ラディッシュの身分
どうやらラディッシュは、エルフの中でも稀有な存在のようだ。
エルフは自然を愛し、世界樹に囲まれた大森林に囲まれてゆったり暮らしている。
精霊は世界樹から放出される、魔力の多い気を好んでいる。
四大精霊である、地のノーム、水のウンディーネ、火のサラマンダー、風のシルフ以外の精霊もそこに多く集まり、世界樹を守る者達を快く思っていた。
四大精霊は世界を回り、本来定住することはないと言う。
遥か古代に遡れば、この大森林を守る為に当時は人であった住民達に力を与えたのも、この地に住まう妖精達だった。
原初の神に近い精霊達の力は莫大なエネルギーを秘めており、人は人ではない者へと進化を遂げた。それが現在のエルフである。
◇◇◇
ラディッシュの先祖に当たる当代の『ノーム』は、6代目になる。
精霊は、一般的にエネルギーの集合体や、万物の根源をなす気のようなもの。
物質的な肉体を持たない、エネルギー体として捉えられている。
実態を持たない精霊。
けれどミカヌレの先祖のように、自らの意思があれば人間の仕組みを解析し、その地に適した体を作製して、自らの気をその器に移すことができる。
その肉体は、元々自然界から集めた物質で出来たものである為、精霊のエネルギーがなくなり消滅する時は、体も自然界へと霧散することになる。
エネルギーは他者に分け与えることで弱まり、寿命を縮める。消滅期間が短いほど、たくさんのエネルギーを使ったことになる。
次代の精霊は、彼の次にエネルギーが多い者が継ぐことになる。
当代のノームは、人間界で大きな争いがなかった為か、非常に長寿である。それにより己の技術を、子孫に当たる者達に直接伝授できる祝福を得たのだ。
ラディッシュもその一人である。
◇◇◇
けれど今、北の大国に住む大精霊サラマンダー (火を司る、炎をまとうトカゲのような姿の精霊。炎の中で生きる存在)が、灼熱のマグマで200年の眠りから覚醒した。
「何だよ、この閉塞した国は。以前に見たこの国はもっと活気が良かっただろ? ……あいつか? ノームの野郎が余計なマネをしたんだな。それならこっちにも考えがあるぜ」
元々当代のノームとサラマンダーは同じ時期にその役割に就いた。ただサラマンダーだけが、マイペースなノームを意識していた。
大精霊であるのに肉体を持ち、命じれば良いことを自ら行うノームを小馬鹿にしていた。
「人間にやらせれば良いのに。そんなに汚れて情けないぞ。大精霊としての自覚を持て!」
そんな彼に、ノームは静かに呟く。
「ハテ? ワシらの役割など、強制されたものは何もない筈だがな? 大精霊の自覚とは何を指すのだ?」
サラマンダーは言い返されるも、答えを持たない。
「それは……でもお前のやっていることは、受肉してまですることなのか? せっかく大精霊となって、崇められる存在になったのに!」
「それはお前の意見じゃろ。ワシは自分のしたいことをしているだけだ」
「くっ。好きにしろ!」
悔しげな顔をしながら、その場を去ったサラマンダー。
そんなやり取りの後、サラマンダーはふて腐れてマグマの中で眠りに就いたのだ。
ノーム以外の地の妖精達は、気に入った場所で受肉し鍛治の仕事に専念した。
しかし精霊の体の形(身長が低い。腕の筋肉が半端なく強い)をベースにして受肉したことで、異形の者と差別を受けることに。
そのような者だけではないが、優れた技術を持った自分達と違う存在は、特別な目で見られることが多かった。
大精霊のノームは迫害されていた彼らを纏め、エルフの国に亡命したのだ。
先輩達の失敗を教訓とし、受肉時に人間寄りに変化を遂げたノームは、そのまま同じ土地に住み続けた。
けれどその体格(太い腕の筋肉と安定した低い身長)は、鍛治が最も行いやすいバランスで構成されていた。
普通の人間の体型では、鍛治の仕事はうまくいかないようだった。まあそれもあり、人間と同じ身長の地の精霊は、怪しまれず過ごせたのだから皮肉なものだ。
ただ彼らの目指すのは鍛治師の頂点なので、受肉は意味をなさないものとなった。
「仕方ないな。自らが駄目なら、できる者を代理にして名誉を得れば良い。くふっ、それこそ何の役にも立たない、人間どもを利用してな」
承認欲求が強い地の精霊は、時に自分勝手だ。
まあ元々、精霊と人間の考え方には差異があったけれど。
◇◇◇
そんな過去がありつつも、地の精霊とエルフ、地の精霊と人間達の子孫は、ゆっくりと姿を変え世界に紛れ込んだ。
ただラディッシュは美しい容姿が全面に出た、見た目はエルフの王子だ。
王族の血を引くのだから、さもありなんだ。
エルフの女王、エブラント・カルコーム・キエフレクトは、ラディッシュの姉だ。
ノームの血を引く王家だからこそ、地の精霊を先祖に持つガンテツに彼を任せたのだ。モロコシとの関係も、ガンテツの口添えがありスムーズに構築できたようなもの。
エルフは狙われやすいのは、今も同じだ。
公に奴隷制度は廃止されているが、裏では、特に北の大国では、労働力として酷使されている。
エルフが愛玩動物のように所望されている今、ラディッシュも特徴的な耳は魔道具で隠している状態だ。
コロネも知るように、各国にはいろんな隠密がおり、危険が潜んでいる。だからノームは彼のことを心配しているのだろう。
火の精霊サラマンダーが北の国で目覚めた。
面倒臭いことにならなければ良いのだが。
コロネはラディッシュが、王子だとは知らぬまま、友人として過ごす日々が続くのだった。




