも文句など言われなかった。
そして若くて優しい愛人を持った。
お金目当ての心なんてない関係。
それでも……いつか来るであろう破滅を忘れることだけは出来た。
ブルーベルのことは………………。
どうしたら良いのだろう。
頭の中が真っ白になるけど、良いアイディアは浮かばなかった。
最近は自分と離れている時間で、勉強に励んでいると言う。
何とかお義父様に引き取って貰えないだろうか? 二人しかいない孫だからと、その時が来たら何とかお願いしよう。
年を重ねるごとに不安は強くなり、彼とも娘とも心が離れていった。
そして今日、全てが終わるのだと感じた。
コーラスは、ブルーベルを蔑ろにしている訳ではなかった。彼女もまた、両親から同じように育てられて来たのだ。
サイダーとの姉妹格差があったことで、歪んだ状態に気付くことが出来なかっただけで。
クリムもまた、期待されない放置子だったことで、愛が足りずにコーラスに縋りついた。
兄と比べられてやる気をなくし、学ぶことや役割ごと全てを投げ出すのは悪手だった。
娘が生まれた時は感激して泣き、嫁にやらずに大切に育てようと誓ったのに。
ブルーベルはその背景を知らない。
けれどその愛情の欠片を何となく感じて、逃げることなく両親の分も償おうとしていたのかもしれない。




