クリムの断罪 その2
結果として。
チェロスト子爵家の爵位と、その財産・領地は国に預けられ、王太子の先導によりワッサンモフ公爵家に借用された金銭が返還された。
コーラスの妹であるサイダーに爵位を譲る話も出たが、それをサイダーは断った。
「私には、姉夫婦を止められなかった責任があります。それに今は自分の商会もありますので、領地の経営も行いながら借金の返済は出来そうもありません。慎んで辞退させて頂きます」
サイダー達はもう、違う道を選んでいたのだ。
◇◇◇
既に政務を王太子であるストビーテに押し付けている国王は、今回のことも彼に任せていた。
宰相のフォカッチャー・クロダイン公爵は、目当てのチェロスト子爵領を手駒の貴族に継がせて利益を貪りたかったが、ストビーテの手前断念。
その地を継いだのはストビーテの側近の親族であるハンバー・グラスト伯爵であった。
領地を持たない宮廷貴族であったが、非常に優秀である為に抜擢されたのだ。
これによりチェロスト子爵領はクロダイン公爵やミズーレン伯爵、その他の悪徳貴族の魔の手から守られたのであった。
クリムとコーラスは話し合いの末、保護者であるセサミの元に送られた。
それにはコロネが彼に相談した際に、『お前の考えるようにしてご覧』の一言で放置したこと。ワッサンモフ公爵家が潰れる危険性があったことを勘案したものだ。
拒否権は彼になく、もし二人が逃げた時はセサミの責任となる。罰は凄まじく高額の違約金で、さすがのセサミも破産する額だった。
彼は、監視の目も光らせる責任を負った。
クリムとコーラスの住む場所は、豚厩舎横の使用人棟だ。これから彼らは働きながら、不足分の借金を国へ返していくのだ。
朝から厩舎の掃除を行い、給餌し、放牧地で散歩させて、給餌を行う。
今後豚の健康管理と出産に備え、獣医の資格を取ることも命じられていた。クリムとコーラスの二人共にである。
獣医は在住している為、仕事終わりからが学習の時間だ。
傅かれ遊んでばかりの二人だから、糞や動物臭でその場に留まるのも大変だった。
それでも平民になった彼らは、先輩に声をかけられながら、少しずつ仕事に打ち込むようになる。
未知である厩舎の掃除と重い餌袋を運び、全身筋肉痛だ。
使用人全員で食堂で食べる食事だって、今までよりもずっと粗食だった。
けれどとても美味しくて、夜も熟睡出来るのだ。
仕事して、食事して、勉強して、眠ると朝が来るの繰り返し。夢中のまま半年が過ぎていた。
その頃には豚の可愛さでメロメロになり、手際よく掃除をして、勉強も楽しくなっていた。あんなに避けていた学習だと言うのに。
使用人の夫婦部屋はセサミがこの地に来て建てたものだから、狭いけれど綺麗で過ごしやすい。ベッドとテーブルと椅子、机が一つあるだけでいっぱいの部屋。
化粧用の三面鏡は折り畳み式で、使わない時は壁に寄せられる。
壁にフックが4つ付いていて、上着やスカートがかけられる。その他の服は、ベッド下の木箱に収納。洗濯物した物は、外の洗濯紐にかけて干せるようになっていた。
装飾品などない、最低限の生活だ。
ただセサミからは学習用の紙や教本、ペンとインクが支給されていた。平民からすれば高級品である。
そして借金分を引いた僅かな給金から、便箋と封筒を買って、ブルーベルに手紙を書くのだ。
元気でいるのか、食事はしているかと。そして自分達のせいでブルーベルを平民にしてしまったことへの謝罪を。
今までよりもずっと相手のことを考えて、でも申し訳なくて短い言葉だけを綴るのだ。
1枚の紙に数行ずつ、思いを込めて。
コーラスはクリムを思いやり、クリムも自分のせいでこの生活に巻き込んだことを悔やんだ。
そして公爵家で使用人となったブルーベルのことを、いつも心配していた。
「まだ子供なのに、使用人にさせてしまった。本当ならば子爵令嬢として、これから羽ばたく時なのに」
「俺のせいだ。俺のせいで娘の未来を潰してしまった。せめて元気で暮らせることを祈ろう」
今彼らは頑張っている。
たぶん生きてきた中で、一番と言う程に。
頑張り続ければ、獣医として自立できる道も用意された。後は彼らのやる気次第だ。
◇◇◇
短い手紙がブルーベルに届く。
それと同時にレイアー経由で、セサミの執事であるバジルから、いろいろと報告の手紙を受けていたブルーベル。
「私は愛されていたのね。そしてお父様とお母様も、頑張っている。元気で……はぅ、あぁ、ぐずっ」
ブルーベルは、手紙を抱きしめて俯いた。その涙は周囲の者の涙腺を緩ませる。
コロネとミカヌレは彼女を抱きしめたが、スライストはまだ疑いを拭えないでいた。
信頼は積み重ねていくしかないのだ。
建物の陰でタバサが号泣しているものの、そっとしておく優しさがそこにはあった。
◇◇◇
セサミは何も言わず、クリムとコーラスを受け入れた。
彼らが領地に来た時、叱責することもなく。
「お世話になります。父上」
「よろしくお願いします」
頭を深く下げる二人に、「まあ何もないが、頑張ってみると良い」とだけ伝えたのだ。
執事のバジルにも詳細を伝えられず、まさかの展開だった。
だがこれも、自分の驕りが招いた結果だと思い。
バジルには「特別大きな変化がなければ、報告は無用だ。わしは忙しいのだ」と、コロネが困窮していた時も無視を決めた。
大事になれば動けば良いと考えて。
もうその時に困っていたのだから。
手を差し伸べないことで、バジルからの信頼を欠いたのだろう。
任せきりでは大事なことも見えず、碌なことにならない。いくら有能な孫だとて、出来る出来ないの見極めが必要なのだ。
セサミは借用金額(クリム達の出費)以上にコロネが稼ぎ、ダメージがないことを知らない。
今回のことはスライストが王太子ストビーテと協力し、ケジメを取らせた形だ。
今後セサミは、必要以上にコロネに絡まなくなり、普通の祖父と変わるのだった。




